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Secret Moon 9
しおりを挟む午後六時――。
「やっべ、皆!! プレゼント、明日のプレゼント今日までに用意しないといけねぇのに、お前達もう買ったのか!? 買ってねぇ奴立て!」
結城の声に、ガタガタと立ち上がったほぼ全員の社員は悲鳴を上げた。
あたしも立ち上がった。朱羽も立ち上がった。
「鹿沼、お前幹事なのに、買ってないのか!? 涼しい顔の香月も!?」
「結城さん。ここ毎日、全員店がしまっている時間に帰っていたんです」
「だよな、だよな! 買って無くても仕方がないよな!」
朱羽が仲間だと嬉しいのか、喜んだ声を出した結城に、隣で座っている衣里の冷たいひと言。
「私、土日に買ったけど」
「土日は、ジムで忙しい!」
「ジム行ける時間あるのなら、プレゼントも買えるでしょうが。単純に忘れてたんでしょう」
「ぐっ……」
「「むっちゃん社長ファイト!!」」
どこからともなく野次が飛び、結城は定番の台詞を叫ぶ。
「むっちゃん言うな!」
「お黙り、筋肉馬鹿!」
「ぐっ……」
笑いが絶えない。
あたしと朱羽がシークレットムーンに戻って招待状を手書きで書いて渡してから、締切り間際の仕事に忙殺されて、残業ばかりしていた。
さらにはやじまホテルのPHS設定やタブレット確認やアプリダウンロードなども100個ずつだし、全員に手伝って貰ったり、病室でも内職のように皆仕事をしていて、会長が構ってくれないと泣き真似をするほどに、嬉しい悲鳴を上げて仕事をしていたのだ。
土日は本家に行ってたし、皆は休養を取っていただろう。
そんな中、プレゼントを要請した幹事の身としては、皆に申し訳ない。
「かーっ、今日は残業なし! ここんところ残業ばかりだったから、今日こそ全員即撤収! ちゃんと保存してパソコンの電源を切れ! プレゼントを既に買った奴は、盛り上げグッズを再度検討! 買ってねぇ奴は、3,000円以内! 明日の11時、病室集合!! 以上!!」
「「はいっ!!」」
幹事も返事をした。
「最後の奴、戸締まりしてくれよ、じゃあなっ!!」
「「お疲れ様でした!!」」
……皆走るように出て行って、がらんとした部屋にあたしと朱羽だけが残る。まだあたし、パソコンも消していないのに。
朱羽が苦笑しながら、自分のパソコンの電源を落とす。
「ずっと残業して、帰ってもすぐ寝ちゃってたから、プレゼント後で用意しようと思いながら、買ってなかったね。俺達も買いに行こうか」
「うん」
あたしの画面も、パソコンの電源が切れると同時に真っ暗になる。
「さ、あたし達が最後だ。戸締まりして帰ろう」
椅子の上で両手を上げて伸びをしながら、下に置いてあるバッグを持ち上げている間、朱羽が椅子に座ったままキャスターをころころ転がして来たことを知らずして、気づけば朱羽の両手であたしは宙に浮き、あたしは彼のお膝の上。彼を正面に、足を広げて座っている。
「ちょ、朱羽……っ」
タイトスカートが捲り上がって、ストッキング越しのショーツが見えそうなくらいに、はしたない格好をしていることが恥ずかしい。
もじもじとスカートの生地を伸ばすのだが、伸びる生地でもなく。
「どうした?」
わかっているくせに、指を絡ませるように手を握ってくる。
当然、スカートの生地は元通り捲り上がったまま。
「どうしたじゃなく、下ろして……」
「駄目。言っただろう、帰っても寝ちゃってるって。……セックスも出来ないくらい、あなたは深い眠りについていて」
「それはわかったから……」
出来るだけ足をとじようとするが、もぞもぞとする様は、なぜか朱羽の目を妖しく光らせる。
「誘ってる? 俺のに刺激与えてるの?」
「違う! スカート下ろしたいのっ」
場所を意識しちゃったら、もう動けないじゃないか。
「鹿沼主任」
「は、はいっ!」
……反射神経とは恐ろしいくらいに、背筋を正して従順に反応する。
茶色い瞳が、じっとあたしを見つめた。
「やじまホテル、よくがんばりました」
「ぅえ?」
そんな話題になるとは予想もしておらず、あたしは素っ頓狂な声で返してしまった。
「あなたがあの環境の中気を回して、斎藤社長と連絡とりあって完成させた菱形のタブレット、素晴らしかったです」
「……っ」
「まずはあなたに、上司としてそれをきちんとあなた個人に言うべきだったのに、今になってしまいすみません」
「言って……くれましたっ」
――陽菜、初めてのふたりの仕事、成功だっ!
