いじっぱりなシークレットムーン

奏多

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  Full Moon 6

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 満月の日は、朝早くから目覚めた。

 心身が興奮していることがわかり、精神安定剤の中でも弱めのリーゼを飲む。結局は薬で落ち着くはずがないのなら、せめて身体に優しいものを……ということで御堂医師が処方してくれたこの薬の効果は、夜になるにつれて無効化する。

 言うなれば仕事をするための気休めのようなものだが、あるのとないのとでは、日中の興奮度が違う。精神のお守りのようなもので飲んでいる。

 結城には、衣里の助言通りにLINEでハートマークを三つほど送ったら、
「(*ノωノ) イヤン」と返ってきた。まだ酔っ払ってるようだから、それだけで寝た。

 だけど会社に来てみれば珍しく朝から機嫌が悪そうで、衣里が被害にあったのか彼女も喧嘩腰だったけれど、ふたりとももう大人だから、仕事をしているのを見ている分には、いつもと変わりない。

 あたしは午前中、何件か得意先に課長を紹介するために来週のアポを取り、午後には木島くんの補佐に入る。課長もバタバタと動き回り、二階にいる方が多い。

 課長と肩を並んで仕事をするわけでもなく、あたしも電話応対やら木島くんの補佐やらで慌ただしかったけれど、満月の日はそうした方が気が紛れていい。

 それに結城も外に仕事を入れずに、見守ってくれているようだから、あたしも安心出来る。

 今日の満月、頼む。

 結城と目が会った時に両手を合せてそう念を送ったら、爆笑と衣里の気味悪がる声が聞こえた。

 結城、すまぬ。

 木島くんはなにかに取り憑かれたかのように頬がこけ、虚ろな表情で、課長から言われた仕事をこなしていた。

「木島くん、凄く進んでいるじゃないの。そんなに賢い子だったっけ!?」

 不思議や不思議。いつもは、決して怠慢ではないけれど、じっくりやりすぎて時間がかかる木島くんが、三時にはあとふたつくらいを残すのみとなった。とは言っても、あたしや他のヘルプが入ってではあるけれど。

「主任、ひどいっす。俺はやれば出来る子っす!」

 それでもゴールが見えたことに木島くんは嬉しそうで、鼻息荒く威張った。

「じゃあ今までやろうとしていなかったのね?」

「う……っ」

 今までそんな根性みせたことなかったのに。香月課長が言うとそうなの?

 面白くないあたしは、休憩を兼ねて木島くんを突いた。

「ところで木島くん。朝、皆からも言われていたけれど、杏奈と三日連続同じ服じゃない?」

「ぎっく~」

 また口からおかしな擬音語が出た。

「もうさ、杏奈と出来ちゃっていること、隠さなくてもいいじゃない。別にここ、社内恋愛禁止されているわけでもないし」

「違うっす」

「なにが違うよ、目にすごいクマよ。それに腰も辛そう。なに、杏奈また激しかったの?」

 杏奈はここ最近サーバー室に籠もって作業をしている。サーバー室を顎で促しにやにやして尋ねると、木島くんがげんなりとした顔で返事する。

「そうっす。三上さんかなり激しくて注文が多いから……って、違うっす! 変な意味じゃないっす!」

 なんでそこまで隠すのだろうか。

 その時あたしの内線が鳴った。

『カワウソ~、川においで』

 相手は月代社長で、つまり、社長室に来てということだった。

 二階に上がって、秘書室の受付に顔を出せば、衣里曰く、二週間前あたりに結城にふられたらしい三橋さんが、なにやらあたしを睨み付けるようにして、社長室を無言にて手で示した。

