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水の踊り子が愛する人
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「そういえば、帰る方法、全然探してない……!」
波音が水月の国にやって来て、約二ヶ月が経った。日々に忙殺されるあまり、忘れてしまっていたのだが、波音は元の世界に戻る術を考えも調べもしていない。
今のところ、手がかりが一切ないということもあるが、こちらでの居心地がよくなってしまったのも理由の一つだ。それほど、毎日が充実していた。
曲芸団からの給料は、既に二回ももらっている。紫が怪我から復帰したので、波音は綱渡りの演目からは外れることになった。少しの名残惜しさは感じるが、安堵感の方が強い。
碧は約束通り、紫が復帰するまでの期間は規定の二倍の金額を支払ってくれた。ただし、服や靴を揃えた分は、しっかり天引きされていたが。
そろそろ碧の家を出て、一人暮らしをしようと試みたのだが、借地代、家賃、家具家電を揃える費用を計算すると、給料二回分では足りなかった。よって、波音は今も碧の家に居候させてもらっている。
(なんだかんだ、居着かせてもらって悪いなあ……)
波音が企画した水中ダンスショーは、現在発注している円柱状の巨大水槽が完成すれば、実演できる段階まできていた。演者は、波音と、双子の美海と宇海の三人。今はほぼ毎日、街が運営するプールで彼女たちと水中ダンスの練習をしている。
「はー……風が気持ちいい」
今日は久しぶりの休みだ。根詰めて働いていたので、波音はリフレッシュも兼ねて、朝食の前に海岸の砂の上を歩いていた。ここは、波音が溺れていたところを助けられた、水明海岸だ。
(碧さんも、ここからこの世界に来たんだよね)
碧の記憶は未だに戻っていない。本人も無理に思い出そうとはしていないが、波音を見て、たまに懐かしそうに目を細めることがある。そういうときは、決まってキスをしてくるのだが、波音もそれを拒めずにいた。
波音の中で、仮説が確信に変わりつつある。碧の態度は、明らかに軟化した。碧兄ちゃんを彷彿とさせる優しさを見せられると、波音の心はいつも揺れる。ひどくドキドキした。
「やっぱり……好き、なのかなぁ……」
「一人でお散歩ですか?」
「ふわぁっ!!」
独り言の最中に背後から声を掛けられ、波音は変な叫び声を上げて振り返った。だが、その瞬間に砂に足を取られ、前のめりになる。
「危ない!」
「きゃっ……す、すみません。ありがとうございます!」
「いえ、こちらこそ。驚かせてしまったみたいで、申し訳ありません」
「あ、砂紋さん?」
「ええ、そうです」
転びそうになった波音を抱き留めたのは、砂紋だった。会うのは、髪飾りをプレゼントしてもらって以来だ。図らずも迷惑を掛けてしまったことを詫びながら、波音は砂紋から離れて頭を下げた。
「えっと……随分前になりますが、先日は髪飾りをありがとうございました。ちゃんとお礼も申し上げられずに……」
「そんなに堅くならなくていいですよ。気軽に話してください。僕の名前、お聞きになったんですね」
「はい。皇族の方だとは存じ上げず、その節は……」
「だから、普通で良いですよ。兄に話すみたいに接してもらえたら、嬉しいです」
「……はい」
潮騒と混ざって、砂紋の楽しそうな笑い声が聞こえる。正真正銘の皇子の微笑みに、波音は緊張しながらも笑い返した。
「あなたのお名前を伺ってもいいですか?」
「姫野波音です」
「波音さん。素敵な響きですね」
「あ、ありがとうございます」
お見合いで向き合うことになった男女のように、ぎこちなく初々しい空気が流れる。砂紋がなぜここにいるのかも、なぜ波音に構おうとするのかも分からない。ただ、なんとなくだが、そこに碧が絡んでいるのではないかと、波音は予想していた。
「そういえば、帰る方法、全然探してない……!」
波音が水月の国にやって来て、約二ヶ月が経った。日々に忙殺されるあまり、忘れてしまっていたのだが、波音は元の世界に戻る術を考えも調べもしていない。
今のところ、手がかりが一切ないということもあるが、こちらでの居心地がよくなってしまったのも理由の一つだ。それほど、毎日が充実していた。
曲芸団からの給料は、既に二回ももらっている。紫が怪我から復帰したので、波音は綱渡りの演目からは外れることになった。少しの名残惜しさは感じるが、安堵感の方が強い。
碧は約束通り、紫が復帰するまでの期間は規定の二倍の金額を支払ってくれた。ただし、服や靴を揃えた分は、しっかり天引きされていたが。
そろそろ碧の家を出て、一人暮らしをしようと試みたのだが、借地代、家賃、家具家電を揃える費用を計算すると、給料二回分では足りなかった。よって、波音は今も碧の家に居候させてもらっている。
(なんだかんだ、居着かせてもらって悪いなあ……)
波音が企画した水中ダンスショーは、現在発注している円柱状の巨大水槽が完成すれば、実演できる段階まできていた。演者は、波音と、双子の美海と宇海の三人。今はほぼ毎日、街が運営するプールで彼女たちと水中ダンスの練習をしている。
「はー……風が気持ちいい」
今日は久しぶりの休みだ。根詰めて働いていたので、波音はリフレッシュも兼ねて、朝食の前に海岸の砂の上を歩いていた。ここは、波音が溺れていたところを助けられた、水明海岸だ。
(碧さんも、ここからこの世界に来たんだよね)
碧の記憶は未だに戻っていない。本人も無理に思い出そうとはしていないが、波音を見て、たまに懐かしそうに目を細めることがある。そういうときは、決まってキスをしてくるのだが、波音もそれを拒めずにいた。
波音の中で、仮説が確信に変わりつつある。碧の態度は、明らかに軟化した。碧兄ちゃんを彷彿とさせる優しさを見せられると、波音の心はいつも揺れる。ひどくドキドキした。
「やっぱり……好き、なのかなぁ……」
「一人でお散歩ですか?」
「ふわぁっ!!」
独り言の最中に背後から声を掛けられ、波音は変な叫び声を上げて振り返った。だが、その瞬間に砂に足を取られ、前のめりになる。
「危ない!」
「きゃっ……す、すみません。ありがとうございます!」
「いえ、こちらこそ。驚かせてしまったみたいで、申し訳ありません」
「あ、砂紋さん?」
「ええ、そうです」
転びそうになった波音を抱き留めたのは、砂紋だった。会うのは、髪飾りをプレゼントしてもらって以来だ。図らずも迷惑を掛けてしまったことを詫びながら、波音は砂紋から離れて頭を下げた。
「えっと……随分前になりますが、先日は髪飾りをありがとうございました。ちゃんとお礼も申し上げられずに……」
「そんなに堅くならなくていいですよ。気軽に話してください。僕の名前、お聞きになったんですね」
「はい。皇族の方だとは存じ上げず、その節は……」
「だから、普通で良いですよ。兄に話すみたいに接してもらえたら、嬉しいです」
「……はい」
潮騒と混ざって、砂紋の楽しそうな笑い声が聞こえる。正真正銘の皇子の微笑みに、波音は緊張しながらも笑い返した。
「あなたのお名前を伺ってもいいですか?」
「姫野波音です」
「波音さん。素敵な響きですね」
「あ、ありがとうございます」
お見合いで向き合うことになった男女のように、ぎこちなく初々しい空気が流れる。砂紋がなぜここにいるのかも、なぜ波音に構おうとするのかも分からない。ただ、なんとなくだが、そこに碧が絡んでいるのではないかと、波音は予想していた。
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