「シークレットムーンの課長としては、主任のあなたの働きになにも言っていない」
こんな格好だということを忘れさせるような、あたしのすべてを包み込む、頼れる上司の眼差しで。
「よくやってくれました。やじまホテルの評判がとてもいいそうです。これが次に繋がるでしょう。あなたが、身体を張って形にした仕事です」
やじまホテルで、沼田さんがセクハラ社長だと思って、服を脱ごうとしたあの時の緊張感。社命を受けて矢島社長にどうしても仕事を貰うために、何日も前から作っていた提案書を却下された時の絶望感。
「課長がいたから……っ」
観察力と知識に溢れた朱羽がいたから、矢島社長との繋がりは消えることなく。
「いいえ。私はただあなたの補佐をしただけ。私だけなら矢島社長は、話も聞いてくれなかった。あなたを気に入って信用してくれたから、こちらが提案するものを金額を聞かずに了承してくれた。長年の付き合いがある取引先ならまだしも、矢島グループは新規の顧客。それでここまでさせてくれるなど、普通なら考えられない」
特殊なタブレットが形になってホテルに飾られ、皆に喜ばれている光景と、沼田さんが「社長のあの嬉しそうな顔。これなら、来年他のホテルも導入する予算を捻出しなきゃならんですな」と頭を掻いていたの思い出す。
まだどうなるかわからない。
だけど、あたし達がしたことは、決して徒労ではなかったと実感した、あの充足感に満ちたあの瞬間。
目にじんわりと涙が溜まってくる。
朱羽は眼鏡のレンズ越し、優しく目を細めて微笑んだ。
「お疲れ様でした。会長からのミッション、完了です」
目頭が熱くなり、ぽたりと涙が零れるのを感じながら、あたしも笑った。
「課長も、お疲れ様でした!」
優しさを忘れないこのひとを、なんで氷のようだと思ったのだろう。
慌ただしく過ぎ去る時の中、こなしていた仕事のひとつを、こうして間近で褒めてくれたのが嬉しくてたまらない。
皆で肩を並べて走ってきたスタイルのあたしだったけれど、こうして舞台裏でこんなに優しく褒めて貰ったことはなくて。
だから……。
「本当にあなたはいじっぱりなのか、泣き虫なのかわかりませんね」
こんなはしたない格好をさせておいて、上司と部下ならざらぬ手の繋ぎ方をしておいて、まだ清廉な上司モードで朱羽は笑う。
セットされた、黒く艶やかな髪。
理知的な美貌を際立たせる眼鏡姿。
白いワイシャツで光沢あるシルバーのネクタイを結んだ彼は、いつも傍にいたいと思って、取り戻すために忍月に乗り込んだ……あたしが好きな朱羽そのひとだと言うのに、あたしがどうしたって隣で肩を並べない、高みにいる別の男で。
……財閥の次期当主なんか、すぐなれちゃうひとで。
そんなひとに吐かれる――、
「……本当に、可愛くてたまらないひとだ」
胸を苦しくさせるほどの甘い言葉は、破壊力があって。
こうやって、愛おしげに見つめられて。
こうやって、"男"の表情を見せてくれて。
愛してくれているということに、細胞が奮える。
あたしのすべてが、この男に服従したいと叫ぶ。
この男に愛されるために、なんでもしたいと思ってしまう。
「主任のこんな可愛い顔を、私以外、誰にも見せないで下さい」
倒錯する――。
「か、ちょ……」
あたしはずっと……上司のこのひとに片想いをしていた、そんな倒錯に。
あなたが好きです。
あたしを仕事以外でも必要として下さい。
部下のあたしは、上司である課長に懇願の目を向ける。
愛して下さい。
あたしの気持ちを受け取って下さい。
そんな気分になって勝手に切なくなる。
「………」
「………」
見つめあった互いの瞳が揺れた。
彼の手があたしの手から離れ、あたしの尻に回され、そのままぐぐっと……さらに引き寄せられる。
見つめ合う距離が縮まり、次第に真顔になった彼の顔が斜めに傾きながら、軽く触れた。
それだけで息を乱すあたしに、彼は長い睫に縁取られたその目を妖艶に光らせて、あたしの耳元に口を持ってきた。
「主任を、女として愛してます」
