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「見たのは俺っす」
松本が改めて語った話は、ほとんどが先程の電話で聞いたそれの繰り返しだった。
泉田高校を出て、西之山の方角に向かって自転車を少し走らせた涼太郎が、住宅街に差し掛かれば、松本と結奈の二人は、彼の姿を見失った。手分けして捜していたところ偶然耳に届いた声に振り向けば、松本は、涼太郎の姿をとある住宅の玄関前に見た。
家の軒下でレインコートを脱いだ涼太郎を、玄関から顔を覗かせた女の子が出迎えれば、二言三言ほど言葉を交わしていただろう間があって、涼太郎は女の子に招かれるようにして玄関をくぐった。雨で視界が悪く、顔はほとんど分からなかったものの、髪の長いその子は、泉田中学のものと思しきセーラー服に身を包んでいた。結奈いわく住んでいる場所からして泉田中学の生徒で間違いない、とのこと。
ふたりの姿が玄関の奥に消えてから確認した表札には「片瀬涼彦」と、家主の名前こそ確認できたものの、防犯を理由にしてか、他の家族の名前までは確認できなかった。
その後、結奈と合流。聡介に連絡がついたところで泉田高校に戻ることを決めた。
松本の話が終わるなり結泉部長が申し訳なさそうに頭を下げた。
「女の子の顔が確認できなかったのは、わたしのせいね。ごめんなさい」
「いやいや、部長さんは悪くないです、って」
「そうだよ。お姉ちゃんは気にし過ぎだってば」
しかし結泉部長はかぶりを振る。
「わたしが稲富君を引き留めていなければ、二手に分かれて捜すにしてもユイと松本君が、離れて工藤君を捜すことはなかったはずだもの。それに泉田中学の女の子なら、結奈が見ていれば遠目でも誰だか分かったかもしれないのに。そもそもの話、人手が多ければ見失うことだって」
聡介は、肩をすくめる。
「それなら、なおさら気にしなくていいです。片瀬の姓が分かっただけでも女の子の特定には充分で、おそらく、彼女は涼太郎の従妹です」
「それなんだけど、他の片瀬さん、ってこともあるんじゃないの?」
とは、結奈の疑問。片瀬姓の女の子など、他にもいるだろうからだ。事実、涼乃は片瀬姓で、少し前までは泉田中学に通っていたらしい。片瀬涼乃と片瀬涼音が同じ中学にいたわけで、ややこしいことこの上ない。
「先月の終り頃に涼太郎は、親戚の片瀬って子から相談を受けたらしくて、随分と深刻な様子だったんだ。その相談が、今も続いているんだと思う」
「深刻な様子、って。どんな相談事だったかは聞いてないの?」
言って、結泉部長は神妙な面持ちで眉を寄せる。「もしかして、あまり話せない感じ?」
無論、無暗に吹聴する話ではない。さりとて、頼っておいて話さないというのもいかがなものか。あまつさえ聡介は彼女を振ったばかりなわけで。ここでだんまりを決め込むのは、あまりに誠実さに欠けるように思う。
肩をすくめると共に、束の間の逡巡を終える。
「その女の子は、育ての親が生みの親でなかったことを知って悩んでいたようです」
「それは……」
結泉部長は苦い顔をした。「辛いわね。でも、それなら工藤君が放課後に足繫く出かけて女の子に会っていたのも納得ね。ただ……」
「会っていることを黙っている、理由が分からない、ってことだよね?」
結奈である。「そんなに傷付いてる親戚の女の子なら、園子ちゃんも浮気だなんて疑わないはずだし、黙っていることで恋人を不安にさせるくらいなら、工藤君だって話すはずよね」
「そうか?」
首を捻る松本。「そういったデリケートな話題だと、あまり人に知られたくねぇだろうし、その親戚の子と大橋さんが知り合いだったなら、女の子の心情を考慮して普通は隠すんじゃねぇか?」
「でも、泉田中学の子だよ。住んでる町も学年も違うし、園子ちゃんと顔見知りだとは思えないけどな」
