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Secret Moon 8
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21日水曜日、あたしと朱羽、そして営業全員でN県のやじまホテルで設置工事をする。かなり大がかりだったけれど、事前にミーティングを重ねたから、トラブルはなかった。
矢島社長と沼田さんは気を遣ってくれて、その日泊まれるように部屋も用意してくれていたらしいけれど、工事が無事終えると、あたし達はそれを辞退して、日帰りした。
他の仕事がまだある。
……菱形のタブレットがホテルを飾り、そこに流れる映像に宿泊客が魅入っていたこと、従業員さん達が最初は戸惑いながも、仕事に活用し始めたことを、あたしひとり東京上野にある斎藤工務店に立ち寄り、社長に告げて、お礼を言った。
「そうかい、格好よかったかい。そりゃあよかったなぁ、皆」
社長は江戸っ子の物言いをする。
社長は社員と共に工場にいて、あたしは社員にも声をかけて頭を下げた。
朱羽は杏奈のヘルプで会社に戻り、ここはあたしひとりで来ている。
「はい。あれは噂になると思いますよ~。皆、菱形タブレットがちゃんと起動していることに驚いてました。向こうの社長さんも、想像以上にスタイリッシュで素敵だからと、写真をとってすぐにHPで宣伝しちゃいました。すぐ反響があったんですって!」
斎藤社長は、皺が出来ている顔をさらにしわしわにさせるように、くしゃりと笑った。
「鹿沼さんのおかげで、生き延びれたよ。しかもいつも即金、ありがとうな」
「即金は基本ですから。社長、次の時も是非お願いしますね! 忙しくなりますよ~」
「次があるのかい?」
「鹿沼、頑張ります!」
あたしが振り上げた拳に、社長もその場にいた社員達も豪快に笑った。
「さすがはムーンの鹿沼さんだ! また頼むよ」
「任せて下さい!」
ムーン――。
懐かしき前身を知る社員は、いまや経理の山本さんとあたし達同期だけになってしまった。
あと残っているのは皆、シークレットムーンになってから雇用された社員で、中途採用されたのは、杏奈と営業数人で、あとは木島くんと同じ二年目か、その下の新人ということになる(年が近いから木島くんはすんなりまとめていられる)。
ただ月代会長が、シークレットムーンの社長として雇用するのには、忍月コーポレーションとの兼ね合いがあったために、千絵ちゃんや杏奈のような特殊枠以外、正式なエントリーをして応募してきた子達のうち、あたしみたいにITど素人をイチから教える……というよりは、ある程度パソコンが出来ることを最低基準として、大学で専攻したとか専門学校に行っていたとか、即戦力がある子は積極的に選んでいたらしい。
WEB部に配属されて辞めた子は、パソコンが出来る程度の子で、やはり実戦経験がないために、短期間できちんと作らないといけない仕事には、ちゃんと勉強をしてうちに来た、木島くんらに頼ってしまうことが多かった。
少しずつ教えていたとはいえ、それでも結婚のための腰掛けのように考えられていたのなら、きちんと管理しなかったあたしの責任だ。
だが幸いにも、現存する社員は下地がある子だけがWEB部に残っているから、営業がたくさん仕事とってきても、手分けして仕事が出来る体制になれる。
だがプログラム開発部は杏奈しかいない。
WEB部のシステム開発課や朱羽がいるけれども、やはりシステム開発はマニアックなプログラムは組めないのだ。だからWEB部に組み込まれている。
12月23日――。
結城は、プログラムも推していきたいと言った。
杏奈と朱羽と揃っており、少なくとも向島開発よりは技術力は上なのだから、裏方に回らせたくないと。やじまホテルのシステムのようなものを構築、開発していきたいと。