甘く囁かれた声にぞくっとする。
誰もいない会社の中、いつもの朱羽とはまた違う上司の顔での告白に、身体が熱くなってくる。
わかっているのに、心がときめいてしまう。
「主任は?」
魅惑的な口元がまたあたしの前に現われて、誘う。
「あ……」
「あ?」
「愛してます……」
声が震える。
「誰を?」
「課長を、愛してます」
そう言って、彼に抱きつき顔をすり寄せると、あたしの背中に大きな腕が回され、距離はゼロとなった。
「主任」
熱っぽい声にドキドキして、顔を見上げると、背中の手があたしの後頭部を撫でるようにして、唇が重なった。
もぐ、もぐとゆっくり唇を食まれ、触れあってはすぐに離れる唇は、やがて堰を切ったように深く重なり、熱く潤った舌が絡まった。
いやらしい水音と、甘い声を漏らしたキスは、やがて情熱的になり、身体を密着させながら、同じリズムで身体を揺らしながら、互いの愛をぶつけあう。
おでこをくっつけたまま唇が離れれば、甘える声でせがむあたしの唇が、彼の唇に触れ……そして視線を絡ませて、笑った。
「……陽菜、ドキドキした?」
「うん……」
「刺激をあげないと、陽菜に飽きられちゃうからね」
「そんな……っ」
「俺、今でも必死。あなたを繋ぎ止めたくて」
ちゅっとまた唇が触れた。
「可愛い俺の主任に、もっと刺激的なご褒美あげる」
「え……ちょっ」
朱羽の手があたしのブラウスのボタンを外していたのだ。
「ここ会社っ、朱羽っ」
「あなたとは、ここでキスをした仲ですよ? なに恥ずかしがってるんですか、鹿沼主任」
「……っ」
「見せて?」
すべてのボタンを外し終えた朱羽は、くるりと椅子の向きを変え、あたしの背にあたしの机の縁で挟み、逃げられないようにして艶笑する。
その艶めいた眼差しに赤くなりながら、拒絶も出来ないあたしは、朱羽の手がキャミを持ち上げるのを、照れながら見ているしか出来なくて。
やがて黒いレースのブラが現われると、無性に恥ずかしくなって胸を隠そうとした。
「駄目です。……主任はいつも、こんなにいやらしい下着をつけているんですね」
「いやらしくは……っ」
「あなたの白い肌に映えるこの黒い下着で、誰を挑発してたんです?」
「挑発なん……ああっ」
朱羽がブラの上から口をつけ、もぐもぐさせながらあたしを見上げる。
「この中、柔らかいですね」
「……っ」
「直を、触ってもいいですか?」
「駄目……です」
「……ふぅん?」
朱羽の指がブラの上にあるレースをひっかけるようにして、下に下げた。
そして出てきた胸の先端を、親指でひっかくように刺激してくる。
「ひゃっ」
「ふふ。固くなってきた。ここ、舐めてもいいですか?」
そこは、充血して木苺のようになった胸の先端が、もっと刺激が欲しいと揺れていた。
「主任、美味しそうなここを舐めてもいいですか?」
「聞かないで」
こんな格好で恥ずかしくなって、あたしは手を口にあてて横を向いた。
「聞かないと、ただのセクハラ上司になってしまいますから」
「……っ」
「じゃあ舐めてもいいんですね?」
擽るようにしか貰えない刺激に焦れたあたしは、こくりと頷く。
「聞こえません。舐めていいんですね?」
「は、はい……」
返事をした途端、衣擦れの音がして、胸の敏感な部分にぴちゃりとした唾液の音と、熱い舌の刺激が与えられた。
「ああ……っ」
あたしの胸を貪る上司。
あたしは、見慣れた会社の天井を見上げるようにして身体を仰け反らせながらも、ここで声を出したくないと手で口を押さえる。
それでもおかまいなしに、ただ愛でるだけではなく、明らかにあたしがいつもすぐ陥落してしまう、いやらしい……口での愛撫をしながら、片方の乳房は手で揉まれて、くりくりと尖りを捏ねられる。
ああ、触るの許可していないのに……そう思いながら、無理に触られたことに興奮する。
恥ずかしい、こんなところで……そう思えども、興奮するあたしの身体は朱羽の股間の上で、誘うように動く。
ちゅぱりと音をたてて胸から口を離される。
