上 下
2 / 33
1巻

1-1

しおりを挟む



   一日目


「今、なんとおっしゃいました? もう一度言っていただけますか?」

 聖女ルイーゼは困惑した面持ちでニック王子に聞き直した。
 まだそんなことを心配する年頃でもないのに、加齢で耳がおとろえてしまったのだろうかと聴覚の不具合を疑ってしまう。
 それほどまでに、彼の言葉は衝撃的だった。
 間違いであってほしいというルイーゼの願いは、何度も聞き返されて、不愉快そうに椅子の上でふんぞり返るニックによって見事に打ち砕かれる。

「だからキミ、聖女やめていいよ」

 聞き間違いではない。聴覚は大丈夫だったが、それで問題が解決したわけではなく――むしろより大きくなったと言える。
 王国のはずれにある『魔窟まくつ』。一見するとなんの変哲へんてつもない小さな洞窟だが、そこは魔物に力を与える根源である。放っておけば周辺の魔物は本来の力を取り戻し凶暴化してしまう。
 それを防ぐために聖女と呼ばれる役職がこの国には存在している。
 今代、封印の守り手である聖女の任をになっているのが彼女――ルイーゼだ。
 聖女をやめていい。それはつまり後任を探せ、ということに他ならない。
 聖女なくしてこの国は存続できないからだ。

「お言葉ですが、私はまだ任期を全うしていません。後任の選抜まであと三年ほどの猶予ゆうよが――」
「後任など不要だ」
「……え?」
「僕は全部分かっているんだ。魔窟まくつの封印なんて初めから必要なかったんだろ?」
「な、何を言っているんですか!」

 ルイーゼは眉をひそめる。
 幼さを残した顔立ちと、百五十をなんとか超えるかという上背うわぜいに、女性らしさの感じられないすとんとした体形。顔立ちは整っているほうではあるが、痩せていてどことなく不健康な印象だ。
 そんな彼女が睨んだところで、ニックはひるみもしない。

「これを見てもまだ虚勢を張れるのか?」

 ルイーゼの足元に投げられたのは、聖女不要説を提唱する書籍の数々だった。
 面白半分に揶揄やゆするものから魔物による被害と聖女の因果関係の薄さを指摘したものまで。内容に多少の差異はあれど、どれも一貫して『聖女は必要ない』ことを声高に叫んでいた。

「国王陛下は、なんとおっしゃってますか」
「父上からは僕に一任すると許可を頂いている。ほら、委任状」
「よく見せてください!」

 ぴらぴらと見せびらかされた書類には確かに国王陛下の判が押されていた。しかし、肝心の内容がここからでは分からない。しっかり確認しようと手を伸ばすが、騎士にはばまれてしまう。

「不敬だぞ。それ以上近付くんじゃない」

 ニックも、騎士も、彼を取り巻く貴族も。まるでルイーゼが犯罪者であるかのように白い目を向けていた。
 もちろん誰も口に出さないが、目は時に口よりも雄弁だ。

「祈りを止めれば、魔物が活性化して国が滅びてしまいます!」

 強い口調でルイーゼは言い切った。
 今、この国が平和を謳歌おうかできているのは、ひとえに聖女の力あってのものだ。
 ひとたび魔窟まくつの封印が解ければ……どうなるかは火を見るよりも明らかである。

「ふん。足が震えているぞ。化けの皮ががれてきたな」
「……違っ、私は!」

 慣れない場所にいきなり呼び出され、見知らぬ人々に――しかも全員が自分の存在を否定している――囲まれれば、誰だってこうなる。
 そんなルイーゼの心境など誰もおもんぱかってくれない。すべて、自分たちの都合のいいように解釈される。

「聖女の地位と名誉を失うことがそんなに怖いのか?」
(違う、そうじゃないのに……なんで信じてくれないの!)

 祈りをおこたってはならない。
 当たり前の話をしているだけなのに、誰もルイーゼの話を聞こうとはしない。

(どうすればみんな信じてくれるの?)

