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7.ダチュラは、偽りの魅力で陶酔させる
戦慄の余韻と当主の罪
しおりを挟む「父さん!」
穂積の詰問に、重々しく当主は口を開く。
「……逃げようとした私は、思わず音をたててしまった。姉がそれに気づき、忍び込んだ私を怒り、鬼気迫る顔で首を絞めてきてな。それを制した女は妖艶に笑うと、私の耳に囁いたのだ」
――あなたの子供をちょうだい。
(子供!?)
「戦慄に震えた私に、あの朝顔を一輪、囓って咀嚼した女は、それを私の口に無理矢理流し込んできた。噎せ返るような甘さと、突き上げる熱の衝動に私は本当に……なにが起きたのか記憶がないのだ。そして目覚めると、私は自分の部屋のベッドの上に寝ていて、点滴を受けていた。私は半狂乱状態で屋敷にて発見され、半月も薬で眠らされていたらしい。覚えていないのだ、なにも」
懊悩する父親に、穂積の碧眼は冷酷にまで冴え渡る。
「……意識は覚えていなくても体は覚えていたでしょう。そして後日、真宮の者によって別部屋にでも隔離された……香乃のお母さんを見つけ、彼女のお腹が膨らんでいるのを見た。あなたは不安に駆られたはずだ。もしかして姉と契ってしまったのではないかと。腹の子は姉と弟の間の禁断の子供ではないかと」
(ひ……!?)
当主の顔は厳しい。
これは否定しているものではない。
「だとすれば当然、その子はあなたにとって忌まわしいものとなる」
(だったら、その子がわたし? お母さんは……そこから逃れるために他の男と駆け落ち!?)
しかし今、母親は五十代だ。
香乃は今、三十歳……だとすれば当時十代だという母親は若すぎる。
「……姉は、母親の子供を宿していると幸せそうで。その思考からして、姉はまともじゃないとようやく悟った。妊娠期で特に精神が不安定だったのもあるのかもしれない。私と交わったのか聞いても謎めいた笑みを見せるだけ。私の猜疑心が強まり中絶するように諭したが、狂気じみた猛抵抗にあって時が経ち、そうした連日の興奮が体に障ったのか、流産をしてしまった。……子供が死んだとわかり、彼女は悲しみを憎しみに変えた。子供を取り上げた真宮の人間全般に、怒りをぶつけるようになった」
――お前達がおかあさんの子供を殺したんだ。真宮を許さない!
「だがそんな彼女を癒やして救ったのが花と、当時出入りしていた……香乃さんのお父さんだ。やがて妊娠に気づくと、今度は子供を奪われまいと、家を出た。だが私は罪の意識もあり、真宮を実家にさせたかった。私にとって唯一心を許した家族であるには変わらない。だから定期的に子供を連れて会いに来て欲しいと……」
弱々しくそう言った当主に、穂積が投げかけた言葉は冷ややかだった。
「罪の意識? 本当にそうでしょうか」
「……なにが言いたい」
碧眼が父親を射る。
「父さんは魅入られたのではないですか? 碧眼の女に」
当主の顔が強張る。
「姉を追って奥の院に入ったあの時。あなたは魅了されたんだ。自分の血にも通じる……懐かしくも崇高な彼女に。血が繋がっていようがいまいが構わない。彼女を自分のものにしたいと、激しい独占欲に燃えた……違いますか?」
「ち、違う。真宮の……しきたりが……」
「真宮の最大の秘密が奥の院に隠されている。碧眼でなければ扉を開くことが出来ない。そう俺達に思い込ませたのも、監視カメラをつけて外部から近づけさせようとしなかったのもすべて、父さんでしょう?」
「わ、私は……」
「妊娠したのは姉とはいえ、あなたの体が覚えているのは……碧眼の女性だったんじゃないですか? その記憶を真実にしたいのもあって、香乃のお母さんの妊娠をないものにしたかった。自分が抱いたのは、魅惑的なあの碧眼女性だと思いたいために」
威厳に満ちた当主が狼狽していた。
碧眼の息子に詰め寄られて。