「くせになりますね、この柔らかさとこの堅さ。なんでここ、こんなに固くなったんですか?」
「それは……」
「それは?」
朱羽が指で尖りを小刻みに揺らす。
「好きだから。……課長が」
「私が好きだから、こんなになったんですか?」
今度は片手で乳房の先端を摘まむように揉みながら、さらに屹立した頂点の尖りをあたしに見せるようにする。
「いやらしい。好きなら、こんなにいやらしくなるんですか? あの鹿沼主任が、こんなにいやらしいとは思いませんでした」
「……っ」
尖りに朱羽の細めた舌が巻き付き、固くなった先端を揺らされ、そしてぱくんと食べられると、音をたてて強く吸われる。
それだけでもう、秘部から熱いものが溢れているのがわかった。
「なんで鹿沼主任は、こんなにいやらしいんですか?」
「……課長……だからっ」
「私だから?」
「課長だから……いやらしくなるんですっ」
恥ずかしくてたまらない。
「いやらしくなるのは、ここだけ?」
朱羽が意地悪そうに笑った。
「ここはどうですか?」
その手が揺れる足の間に入る。
「や……っ」
「ふ……。本当にいやらしい。こんなに濡らして」
「……っ」
朱羽の手が再びあたしの腰を持ち上げ、あたしを机の上に乗せた。
そして開いた両足を閉じる前に、朱羽が頭を入れてくる。
「ちょ……っ」
「あなたの濃厚な香りがします」
「……っ」
朱羽はストッキング越しに唇をつけ、鼻であたしの秘部を押し込んだ。
「ああっ」
「鼻だけで、気持ちいい?」
「……っ」
「これ、破りたい」
朱羽がパンストを摘まんでは離す。
「これ破いて、あなたの愛が溢れるところを嗅ぎながら味わいたい」
「……っ」
「駄目?」
可愛く聞かれても、もうあたしの秘部は疼いてたまらなくて。
ここで辞められたら死にそうで。
「替えは……あります」
朱羽は笑いながら、パンストをびりびりと破った。
そしてあたしの太股を、手のひらで撫で上げられ、左右に開かれる。
「あ……っ」
朱羽の顔が近づいて、ショーツとの至近距離で止まる。
「黒い下着なのに、ここがさらに黒い染みになってます」
朱羽の指先が、あたしが欲しかった部分を強く押して、なぞられる。
「ひゃぁんっ」
「あなたの味を、味わってもいいですか?」
朱羽が、下着越しのそこに唇を押し当ててからあたしに尋ねる。
「あなたの蜜をなめてもいいですか? 鹿沼主任」
「……っ、ど、どうぞ」
間抜けた返事をすると、下着を横にずらしながら、朱羽の頭ごと秘部にもぐりこんで、その舌が熱く潤っているそこに届いた。
びりびりと身体に電気が走る。
「あ……っ」
くちゅくちゅと卑猥な音をたてて舌が蜜を弾き、そして時折口全体で吸われる。
「や、ああ……っ」
出る声を必死に手の甲で押さえた。
あたしの大好きな会社で、こんなことをして気持ちいいと思うなんて。
「主任の蜜、止まりませんね」
「……っ」
「ここに、舌をいれてもいいですか?」
蜜壷の入り口を舌先で突かれ、快楽に頭が朦朧としているあたしは、こくりと頷いた。
朱羽があたしの股を手で持ち上げるようにして、あたしの近くで蜜壷に固くした舌を抜き差しし、頭を振りながら秘部を責めてくる。
「――っ、――っ!!」
しばらくセックスをしていなかったのと、シチュエーションが上司と部下で、ここが会社のせいか、凄まじい快感となってあたしを襲う。
朱羽があたしの上司が、会社でイケナイことをしていると思えば、ぞくぞくとした興奮がとまらない。
そこがさらに敏感になり、朱羽だけしか考えられなくなる。
「挿れて……っ、課長……っ、課長が欲しい……っ」
思わずねだってしまう。
奥がきゅうきゅうと朱羽の太くて熱いものが欲しいと疼いている。
「ここは会社なのに、私のが欲しい?」
朱羽は蜜壷を攻めるのを舌から指に切り替えた。
欲情した眼差しで、あたしの蜜で濡れた唇を舌で舐め回して。
「夜は長いのに、ここで欲しいんですか?」
指があたしの中でくりくりと回転をする。
「ん、そこ、そこ……やあああっ、課長。課長が欲しいっ」
