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2.正直どんな淑女よりも美しいと思ったよ。

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 アーネハイト本家の墓地は円上になっており、敷地そのものがジェリアの家のものの三倍はあろうかという範囲だった。その中央に、本家の邸がある。

「本当にわざわざ遠くからすまない、ジェリア」

 アーネハイト家の現当主である伯父は、ジェリアを出迎えて早々額に青筋を浮かべながら深々と合流したてのジェリアに頭を下げた。普段威厳を持ったたたずまいを見せる彼からすると想像もつかない姿で少しぎょっとしたが、首を振った。

「い、いいえ。それよりも、本当その……ミネグブさんの事は災難だっというか」
「本当だ、まったく。何というかもう、私は情けなくて仕方ない」
「まあ仕方ないさ」
「お前が言うな!」

 暢気に笑うラルネスを怒鳴りつけるも、伯父はすぐに取り繕ったように表情を戻した。

「長旅で疲れたろう、まずは茶でも飲んでゆっくりすればいい。一時間ほどで準備せねばならんが」
「だ、大丈夫よ伯父様。急いだ方がいいのならすぐにでも用意するわ」
「お前は本当にいい子だな。まったく、あいつに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ」

 ぶちぶちと文句を連ねる伯父に見えないようにラルネスが舌を出しているのは放っておくとして、ジェリアは伯父に導かれるようにして邸に足を踏み入れた。
 伯母に引き渡され、彼女と再会を喜んでいるとすぐに小部屋に通された。何十枚もの見覚えのある衣装が取りそろえられていて、恐らくミネグブの衣装部屋だった。

「サイズは多分大丈夫ね。好きなもの選びなさい、いくらでも汚して破ってくれても構わないわよ」

 恐らくミネグブへの当てつけなのだろう。しかしそう言ってもらえれば、確かに多少は安心できた。
 時間もないのでそそくさと選ぶ。黒のシックなドレスだった。それを着たのを見て、伯母は考え込むように俯く。しかしすぐにひらめいたのか、ジェリアを寝台に座らせた。

「髪も黒だから、アップにした方がいいわね。少しじっとしていて」
「すみません、何だか手間を……」
「何言ってるの。嬉しいのよ、うち全員男だからこういうの出来るのが」

 そういえばそうだった。伯母に髪の支度も化粧もすべて任せる形になったが、彼女はとても楽しそうだった。
 数十分もかからない内に、身支度が完了した。見違える程にまで整えられた自分を見て、素直に感嘆の息が漏れる。

「す、すごい……」
「やっぱり元がいいとやりがいがあるわね。たまにはうちにいらっしゃいな、遊ばせてちょうだいよ」

 冗談めかして言う伯母に笑いで返しながら、立ち上がる。歩き方を指南されながら、二人で部屋を出た。
 馬車へ向かうと、すでに身支度を終えていたラルネスと伯父が乗り込んでいた。ジェリアを見て、ラルネスが顔をぱあっと輝かせる。

「すごいや、ジェリア。とても似合ってる」
「うむ、これなら参加者の男を一網打尽に出来るな」

 一体何が目的だというのかはもはや分からないが、愛想笑いで返しておいた。
 伯母と馬車に乗り込み、発進する。都市部の道は整然とされていて、薄暗い時間じなってきたというのに街の明かりはむしろ輝きを増していた。外をきょろきょろと見ていると、ラルネスが声をかけてきた。

「都市部に来るのは五年ぶりとかだっけ。結構変わったよ。明日また色々連れてってあげる」
「本当?」
「久々のいとことの再会なんだから、僕にも構ってくれよ」

 にこにこ笑うラルネスの隣で、伯父が深いため息を吐いた。

「お前は……いつもそうだ、ジェリアを振り回して」
「楽しいから、全然いいです」

 その言葉に、偽りは無い。確かに振り回される事は散々あったが、いつも彼はどこでもジェリアを楽しませてくれた。墓守という宿命のような生業に縛られながらも、彼は決して文句を垂れはしない。その真摯さも、常に尊敬している。
 国主の屋敷が見えてきた。ここまで近くに来るのは初めてだ。やはり、国主のものというだけあって大きい。
 馬車が停まり、ラルネスに手を取ってもらい降りる。まるでエスコートのようで少し照れくさかったが、彼は手慣れているような様子だった。
 伯父が受付に向かった。どうやらこの屋敷の使用人のようで、伯父は彼女に何かを話し込んでいた。大方、ジェリアの事情を話しているのだろう。ようやく戻ってきた。

