59 / 65
水の踊り子が愛する人
3
しおりを挟む
*****
巨大水槽が完成して、二週間後。演出や舞台装置の綿密な打ち合わせを経て、ついに、水中ダンスショーを披露する日がやってきた。開催前から街中でもビラを配り、チケットの売れ行きは好調。期待度は高く、一ヶ月先の公演まで完売してしまった。
(これが『睡蓮』の知名度と人気なんだ……)
数々のプレッシャーに打ち勝ってきたはずの波音だが、周囲から楽しみに待たれているとなると、気を張り詰めさせてしまうのも無理はない。
未だ反響の掴めない演目であるということもあり、初日は開演直後に『水の踊り子』を披露することになった。ステージの中央に、地下から電動リフトで水槽を上げ、そこに高台から波音たちが飛び込んでいくことになっている。
「波音。準備終わったか?」
「いよいよね、波音」
「碧さん、渚さん! はい。美海さんと宇海さんも準備が終わって、あっちに待機しています」
会場が観客で埋まり始めた頃、波音は着替えとヘアメイクを終えて、舞台裏でストレッチをしていた。そこに、碧と渚がやってくる。
「へえ。これが水に濡れても落ちないメイク、か。短期間でよく開発してもらったな」
「はい! 国に特許を申請するって、ヘアメイクチームの皆さんが言ってました」
「そうか」
「なんか生き生きしてるわね。その衣装も、すごくおしゃれ」
「これも、衣装係の皆さんが頑張ってくださったんです」
波音の衣装は、青色を基調とし、人魚をイメージしたものだ。上半身はビキニで、下半身はフリルスカートのついたタイツ。足を閉じた時に人魚の尾ひれに見えるようにデザインされている。
水の抵抗を極力制限するため、撥水加工が施された上に無駄な布は省かれているので、肌面積が多く、なかなか際どい衣装でもある。
「……男性客が増えそうだな」
「あら、碧。今頃気付いたの? 可愛くてセクシーな衣装を着てる女の子たちが三人も踊っていたら、それは噂になるわよ。いずれうちの花形演目になるかも」
「それはそれで複雑なんだが……」
「あはは……。そうなれれば、いいんですけどね」
とにもかくにも、今日の観客の反応を見てみなければ分からない。反省点も出るだろうから、それを次に繋げていく必要がある。渚の言うように、碧のピエロほどではなくても、人気を博す演目に仕上げていきたいと、波音は思った。
「……波音、まだ時間あるか?」
「はい。どうしました?」
そろそろ高台へ上がろうとしていた波音を引き留め、碧が歯切れ悪くそう言った。目を左右に泳がしている。
「あー……渚、外してもらえると助かる」
「あっ! あらあら、ごめんなさいね。気が利かなくて」
渚は少しだけ寂しそうな視線を碧に向けたあと、波音にウインクをして、そそくさと逃げていった。開演までもう間もないというところで、碧は一体どうしたというのだろうか。
「……これを、渡したいと思った。お前に」
「あれ? これって砂紋さんの……」
「馬鹿、違う。これは俺が持ってたやつだ」
碧が手に持っていたのは、青い薔薇の髪飾り。だが、よくよく見れば、確かにデザインが微妙に異なる。
(それを、渡したいって……え!?)