結奈の言った通り、両者には接点がない。園子が、中学で運動部だったならあるいは、大会や練習等で交流を持つことも考えられたろうけれど、彼女は中高一貫して美術部だ。他校との交流は基本的に無いはず。
「なるほど。すると、他には……」
「あるいは親戚との、禁断にも思える愛を育む、って言うのは、まあ、無いことはないでしょうけど」
話している途中で結泉部長は、思い直したふうに「やっぱりないかなぁ」などと零した。
「禁断の愛、っすか。いや、でも法律的には問題ないのか。親と血の繋がりがないなら工藤とも血縁には無いわけだし」
難しい顔をして首を捻っている松本に、結泉部長は肩をすくめる。
「血縁だけで言うなら問題ないでしょうけど、一般には世間体が気になるでしょうね。まあ、だからこそ当人達は盛り上がるのかもしれないけど、でも、事情が事情なみたいだし、工藤君が相談に乗っていたからって恋愛に発展するとは考えにくいわね」
「どうして?」
結奈が不思議そうに首を捻る。「好きになるのに、理由とか条件なんてないんじゃないの?」
松本を好くにあたって明確な理由ときっかけを持つ彼女がそれを口にしたのが可笑しかったのか、結泉部長は呆れまじりに、苦笑じみた失笑を漏らしたものの別段それについて指摘することはなく、かぶりを振った。
「だって、自身のアイデンティティが崩れているのに、恋愛なんてできないと思うわ。自分が何者か分からないわけで、自分を好きになれないのにどうして人を好きになれるの?」
「お姉ちゃん、理屈っぽい」
結奈が脹れる。「自分の好きになれない嫌いな部分を、肯定してくれる人を好きになったっていいじゃない」
「嫌いな部分ならそうでしょうけど、出生に関する問題は好き嫌いとは別よ。自分を自分たらしめる要素が、根底から覆ってるんだから」
「でも」
姉妹の議論は、埒が明かない。そもそも心の機微に関することなのだから、結泉部長の主張が正しいとしたところで例外だってあるようにも思える。要は、人それぞれなのだ。
だいたい、親戚間の恋愛などは心理的なハードルがあるのだから、一方が惚れただけならもう一方は、その時点で距離を置くに決まっている。どちらかが相手の好意に気付いた段階で両想いの状態でなければ、この恋愛は成立などしないのだ。また、どちらかがそれをタブーだと思えば、両想いだとしても恋愛の継続は困難であるわけで、考えるだけほとんど無駄だ。
「禁断の愛云々は、この際考えないようにしましょう」
「そうね。別のアプローチを試みた方が建設的だわ」
結泉部長が諸手を挙げた。「考え方を変えましょう。情報を整理するために前提を置くわね」
「前提、ですか」
「そう。仮定とも言うわね」
聡介に頷いて、思案するように俯いた結泉部長は、しばらくして顔を上げた。
「その一。この片瀬さんが親戚だという話が嘘である場合。女の子の身元について嘘を付いているんだし、これなら浮気をしているということになるわ。
その二。女の子の出生のことがあって、最近になって頻繁に会うようになっただけで、以前よりお互いのことが気になっていた可能性。これは禁断の関係の話になっちゃうけど、出生のことを知る前ならアイデンティティ云々の前のことだし、恋愛は現在進行形で継続するだけ。ともすれば、心理的ハードルは随分と下がるはずね。
その三。会っているうちに、互いに惹かれた。心理的ハードルがあっても、恋愛なんて結局は人と人だから、万に一つはあるかもしれないわ。
その四。他にもっと重大な秘密がある。親戚の女の子の出生の秘密よりも、ずっと隠したい何かで、それを知られると親戚の子ないし工藤君、あるいは二人ともが困ったことになる。だから話せない」
四つ目の仮定には、背筋に冷たいものが流れた心地がした。自覚のないうちから意識の外に置いていた最悪の可能性を、結泉部長が、遠慮も躊躇いもなく聡介の目の前に引っ張て来たのだ。
なるほど、知恵は多い方がいい。聡介は、それらの話を熟考する。
