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長内編

第二十二話 好意的な闇医者

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 病院を一軒一軒回るも、なかなか薬は手に入らなかった。
 まじかよ、と病院のロビーで項垂れているとお爺さんが声をかけてくれた。
「どうしたね、坊や」
「坊やって年じゃないですよ、欲しい薬が手に入らないんです」
「いったいどうして欲しいんだね」
「僕、オメガで……運命のアルファが二人いるんですが、今一人選ばなきゃいけない薬を使われてて。元に戻す薬がないと、一人しか選べない」
「本来、番とは一人ずつだよ。坊やは欲張りなんだね」
 ほっほっほ、とお爺さんは笑うと、持っていた杖を支えにして僕の顔をのぞき込む。
「どちらか選べないのかい?」
 恋をしているのは椿だけれど、雪道さんはほっとけない。ほっとけないしあの人は危うい。何かの弾みで消えてしまいそうな気配がする、淡い人なんだ。
 だからこそ、あの人にも努力するというチャンスをきちんと手にして欲しかった。
 酷く後悔していた顔が忘れられないから――それを恋というのなら、僕は雪道さんも好きなんだと思う。
「選んだらきっと、どちらも傷つくよ」
「そのせいで坊やに石を投げられても?」
「僕は頑丈だよ! それにね、石を投げられたらその二人が守ってくれる」
「……素敵なアルファと知り合ったんだね、宜しい」
 お爺さんは僕に指先だけでちょちょいと手招きすると、一緒にきなさいと告げた。
 怪しい行為はお断りなんだけれど、お爺さんは何となく信じられそうだった。
 僕は言うとおりお爺さんについていくと、そこは個人医院の病院で閑散としている。
 お爺さんは大きな声で「おおい」と病院だというのに中の診察室に声をかける。
 すると、中から男性が出てきた。眼鏡の男性は髪がボサボサで、ひげは生やしっぱなしの少し不格好なひとだった。白衣だけは新品のように綺麗な、黒髪の人。
 男はひげをかきながら、お爺さんと親しげに会話する。
「爺ちゃんどうしたんだよ、お客さん連れてきてくれたの?」
「ああ。少々事情があってな、お前の好きそうな人だよ。坊やこの人にお願いをしてごらん、きっと欲しい薬なんだって用意してくれる」
「え、本当ですか?」
「ああ、ただし内密にな? ここは何せ、堂々としてるがあいつは闇医者というやつだ。オメガに肩入れしすぎたあまりに、医師免許を剥奪されたんだよ」
「爺ちゃん勝手にばらさないでよ。何の薬が欲しいんだ?」
「ええと、番を勝手に解消される薬の治療薬……」
「ああ、なるほど。だから君からはフェロモンが溢れているんだね」
 納得納得と口ずさみながら男は、おいでと手招きした。
「診察しよう、ただし費用は高いぞ」
「絶対にその薬が手に入るなら、幾らでも出すさ!」
「威勢がいいところが俺の番に似てるから、八割はおまけしてあげよう」




 お爺さんの紹介で闇医者の先生から診察を受ければ、闇医者は少し興奮していた。
 性的にではなく、研究対象として興奮していたようだった。
「番が二人、か。きっとその二人は兄弟だから、遺伝子的な問題かもな」
 興味津々と言った眼差しに、僕はぶすくれて先生のおでこを叩いた。
「あいたっ」
「動物でも見るような目はやめてよ。僕たちは真剣なんだよ」
「事情も分かった。欲しい薬も分かった。さぁあとはおじさんの好奇心につきあってほしいな?」
「何? 何かまだ必要なものでも……」
「どっちのことが好きなの? おじさんには二人って人数選ぶの、なかなかしんどいと思うんだよね。どうして片方だけじゃだめなんだい?」
「しんどいってどうして?」
「だって婚姻届でまずもめるだろ。そのうち一人は認知された愛人状態なわけだ。それにどちらかが我慢できるかできないか想像は、君にだけはできると思う」

 先生の言葉は真っ当だ、確かにどちらかを選ばなければいけない日がそのうちにくるんだと思う。
 問題の先延ばしに、先生には見えていて今は解決するチャンスだよって教えてくれているんだろうね。
 それでも僕は二人を選びたい。

「二人ともさ、拗ねるときにね、唇を尖らせるんだよ」
「うん、それが?」
「それがね、可愛いんだ。可愛いって思うようになったってことは、惚れてきたってことでしょ。好きでもないやつの幼い動作見たって、きもって思うじゃん」
「覚悟はできているんだね」
「認めるよ、僕は二人が好きだ」
 甘い空気になったとしても、もう逃げたくはないくらいには。
 僕が笑うと先生は処方箋を出してくれて、こっそり耳打ちをした。

「そのうち健康診断で三人ともおいで。それで今回薬代はちゃらにしてあげよう、素敵な純愛を聞けたお礼だ」
「とかいって、体質がどうなってるか気になってるだけでしょ?」
「ばれたか」
 僕らは笑い合い、和やかな空気で診察を終え、最後にお爺さんにお礼を告げて頭を下げた。
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