「大丈夫だ、行こう。私と君で一旦挨拶回りだ。ラルネスとジェリアは先に中庭へ行っていなさい」
「また帰りにでも合流しましょう」

 伯父と伯母は早速辺りをうろついていた壮年の夫婦に声を掛けられていた。談笑を始める二人を後目に、ラルネスは微笑む。

「中庭は確かこちらだ。行こう」
「え、ええ」

 確かラルネスは公式に次期当主と宣言されてから、毎年参加しているはずだった。なので、ある程度の構造も分かっているのだろう。
 通路では誰ともすれ違わなかったが、中庭への入り口に誰か女性が立っていた。夕焼け空のような髪の色と、黄金色の瞳。美人というよりは、まるで少女のような可憐さを放っている。彼女は二人に気付く間もなく通路のさらに奥へと向かっていった。その背を見て、「ラチカ様だ」とラルネスは呟く。その名は、知っていた。

「昨年ロドハルト国主の元へ嫁がれた方ね」
「そう、エヴァイアン国主の妹君だ。ああ、今回は他国の方は来られないそうだからロドハルトの国主はいないんじゃないかな」

 だとすれば、恐らく里帰りか。彼女は相当な有名人だ。本職も知っている。
 ……エクソシスト。教会に所属し、死者の魂を禁じられた術で悪用する犯罪者であるネクロマンサーと取り締まる人間。それは死者の身を預かる墓守のアーネハイト家とも繋がりが強い。

「さあ、行こう」
「ええ」

 中庭へ足を踏み出す。すでに、人は集まっていた。
 端の人間がねずみ程の小ささに見える、広大な敷地。立食形式で、何十人という人間がすでに集まっていた。伯父いわく自分たちは早くに着いた方なのでこれからもっと増えるのだろう。

「これから少し煩わしい挨拶が増えるけれど、ジェリアは何もしなくていい。僕が紹介する」
「煩わしいって……大切な事じゃないの?」
「大体面子は変わらないから、なあなあなんだ。強いて言うなら、今日は君がいる。その話は増えるだろうね」

 にこり、と彼はまた笑った。

「めぼしい男がいたらまず僕に言ってごらん。巧い事してあげる」
「あのねえ……」

 その言葉に、ふと思った。使用人が配る飲み物を二人分受け取った彼の腕を引く。

「それなら、貴方は? 独身に戻ったわけだし、新しい伴侶は」
「ああ、僕か。そうだな、確かに。うん。まあ今日はジェリアを優先で立てよう、無理して来てもらったわけだしね」

 別に、そこまで熱心にするつもりもないのだが。しかしあの南部では伴侶になるべき男に出会う機会が無いのも確かだ。そこまで色恋に頓着が無いので、もし跡取りが必要ならば見合いでもとは思っていた。結婚の必要がなければ、独身で終わっても構わないとすら思っていた。
 ……あの男さえ、いなければ。

「ジェリア?」

 ラルネスの言葉に、引き戻される。ハッとして彼を見ると、飲み物の入ったグラスを差し出されていた。慌てて受け取り、口に含む。炭酸の入った果実酒で、甘い。
 二人で他愛無い話をしていると、見知らぬ男が何人か寄ってきた。全員、ラルネスの友人のようだった。彼らはジェリアに愛想を振りまくだけ撒いて、立ち去っていった。

「どうだい」
「ど、どうって」
「まあ、これからもっと増える。ゆっくり品定めするといいさ」

 それから何人かに声を掛けられて、ラルネスはすべてうまく応えていた。時折ジェリアの反応を見守りながら。決して無理矢理けしかける事はなかった。
 ジェリアは新参者というのもあったが、その装いや素材がいいこともあり目を引いているようだった。元々初対面の人間が苦手というのもあり疲れが出始めた頃には、中庭に人が倍ほど増えていた。