 今月会うのはこれが最初だけれど、前回まではにこにこ応対されていたのを思い出せば、この変貌はなんなのか。

 とりあえず社長に会うのが先だと、社長室をノックすれば、香月課長も居た。
 
「おお、愛しのカワウソ~」

 今日はダークグリーンのスーツですか。少し浅黒い顔に色つきスーツ。本当に無色のスーツは着てこないよね、あたし達の社長は。

「お呼びでしょうか、社長」

「カワウソ~」

 立ち上がり、香月課長の前で両手を広げた。その胸に飛び込んで来いというようにちょっと前屈みになりながら。

「社長、なんでしょう?」

 態度を変えずににっこり笑い、線を引いたあたしに、社長が拗ねた。

「昔のカワウソは、シャチョ~!!と飛びついてきてくれたのに。今のカワウソは、捕獲させて貰えない!」

「あたしはもう、28歳なんですが。なにもわからず、ノリだけでしていた新人とは違いますので」

 びしっと言い放つが、それで終わる社長ではない。

「だけど鹿沼、酔っ払ったら僕に抱きついてくれるじゃない」

 香月課長の冷たい視線が突き刺さる。

 もうやめてよ、またあたしは、常時見境なく男に盛るアバズレだと思われてしまうじゃないの。あの目に凍る、凍っちゃうから!!

 あたしは、コホンと席をしてその言葉を無視した。

「それで? 香月課長となにか?」

「おお、残業昨日で終わったんだって? 今香月から報告受けて、お前に随分世話になったというから、まずお前にご褒美」

 社長があたしの手になにか握らせた。

 ……いちごみるくキャンディー1個だった。

 まぁ、いいけどさ。あたしは三分の一の労力で、あとは課長が事務まで自力に覚えてたし。こんな程度くらいしかお世話していないけど。


「それともう香月が慌てて仕事を覚えなくていいのなら、今日全社員で香月の歓迎会をしようと思ってな。お前は香月直属だから、幹事やってくれ」

「はい……ええええ!? 今日ですか!?」

 荒れ狂う満月の夜に、飲み会……しかも幹事ならずっといなければならないじゃないか。なにが嬉しくてあたしが変貌する様を、全社員に見せねばならないんだ。
 
「ああ、そうだが。お前今日は都合悪いのか?」

「ええ、今日はちょっと、打ち合わせの仕事が……」

 こうなったら、嘘も方便だ。

 だがこういう時に限って我らが社長は、それで納得してくれない。

「どこの?」

「えっと……」

 遊びかエロしか詰まっていないと思われた社長の頭の中には、実は全取引先と進捗情報を把握している。だからこそ、トラブルに対処できる。

 だから社長に迂闊なことは口走らせられないために、現実感を出すためには実際の取引先の中でも進行中の社名を口にしないといけない。

 横からは課長の視線。

 "へえ、そんな予定あったの聞いてないけど"

 ありませんとも! 今作った架空の打ち合わせです。

「ああ! そこの社長はあさっての土曜ゴルフだから、お前体調崩したとかうまく言っておく。だから今日の打ち合わせは延期しろ」

「ちょっ……」

「これは社長命令だ」

 えらく低い声と、獲物を狩るような視線に、あたしの全身から血が引く。

 怖っ!

「お前が仕切らないと、WEBの課長の歓迎会の意味がないじゃないか~」

 だが次の瞬間、いつもの調子に戻る社長。
 悲しい宮仕え、あたしのNOは絶対認められない。

 ならば――。

「今日の歓迎会は、全社員ですよね?」

「そうだ」

「営業も一緒ですよね」

「勿論」

「だったら――」

 あたしの満月の症状を知る結城もいるのなら、きっとサポートしてくれる。衣里もあたしの様子がおかしくなったら、きっと支えてくれる。

 同期の結束は強い! なんとか乗り切れることを祈って。

「社長、打ち合わせ延期は私止まりにさせて下さい。大事にしたくないので、社長のフォローはいりません」

「了解」

「……では、鹿沼陽菜。ささやかながら、香月課長の歓迎会の幹事兼仕切り、やらせて頂きます。至急の社内回覧出しますから、後で判もらいに来ます」

 あたしは自分のことで一杯すぎたのだ。
 営業を持ち出したあたしに、隣の課長の目が忌々しそうに細められていたことに、あたしは気づかなかった。


 終業して会社を出て、衣里と結城の元に行く際、腕を掴まれて課長に言われた。


「……鹿沼主任。飲み会が終わったらお話がありますので、ちょっとお時間下さい」


 結城と衣里が見ている前、真剣な声と顔で――。

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