そのためには、プログラムを作れる人間が少なすぎた。
その人員補充をどうするか、二階の会議室にあたし、衣里、朱羽が呼ばれた。このメンバーでの会議は、あたしの中で"長老会議"と呼んでいる。
偉いひとが集まっているという意味ではなく、単に古株が揃っているからだ。まあ、古株を超える頭脳を持つ、若者も入ってはいるけれど。
「あてはありますけどね」
朱羽はこともなげに答えた。
……ここは以前、朱羽が壁を壊した会議室だ。今も名残があるが、本人は気にもしていないようで、見向きもしていない。
……朱羽、これ七不思議のひとつになっちゃっているんだよ……。
「あるのか!? なんだ、どこだ!?」
結城が身を乗り出すと、朱羽は怜悧な瞳で結城を見据えて言った。
「ひとつは、忍月コーポレーションのシステム開発。月代会長と俺がいたところです」
「お前っ」
さすがに朱羽の発言にぽかんとしてしまい、あたし達は開いた口を塞ぐことが出来なかった。
……結城は、即戦力があるプログラマーをどこから調達すればいいのか、急募で一般募集しておかしな奴が来て連携取れなかったら、今の結束を乱されたくないとか、家でも色々と悶々と考えていたらしい。
それを結城が難題なんだと口にして、ものの数秒で朱羽が、あたし達が考えてもいなかった、選択肢を提示したのだ。
「俺思ってたんですよね。シークレットムーンが忍月コーポレーションの直下のIT部門であるのに、なぜ忍月コーポレーションにもシステム開発部が存在しているのかって。だったらITはすべてシークレットムーンと、統一すればいいと。それだけの力はあるかと」
衣里が髪を掻き上げながら言った。
「香月、簡単に言うけどさ、渉社長に頼むってこと?」
……数日前、渉さんは社長職に無事に就任した。
朱羽曰く、ホテルの大広間を借りた就任パーティーに向島専務も来たらしく、渉さんとにこやかに握手をしている写真を、傍の誰かが撮ったものが経済誌にばらまかれ、『手を取り合う未来の財閥当主』などと書かれたそうで、向島に常に漂っている悪い噂を、渉さんの祝い事にぶつけて、少しでも払拭しようとしていたらしい。
渉さんと友達に戻りたいくせに、その友達を利用するのは、さすがは向島専務と言うべきか。
「色々方法はありますが、渉さんに動いて貰う方が早いでしょうね」
「朱羽、それ以外に選択肢、まだあるの?」
朱羽は、「ひとつは、忍月コーポレーション」と前置きした。
だとしたら、二つ目はあるのだろうか。
「もうひとつは、向島開発」
「な……」
「あちらは人員が忍月コーポレーションより多いのに、個々の技術力が追いつかない。プログラマーとして使えそうになくても、これから全国のやじまホテルの設置が入ってきたら、設置くらいは役に立つ。吸収が無理なら、提携という形でもいい」
「香月! あの向島専務が、OKすると思うか!?」
「させるんです。そういうのは、結城さんや真下さんが得意でしょう? 卓越した営業力をフル活用して下さい」
さらりと、当然出来るよね?くらいの冷ややかな眼差しが、結城に向けられ、結城が泣きそうな顔になった。
「……まあ、否とは言わないと思うんですよね、あの専務」
「なんで?」
朱羽は少し考えるような素振りを見せて、あたしに言った。
「ん……。三上さんを諦められないから。接点があるのなら喜んで飛びつきそうな気もする。結構そこらへんあのひと、ひとより単純に出来ていそうに思うんだ。器用だったら、今頃三上さんと幸せにやってるさ」
結城と衣里と、なんとも言えない顔を見合わせる。
