勿忘草は、ノスタルジアな潤愛に乱れ咲く

奏多

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7.ダチュラは、偽りの魅力で陶酔させる

母のルーツ

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「私と姉とは父親が同じで、母親が違うはずだった。しかしどう見ても、姉が『母』と呼ぶその女が、後に穂積や穂月が受け継いだ……真宮の純血の特徴を兼ね備えている。私の母親も分家の女性だから、姉の母親が真宮の縁者であってもおかしくはない。が、真宮家では健常者を産めないということで忌み嫌われる碧眼女が子を産んでいたこと、さらに宿下がりして子供から遠ざけられるずの母親が、奥の院に匿われていることは、私には衝撃なことだった」

 衝撃――そう語る当主の面持ちに、動じた様子が見られないのはなぜだろう。
 秘匿された真実の意味を既に知っただろう彼が、それに納得しているからなのか。
 それとも……?

「女は、どう見ても十代の姉と同じか、姉より若く思えた。少なくとも二十代には見えない。幼気な少女のようで……

 当主の声が僅かに高揚する。
 彼が思い出しているのは、恐怖や驚愕ではない。
 それはまるで――。

(……陶酔?)

 香乃にとっては、不可解な想起。
 それがなにか、棘のように胸の奥でひっかかる。

(わたしなら、そんな若い伯母さんが奥の院に監禁されていたなんて、ホラー的な感想しか持たないと思うけど……)

 それだけ、祖母は特殊な雰囲気に覆われていたのだろうか。
 ある種、神々しくも思えるほどには。

「女は花瓶に活けてある白い朝顔を手にすると、それをひと口囓り、姉の口に入れた。姉もそれを囓ると、ふたりは微笑み合った。麝香にも似た甘い香りが強く漂う中、ふたりの姿は倒錯的で、私は眩暈を感じた」

(麝香に似た匂い……白い朝顔……?)

 香乃の胸の中によぎるひとつの花。
 それを知らずして、当主は続けた。

「そんな中、女は足元にいる姉の頭を撫でて、こう言った」

――お母さんは、苦しい思いをしてあなたを生んだの。それからずっと、お母さんはあなたのことを守ってあげたじゃない。お母さんだけがあなたの味方よ?

(それって……)

――今度はあなたが、お母さんに尽くしてね。

 香乃は、思わず穂積と顔を見合わせた。
 彼も同じことを思ったようだ。

――あなたは、お母さんの所有物ものなのだから。

(ああ、母さんのルーツはここにあるんだ)

 香乃の母親が香乃に向けて、当然のように求めていた〝見返り〟は、ここに端を発していたのだ。

 その女の言葉が暗示のように、幼い母親に刷り込まれたのだろう。
 それでなくとも箱庭育ちの彼女は、真宮家では孤立していた。
 唯一の味方で家族である母という存在を、長年盲信していても不思議ではない。

 だから母子がギブアンドテイクの関係であるべきだと思うのは、至極普通で当然のこと。
 ……母親にとっては。

(おばあちゃんは、母さんになにを要求していたのだろう。部屋から出たいのなら、チャンスはたくさんあるはずよね)

「女は姉に言った。姉の体のすべては、自分のものだと。自分の血肉になるために生きてきたのだと。それを聞いた私は恐ろしくなって、本能的にその場から逃げたのだ」
「ち、血肉!?」

 予想を超えた要求に、香乃の声がひっくり返る。

「あ、すみません。まんまの言葉じゃなく、比喩ですよね。胎内回帰というか、母親のものという意味での……」

 香乃は空々しく笑って見せたものの、それについては穂積が否定する。

「いや、まんまだと思う。その碧眼の女性は娘という香乃のお母さんに、自分の体となることを求めていた。きみのお母さんは、真宮の碧眼を生かすことが出来るから。香乃が穂月を生かしたように」

 吸い込まれるような、穂積の……元穂月の碧眼。
 手術台のことを思い出した香乃の心臓は、不穏さに脈打つ。

(そうだ。真宮は碧眼を生かすためには、なんでもする家だ)

「お、おばあちゃんを生かすために、母さんは手術して色々なものを移植したってこと? それをよしとしているなら、母さんもわたしからの移植を望んでいるとか……」

 もしや昔入院していた時に、腎臓とかがなくなっていたりとか……。

(わたし、怖くて人間ドッグ行けない! レントゲンも嫌!!)

 そんな香乃の百面相を見て、穂積は至って優しく真面目に諭した。

「それはない。実際香乃の体には、どこにも手術痕はない。とても綺麗だったよ」

 ……当主が居心地悪そうにみじろぎをして咳払いをし、香乃は羞恥に赤くなって縮こまる。
 彼の父親の前で、体の関係があるのだと公言されたのだ。

(そのことを怒らないのは、近親相姦の類いにあたらないからよね)

 祖母の存在で僅かにぶり返したその不安。
 香乃は当主の態度で、ほっとする。
 穂積は言う。

「真宮を忌む態度になっている香乃のお母さんは今、真宮の因習の呪縛からは解放されている。だからそれを香乃に求めていない。それは逆に言うと、自分は真宮家の面々とは違い、まともな人間でいい母親だという自負心があるのだと思う。それなのになぜ香乃はそんな自分に、血肉以外の……たとえば金銭面とかの貢献をしないのか、というニュアンスの非難なんだろう」
「……っ」

 肉付けが変わっても、道具としての対価を求める骨格は変わっていない。
 真宮の呪縛はまだ生き続けていると言ってもいいのかもしれない。

「気になるのは、香乃のお母さんの洗脳と言っていいほどの真宮の呪縛が、どうやって解けたかだ。反感を持って真宮から出て行き、碧眼を憎むに至るだけのなにがあったのか。かなりの衝撃的なことがあったんだろうと俺は推測する」

 穂積は当主を見つめた。

「それは多分、父さんはわかっているはずだ。その女が望むもの。香乃のお母さんが持っているのに、与えられないもの」

 碧眼が妖しく揺れる。

「――そして、父さんがしてしまった罪。それはなんですか?」

 当主はそこから目をそらす。

(ご当主の……罪?)
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