 これだけの人数を納得させられるほどの弁を、短時間で思いつくはずがない。
 偶発的に何かをひらめいても、口達者な王子に論破されて終わりだ。
 言いあぐねるルイーゼに、ニックは宣言した。

「この際だからはっきり言おう。ルイーゼ、聖女はただの無駄飯食らいだ。古き習わしを悪用して税金をしぼり取り、自らをえ太らせる――みにくい豚だ」
「――え」
「この国で聖女を必要としている者など誰もいない。王族しかり、貴族しかり、国民しかりだ」
「……」
「何度でも言わせてもらおう。聖女など不要だ」


 ――音が、聞こえた。
 あらゆる悩みを断ち切り、すべてを解放する心地よい音だ。
 その音は――まあ要するに、ぷつん、という何かが切れる音だ。
 それと共に、全員を満場一致で納得させる極上の案が、天からぽろりと零れ落ちた。
 聖女の力を信じてもらえないなら、信じざるを得ない状況にすればいい。

「ふ、ふふ……あはははは」
「何がおかしい? 嘘がバレて気でも触れたか?」
「王子。聖女など不要とおっしゃるなら、こういうのはどうでしょう?」

 ルイーゼが提案したのは、一週間祈りを止めることだ。

「一週間で何も起きなければ、私はいさぎよく聖女をやめます」

 しかし、どこかの時点で大きな変化――魔物が暴れ始める、など――が起これば王子は非を認め、ルイーゼに謝罪する。
 普通であれば、ルイーゼの立場からこんな申し出はできない。だが――ニックが相手であれば話は別だ。彼はこういったたわむれめいたけ事が大好きだと風の噂で聞いたことがある。
 予想通り、ニックは面白そうな表情を浮かべた。

「ほう――たった一週間でいいのか?」
「ええ」
「不正を働かないよう、その間は君の身柄を拘束させてもらう。構わないな?」
「もちろんです」


 唇を歪めて笑うニックに、ルイーゼは冷笑を返した。
 立場も境遇も違う二人だが、今、この瞬間だけは全く同じ考えに至っていた。
 一週間後が楽しみだ、と――



   二日目


 ここスタングランド王国は、聖女が祈りを捧げることで災いから逃れ繁栄してきた。
 聖女なくして、今日の隆盛はあり得なかっただろう。
 しかし――現代になり、その存在を疑問視する声は多い。
 あらゆる技術が発展した今日、聖女に存在意義はあるのだろうか?
 仮に魔物がどれだけ暴れようと、屈強な冒険者や王国騎士がいれば国民に被害が及ぶとは考えられない。
 建国黎明れいめい期。まだ国力も弱かった時代には、もしかしたら本当に必要だったのかもしれない。
 しかしそれは封印の守り人としてではなく――偶像としてだ。
 我々は神に守られた信徒。
 聖女はそのために天から遣わされている。
 人類は繁栄を約束されている。
 魔物など恐れるなかれ――と。
 だから聖女には男女問わず目を引くような、見目麗しい女性が必ず選ばれる。
 結局のところ、祈りに封印の効果などないというのが最近の有力な説だ。
 栄華を誇る現代において、聖女などという偶像はもはや不要なのだ。


   ▼


 朝の過ごしかたは人それぞれだ。商人は品出し、農家は水撒き、冒険者は仕事の確保。
 聖女はもちろん――――祈りだ。

「……」

 ベッドから起き上がったルイーゼはするりと服を脱ぎ、清潔な布で身体を清めていく。
 身体が汚れていると祈りの効果が薄れてしまう――なんてことはない。
 言うなればこれは聖女流の精神統一だ。身体の汚れを拭い落としながら、人としてあって当然の邪念を払い落としていく。
 役目を授けてくださった神への感謝と、連綿とこの国を守ってきた歴代の聖女への礼賛らいさんと、魔なる者への憐憫れんびん
 それらで頭を満たしてから、法衣――聖女の正装で、特別な効果はない――を着用する。
 膝を折り、魔窟まくつの方角に向かってこうべを垂れてから、静かに両手を合わせ――

「って、違う違う! 祈っちゃダメ!」

 ――ようとしたところで、ルイーゼは我に返った。
 昨日から数えて一週間、祈りを捧げないと誓ったのだ。
 魔窟まくつの脅威を人々に思い出してもらい、聖女の必要性を改めて説く。そうしなければ、この国は滅びてしまう。
 腹立たしいニックへの意趣返しももちろんあるが、大枠の目的はそれだ。
 そう決意したはずなのに、ぼんやりと目を覚ますと祈りを捧げようとしてしまった。昨日の夜も、入浴後の流れで危うく祈りそうになったところだというのに。
 習慣というものの恐ろしさを、ルイーゼは改めて実感していた。

「まあ、七年も聖女やってたらこうなるよね」

 ぽつりと独りごちる。かつてのルイーゼは男爵家の三女という微妙な位置に生まれたこともあり、両親から一切の期待を受けず漫然と日々を過ごしていた。そんな自分が突然聖女に選ばれ、早七年。時間というものの流れを実感してしまう。