弾かれたように波音が顔を上げると、碧は顔を真っ赤にして、口元を手で覆った。今の台詞だけでも、彼にとっては精一杯の告白だったのかもしれない。
「……いつまた砂紋がお前を奪いに来るかと思うと、気が気じゃなかった。だから、俺も正直になることにする」
「それって……」
「波音、俺と結婚してほしい」
飾り気のない、直球の言葉。強引で不遜な彼が、不器用ながらも伝えてくれた。「好き」だとか「愛してる」とか、まずは恋人として付き合うとか、それらを全部すっ飛ばして。本番前だというのに、他のことなんて全部忘れ去ってしまうくらい、碧のことで頭がいっぱいになる。
巨大水槽が完成して、二週間後。演出や舞台装置の綿密な打ち合わせを経て、ついに、水中ダンスショーを披露する日がやってきた。開催前から街中でもビラを配り、チケットの売れ行きは好調。期待度は高く、一ヶ月先の公演まで完売してしまった。
(これが『睡蓮』の知名度と人気なんだ……)
数々のプレッシャーに打ち勝ってきたはずの波音だが、周囲から楽しみに待たれているとなると、気を張り詰めさせてしまうのも無理はない。
未だ反響の掴めない演目であるということもあり、初日は開演直後に『水の踊り子』を披露することになった。ステージの中央に、地下から電動リフトで水槽を上げ、そこに高台から波音たちが飛び込んでいくことになっている。
「波音。準備終わったか?」
「いよいよね、波音」
「碧さん、渚さん! はい。美海さんと宇海さんも準備が終わって、あっちに待機しています」
会場が観客で埋まり始めた頃、波音は着替えとヘアメイクを終えて、舞台裏でストレッチをしていた。そこに、碧と渚がやってくる。
「へえ。これが水に濡れても落ちないメイク、か。短期間でよく開発してもらったな」
「はい! 国に特許を申請するって、ヘアメイクチームの皆さんが言ってました」
「そうか」
「なんか生き生きしてるわね。その衣装も、すごくおしゃれ」
「これも、衣装係の皆さんが頑張ってくださったんです」
波音の衣装は、青色を基調とし、人魚をイメージしたものだ。上半身はビキニで、下半身はフリルスカートのついたタイツ。足を閉じた時に人魚の尾ひれに見えるようにデザインされている。
水の抵抗を極力制限するため、撥水加工が施された上に無駄な布は省かれているので、肌面積が多く、なかなか際どい衣装でもある。
「……男性客が増えそうだな」
「あら、碧。今頃気付いたの? 可愛くてセクシーな衣装を着てる女の子たちが三人も踊っていたら、それは噂になるわよ。いずれうちの花形演目になるかも」
「それはそれで複雑なんだが……」
「あはは……。そうなれれば、いいんですけどね」
とにもかくにも、今日の観客の反応を見てみなければ分からない。反省点も出るだろうから、それを次に繋げていく必要がある。渚の言うように、碧のピエロほどではなくても、人気を博す演目に仕上げていきたいと、波音は思った。
「……波音、まだ時間あるか?」
「はい。どうしました?」
そろそろ高台へ上がろうとしていた波音を引き留め、碧が歯切れ悪くそう言った。目を左右に泳がしている。
「あー……渚、外してもらえると助かる」
「あっ! あらあら、ごめんなさいね。気が利かなくて」
渚は少しだけ寂しそうな視線を碧に向けたあと、波音にウインクをして、そそくさと逃げていった。開演までもう間もないというところで、碧は一体どうしたというのだろうか。
「……これを、渡したいと思った。お前に」
「あれ? これって砂紋さんの……」
「馬鹿、違う。これは俺が持ってたやつだ」
碧が手に持っていたのは、青い薔薇の髪飾り。だが、よくよく見れば、確かにデザインが微妙に異なる。
(それを、渡したいって……え!?)
弾かれたように波音が顔を上げると、碧は顔を真っ赤にして、口元を手で覆った。今の台詞だけでも、彼にとっては精一杯の告白だったのかもしれない。
「……いつまた砂紋がお前を奪いに来るかと思うと、気が気じゃなかった。だから、俺も正直になることにする」
「それって……」
「波音、俺と結婚してほしい」
飾り気のない、直球の言葉。強引で不遜な彼が、不器用ながらも伝えてくれた。「好き」だとか「愛してる」とか、まずは恋人として付き合うとか、それらを全部すっ飛ばして。本番前だというのに、他のことなんて全部忘れ去ってしまうくらい、碧のことで頭がいっぱいになる。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ガネット・フォルンは愛されたい
アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。
子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。
元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。
それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。
私も誰かに一途に愛されたかった。
❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。
❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
小さな姫さまは護衛騎士に恋してる
絹乃
恋愛
マルティナ王女の護衛騎士のアレクサンドル。幼い姫に気に入られ、ままごとに招待される。「泥団子は本当に食べなくても姫さまは傷つかないよな。大丈夫だよな」幼女相手にアレクは戸惑う日々を過ごす。マルティナも大きくなり、アレクに恋心を抱く。「畏れながら姫さま、押しが強すぎます。私はあなたさまの護衛なのですよ」と、マルティナの想いはなかなか受け取ってもらえない。※『わたしは妹にとっても嫌われています』の護衛騎士と小さな王女のその後のお話です。可愛く、とても優しい世界です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる