勿忘草は、ノスタルジアな潤愛に乱れ咲く

奏多

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8.ヒイラギナンテンは、激しい感情を伝える

花を愛さない華道家

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 ◇◇◇

 志帆が病院で目覚めたと、香乃が連絡を受けたのは、それから三日後のことだった。
 香乃がドアを開けると、穂積と河原崎が先に来ていたようだ。
 元々は痩せ型の志帆だが、点滴生活をしていたせいか、さらにほっそりして見える。
 どんな癇癪持ちであろうと、意識がなければ儚げな美女。このまま消えてしまうのではないかと心配していた香乃にとって、意識ある志帆が上体を起こして穂積と話していたのは、感動的だった。

「志帆さん、目覚めてよかった~!!」

 目を潤ませた香乃が志帆に抱き付くと、志帆はなにが起きたのかわからない様子で体を固まらせた。やがてはっと正気に戻り、香乃を突き放して言う。

「なんなの。穂積を手に入れたからって、上から目線で哀れみに来たの!?」
「そんな……」

 本日も、香乃への風当たりは強い。

「目はよろしいみたいなのに、つくづく頭がお悪い方ですわね」

 大仰なほどの嘆息をついたのは、香乃の後方に控えていた圭子だ。
 志帆は訝しげな顔を圭子に向け、圭子が誰か考え込んでいたようだが、やがて声を洩らした。

「その髪型、名取川家の……」
「名取川圭子ですわ、宴で何度も名乗ってご挨拶をしているはずですが」

 圭子の方が年下のはずだが、貫禄がある。
 志帆は若干おどおどしながらも、虚勢を張った。

「へ、変な頭をしているのが悪いんじゃない」
「頭の中身が悪い方が、問題では?」

 圭子にかかれば子供をあやしているようなものだ。
 どんな金切り声を出されても、まるで動じていない。

「な、なんですって!? この私に向かって、よくもそんな口を……」
「……ふぅ。随分とご自分を過剰評価なさっているようですが、分家の女性が嗜む程度ぐらいの華道の腕前に毛が生えただけで、あなたの知識は現役花屋の持つものにも及ばない。ドブスではない程度の真宮姓の女性に〝美人天才華道家〟などいう大層な肩書きをつけたのは、客寄せパンダにしたいメディアの戦略です。裸の女王様であることを自慢しないでくださいな。本家の影に生きる同じ分家の身として、聞いていて恥ずかしいので」
「な、なにを……」
「ぶあっはっはっは。容赦ねぇなあ、毒に耐性あるかっぱ娘の毒舌は」

 笑い転げているのは河原崎だ。
 最早営業用の気取った態度はやめ、本来のもので皆に接するつもりらしい。砕けた雰囲気の河原崎を見るのが初めてだった志帆は、ぎょっとしている。

「こらこら、こけ嬢。入院者を相手に、やりすぎるな」

 圭子を制したのは、香乃と圭子と一緒に見舞いに来た牧瀬である。

「しかし、課長。この真宮志帆の向こう見ずな行動のおかげで、どれだけの方々が振り回されて来たか。今だって皆さん、忙しい最中にこうして駆けつけたというのに、助けて貰った恩もなかったことにして、傲慢な言動を重ねるつもりならわたくし、いつでも喜んで矯正の指南役、引き受けますことよ。蓮見係長への暴言の数々、そして牧瀬課長を誑かした罪、わたくし忘れていませんから!」
「な、ななな! あ、あなた何様!?」

 怯んで叫ぶ志帆に圭子は、平然と言い返す。

「名取川圭子ですわ」

 それがやけに迫力があったのか、言い返すだけの体力がまだ回復していなかったのか、志帆は黙り込んでしまった。完全に圭子の貫禄勝ちである。

 それから数十分、穂積は志帆に、なぜ病院にいるのかを説明した。
 碧眼女を巡った愛憎劇の詳細は伏せ、奥の院には穂積の妹がいたこと、真宮本家は彼女や当主、執事を呑み込んで炎上したこと、皆で志帆を助け出したことを話す。
 志帆は驚愕して顔色を変えたが、妙に納得した様子でもある。
 それを見ながら穂積が尋ねる。

