勿忘草は、ノスタルジアな潤愛に乱れ咲く

奏多

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5.ハナミズキは、私の想いを受けて欲しいと求愛する

欲情するのは、昔ながらの恋心

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 ◇◇◇

 寝室は和室だった。
 障子戸は開け放たれており、歪な蒼月が暗闇に煌々と浮かんでいる。
 蒼い光が室内に差し込み、隙間なく並んで敷かれてある布団を照らし出していた。

 まるで儀式のように、しめやかに秘めごとは始まった――。

「ん……」

 布団の上に座る浴衣姿のふたりは、探り合うようにして唇を重ねていた。
 静謐な室内で湿った音と、ふたりの息づかいが響く。

 いつだって穂積の口づけは、香乃を熱く蕩けさせる。
 甘く優しく、そして情熱的で……彼からの愛を感じて、涙が出そうになった。

(ああ、わたしにすべての記憶があれば。どれほど幸せだったのだろう)

 九年の想いが報われたと思うだけで、これだけ至福に思うのならば。

 キスをしただけで、自分がどれほど彼が好きなのかがわかる。
 ……そう、今まで自分の愛を相手に向けられなかっただけに、穂積だけは特別なのだと改めて思い知る。

(好き。彼が好き……)

 こんなにも心が揺り動かせられる恋情を抱くのは、彼だけだ。

 香乃は穂積の首に両手を回し、積極的に愛を伝えた。
 すると穂積は感嘆のような声をひとつ漏らすと、それに応え、さらには香乃を凌駕するようにして、口づけを濃厚にしていく。

 縺れるように絡まる舌が、互いの口の中に行き来する。
 まるで穂積とひとつになったかのような陶酔感に、香乃は浸った。

 やがて香乃の腰に回していた穂積の手が、香乃の帯を解くと、香乃の肩から浴衣を滑り落とした。
 そして穂積もまた浴衣を脱ぎながら、ゆっくりと香乃と共に布団に沈んでいく。

 穂積は香乃の耳の下から首筋に舌を這わせた。
 
 首元を擽る穂積の髪。
 それが愛おしくて、香乃はさきほど自分が乾かした穂積の髪を手で弄んだ。
 パーマをかけて色を染めてしまった自分の髪とは違い、素直で柔らかな……羨ましい髪だ。
 触れれば触れるほど、たまらなくなって声が零れそうになる。

 穂積の舌は蛇行するようにして下に落ち、柔肌に赤い華を咲かせながら、胸の中心に近づいていく。そしてちゅくりと音をたてて、尖った蕾を口に含むと、香乃は身を反らせるようにして甘い声を出した。

「……可愛い。もうこんなにして……」

 静かなる声は香乃を羞恥心を掻き立て、香乃は身を捩らせる。
 だがそうさせまいとした穂積の片手が、香乃の姿勢を正すようにして反対側の胸を揉みしだく。

「ん、あ……っ」

 じんじんと甘い快感が香乃を襲う。
 声を我慢しようとしても、喘ぎ声は漏れてしまう。

(恥ずかしいのに、声が止まらない……)
 
 そんな香乃の様子を、穂積はじっと見つめていた。
 勿忘草色の瞳は、薄闇の中でも一際光り、今宵の月のように蒼く神秘的だ。
 そしてそれは、まるで水面に映る月影のように揺らめき、熱を帯びる。

「香乃……、俺を見てて」

 穂積は視線を向けたまま、両手で鷲掴んだ胸の頂きを、くねらせた舌で交互に愛撫する。
 その様はあまりに淫靡で卑猥すぎて、刺激が強い光景だった。

「や……っ」
「駄目。顔を背けないで。男の俺を……意識して?」

 浴室の中とはまた違う。
 暗がりは夢か現かよくわからぬ異空間のようで、香乃の意識はふわふわしていた。
 そんな香乃を自分に捕縛するように、穂積はわざと卑猥な姿を見せた。

「あなたのここ、可愛がれば可愛がるほど……こりこりしてる。とても素直だ」

 穏やかな口調で言われると、ますます恥ずかしい。
 恥ずかしいと思えば、さらに感度が上がってしまうようで、びくんびくんと身体が跳ねてしまう。

「恥ずかしい……っ」

 思わず顔を赤らめる香乃に、穂積はふっと笑った。

「覚えておいて。あなたの身体は、俺に女の反応をしているっていうことに」

 否定する気はなかった。

 自分は女で、彼は男で――。
 彼は自分と同性のか弱い子供ではない。
 もう自分を抱くことが出来る、ひとりの男性なのだと。

「俺は……あなたに欲情して、ひとつになりたいと思っている、ただの男だ」

 足の付け根に押しつけられたものは硬かった。
 下着越し、穂積は突き上げるようなゆっくりとした動きをしてみせる。
 蜜口にぐっと押し込まれるような感触があり、香乃は思わず声を上げた。