「そろそろ国主様が出てくるな」

 月が真上にきたのを確認し、ラルネスは呟いた。

「国主様の顔は知ってるかい」
「絵でなら。実物は知らないわ」
「そうか。彼はそのあたりをさりげなくうろついていたりするから、運が良ければ会えるよ」
「大々的に挨拶とかはされないの?」
「あまりそういうのは好きじゃないらしい。どちらかといえば、この謝恩会も国主が主役というよりはエヴァイアン国民のそれぞれの家の代表の交流会という色が強いしね」

 そういうものなのか。だからこそ、そこまで堅苦しくならずに済んでいるのだろう。本音としてはこの国の国主の顔を見てみたいとは思ったが、無理に動く気もなかった。
 中庭への入り口が、騒がしくなってきた。ふと目線を向けると、数人の集団が見えた。全員、同じ衣服を纏っている。あの赤と黒の組み合わせは、見覚えがあった。

「エクソシスト?」
「だね。教会が終わったから皆で来たんだろう」

 エクソシストは血筋や体質で輩出が偏りやすい、というのは聞いた。とそして、有能な者が一族の代表になる事も多い。
 ラチカの姿もあった。彼女はエクソシストの制服ではなく、夜会用のドレスだった。身内で話に花を咲かせているのだろう。
 その内のひとりの男と、目が合った。そして、気付いた。

「っ!!」

 息を呑む。体が硬直する。かしゃん、と音を立てて持っていたグラスが地へと落ちた。その様子を見、ラルネスが目を見開く。

「ジェリア、大丈夫か」
「っ、ええ、ごめんなさい」
「グラス割れてるね、怪我は」
「だ、大丈夫」

 ラルネスが一番近くにいた使用人を呼んだ。彼にグラスの処理を任せ、ジェリアの手を取る。

「具合悪くなった?」
「そ、そうみたい……その、どこか……そうね、人の少ないところとかあれば」
「君、どうだろう」

 グラスの破片を片づけている使用人に、ラルネスが尋ねる。彼は眼鏡の奥の瞳で、中庭の奥を示した。

「あちらのアーチの向こう側に、ベンチがございます。暗くて場所をご存じでない方も多いので恐らくは。ご案内いたします」
「いや、大丈夫だ。ありがとう、少し借りる」

 使用人は恭しく頭を下げる。ラルネスはジェリアの手を取り、先導した。人をかき分けるように進み、薔薇で囲われたアーチを通り過ぎる。確かにベンチが三つほどあったが、完全な無人だった。
 ジェリアをベンチに座らせ、目線を合わせてくる。

「大丈夫?」
「ええ……。ごめんなさい、一人にしてほしいの。すぐ戻るわ」
「分かった。出来るだけ近くにはいるようにするから」

 最後に一度だけ手を握られ、そのままラルネスはアーチを潜っていった。彼の姿が見えなくなってから、深く息を吐く。

「……どうして」

 間違いない。絶対に、あいつだ。あの男だ。
 何故、いた。

「は、はあ、はあ」

 息が乱れる。あの男の目。あの男は絶対、気付いた。目が、合ったのだ。気付いていないわけがない。
 ……探すのだろうか、自分を。
 改めて、自分のいる空間を見る。アーチこそあるが、かなり暗い。植物園のように草木が生い茂っている。手入れがされていないわけではないようだ。あの使用人に聞くまで気付く事すら出来なかった。
 どうするか。絶対に会うわけにはいかない。すぐ戻ると言った手前、ぎりぎりまで身を隠すのは難しいかもしれない。ラルネスに事情を話して、守ってもらうか。駄目だ、そもそも近付かれる事自体がまずい。

「!」

 足音。ラルネスだろうか。顔を上げた瞬間、絶望した。

「……ジェリアだ」

 男の声は、とてつもなく昂揚していた。
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