「いけない主任の口を塞がないといけませんね」
朱羽はあたしの口を朱羽の口で塞ぎながら、抜き差ししている指の数を増やして速度を速めた。
繊細な長い指があたしの中の弱いところに触れながら、より大きく手強い官能のうねりを引き出していく。
声が出せないあたしは、朱羽にしがみつきながら、やがて来る白い果てに身体をびくっびくっと痙攣させながら、力尽きたのだった。
***
「信じられないっ」
「そう? 陽菜もノリノリだったじゃないか。覚えてる? 俺のが欲し「うわー言わないで、言わないで!!」」
「言いたくなるよ。あんなに可愛い顔で、"挿れて"だなんて、会社でなかったら、すぐあなたの中に挿ったよ。神聖なる会社ではなかったら」
会社を強調される度に落ち込む。
「会社で……あんなことしちゃうなんて……」
「あんなこと? オフィスラブ、だよ。会社でも独占したかったんだよ、陽菜は俺の主任なんだから」
「……っ」
「なに赤くなってるの?」
笑われて、コートを着ている朱羽の胸をポカポカ叩いた。
……パンストを履き替え、化粧もし直して。
その間、朱羽はトイレに行ってしばらく戻ってこなかった。
……男って大変だよね。
戸締まりをして出る時、いつもの守衛さんに声をかけられ、ばれたのかと必要以上の奇妙な声を出してしまったが、ただの挨拶でほっとした。
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……課長の朱羽に興奮して、最後に誘ったのはあたしだということを思い出す度に、穴に入りたくなる。
「陽―菜っ、機嫌直してよ。家に帰ったら、ちゃんと挿れてあげるから」
「……っ」
「俺の傍に来いよ?」
伸ばされた手で腰を引き寄せられ、朱羽の隣にくると、朱羽が満足そうにあたしの頭に唇を落とした。
「俺の陽菜」
……それだけで照れ照れになってしまうあたしも、かなり朱羽にやられているようだ。
「久しぶりの夜のデートだね。陽菜へのプレゼントは、明日用意する。明日こそ、帝王ホテルのスイートに泊まるからね」
初めて結ばれたのが、帝王ホテルのセミスイート。
初めてのクリスマスは、スイートらしい。
……あの、幾らするのかわからないスイート……。
――もう予約とってあるんだから、キャンセルはしないから。いいじゃないか、あなたと過ごす特別なクリスマスなんだから。
最初に聞いた時、度肝を抜いた。
おうちでクリスマスでもよかったのに、朱羽は初めてのクリスマスに特別な意味をもたせたいらしく、既に帝王ホテルのスイートは予約していたらしかった。
「なにがいい? なんでも好きなもの、あげる」
「スイートだけでもう一生分のプレゼントだから。それだけでもうなにも考えなくていいから」
「それじゃあつまんない」
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「洋服? ハンドバッグ? なにがいいかな」
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あたしは朱羽に、マフラーをあげたいと思っていたんだけれど、それじゃあ駄目かな。いつもマフラーをしないで行き帰りしているから、寒そうで。
――陽菜にくっついていればあったかいから。
……よし、せめてブランドもののマフラーにしよう。
手袋は……手を繋げなくなるのもちょっとね。
「あたしはキーケースがいい。会社の鍵とかぶら下げているケース、古くてぼろぼろだったから」
「キーケース?」
「うん。あたしが欲しいのはキーケース。よろしく!」
朱羽は不満足そうな顔つきだったけれど、確かにキーケースは欲しかったものだから。
「じゃあ待ち合わせはこの柱時計があるところで、八時。それまでにプレゼントを用意しようね」
朱羽とあたしは別れた。
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