「とにかく、聖女の祈りがちゃんと魔物を封じているって分かってもらうまでは祈らない、絶対!」

 ルイーゼは両手を握り締め、決意を新たにした。
 今、ルイーゼがいる場所は自室ではなく、貴族専用のろうだ。そのため、そこそこ室内は綺麗に整っている。てっきり普通の牢屋ろうやに入れられるのかと思っていたのだが、ニックのいきな計らいだろうか。
 ――否。絶対に違う。
 まともに言葉を交わしたのは昨日が初めてだったが、性格はなんとなく掴めた。彼は自分が成り上がるためなら躊躇ためらいなく他者を蹴落とすことができる人間だ。
 聖女を馬鹿にしていたあの男が、そんな細かなことに気を回すとは思えない。
 これはおそらく彼なりの嫌がらせだろう。
 幽閉中はあえて丁重に扱い、祈りの無用さが確定すれば一気におとしめる。それを見て愉悦に浸る顔が簡単に想像できてしまう。
 聖女は代々、『継承の儀式』という特殊な方法で技を受け継いでいく。過去の聖女の記憶を追体験するもので、たった一週間で聖女として必要な技能を得ることができる。
 面倒な修行は必要ないものの、代償として儀式の最中は耐え難いほどの苦痛に見舞われる。
 その際、聖女の技とともに魔窟まくつの基本的な知識も習得できる。
 叩き込まれた知識によると、祈りを止めてから二十四時間が経つと、段階を経て魔窟まくつは力を取り戻していく。
 第一段階――魔物の増加。
 第二段階――魔物の変化。
 第三段階――魔物の強化。
 第四段階――魔物の多様化。
 第五段階――魔物の進化。
 第六段階――災厄の時。
 実際に第六段階になったのは、はじまりの聖女の時代にまでさかのぼる。
 それ以降、百年近くにわたり第一段階すら解けたことはない。
 歴代の聖女たちが守り抜いてきたこの国を、ルイーゼは一時の感情で危険にさらそうとしている。先代の聖女がまだ存命であれば、杖で死ぬほど辛い折檻せっかんを受けるだろう。
 しかし……どうしても許せなかった。
 ニックのあの言葉は、命をしてこの国を守ってきた聖女全員への侮辱ぶじょくだ。
 ルイーゼ個人への悪口であれば、いくらでも聞き流せた。愛想が悪い、幸薄そうな顔をしている、動きが鈍い、胸が小さい。そんなことは言われ慣れているし、好きなだけ言わせておけばいい。
 しかし……聖女が不要だと言われてはさすがに黙っていられなかった。それを認めてしまえば自分だけでなく、歴代の聖女たちが重ねてきた努力をも否定することになってしまう。
 それだけは見過ごすことができなかった。
 もちろん、ニックへの個人的な恨みもある。ほぼ初対面であそこまでこき下ろされても笑顔でいられるほど、ルイーゼは聖人ではない。

「見てなさい王子……絶対、後悔させてあげるわ!」

 第六段階になれば取り返しのつかないことになる。
 その前に祈りの重要性に気付いてもらわなければならない。
 結局他人任せになることを歯がゆく思いながら、ルイーゼは願った。

「できるだけ早く気付いてもらえますように……」


   ▼


「王子、ニック王子」
「ん……」
「おはようございます。朝食のお時間でございます」

 いつものように、ニックは執事の声で目を覚ました。

「あと五分……」
「王子、いい加減にしてください。これで三度目です」
「ああもう、分かった……」

 執事に揺さぶられ、渋々……といった調子でニックはベッドから這い出た。
 彼がこれほど眠気に襲われている原因は、ルイーゼだ。
 彼女をろうに閉じ込めてから不正が行われないよう、ありとあらゆる手を尽くしていた。
 ニックはあまり根を詰めて仕事をするような人間ではないが、これで自分の進退が決まるとなると話は別だ。
 聖女の追放。
 この成否で、彼が兄たちを出し抜いて王となるかが決まると言っても過言ではない。

「朝食後に教主様との面談です。長丁場になりそうですので、それ以外の予定ははずしてあります」

 教会――聖女を信仰し、彼女にまつわる行事を取りまとめる役割もになう組織だ。聖女をまつりごとに利用しないため、王政からは独立している。
 聖女のための管理組織――つまり、ルイーゼの活動はすべて教会を通して行われる。
 それを完全に無視して彼女を直接呼び出し、追放を宣言した。
 教会が激怒するのは当然だ。
 これから何を言われるか……考えただけで胃の奥にズシリと重たい何かがのし掛かってくる。
 しかし――ここで引く訳にはいかない。

