日々、写りゆく

浅川瀬流

文字の大きさ
1 / 6

第1話 レンズの向こう

しおりを挟む
 ローポジション、ローアングル。
 しゃがみこみ、低い姿勢をたもった。被写体ひしゃたいを見上げる形でカメラを構える。

 この構図の写真は、人がいつも見ている景色とは異なり、小さな虫になった感覚を味わうことができるのだ。カシャッというシャッター音が弱々しく中庭に響いた。

「イマイチだな」

 ため息まじりに声がこぼれる。眉間みけんにしわが寄った。

 光希みつきはその場を移動し、ベンチに座っている男子生徒に近づく。彼の制服は少し気崩され、茶髪の毛先がくるっとはねていた。組んだ脚の上にスケッチブックを乗せ、花を熱心に観察している。
 光希に気づくと彼はパッと顔を上げ、八重歯をのぞかせて笑った。

「お~ミツ。良い写真撮れた?」
「いや、あんまり」

 光希は彼の隣に腰かけ、カメラを操作して写真を見せる。

「キレイに撮れてんじゃん。これじゃダメなわけ?」

 彼は頭に疑問符を浮かべ、首をかしげた。

「まあ、賞は取れないだろうな。ひかるは?」
「こんな感じ。色鉛筆持ってくるの忘れたからモノクロだけど」

 うわ、すご。思わず息がれた。
 影までくっきりとしていて臨場感りんじょうかんがある。それこそ写真みたいだった。

「安定に上手いな」
「へへ、サンキュー。てか、ミツも写真じゃなくて、絵にすれば良いのに。クラスで選ばれたことあるんだろ?」
「俺は写真が好きなんだよ」
「えー、写真ってそこにあるものを撮って作品にするわけじゃん? 結局どれも同じ感じにならない?」

 その発言は聞き捨てならない。光希は大きく息を吐いた。

「同じものを被写体にしても、角度やピントでみんな違う写真になるんだよ」
「ふーん」

 輝は納得していない様子で、両腕を頭の後ろで交差させる。
 光希も同じ体勢をとった。

 座っているベンチの正面には南館。窓から生徒が行きう様子が見える。
 この学校は北館と南館に校舎が分かれており、北館には一から三組、南館には四から六組がある。中庭はその間に位置し、そこには花壇がずらりと並んでいた。

 ベンチでのんびりとしていると、二つの校舎をつなぐ渡り廊下から、五人の生徒が流れて来た。
 園芸部が水やりをしにきたようだ。手にはじょうろがにぎられている。

「うちの学校、ほんと部活多いよなぁ」

 輝は生徒たちを目で追いながら呟く。
 彼の言う通り、年々部活の数が増えていた。生徒の自主性を重んじるだかなんだかで、大体の申請が通る。ちなみに二人が所属する写真美術部は、それぞれの部員が少なかったこと、部室が足りなくなったことが理由で合併がっぺいされた。現在部員は六名である。

「ちょっと撮ってくる」

 園芸部の水やりが終わると、光希は再び花のそばまで行って座った。今度は花びらにカメラを近づけ、水滴に焦点を当てる。水滴がはっきりと見えるようにしぼりを調整した。

 カシャッ
「くるみんどうしたー?」

 シャッター音と声が重なった。
 輝が向いている方に目をやると、ドアの陰から顔を少しのぞかせて、こちらを見ている女子生徒がいた。くせっ毛の髪はふわふわで二つに結ばれている。たれ目の二重は可愛らしく、気弱そうな顔立ち。小動物みたいだ。

 光希は輝のあとを追い、彼女の元に駆け寄った。

「どうしたの?」

 顔をのぞき込み、輝がもう一度問いかける。
 彼女は口を開きかけたが、近くを通った男子生徒たちの笑い声にビクッと肩を震わす。大声で話す彼らを一瞥いちべつすると、光希に視線を向けた。

「えっと、瀬川せがわ先生が、笠原かさはら先輩を呼んできてって……」

 いつものことながら声が小さいが、光希にはきちんと届いたようだ。

「呼びにきてくれたのか。ありがとう、望月もちづき

 そうして三人は部室がある南館の四階へと向かった。
 昔はもっと生徒数がいたため、四階まで教室として使われていたのだが、現在は文化部の部室になっている。

 部室が近づくと、話声が廊下まで聞こえてきた。扉はすでに開いており、五つの椅子と机が壁に沿って整然と並べられている。そのすぐそばで、女子生徒と男性教師が立って話をしていた。親しげな様子を見た輝は一瞬顔をしかめたものの、すぐに笑顔を向け「ちーっす」と声をかける。

 サラサラな黒髪をポニーテールにした女子生徒は、三人を手招きした。制服のボタンも一番上までしっかりと留められ、学級委員長といった風貌だ。彼女――槙野まきの夏鈴かりんは写真美術部の部長を務め、輝と同じく美術の活動を行っている。
 扉を背にして立っていた教師は顧問の瀬川だ。「お疲れ」と片手を上げて振り返った。

「……県予選の結果ですか?」

 呼び出しの理由を察し、光希は真っ先に問いかける。

 輝と夏鈴は話の邪魔をしないよう、端の方に移動しスケッチを始めた。

「ああ、今年もダメだった」
「そう……ですか」

 当然だろう、と光希は目を伏ふせる。
 自分の写真は「何を伝えたいのかわからない」のだから。



 ――高校写真部全国一を目指す大会『全国高等学校写真コンテスト』その県予選結果が出た。この大会はまず県予選が行われ、上位五校がブロック予選へと進むことができる。全国を七地区に分けたブロック予選で、そこからさらに三校に絞り、やっと本選進出が決まる。
 なんだかんだ三年間エントリーはしたが、一度も初戦を突破することはできなかった。

 しばしの沈黙ちんもく

 瀬川は頭をかくと「あー、それで、だ」と一語一語はっきりと口にした。

「フォトコンテストに挑戦してみないか?」
「フォトコンテスト?」

 食いついたのは光希を呼びにきた望月胡桃くるみだった。

「家電量販店を運営している会社主催のフォトコンテストがあるんだ。年齢制限もないし、テーマも自由。興味ないか?」

 瀬川はそう言って、一枚のチラシをポケットから取り出す。小さく折り畳まれたそれを「うわ、くしゃくしゃだ」と呟きながら開いていった。そりゃそうだ、と光希は心の中で一人ツッコミをいれる。
 手渡されたチラシの募集要項に、胡桃は目を通した。光希も横からのぞく。

「笠原は高三だろ。そろそろ引退の時期だし、高校最後の部活動ってことでどうかなと思ったんだが……」
「わ、わたしはやってみたい、です」

 の鳴くような声。胡桃は瀬川と光希を交互に見た。いつになくやる気の胡桃に、瀬川は嬉しそうな顔を向ける。

「望月は参加決定だな。で、笠原はどうする?」

 二人の視線から逃れるように光希は視線を落とした。両手には一眼レフが握られていて、その感触を確かめる。


 人はどうして写真を撮るのだろうか。
 自分は何のためにカメラを構えるのだろうか。


 ゆっくり視線を戻すが、二人は口を結んだままだ。光希の答えを待っている。光希は曖昧あいまいな笑みを浮かべた。

「……俺は、もう少し考えてみます」

 ふいに、チュンチュンとすずめの鳴き声が聞こえた。それにつられるように、光希は開け放たれた窓へと静かに寄ると、ファインダーをのぞく。
 カシャッというシャッター音とともに、木々にとまっていた二羽の雀が飛び立った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...