95 / 102
8.ヒイラギナンテンは、激しい感情を伝える
花を愛さない華道家
しおりを挟む◇◇◇
志帆が病院で目覚めたと、香乃が連絡を受けたのは、それから三日後のことだった。
香乃がドアを開けると、穂積と河原崎が先に来ていたようだ。
元々は痩せ型の志帆だが、点滴生活をしていたせいか、さらにほっそりして見える。
どんな癇癪持ちであろうと、意識がなければ儚げな美女。このまま消えてしまうのではないかと心配していた香乃にとって、意識ある志帆が上体を起こして穂積と話していたのは、感動的だった。
「志帆さん、目覚めてよかった~!!」
目を潤ませた香乃が志帆に抱き付くと、志帆はなにが起きたのかわからない様子で体を固まらせた。やがてはっと正気に戻り、香乃を突き放して言う。
「なんなの。穂積を手に入れたからって、上から目線で哀れみに来たの!?」
「そんな……」
本日も、香乃への風当たりは強い。
「目はよろしいみたいなのに、つくづく頭がお悪い方ですわね」
大仰なほどの嘆息をついたのは、香乃の後方に控えていた圭子だ。
志帆は訝しげな顔を圭子に向け、圭子が誰か考え込んでいたようだが、やがて声を洩らした。
「その髪型、名取川家の……」
「名取川圭子ですわ、宴で何度も名乗ってご挨拶をしているはずですが」
圭子の方が年下のはずだが、貫禄がある。
志帆は若干おどおどしながらも、虚勢を張った。
「へ、変な頭をしているのが悪いんじゃない」
「頭の中身が悪い方が、問題では?」
圭子にかかれば子供をあやしているようなものだ。
どんな金切り声を出されても、まるで動じていない。
「な、なんですって!? この私に向かって、よくもそんな口を……」
「……ふぅ。随分とご自分を過剰評価なさっているようですが、分家の女性が嗜む程度ぐらいの華道の腕前に毛が生えただけで、あなたの知識は現役花屋の持つものにも及ばない。ドブスではない程度の真宮姓の女性に〝美人天才華道家〟などいう大層な肩書きをつけたのは、客寄せパンダにしたいメディアの戦略です。裸の女王様であることを自慢しないでくださいな。本家の影に生きる同じ分家の身として、聞いていて恥ずかしいので」
「な、なにを……」
「ぶあっはっはっは。容赦ねぇなあ、毒に耐性あるかっぱ娘の毒舌は」
笑い転げているのは河原崎だ。
最早営業用の気取った態度はやめ、本来のもので皆に接するつもりらしい。砕けた雰囲気の河原崎を見るのが初めてだった志帆は、ぎょっとしている。
「こらこら、こけ嬢。入院者を相手に、やりすぎるな」
圭子を制したのは、香乃と圭子と一緒に見舞いに来た牧瀬である。
「しかし、課長。この真宮志帆の向こう見ずな行動のおかげで、どれだけの方々が振り回されて来たか。今だって皆さん、忙しい最中にこうして駆けつけたというのに、助けて貰った恩もなかったことにして、傲慢な言動を重ねるつもりならわたくし、いつでも喜んで矯正の指南役、引き受けますことよ。蓮見係長への暴言の数々、そして牧瀬課長を誑かした罪、わたくし忘れていませんから!」
「な、ななな! あ、あなた何様!?」
怯んで叫ぶ志帆に圭子は、平然と言い返す。
「名取川圭子ですわ」
それがやけに迫力があったのか、言い返すだけの体力がまだ回復していなかったのか、志帆は黙り込んでしまった。完全に圭子の貫禄勝ちである。
それから数十分、穂積は志帆に、なぜ病院にいるのかを説明した。
碧眼女を巡った愛憎劇の詳細は伏せ、奥の院には穂積の妹がいたこと、真宮本家は彼女や当主、執事を呑み込んで炎上したこと、皆で志帆を助け出したことを話す。
志帆は驚愕して顔色を変えたが、妙に納得した様子でもある。
それを見ながら穂積が尋ねる。