(あの女一人を追放すれば相当な金が浮く。その功績をもってすれば、僕が王になることは十分に可能だ)

 夢にまで見た王座への道筋。そこを突き進むには、教会の長である教主との会談は避けて通れない。

「見てろ無能女。一週間後、絶対にこの国から追い出してやる」

 ニックにとっては多少危ない橋を渡ることになるが、だからこそやる価値がある。

(この案を出してくれた『あいつ』には、本当に感謝しなければならないな)
「聖女の監視役は?」
「ちょうど腕利きの騎士が国外任務から戻って参りましたので、彼を常駐させることにしました」

 万が一おかしな行動をすれば即刻取り押さえ、そのまま裁判にかける。
 おかしな行動をしなくても……その時はまた別の策を用意している。
 聖女がどんな手を使おうと、追放をまぬかれることは不可能だ。

「そういえば、ルイーゼが祈りを止めてからちょうど一日か」

 ニックは窓の外から、のどかな街並みを見下ろした。

「何も起きるはずがない」



   冒険者


 この大陸には、冒険者と呼ばれる職業が存在している。
 他大陸から人間が移住した当初は未開の地だらけだったことから、未踏破の道を冒険する凄腕集団――そういう意味で『冒険者』と名付けられたらしい。
 だが現代においてはその雄々しい名前とは裏腹に、ていのいい使いっ走りの代名詞となっている。
 特に魔物の脅威がほとんどないこの国においては、余計にその意味合いが強い。

「さて――気合い入れていくか!」
「うん。今日こそいい依頼を取りたいね」

 そんな冒険者を生業なりわいとしている少年・エリックと、彼の相棒である少女・ピア。
 二人は景気のいい声を掛け合いつつ、いつも通りギルドへと向かった。
 冒険者の仕事内容は様々。魔物退治から引っ越しの手伝い、人探しや猫探しまで多岐に渡る。
 なんの仕事が取れるかは、これから始まる争奪戦次第だ。

「本日の依頼を貼り出しまーす」

 ギルド内で待機していた冒険者たちが、受付嬢の声で一斉に依頼板の前に殺到さっとうする。

「うおおおお!」

 エリックたちも負けじと、果敢かかんにその中に飛び込んでいく。
 押し合いへし合いの末に手に入れた依頼書は――

「皿洗い……くそ、ハズレしか取れなかった!」
「ごめん、私は鉱石の運搬……」

 依頼貼り出しは文字通り戦争だ。いかに割のいい依頼を一瞬で見極め、誰よりも早く手を伸ばすか。
 この国で冒険者として生きていくならば、なんらかの特技を持っているよりも、割のいい依頼を受けるほうがよほど重要だ。
 多くの依頼をこなせば階級が上がる。そうなれば割のいい仕事を別口で紹介してもらえるようにもなる。
 しかし、冒険者を始めて一年の二人がそのレベルに届くはずもなく。
 最低でもBランクに上がるまでは、こうして朝早くからの依頼争奪戦に参加する他ない。

「取れなかったよりはマシだと思おうぜ」
「う、うん……」

 しょんぼりと項垂うなだれる二人の傍らで、当たりの依頼を引いたパーティが勝利の雄叫びをあげている。

「よしっ! スライムいただき!」

 スライム討伐は『脊髄せきずい反射で受けろ』なんて格言があるほど人気のある依頼だ。
 畑の作物を食い散らかすせいで農業組合の連中が目のかたきにしているため、常にいい値段で依頼が出ている。
 畑の作物にとっては害獣そのものだが、冒険者にとっては実入りのいい、宝箱に等しい魔物だ。死ぬ間際に悪臭を放つ体液を放出するのが玉にきずだが、そんなことは全く気にならない。
 なんにせよ、かける労力に比べればとんでもなく割がいい『当たり』の一つだ。

「いいなぁ……」

 羨んでも依頼が変わるはずもない。
 とぼとぼと、エリックたちは指定された場所へと歩き始めた。


「あー、しんどいぃ」

 エリックが取った依頼――皿洗いを済ませ、鉱石を二人がかりで運んでいく。
 依頼者がギルドから最も離れた南西側だったので、報酬ほうしゅうを時間で割るととんでもなく低賃金の仕事だ。できることなら受けたくないが、生きるためには働くしかない。

