水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~

楪 彩郁

文字の大きさ
58 / 65
水の踊り子が愛する人

しおりを挟む
「あの、髪飾りのことなんですが……。碧さんが、『これは、皇族にとって大切なものだ』って」
「ああ。聞かれたんですね」
「……渡される相手を間違っておられませんか?」
「いいえ。あなたで間違いありません。図らずも一目惚れしたのは、人生で初めてでしたので。幾ばくか不自然だったのは、お許しいただきたい」
「ひ、一目惚れ……!?」

 波音が一歩後ずさると、砂紋は白い歯を見せながら笑った。波音だって、一目惚れをされたのは人生で初めてだ。相手をよく知らないうちに好きになってしまうなんてことが、実際にあるのだ。上手く理解ができず、波音は混乱した。

「え、えっ……ってことは」
「僕は、あなたを妃に迎えたいと考えています。前向きに考えていただけたら、嬉しいんですが」
「それは……えっと……」
「波音!」

 ざりざり、と砂を踏みしめる足音が聞こえたかと思いきや、碧が大声で名前を呼びながら走ってきた。さっきまで家のハンモックで寝ていたはずなのに、波音がここにいるとよく分かったものだ。

「碧さん? どうして、ここが?」
「兄さん……」
「砂紋、お前……何を考えてる?」

 碧は波音の傍に来るなり、砂紋から守るようにして抱き寄せた。人前でも、碧はこんなことができるのだ。波音の心臓が早鐘のように鳴る。

(また、これだ……)

 その触れ方が優しくて、碧兄ちゃんを思い起こさせる。砂紋は波音と碧を交互に見て、「そういうことですか」と溜め息をついた。

「ややこしいことは何も考えていませんよ。波音さんに一目惚れしたのは本当ですし、冗談でもありません。また出直します」
「……もう来るな」
「それは、聞き入れられないですね」

 案の定、兄弟仲はあまりよくなさそうだ。互いにいがみ合っているのが見てとれて、波音はおろおろと二人を見比べた。砂紋は波音に笑いかけて一礼すると、足跡のついた砂の上を、陸の方へと歩いて行く。

 その後ろ姿が見えなくなってから、碧は波音の身体を上下くまなく確認し始めた。

「波音、あいつに何された? 大丈夫か?」
「何もされてないですよ。心配しないでください」
「……でも、プロポーズされてただろ」
「ああ、それは……はい」
「……受けるのか?」

 碧の声に、嫉妬が滲む。波音の胸が、不意にきゅんとした。たまらなく、碧の身体を抱きしめたくなる。

(ああ、やっぱり……。私、この人が好きなんだ)

 認めざるを得ない。波音は、目の前のこの男が、好きらしいのだ。碧兄ちゃんを想っていた感情と、同じようでどこか違う。碧兄ちゃんに似ているから好きになったのではなく、今ここにいる、深水碧そのものが愛しいのだ。

 波音は、碧の方に向き直って、その逞しい背中に腕を回して抱きついた。初めて、自分からそうした。

「砂紋さんのプロポーズは、お断りします。私は、曲芸団でまだまだ頑張りたいです。まだ水中ダンスも披露していませんし」
「そ、そうか。で、これは……?」
「ふと、抱きしめたくなったので」
「……なんか、お前の方が男前だな。悔しい」

 碧は波音の頭に顎を乗せ、男のプライドを見せるかのように抱きしめ返してきた。「好き」と、一言告げればそれでいいのに、波音は勇気が出ない。きっと碧もまんざらではないと思いたいが、明確な答えが出るのが怖いのだ。

(せめて、『水の踊り子』を成功させるまでは……)

 だから今は、抱きしめることでこの想いが伝わればいいと、波音はずるい方法を考える。潮騒と潮風に包まれながら抱きしめ合うと、あまりにも心地よくて――このまま元の世界に帰れなくても、彼がいるなら生きていけると思えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

ガネット・フォルンは愛されたい

アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。 子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。 元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。 それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。 私も誰かに一途に愛されたかった。 ❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。 ❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。

小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃
恋愛
マルティナ王女の護衛騎士のアレクサンドル。幼い姫に気に入られ、ままごとに招待される。「泥団子は本当に食べなくても姫さまは傷つかないよな。大丈夫だよな」幼女相手にアレクは戸惑う日々を過ごす。マルティナも大きくなり、アレクに恋心を抱く。「畏れながら姫さま、押しが強すぎます。私はあなたさまの護衛なのですよ」と、マルティナの想いはなかなか受け取ってもらえない。※『わたしは妹にとっても嫌われています』の護衛騎士と小さな王女のその後のお話です。可愛く、とても優しい世界です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

処理中です...