「お前が牧瀬さんに連絡した件、『ふたりを別れさせることが出来るかもしれない人間に会いに、本家の奥の院に行ってくる』……それはどう意味だ? 俺と香乃を別れさせることが出来る、誰に会うために真宮に赴いた?」
「……奥の院にいる誰か。そのひとに会いに来たはずなのに、本家に入ったらなにかを食べさせられて……気づいたら病院よ。なにがなんだかさっぱり」

 志帆は気まずそうに言った。

「真宮本家でも、奥の院は真宮の中枢で秘密があるくらいにしか伝わっていなかった。それがなぜ、分家のお前が、奥の院にひとがいると知れたんだ?」
「穂積の婚約者として、よく穂積に会いに本家に来ていた私は、開かない扉を持つ奥の院を見たくて仕方がなかった。それで執事……河原崎に聞いたの。奥の院には、当主をも凌駕する偉いひとがいて、いつか時が来たら特別に会わせるから、今は我慢しろと。これが約束の印だと、白い朝顔をくれたけれど、花に興味がないから捨てちゃった。……あ、あの朝顔の匂いだわ。本家で無理矢理食べさせられたものは。私、生の朝顔を食べさせられたの……? 変な菌とか感染していないかしら」

 もしかして執事は最初から、志帆もアナスタシアの体にしようとしていたのだろうか。
 狂愛の幻覚花ダチュラを贈るなど、よっぽどの思いが込められていたはずだ。

 だが華道家を名乗る志帆には、花に込められたものがわからない。
 彼女にとっては、ダチュラも他の花と同じなただの花であり、昔から興味がない……今の商売道具にしかすぎないのかもしれない。
 志帆は毛布をぎゅっと手で掴み、俯き加減で続けた。

「……今まで、当主に直談判していても穂積は私のものにならなかった。穂積が当主の力ですら抑えつけて拒んでいたと知り、私は河原崎の言葉を思い出した。だったら当主より上にいる人物の力を借りれば、穂積も私に振り向き、結婚してくれるかもしれない。香乃ではなく私を選んでくれるかもしれないと思ったの」

 短絡的ともいえる、悲しいまでの恋心。
 力に頼るほどに、志帆も穂積が欲しかったのだ。

「河原崎に奥の院にいるひとに会いたいと言ったけれど、すぐにはいいと言ってくれなかった。だけどようやく金曜日、河原崎は不可解な条件を出して来た」
「条件とはなんだ?」
「自分の想いを受けて欲しいという意味を持つ花がついたカードを持って来たらいいと。ネットで花言葉を調べたらハナミズキがそうだから、店で探して買い、執事に渡して中に入った。でも結局は、奥の院に行き着く前に意識を失っていたことになるけれど」

 ハナミズキ――それは『ファゲトミナート』ホテルに届いた、穂月を模したメッセージカード。
 書かれていたのは、『すべてを奪うみーを許さない』。

 ……穂月の直筆の日記があるのだ。
 字を真似をすれば、誰でもいくらでも穂月を騙ることが出来る。

(字……)

「ねぇ、志帆さん。勿忘草の手紙は?」

 香乃は、慌てて尋ねる。

「九年前、あなたはわたしの前であれを破ったはず。あれは、オリジナルよね?」

 すると志帆は顔を歪ませて答えを拒んでいたが、穂積に急かされ、渋々答えた。

「……カラーコピーよ。オリジナルじゃない」
「え?」
「穂積の部屋で手紙を見つけた時、ちょうど河原崎が飲み物を運んできて。手紙を見たまま固まっている私を見て言ったの」

――これは、あってはならぬもの。穂積様が真宮の使命から外れ、恋に溺れて勝手に子供など作られたら一大事。志帆様、偽物の手紙を使い、穂積様を誑かそうとする、この手紙の主に引導を渡しなされ。本物は私が、ご当主にお渡ししてご指示を仰ぎます。

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