「一番は、ないと思います。俺に相談を寄こした時、涼太郎は朝から随分と深刻そうな様子で悩んでましたし、話せないことかとも俺は訊いたので、言いたくないなら、あいつは言わなければいいだけです。あの場で嘘はつかないと思います。
あの時の話が嘘でないなら、片瀬さんが涼太郎の従妹であることと、涼太郎がその相談のために会っていることは、状況からして間違いないです」
「まあ、わたしも無理があるとは思っていたけど、そうよね」
言って、結泉部長は肩をすくめた。「二番目はどう?」
「二つ目の否定は、明確には難しいです。ただ、そんな以前から付き合っていたなら園ちゃんが気付かないというのが妙です。二人は小学校から仲がよくて中学一年の頃から付き合ってますし、浮気があったなら態度の変化に気付かないはずがない、と思います」
「ひとりだけに割いていた時間を二人に分けるとなれば、まあ、すぐにバレるわよねぇ。それだけ親しいなら尚更だわ」
結泉部長は納得したふうな顔をする。「じゃあ、三番目も否定できるわね。浮気の線はないわ」
結奈が首を傾げた。
「そんなあっさり否定しちゃっていいの?」
「園子ちゃん、ユイに言われるまで工藤君の浮気を疑ってなかったんでしょ。それって、普通に考えたらおかしいわ。園子ちゃんの方が工藤君をよく知っているわけだし、浮気ならユイよりも先に気付くはずよ。それを気に掛けていなかった、ってことは浮気でないことの証しだわ」
「でも、部活を休んでいても、園子ちゃん工藤君のことをまるで疑ってなかったし、鈍かっただけじゃ」
「気付いてなかったんじゃなくて、よく知っているからこそ疑わなかったのよ。工藤君の、園子ちゃんへの態度に不審なところがまるでなかったから。
でも、そんなところにユイが『浮気してる』なんて言ったから、不安になっちゃったんじゃないかしら。女の子と会っているところを見た、なんて言われたら、どれだけ相手を知っていて信頼していても、疑わずにはいられないでしょ?」
「そうなのかなぁ」
結奈は、どうにも納得がいかないらしい。聡介は肩をすくめた。
「園ちゃんは、鈍くなんてないよ。中学の頃には仏の園子、なんて言われたくらいだし」
「「仏の園子?」」
芹沢姉妹が目を丸くしている。「「どういうこと?」」
声がシンクロしている。仲の宜しいことで。
「園ちゃんは、怒らないんですよ。俺は、長い付き合いですけど、園ちゃんの怒ったところを一度だって見たことがない。察しがいいのもあってか、相手の心情とか事情とかをそれとなく知ってしまうから、元来の優しい性格も手伝って、怒るに怒れないみたいですね」
きっと誰にでも同情してしまうのだ。
「仏ねぇ。なるほど。それじゃ、ますます気付かれずに浮気は難しそうね」
「だね。鈍くないんじゃ、そんなのはほとんど無理だよね」
ようやく結奈も得心がいったようで、結泉部長の言に合図地を打った。
ふと、深刻そうに松本が眉を寄せる。
「すると、あとは四つ目だが。これは否定のしようがねぇな。だってよ、どうあっても知り得ないことだ。検証のしようがないなら、否定どころか肯定もできないし考えるだけ無駄だぜ」
聡介はかぶりを振る。
「それは違う」
「じゃあ、どうやって否定する?」
「違う」
そうじゃない。「明確に否定できなくて、他の可能性がないとなると、もうこれしか残っていないということだ。つまり……」
「他にもっと重大な秘密があるから、工藤君は黙っている。これが結論ね」
聡介が濁した言葉を、結泉部長が引き継いだ。「でもそうなると、その重大な秘密って何かしら。従妹の女の子の出生の秘密よりも重大な何か、だなんて」
結泉部長が愁眉を集めて憂い顔になる。部長として、写真部に所属する後輩のことが心配になってきたらしい。ごくり、と不安を飲み込むように彼女の喉が鳴れば、次にポツリと漏れた言葉には、しかし、どうしようもなく不安が滲んでいた。
「もしかしたら、だけど。これ、浮気の方がまだマシだったんじゃないの?」
松本が改めて語った話は、ほとんどが先程の電話で聞いたそれの繰り返しだった。
泉田高校を出て、西之山の方角に向かって自転車を少し走らせた涼太郎が、住宅街に差し掛かれば、松本と結奈の二人は、彼の姿を見失った。手分けして捜していたところ偶然耳に届いた声に振り向けば、松本は、涼太郎の姿をとある住宅の玄関前に見た。
家の軒下でレインコートを脱いだ涼太郎を、玄関から顔を覗かせた女の子が出迎えれば、二言三言ほど言葉を交わしていただろう間があって、涼太郎は女の子に招かれるようにして玄関をくぐった。雨で視界が悪く、顔はほとんど分からなかったものの、髪の長いその子は、泉田中学のものと思しきセーラー服に身を包んでいた。結奈いわく住んでいる場所からして泉田中学の生徒で間違いない、とのこと。
ふたりの姿が玄関の奥に消えてから確認した表札には「片瀬涼彦」と、家主の名前こそ確認できたものの、防犯を理由にしてか、他の家族の名前までは確認できなかった。
その後、結奈と合流。聡介に連絡がついたところで泉田高校に戻ることを決めた。
松本の話が終わるなり結泉部長が申し訳なさそうに頭を下げた。
「女の子の顔が確認できなかったのは、わたしのせいね。ごめんなさい」
「いやいや、部長さんは悪くないです、って」
「そうだよ。お姉ちゃんは気にし過ぎだってば」
しかし結泉部長はかぶりを振る。
「わたしが稲富君を引き留めていなければ、二手に分かれて捜すにしてもユイと松本君が、離れて工藤君を捜すことはなかったはずだもの。それに泉田中学の女の子なら、結奈が見ていれば遠目でも誰だか分かったかもしれないのに。そもそもの話、人手が多ければ見失うことだって」
聡介は、肩をすくめる。
「それなら、なおさら気にしなくていいです。片瀬の姓が分かっただけでも女の子の特定には充分で、おそらく、彼女は涼太郎の従妹です」
「それなんだけど、他の片瀬さん、ってこともあるんじゃないの?」
とは、結奈の疑問。片瀬姓の女の子など、他にもいるだろうからだ。事実、涼乃は片瀬姓で、少し前までは泉田中学に通っていたらしい。片瀬涼乃と片瀬涼音が同じ中学にいたわけで、ややこしいことこの上ない。
「先月の終り頃に涼太郎は、親戚の片瀬って子から相談を受けたらしくて、随分と深刻な様子だったんだ。その相談が、今も続いているんだと思う」
「深刻な様子、って。どんな相談事だったかは聞いてないの?」
言って、結泉部長は神妙な面持ちで眉を寄せる。「もしかして、あまり話せない感じ?」
無論、無暗に吹聴する話ではない。さりとて、頼っておいて話さないというのもいかがなものか。あまつさえ聡介は彼女を振ったばかりなわけで。ここでだんまりを決め込むのは、あまりに誠実さに欠けるように思う。
肩をすくめると共に、束の間の逡巡を終える。
「その女の子は、育ての親が生みの親でなかったことを知って悩んでいたようです」
「それは……」
結泉部長は苦い顔をした。「辛いわね。でも、それなら工藤君が放課後に足繫く出かけて女の子に会っていたのも納得ね。ただ……」
「会っていることを黙っている、理由が分からない、ってことだよね?」
結奈である。「そんなに傷付いてる親戚の女の子なら、園子ちゃんも浮気だなんて疑わないはずだし、黙っていることで恋人を不安にさせるくらいなら、工藤君だって話すはずよね」
「そうか?」
首を捻る松本。「そういったデリケートな話題だと、あまり人に知られたくねぇだろうし、その親戚の子と大橋さんが知り合いだったなら、女の子の心情を考慮して普通は隠すんじゃねぇか?」
「でも、泉田中学の子だよ。住んでる町も学年も違うし、園子ちゃんと顔見知りだとは思えないけどな」
結奈の言った通り、両者には接点がない。園子が、中学で運動部だったならあるいは、大会や練習等で交流を持つことも考えられたろうけれど、彼女は中高一貫して美術部だ。他校との交流は基本的に無いはず。