「まあ、向島案は、三上さん了承の元ですね。三上さんが長として動くから、かつての部下であるということが、やりやすいと思うのか、扱い辛いと思うのか。三上さんひとりで動いてますけれど、教え上手だと思うんですよね。俺のように協調性がないわけではなさそうだから、そこらへんは心配ないかと」
「他にあてはねぇのか!? そのふたつ以外に」
「ありませんね。素性がわかってすぐに使えそうな集団は、そのふたつだけです」
眼鏡のレンズがキランと光った。
「二大財閥の次期当主がいる会社から、社員奪うのか!?」
結城は机の上に両肘を乗せて、頭を抱えた。
「渉さんの方が説得しやすければ、渉さんで。だけどあのひと、仕事の鬼ですから、具体的な見返りを提示しなければ納得しないかもしれません。幾らここを財閥直下に引き上げるとはいえ、社員をごっそり別会社に移動するわけですから、きちんと理由がないと。結城さんは株主総会で株主を説得出来たんだし、お手のものじゃないですか?」
「……うわ……、またあの頭パンクしそうだった経済学を引用して、説明しないといけねぇわけ?」
……見るからに、渉さんが教え込んだ経済学の知識は、結城の頭から抜けているようだ。
「だったら、向島専務の方がいいですかね?」
「俺、あのひと苦手なんだよ……」
「へぇ、結城にも苦手なひとっていたんだ?」
「鹿沼、そこが焦点じゃねぇから」
「まあ向島専務は一撃必勝です。あのひとは負けを認めたら急に素直になりますから」
「頭脳派のお前だからあのひとをなんとか出来たんだろう!?」
「俺は結城さんのはったりを真似しただけですから。まあ三上さんが納得したら、ですけれどね」
「三上が納得しなかったら、俺渉社長に経済学レクチャーするのか!?」
「結城、あとは別の方法を考えればいいんだよ。三日くらい寝なかったら、きっとなにか……」
結城があたしを睨み付けた。
「それで出てくると思うか? 香月が選択肢はふたつしかないと断言しているのに、俺の頭で香月を超えた妙案、出てくると思うか!?」
……出てこないね、うん。
あたしは笑って誤魔化した。
「三上に聞いて、どっちにするか考えてみるわ……」
結城は引き攣った笑いを見せた。
「でもさ、結城。香月の言うとおり、ふたつを引き入れることが出来たら、大きいことが出来るよ? 二階使ってもいいから、大きいサーバー室にして、ネットを繋ぐプロバイダー業も出来るしね。今まで出来ないことは出来ると思う」
「うっわー、ますます俺、追い詰められたー」
結城が棒読みだ。
「結城さんなら出来ると思います」
「うっわー、香月が人ごとー」
またもや棒読み。
「いやいや、朱羽だけじゃなくて、あたしもむっちゃん信じてるよ」
「むっちゃん言うな!」
お、戻った。
「ま、あんたひとりで出来なさそうなら、私がしてあげてもいいよ?」
「あ?」
「だって出来る自信がないからぐだぐだしてるんでしょう? だったらそれくらい、私がちゃっちゃと説得してくるわよ」
すると結城は口をひん曲げて、衣里に言う。
「このでかい仕事は、俺がやるからいいんだ!」
「へえ、出来る自信があるんだ?」
「自信……」
「あら、ないの? だったら……」
「あるよ、自信! やってやるよそれくらい!」
「男に二言はないね?」
「ああ、ねぇよ! 俺はやるったらやる! 絶対了承とってきてやる!」
衣里はにんまり笑った。
「……なんだ。やる気になってるじゃない。というわけで、結城社長がひとりでお仕事をすることになりましたー。はい、拍手ー」
パチパチパチ。
あたしと朱羽は拍手をした。
「くっそー、真下に乗せられた!」
悔しがる結城に、あたし達は吹き出した。
・
・
・
・
杏奈は結論を保留にしたらしい。
向島は嫌だと断言しないのは、杏奈の中になにかがあるのだろう。
向島開発の大勢の社員のことか、それともそれをまとめる専務のことか。
杏奈は専務とお別れしたけれど、杏奈と専務が復縁出来る未来はあるのだろうか――。