「お前が牧瀬さんに連絡した件、『ふたりを別れさせることが出来るかもしれない人間に会いに、本家の奥の院に行ってくる』……それはどう意味だ? 俺と香乃を別れさせることが出来る、誰に会うために真宮に赴いた?」
「……奥の院にいる誰か。そのひとに会いに来たはずなのに、本家に入ったらなにかを食べさせられて……気づいたら病院よ。なにがなんだかさっぱり」
志帆は気まずそうに言った。
「真宮本家でも、奥の院は真宮の中枢で秘密があるくらいにしか伝わっていなかった。それがなぜ、分家のお前が、奥の院にひとがいると知れたんだ?」
「穂積の婚約者として、よく穂積に会いに本家に来ていた私は、開かない扉を持つ奥の院を見たくて仕方がなかった。それで執事……河原崎に聞いたの。奥の院には、当主をも凌駕する偉いひとがいて、いつか時が来たら特別に会わせるから、今は我慢しろと。これが約束の印だと、白い朝顔をくれたけれど、花に興味がないから捨てちゃった。……あ、あの朝顔の匂いだわ。本家で無理矢理食べさせられたものは。私、生の朝顔を食べさせられたの……? 変な菌とか感染していないかしら」
もしかして執事は最初から、志帆もアナスタシアの体にしようとしていたのだろうか。
狂愛の幻覚花を贈るなど、よっぽどの思いが込められていたはずだ。
だが華道家を名乗る志帆には、花に込められたものがわからない。
彼女にとっては、ダチュラも他の花と同じなただの花であり、昔から興味がない……今の商売道具にしかすぎないのかもしれない。
志帆は毛布をぎゅっと手で掴み、俯き加減で続けた。
「……今まで、当主に直談判していても穂積は私のものにならなかった。穂積が当主の力ですら抑えつけて拒んでいたと知り、私は河原崎の言葉を思い出した。だったら当主より上にいる人物の力を借りれば、穂積も私に振り向き、結婚してくれるかもしれない。香乃ではなく私を選んでくれるかもしれないと思ったの」
短絡的ともいえる、悲しいまでの恋心。
力に頼るほどに、志帆も穂積が欲しかったのだ。
「河原崎に奥の院にいるひとに会いたいと言ったけれど、すぐにはいいと言ってくれなかった。だけどようやく金曜日、河原崎は不可解な条件を出して来た」
「条件とはなんだ?」
「自分の想いを受けて欲しいという意味を持つ花がついたカードを持って来たらいいと。ネットで花言葉を調べたらハナミズキがそうだから、店で探して買い、執事に渡して中に入った。でも結局は、奥の院に行き着く前に意識を失っていたことになるけれど」
ハナミズキ――それは『ファゲトミナート』ホテルに届いた、穂月を模したメッセージカード。
書かれていたのは、『すべてを奪うみーを許さない』。
……穂月の直筆の日記があるのだ。
字を真似をすれば、誰でもいくらでも穂月を騙ることが出来る。
(字……)
「ねぇ、志帆さん。勿忘草の手紙は?」
香乃は、慌てて尋ねる。
「九年前、あなたはわたしの前であれを破ったはず。あれは、オリジナルよね?」
すると志帆は顔を歪ませて答えを拒んでいたが、穂積に急かされ、渋々答えた。
「……カラーコピーよ。オリジナルじゃない」
「え?」
「穂積の部屋で手紙を見つけた時、ちょうど河原崎が飲み物を運んできて。手紙を見たまま固まっている私を見て言ったの」
――これは、あってはならぬもの。穂積様が真宮の使命から外れ、恋に溺れて勝手に子供など作られたら一大事。志帆様、偽物の手紙を使い、穂積様を誑かそうとする、この手紙の主に引導を渡しなされ。本物は私が、ご当主にお渡ししてご指示を仰ぎます。
0
あなたにおすすめの小説
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる