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7.ダチュラは、偽りの魅力で陶酔させる
昏く悲痛な叫び
しおりを挟む穂月の顔が、忌々しそうに歪んでいく。
「ああ、そうか。みーは河原崎に言っていたものな。河原崎とアナスタシアの子。リヒトの実姉で、カノの母親が産んだのが、オレだと」
すると穂積は薄く笑う。
「そんな言葉で信じるのは河原崎ぐらいだ。大体その子がお前であるのなら、年が違う。お前の年齢は俺と大して変わらない。むしろ年下にも見える。そしてなにより、お前には穂月の面影がない。ただ穂月の言葉遣いをしているだけの話。双子の共鳴を甘く見るな」
確かに、香乃ですら成長した事実を差し引いても、穂月に最初からなにか違和感を感じていた。
(どういうこと? だったら、目の前で穂積のことをみーと呼ぶこのひとは誰だと言うの?)
「肉体年齢など、切り取った女達の肉体を使えばどうとでも出来る。オレが穂月じゃないというのなら、穂月の記憶はどう説明するんだ?」
「穂月の脳を移植した……と言いたいところだが、それよりもっと単純明快な方法がある」
「それは?」
「穂月から直接聞いていればいい」
穂積は続けた。
「香乃の母親が産んだ子供は、父さんの手によって生かされていた。元々、どんなに河原崎が父さんに囁こうが、サイズが違う子供の体を大人の体に移植可能だということ自体、疑わしい。父さんは老化したアナスタシアを助けたくて、河原崎の話に乗ったわけではない。姉が産んだ子供が碧眼だったことで、父さんの興味は子供に移ってしまったんだ。父さんが魅入られたのは、アナスタシアかもしれない碧眼女性ではなく、碧眼を持つ女性だった」
当主はなにも言わず、じっと碧眼の息子を見ている。
「父さんは河原崎に奪われないよう、色々と理由をつけて座敷牢に捕らえた。逃げ出さないように外への出入り口も封じて。日の当たらないところでずっと座って過ごすことを強いられたのだから、四肢も弱って歩けなかったでしょう。もしかして喋れなかったかもしれない。その子は会いに来る父さんだけを頼って成長する。最初こそは、父さんに父性という慈愛の情があったかもしれない。しかし……次第に女の体になってくるその子を、父さんはどうしましたか」
詰問調の穂積から、当主は目をそらす。
「そうやって現実からも目をそらすから、あなたの罪を背負った哀れな存在が出るんです!」
「……っ、愛し、たんだ。私は心から。河原崎が生かそうとしていたあの女ではなく、私だけを見つめる青い目の少女が。どうしようもなく……劣情した」
搾り出すような声が聞こえる。
「つまり、河原崎が奥の院を楽園と見なしてアナスタシアだという女を犯したように、父さんもまた座敷牢を楽園と見なして、その子を犯していたわけだ。何度も何度も、父さんの子を孕むまで。そして生まれたのが――その女だ」
穂好きの指を差した先には、穂月がいる。
彼女はなにも言わなかった。
「俺とこいつが似ているのは、俺もこいつも父親が同じで、母親が碧眼女だからだろう。どの碧眼女との受精卵かは知らないが、宿下がりした俺の母親はただの代理母なんだろう。この女は、恐らくは妹分になる。俺の」
河原崎の実姉ではなく、穂積の実妹か義妹――。
やはり当主は、現在自分の娘と愛し合っていることには変わりがない。
「この女は、母親に比べて知能があった。なぜ座敷牢から出られないのかと思っていたはずだ。そして、父親の後をつけて来た穂月と会ったんだろう。そっくりのふたりは仲良くなり、穂月の知識を吸収して育った。同時にずっと、外に戻れる穂月に不満を募らせていたはずだ。なぜ同じ父親の子なのに、差別されるのかと」
穂積の目には怒りに満ちている。
「そこで真宮の中枢である奥の院の主になろうとした。まずそのために、母親がその母である奥の院の主に会いたいようだと唆し、母親に河原崎が継ぎ接ぎしている碧眼女を殺させた。河原崎の報復を回避するため、父さんが河原崎に言ったのは、碧眼女は老衰で新たに肉体をつけても無意味だろうから、新たな体に碧眼女の脳を移植したらどうかということ。しかし河原崎は脳医学には精通しておらず、移植は失敗に終わった。それを認めようとしない河原崎に、父さんは外部から腕のいい脳外科医を招いて、今度はその娘に移植してはどうかと持ちかけた。脳がまだ生きているうちにと」
なぜ当主はそんなことを言い出したのだろう。
愛する者達を手にかけてまで、河原崎から自分を守りたかったのだろうか。
「父さんはなぜそんなことをしたのか」
返答がない静まりきった中で、圭子が言った。
「そこにいる、名無しさんの入れ知恵ですわね。脳移植をされたふりをして、自分が奥の院に居座るため。恐らくは、すでにご当主の愛は、名無しさんに移っていたのでしょう。身の保全のために、誑かしたという表現の方が正しいでしょうか」
圭子からの非難を受けて、穂月のふりをしていた女は笑う。
「なにがいけない? じめじめとした暗いあの小さな場所で一生を過ごせと? なぜオレがそんな目に遭わないといけない。碧眼だぞ? 真宮当主の血を受け継いでいるんだぞ?」
「だからといって、他人を犠牲にしていいわけはないわ」
香乃が言うと、女はキッと睨み付ける。
「お前だって、穂積を守るために穂月を犠牲にしただろうが! 穂月の心をわかろうともせず、自分が信じるものだけを優先した。穂月を踏みにじり、挙げ句に見殺しにしたじゃないか!」
「わたしは……っ」
「ああ、そうだよ。オレの父親だというこの男は、碧眼女が大好きでね。どんなに骨までしゃぶっても、老化すると見向きもしなくなる。母さんがオレを生み、衰えていくとぎらついた目をオレに向けた。そしてとうとう母さんの前でオレを抱いた。声の出ない母さんも、声が出るオレも、泣いているのをわかっているくせして。髪を引き摺って組み敷き、目玉を舐めた……真性の変態さ!」
糾弾する女の唇が戦慄いた。
「母さんも部屋の隅で震えるだけで守ってくれなかった。オレはただ、痛みに耐え嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。涙も枯れ果てた。こんなに辛い思いをしていたんだから、安全な居場所を望んだっていいじゃないか。オレだって殺され続けてきたんだから、オレを見殺しにしている奴らを殺したっていいじゃないか。虐げてきた男を愛しているフリをして、生きる場所を確保するのがそんなにいけないことか? 奥の院でひっそり生きていたら駄目なのか? オレも切り刻まれて、誰かに捕食されて死ねとでもいうのか!?」
それは、生きていたいという悲痛なる叫びだった。
聞いている香乃の目から、涙が零れた。
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