……木島くん、どうするんだろうね。
21日水曜日、あたしと朱羽、そして営業全員でN県のやじまホテルで設置工事をする。かなり大がかりだったけれど、事前にミーティングを重ねたから、トラブルはなかった。
矢島社長と沼田さんは気を遣ってくれて、その日泊まれるように部屋も用意してくれていたらしいけれど、工事が無事終えると、あたし達はそれを辞退して、日帰りした。
他の仕事がまだある。
……菱形のタブレットがホテルを飾り、そこに流れる映像に宿泊客が魅入っていたこと、従業員さん達が最初は戸惑いながも、仕事に活用し始めたことを、あたしひとり東京上野にある斎藤工務店に立ち寄り、社長に告げて、お礼を言った。
「そうかい、格好よかったかい。そりゃあよかったなぁ、皆」
社長は江戸っ子の物言いをする。
社長は社員と共に工場にいて、あたしは社員にも声をかけて頭を下げた。
朱羽は杏奈のヘルプで会社に戻り、ここはあたしひとりで来ている。
「はい。あれは噂になると思いますよ~。皆、菱形タブレットがちゃんと起動していることに驚いてました。向こうの社長さんも、想像以上にスタイリッシュで素敵だからと、写真をとってすぐにHPで宣伝しちゃいました。すぐ反響があったんですって!」
斎藤社長は、皺が出来ている顔をさらにしわしわにさせるように、くしゃりと笑った。
「鹿沼さんのおかげで、生き延びれたよ。しかもいつも即金、ありがとうな」
「即金は基本ですから。社長、次の時も是非お願いしますね! 忙しくなりますよ~」
「次があるのかい?」
「鹿沼、頑張ります!」
あたしが振り上げた拳に、社長もその場にいた社員達も豪快に笑った。
「さすがはムーンの鹿沼さんだ! また頼むよ」
「任せて下さい!」
ムーン――。
懐かしき前身を知る社員は、いまや経理の山本さんとあたし達同期だけになってしまった。
あと残っているのは皆、シークレットムーンになってから雇用された社員で、中途採用されたのは、杏奈と営業数人で、あとは木島くんと同じ二年目か、その下の新人ということになる(年が近いから木島くんはすんなりまとめていられる)。
ただ月代会長が、シークレットムーンの社長として雇用するのには、忍月コーポレーションとの兼ね合いがあったために、千絵ちゃんや杏奈のような特殊枠以外、正式なエントリーをして応募してきた子達のうち、あたしみたいにITど素人をイチから教える……というよりは、ある程度パソコンが出来ることを最低基準として、大学で専攻したとか専門学校に行っていたとか、即戦力がある子は積極的に選んでいたらしい。
WEB部に配属されて辞めた子は、パソコンが出来る程度の子で、やはり実戦経験がないために、短期間できちんと作らないといけない仕事には、ちゃんと勉強をしてうちに来た、木島くんらに頼ってしまうことが多かった。
少しずつ教えていたとはいえ、それでも結婚のための腰掛けのように考えられていたのなら、きちんと管理しなかったあたしの責任だ。
だが幸いにも、現存する社員は下地がある子だけがWEB部に残っているから、営業がたくさん仕事とってきても、手分けして仕事が出来る体制になれる。
だがプログラム開発部は杏奈しかいない。
WEB部のシステム開発課や朱羽がいるけれども、やはりシステム開発はマニアックなプログラムは組めないのだ。だからWEB部に組み込まれている。
12月23日――。
結城は、プログラムも推していきたいと言った。
杏奈と朱羽と揃っており、少なくとも向島開発よりは技術力は上なのだから、裏方に回らせたくないと。やじまホテルのシステムのようなものを構築、開発していきたいと。
そのためには、プログラムを作れる人間が少なすぎた。