「なるほど。すると、他には……」
「あるいは親戚との、禁断にも思える愛を育む、って言うのは、まあ、無いことはないでしょうけど」
話している途中で結泉部長は、思い直したふうに「やっぱりないかなぁ」などと零した。
「禁断の愛、っすか。いや、でも法律的には問題ないのか。親と血の繋がりがないなら工藤とも血縁には無いわけだし」
難しい顔をして首を捻っている松本に、結泉部長は肩をすくめる。
「血縁だけで言うなら問題ないでしょうけど、一般には世間体が気になるでしょうね。まあ、だからこそ当人達は盛り上がるのかもしれないけど、でも、事情が事情なみたいだし、工藤君が相談に乗っていたからって恋愛に発展するとは考えにくいわね」
「どうして?」
結奈が不思議そうに首を捻る。「好きになるのに、理由とか条件なんてないんじゃないの?」
松本を好くにあたって明確な理由ときっかけを持つ彼女がそれを口にしたのが可笑しかったのか、結泉部長は呆れまじりに、苦笑じみた失笑を漏らしたものの別段それについて指摘することはなく、かぶりを振った。
「だって、自身のアイデンティティが崩れているのに、恋愛なんてできないと思うわ。自分が何者か分からないわけで、自分を好きになれないのにどうして人を好きになれるの?」
「お姉ちゃん、理屈っぽい」
結奈が脹れる。「自分の好きになれない嫌いな部分を、肯定してくれる人を好きになったっていいじゃない」
「嫌いな部分ならそうでしょうけど、出生に関する問題は好き嫌いとは別よ。自分を自分たらしめる要素が、根底から覆ってるんだから」
「でも」
姉妹の議論は、埒が明かない。そもそも心の機微に関することなのだから、結泉部長の主張が正しいとしたところで例外だってあるようにも思える。要は、人それぞれなのだ。
だいたい、親戚間の恋愛などは心理的なハードルがあるのだから、一方が惚れただけならもう一方は、その時点で距離を置くに決まっている。どちらかが相手の好意に気付いた段階で両想いの状態でなければ、この恋愛は成立などしないのだ。また、どちらかがそれをタブーだと思えば、両想いだとしても恋愛の継続は困難であるわけで、考えるだけほとんど無駄だ。
「禁断の愛云々は、この際考えないようにしましょう」
「そうね。別のアプローチを試みた方が建設的だわ」
結泉部長が諸手を挙げた。「考え方を変えましょう。情報を整理するために前提を置くわね」
「前提、ですか」
「そう。仮定とも言うわね」
聡介に頷いて、思案するように俯いた結泉部長は、しばらくして顔を上げた。
「その一。この片瀬さんが親戚だという話が嘘である場合。女の子の身元について嘘を付いているんだし、これなら浮気をしているということになるわ。
その二。女の子の出生のことがあって、最近になって頻繁に会うようになっただけで、以前よりお互いのことが気になっていた可能性。これは禁断の関係の話になっちゃうけど、出生のことを知る前ならアイデンティティ云々の前のことだし、恋愛は現在進行形で継続するだけ。ともすれば、心理的ハードルは随分と下がるはずね。
その三。会っているうちに、互いに惹かれた。心理的ハードルがあっても、恋愛なんて結局は人と人だから、万に一つはあるかもしれないわ。
その四。他にもっと重大な秘密がある。親戚の女の子の出生の秘密よりも、ずっと隠したい何かで、それを知られると親戚の子ないし工藤君、あるいは二人ともが困ったことになる。だから話せない」
四つ目の仮定には、背筋に冷たいものが流れた心地がした。自覚のないうちから意識の外に置いていた最悪の可能性を、結泉部長が、遠慮も躊躇いもなく聡介の目の前に引っ張て来たのだ。
なるほど、知恵は多い方がいい。聡介は、それらの話を熟考する。