「碧眼認証の機械は昔からあったのでしょう。しかし数年が経ち、前当主が亡くなり、父さんが当主になった時、真宮のすべては父さんの手の中に落ちた。扉が開かなければ壁を壊せばいい。姉の目を抉って機械の認証にかければ、あなたは彼女に会うことが出来るし、そうしてまでも会いたいと思っていたはずだ。たとえ妻がいても。そして認証出来る人間を父さんの許可したものにすれば、父さんだけの楽園が完成する」
それほど魅入られていたというのなら、一途な恋というより狂気に近く。
「香乃のお母さんが妊娠し、駆け落ちした年は、父さんが当主になった年でもある。彼女は父さんの狂恋を見抜いたから、逃げたんだ。父さんが、欲を満たすためにしようとしていたことを知ったから」
――私だって娘が心から好きになった男性がいるのなら祝福したいわ。だけど彼は駄目。真宮の血を引く魔性の……碧眼の持ち主は。
「碧眼……?」
穂積は頷いた。
「父さんが二度目に彼女に会いに行った時、彼女は老化して死にそうになっていたのでは? だから父さんは、彼女を若々しいまま生かす方法を考えた。姉とその子供を、彼女の〝血肉〟にする方法だ」
「ど、どういう意味……」
「言葉の通りだ。彼女の命を蝕む肉体を、碧眼に耐性がある姉の血を持つ者達の肉体に挿げ替える。彼女が望んでいた、〝道具〟としようと。いや違うな、父さんは新たに作ろうとしたんだ。自分だけの魔性の……碧眼の乙女を」
「……っ」
「それだけじゃない。香乃のお母さんが宿していた子供は死んでいなかった。だからその子供の体を使って実験的に試してみたんだ。玩具が動くかどうか」
自分の子供を……。
それは禁忌とはいえ、穂積や香乃の姉か兄にあたる子供を……。
貼り合わせの肉人形――。
どんな美しい顔をしていようが、他の人間の一部を犠牲にしているそれは、おぞましい。
人間は花のようなものだ。
短い命を散らすから、その生は儚く美しい。
誰かの手で花の美しさを永遠に閉じ込めようと加工するのなら、それは最早、花ではない。
……人間ではない。
(そんなものを作ったの? 作れたの?)
そこにエネルギーを向けられるなんて、正気の沙汰ではない。
「それを香乃のお母さんに知られた。彼女は子を失ったダブルの衝撃で、こう思うようになった。このままだと碧眼にお腹の子供ごと食われる――と。母性に目覚めたその瞬間、かつて彼女に安らぎを与えていた碧眼は、彼女の敵になった」
――あなたはこの先、その碧眼のせいで香乃を食らうわ。
「香乃のお母さんが今、恐れているのは香乃が父さんの欲の人形の一部になることだ。生きた人形にするために、香乃を利用することだ。だから彼女は真宮の、さらには碧眼を持つ俺を忌んだ。いずれ俺が生きるために香乃が死ぬことになるのではないかと。だが、腑に落ちないことがある」
穂積は目を細めて言った。
「彼女が家を出て行く時に、父さんとの取り決めがあって仕方がなく真宮に香乃を連れて来たにしても、香乃を連れてきたのは家を出てから何年も過ぎている。取り決めを理由にするのなら、あまりにも真宮に来るのが遅すぎるし、なぜ父さんはその時期の招集を許したのか。すると俺が香乃に出逢ったあの頃に、どうしても香乃や香乃のお母さんを真宮の近いところにおきたかったからだと思わずにはいられない。だとすれば、あの時期に、父さんが作った人形になんらかな異変があったのではないかと推測出来る」
当主は黙したまま、なにも言わない。
言わないのが、穂積の推測が正しいと肯定しているかのように。
返答がないことに痺れを切らしたように、穂積は続けた。
「……言い方を変えます。香乃のお母さんは昔、香乃に俺と穂月を近づくことに反対しなかった。それがなぜ突然掌を返したかのように猛反対を始めたのか。なぜ再び、碧眼を憎むようになったのか。それは事故の後……俺の目に、穂月の碧眼が移植されてからだ。……そして彼女は先日、俺と香乃にこう言った」
――食らわれたら、誰かを食らって生きるしかない。……あなたの妹のように。
碧眼が父親を見据える。
「――穂月は、死んだんですよね?」
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