その人員補充をどうするか、二階の会議室にあたし、衣里、朱羽が呼ばれた。このメンバーでの会議は、あたしの中で"長老会議"と呼んでいる。
偉いひとが集まっているという意味ではなく、単に古株が揃っているからだ。まあ、古株を超える頭脳を持つ、若者も入ってはいるけれど。
「あてはありますけどね」
朱羽はこともなげに答えた。
……ここは以前、朱羽が壁を壊した会議室だ。今も名残があるが、本人は気にもしていないようで、見向きもしていない。
……朱羽、これ七不思議のひとつになっちゃっているんだよ……。
「あるのか!? なんだ、どこだ!?」
結城が身を乗り出すと、朱羽は怜悧な瞳で結城を見据えて言った。
「ひとつは、忍月コーポレーションのシステム開発。月代会長と俺がいたところです」
「お前っ」
さすがに朱羽の発言にぽかんとしてしまい、あたし達は開いた口を塞ぐことが出来なかった。
……結城は、即戦力があるプログラマーをどこから調達すればいいのか、急募で一般募集しておかしな奴が来て連携取れなかったら、今の結束を乱されたくないとか、家でも色々と悶々と考えていたらしい。
それを結城が難題なんだと口にして、ものの数秒で朱羽が、あたし達が考えてもいなかった、選択肢を提示したのだ。
「俺思ってたんですよね。シークレットムーンが忍月コーポレーションの直下のIT部門であるのに、なぜ忍月コーポレーションにもシステム開発部が存在しているのかって。だったらITはすべてシークレットムーンと、統一すればいいと。それだけの力はあるかと」
衣里が髪を掻き上げながら言った。
「香月、簡単に言うけどさ、渉社長に頼むってこと?」
……数日前、渉さんは社長職に無事に就任した。
朱羽曰く、ホテルの大広間を借りた就任パーティーに向島専務も来たらしく、渉さんとにこやかに握手をしている写真を、傍の誰かが撮ったものが経済誌にばらまかれ、『手を取り合う未来の財閥当主』などと書かれたそうで、向島に常に漂っている悪い噂を、渉さんの祝い事にぶつけて、少しでも払拭しようとしていたらしい。
渉さんと友達に戻りたいくせに、その友達を利用するのは、さすがは向島専務と言うべきか。
「色々方法はありますが、渉さんに動いて貰う方が早いでしょうね」
「朱羽、それ以外に選択肢、まだあるの?」
朱羽は、「ひとつは、忍月コーポレーション」と前置きした。
だとしたら、二つ目はあるのだろうか。
「もうひとつは、向島開発」
「な……」
「あちらは人員が忍月コーポレーションより多いのに、個々の技術力が追いつかない。プログラマーとして使えそうになくても、これから全国のやじまホテルの設置が入ってきたら、設置くらいは役に立つ。吸収が無理なら、提携という形でもいい」
「香月! あの向島専務が、OKすると思うか!?」
「させるんです。そういうのは、結城さんや真下さんが得意でしょう? 卓越した営業力をフル活用して下さい」
さらりと、当然出来るよね?くらいの冷ややかな眼差しが、結城に向けられ、結城が泣きそうな顔になった。
「……まあ、否とは言わないと思うんですよね、あの専務」
「なんで?」
朱羽は少し考えるような素振りを見せて、あたしに言った。
「ん……。三上さんを諦められないから。接点があるのなら喜んで飛びつきそうな気もする。結構そこらへんあのひと、ひとより単純に出来ていそうに思うんだ。器用だったら、今頃三上さんと幸せにやってるさ」
結城と衣里と、なんとも言えない顔を見合わせる。
「まあ、向島案は、三上さん了承の元ですね。三上さんが長として動くから、かつての部下であるということが、やりやすいと思うのか、扱い辛いと思うのか。三上さんひとりで動いてますけれど、教え上手だと思うんですよね。俺のように協調性がないわけではなさそうだから、そこらへんは心配ないかと」