「ああ……っ」

 もっと、穂積を深く欲しくてたまらないのに、限界がある。
 行く手を阻む下着が、こんなにも邪魔なものだと、初めて知った。

 穂積は、香乃の首筋で匂いを嗅ぐと、嬉しそうに言った。

「ふふ、あなたの匂いが濃くなった」

 濃くなったのは、勿忘草の匂いの方だ。
 あれほど恋い焦がれた匂いは、官能的なものへと変わり、香乃を欲情させている。
 
 もっと触りたい。
 もっと蕩けたい。
 もっと気持ちよくなりたい。

 もどかしい思いで穂積を見れば、彼は切なげに笑って香乃の唇を奪い、両手で香乃の胸の蕾を捏ねた。
 びくついて身体を跳ねさせれば、穂積は密着している腰を、大きく回すようにして押し込んでくる。すると香乃の腰も自然と動いて、穂積のリズムに合わせていく。
 下着越しなのに、ぐちゅぐちゅと粘着質な音がする。

「ああ、香乃……いやらしい音。またとろとろだね」
「……っ」

 浴室で直接触れあった感触が思い出される。
 まるで生き物のように熱く蠢くそれを思い出すと、触れたくてたまらなくなってしまう。
 
(わたし……、ここまでいやらしい女だったの?)

 穂積への渇望が止まらないのだ。
 九年前、彼が欲しいと思ったあの日の熱情が、身体に渦巻いている。

 恋しくてたまらないのだ。
 彼のすべてが欲しい。
 もっと特別ななにかで結びつきたい――。

 穂積は香乃の耳元に囁く。

「ねぇ。また、あなたの蜜を舐めてもいい? ……直接」

 途端に、穂積に刺激を受けているところがきゅんと疼き、さらに蕩ける。
 身体は素直なのに、香乃の口から出た理性からの伝言は否定だった。

「だ、駄目……っ」
「いいだろう? 病みつきになってしまったみたいなんだ。舐めたい」

 穂積が男の艶に満ちた目を細めながら、甘えっ子のようにおねだりをする。

「あなたが欲しいんだ。可愛すぎてたまらない。だから……舐めさせて?」

(うう、このひと……小悪魔だわ)

 年下の美貌を利用して、母性本能に訴えながら、卑猥なことを訴えて絆しにかかるなんて。
 そうくるならば――。

「だったら……わたしも。あなたの……舐めてもいい?」

 その言葉は、するりと香乃の口から出て来てしまった。

「……っ、まさかそんなこと、他の奴にも……」

 穂積の顔が、怒りとも傷ついたとも判別しがたい表情へと歪む。

「ううん、初めて。下手くそかもしれないけど……穂積のなら、したい。好きなひとのを大事に愛したいの……。許してくれるのなら……いいよ?」

 穂積の瞳が揺れる。

「……あなたは、小悪魔だな」
「奇遇ね。わたしもあなたのこと、そう思ってた」

 穂積は苦笑すると、香乃を彼の上に跨がらせた。
 そして香乃の尻を彼の顔に向けさせると、香乃のショーツを下ろす。

(え、まさかこの体勢……)

「香乃……。もうこの下着ははけないね。しばらくは風邪を引くから下着禁止」

 穂積はそう言うと、先手必勝とばかりに香乃の尻の肉を開いて、蜜が滴る花園に吸い付いた。

「ああああっ」

 香乃は背を反らすようにして喘いだが、負けていられないと闘争心に火がついてしまった。
 乱れた呼吸をしながら、穂積の下着を下げて、彼自身を取り出す。
 勢いよく飛び出してきたそれは、卑猥なものだと思えないほど、美しい色艶に満ちていた。
 なにより男らしく、自分を求めて怒張しているのが嬉しくてたまらない。

「んん……ああ、凄いっ、美味し、そう……」

 先端から零れる粘液に塗れた穂積の剛直。
 それを手に取ると、香乃は愛おしむように両手で包むようにして撫でる。

「ん……っ」

 今度は穂積の方が身体を跳ねさせた。
 それが嬉しくて、太い軸に舌を這わせていくと、秘処に荒く熱い息がかかった。

(感じてくれているの?)