「一番は、ないと思います。俺に相談を寄こした時、涼太郎は朝から随分と深刻そうな様子で悩んでましたし、話せないことかとも俺は訊いたので、言いたくないなら、あいつは言わなければいいだけです。あの場で嘘はつかないと思います。
あの時の話が嘘でないなら、片瀬さんが涼太郎の従妹であることと、涼太郎がその相談のために会っていることは、状況からして間違いないです」
「まあ、わたしも無理があるとは思っていたけど、そうよね」
言って、結泉部長は肩をすくめた。「二番目はどう?」
「二つ目の否定は、明確には難しいです。ただ、そんな以前から付き合っていたなら園ちゃんが気付かないというのが妙です。二人は小学校から仲がよくて中学一年の頃から付き合ってますし、浮気があったなら態度の変化に気付かないはずがない、と思います」
「ひとりだけに割いていた時間を二人に分けるとなれば、まあ、すぐにバレるわよねぇ。それだけ親しいなら尚更だわ」
結泉部長は納得したふうな顔をする。「じゃあ、三番目も否定できるわね。浮気の線はないわ」
結奈が首を傾げた。
「そんなあっさり否定しちゃっていいの?」
「園子ちゃん、ユイに言われるまで工藤君の浮気を疑ってなかったんでしょ。それって、普通に考えたらおかしいわ。園子ちゃんの方が工藤君をよく知っているわけだし、浮気ならユイよりも先に気付くはずよ。それを気に掛けていなかった、ってことは浮気でないことの証しだわ」
「でも、部活を休んでいても、園子ちゃん工藤君のことをまるで疑ってなかったし、鈍かっただけじゃ」
「気付いてなかったんじゃなくて、よく知っているからこそ疑わなかったのよ。工藤君の、園子ちゃんへの態度に不審なところがまるでなかったから。
でも、そんなところにユイが『浮気してる』なんて言ったから、不安になっちゃったんじゃないかしら。女の子と会っているところを見た、なんて言われたら、どれだけ相手を知っていて信頼していても、疑わずにはいられないでしょ?」
「そうなのかなぁ」
結奈は、どうにも納得がいかないらしい。聡介は肩をすくめた。
「園ちゃんは、鈍くなんてないよ。中学の頃には仏の園子、なんて言われたくらいだし」
「「仏の園子?」」
芹沢姉妹が目を丸くしている。「「どういうこと?」」
声がシンクロしている。仲の宜しいことで。
「園ちゃんは、怒らないんですよ。俺は、長い付き合いですけど、園ちゃんの怒ったところを一度だって見たことがない。察しがいいのもあってか、相手の心情とか事情とかをそれとなく知ってしまうから、元来の優しい性格も手伝って、怒るに怒れないみたいですね」
きっと誰にでも同情してしまうのだ。
「仏ねぇ。なるほど。それじゃ、ますます気付かれずに浮気は難しそうね」
「だね。鈍くないんじゃ、そんなのはほとんど無理だよね」
ようやく結奈も得心がいったようで、結泉部長の言に合図地を打った。
ふと、深刻そうに松本が眉を寄せる。
「すると、あとは四つ目だが。これは否定のしようがねぇな。だってよ、どうあっても知り得ないことだ。検証のしようがないなら、否定どころか肯定もできないし考えるだけ無駄だぜ」
聡介はかぶりを振る。
「それは違う」
「じゃあ、どうやって否定する?」
「違う」
そうじゃない。「明確に否定できなくて、他の可能性がないとなると、もうこれしか残っていないということだ。つまり……」
「他にもっと重大な秘密があるから、工藤君は黙っている。これが結論ね」
聡介が濁した言葉を、結泉部長が引き継いだ。「でもそうなると、その重大な秘密って何かしら。従妹の女の子の出生の秘密よりも重大な何か、だなんて」
結泉部長が愁眉を集めて憂い顔になる。部長として、写真部に所属する後輩のことが心配になってきたらしい。ごくり、と不安を飲み込むように彼女の喉が鳴れば、次にポツリと漏れた言葉には、しかし、どうしようもなく不安が滲んでいた。
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