「他にあてはねぇのか!? そのふたつ以外に」
「ありませんね。素性がわかってすぐに使えそうな集団は、そのふたつだけです」
眼鏡のレンズがキランと光った。
「二大財閥の次期当主がいる会社から、社員奪うのか!?」
結城は机の上に両肘を乗せて、頭を抱えた。
「渉さんの方が説得しやすければ、渉さんで。だけどあのひと、仕事の鬼ですから、具体的な見返りを提示しなければ納得しないかもしれません。幾らここを財閥直下に引き上げるとはいえ、社員をごっそり別会社に移動するわけですから、きちんと理由がないと。結城さんは株主総会で株主を説得出来たんだし、お手のものじゃないですか?」
「……うわ……、またあの頭パンクしそうだった経済学を引用して、説明しないといけねぇわけ?」
……見るからに、渉さんが教え込んだ経済学の知識は、結城の頭から抜けているようだ。
「だったら、向島専務の方がいいですかね?」
「俺、あのひと苦手なんだよ……」
「へぇ、結城にも苦手なひとっていたんだ?」
「鹿沼、そこが焦点じゃねぇから」
「まあ向島専務は一撃必勝です。あのひとは負けを認めたら急に素直になりますから」
「頭脳派のお前だからあのひとをなんとか出来たんだろう!?」
「俺は結城さんのはったりを真似しただけですから。まあ三上さんが納得したら、ですけれどね」
「三上が納得しなかったら、俺渉社長に経済学レクチャーするのか!?」
「結城、あとは別の方法を考えればいいんだよ。三日くらい寝なかったら、きっとなにか……」
結城があたしを睨み付けた。
「それで出てくると思うか? 香月が選択肢はふたつしかないと断言しているのに、俺の頭で香月を超えた妙案、出てくると思うか!?」
……出てこないね、うん。
あたしは笑って誤魔化した。
「三上に聞いて、どっちにするか考えてみるわ……」
結城は引き攣った笑いを見せた。
「でもさ、結城。香月の言うとおり、ふたつを引き入れることが出来たら、大きいことが出来るよ? 二階使ってもいいから、大きいサーバー室にして、ネットを繋ぐプロバイダー業も出来るしね。今まで出来ないことは出来ると思う」
「うっわー、ますます俺、追い詰められたー」
結城が棒読みだ。
「結城さんなら出来ると思います」
「うっわー、香月が人ごとー」
またもや棒読み。
「いやいや、朱羽だけじゃなくて、あたしもむっちゃん信じてるよ」
「むっちゃん言うな!」
お、戻った。
「ま、あんたひとりで出来なさそうなら、私がしてあげてもいいよ?」
「あ?」
「だって出来る自信がないからぐだぐだしてるんでしょう? だったらそれくらい、私がちゃっちゃと説得してくるわよ」
すると結城は口をひん曲げて、衣里に言う。
「このでかい仕事は、俺がやるからいいんだ!」
「へえ、出来る自信があるんだ?」
「自信……」
「あら、ないの? だったら……」
「あるよ、自信! やってやるよそれくらい!」
「男に二言はないね?」
「ああ、ねぇよ! 俺はやるったらやる! 絶対了承とってきてやる!」
衣里はにんまり笑った。
「……なんだ。やる気になってるじゃない。というわけで、結城社長がひとりでお仕事をすることになりましたー。はい、拍手ー」
パチパチパチ。
あたしと朱羽は拍手をした。
「くっそー、真下に乗せられた!」
悔しがる結城に、あたし達は吹き出した。
・
・
・
・
杏奈は結論を保留にしたらしい。
向島は嫌だと断言しないのは、杏奈の中になにかがあるのだろう。
向島開発の大勢の社員のことか、それともそれをまとめる専務のことか。
杏奈は専務とお別れしたけれど、杏奈と専務が復縁出来る未来はあるのだろうか――。
……木島くん、どうするんだろうね。
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