 嬉しくなった香乃は先端をぐるりと舌で舐めると、口に含む。
 そしてペロペロと舌で舐めては、吸い付いた。

「香乃……っ、それ、駄目だ……っ」

 こんな拙いものでも、上擦った声を響かせて、感じてくれているのが愛おしい。
 もっと愛したくなる。

「んん……美味、ひ……い……」
「ああ、香乃……っ」

 頭を振りながら、すべてを舐め取ろうとすると、穂積は自分の声を隠すように香乃の愛撫を再開させる。
 蜜が垂れる香乃の太股が震えた。
 香乃は初心者のはずの彼の手法に陥落しないようにと耐えながら、びくびくと息づく穂積の剛直を、手も使って上下に扱いていく。

「ん……、ぁあ……香乃……んん……」
「はぁあ、んんっ、あ、んむむ、あああっ」

 目の前で愛すれば、お返しとばかりに愛されて、まるで繋がっているような心地となる。

 だが、彼の顔が見えない。
 これならば、ただのひとり遊びと同じようで虚しくなる。

 もっともっと、愛し愛されたい。
 もう離れないと思えるほどの、確固たる絆が欲しい。
 心身共にひとつになりたいのに――。

「あ、あのね……」
「香乃……このままは、嫌だ。あなたの顔を見て、一緒に……。なぁ、ひとつになりたい……」

 苦しげな声は、香乃が言おうとしていたことだ。
 嬉しくてたまらず、香乃は口から離した穂積のものに何度もキスをして、振り返る。

「わたしも。あなたの顔を見て、ひとつになりたいの」

 穂積は香乃を抱きしめ、啄むようなキスをする。

「ちょっと待ってて。避妊具とってくる」
「え、いつ用意……」

 笑いながら穂積は部屋から出て、すぐに戻ってきた。
 手には、赤いリボンと花がついた袋を持っている。
 その花は造花ではあったが――。

「ハナミズキ……」

 その花言葉は『私の想いを受けて欲しい』――。

「理人からのプレゼント。あなたにばれて気まずい思いをしないようにと。花言葉など知らないのに、この花をつけてきたから、突き返すことも出来なくて」
「ということは、まさか河原崎支配人が、あなたに愛の告白とか……」

 するとようやく封を開けた穂積は、とても嫌な顔をしてみせた。

「そんなわけないだろう? それとそれ、理人に言うなよ。あいつ、笑い転げてずっとそのネタで俺をからかうから。しつこいんだよ、本当に。悪意がないのはわかってはいるんだけれど……」

 香乃はふふ、と笑った。

「それはあなたが可愛いからでしょう? そうでなければ誰が、初対面のわたし相手に、魔法使……」


 思わず口を滑らせてしまった香乃は、慌てて口を噤む。

(いけないいけない。これはトップシークレットだったわ)

「妬ける」

 途端に香乃は、布団に押し倒された。
 香乃の顔の両側には、穂積の両手がついた。

「余裕ない俺に、理人の話をしないで。大体、あなたと理人が勝手に仲良くなっているのが気にくわない。あなたは俺のものなのに」
「仲良くって言っても……」
「もう話は駄目。余所見しないで俺を見て?」

 穂積は香乃の唇を奪うと、ねっとりとしたキスをした。
 彼はそのまま香乃の両足を開くと、避妊具を装着した己自身を、香乃の潤った秘処に擦りつけた。
 触れあった瞬間、びりと快感が走り、うっとりとしたふたりの息が漏れる。
 そしてふたりは熱を帯びた視線を絡め合うと、蕩けたようにして笑いあった。

「香乃、あなたを貰うよ?」

 穂積は笑みを消し、真摯な顔で香乃に言った。
 それはまるで九年前、彼女を家に誘った時の彼の表情にもよく似ていた。
 
「……うん」

 あの時、自分が逃げなければ、今の時間は九年前に訪れていたかもしれない。
 そう思うけれど。
 遠回りした時間も、蓄積された愛の深みはあるから。
 勿忘草は枯れないことを知ったから。

「それと。……あのさ」

 穂積が少し困ったようにして頭を掻いた。

「うまく……出来なくても、未来に期待して?」

 今さらだ。
 初めてとは思えぬほど、堂々と淫らな愛撫を繰り返していたのに、なぜ今、不安に思うのだろう。
 
 時に香乃より年上のように振る舞い、時に可愛い年下のように振る舞う、彼。
 そのどれもが愛おしい――。

「そんなのどうでもいい。わたしは……あなたともっと触れあいたいだけなの。あなたのことを知りたいだけなの。……九年前から」

 そう、下から穂積の身体を抱きしめて言うと、彼はふっと力を抜いたようにして笑った。
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