「ったく、西にもギルド支部作れっての」

 王都のギルドは東に集中していて、それ以外の地区にはない。これにはれっきとした理由がある。
 東門を出た先にある洞窟。
 魔窟まくつと呼ばれるそこを中心に、災厄は姿を現すという古い言い伝えがある。
 万が一の事態にすぐ対処できるよう、ギルドはもとより騎士の施設や治療所など、東地区には戦闘関連の施設が集中している。
 いにしえの時代からの名残なごりなのだが――エリックはこの一年を通して人間をおびやかすような魔物を見たことがない。
 無害なスライムはもとより、悪戯いたずらしかしないゴブリン、怖がりのオーク。
 一つ目のギガンテスが振るう腕に当たれば無事では済まないが、常に目をこすり続けていて、見当違いの方向を攻撃するため避けるまでもない。
 昔の魔物は強く、そして種類も多かったと聞く。今、魔物たちの数が少なく弱いのは、聖女が祈りを捧げているためだ。
 祈りのおかげで魔物はほぼ無力化され――スタングランド王国は平和を謳歌おうかしている。
 エリックがまだ子供の頃、祖父に聞かされたおとぎ話だが、もちろん彼は信じていない。
 国民の大半がそうであるように、エリックも聖女否定派だ。

「はっ。なーにが聖女だよ。苦労ばっかりさせやがって」

 もちろん聖女の存在と、彼がいい依頼を取れないことは全くの無関係だ。
 要するに単なる愚痴ぐちであり、八つ当たりに過ぎないが、彼のように自身の不満を聖女にぶつけるやからは多い。
 しかし、彼の相棒は違っていた。

「ちょっと、聖女様の悪口はやめてよね」

 ピアはこのご時世では珍しく、聖女を信仰していた。そのため、エリックが聖女に言いがかりをつけるたび、こうして眉をひそめて彼を睨むのだ。

「へいへい。悪うござんした」

 適当に話を区切り、エリックは再び重い足取りで鉱石を運んだ。


 夕方になり、ようやく仕事を終えて今日の稼ぎを手に入れる。
 なんとか二人で食い繋げられる程度の小銭だ。
 これがスライム退治なら遅くとも昼には終わり、稼ぎもずっと多い。
 昼からもう一度依頼を受けることも、身体を休めることも思いのままだ。

「帰るか。メシ食って明日に備えねえと」

 二人で宿に足を向けようと振り返ると、一組のパーティがギルドの扉を開いた。

「……あれ。スライム退治を受けてたヤツじゃないか?」

 当たりの依頼を引いてはしゃいでいた二人組のパーティ。彼らの身体はぬめぬめとした液体で照り輝いていた。離れていても漂ってくる異臭――間違いなく、スライムの粘液の臭いだ。

「スライム退治のあと、また討伐依頼に出たのか?」
「エリック。二回はあり得ないよ」

 いわゆる実入りのおいしい魔物討伐依頼は、パーティで一日一度という制限がある。
 二度目の依頼で薬草採取などを受け、そこで運悪くスライムに粘液をかけられた……考えられるのはその辺りしかない。

「ど、どうされたんですか?」

 ギルドの受付嬢がただならぬ様子の二人に事情を聞く。
 なんとなく気になり、エリックはその会話に耳をそば立てた。

「……スライムが」
「スライムが?」
「とんでもなく、たくさんいました」
「……えーと」

 受付嬢は返答に困っている。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨
ファンタジー
――コミカライズ連載開始!小説3巻3月26日出荷!――【旧題:聖女の姉ですが、国外逃亡します!~妹のお守りをするくらいなら、腹黒宰相サマと駆け落ちします!~】 12.20/05.02 ファンタジー小説ランキング1位有難うございます! 双子の妹ばかりを優先させる家族から離れて大学へ進学、待望の一人暮らしを始めた女子大生・十河怜菜(そがわ れいな)は、ある日突然、異世界へと召喚された。 召喚させたのは、双子の妹である舞菜(まな)で、召喚された先は、乙女ゲーム「蘇芳戦記」の中の世界。 国同士を繋ぐ「転移扉」を守護する「聖女」として、舞菜は召喚されたものの、守護魔力はともかく、聖女として国内貴族や各国上層部と、社交が出来るようなスキルも知識もなく、また、それを会得するための努力をするつもりもなかったために、日本にいた頃の様に、自分の代理(スペア)として、怜菜を同じ世界へと召喚させたのだ。 妹のお守りは、もうごめん――。 全てにおいて妹優先だった生活から、ようやく抜け出せたのに、再び妹のお守りなどと、冗談じゃない。 「宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」 内心で激怒していた怜菜は、日本同様に、ここでも、妹の軛(くびき)から逃れるための算段を立て始めた――。 ※ R15(キスよりちょっとだけ先)が入る章には☆を入れました。 【近況ボードに書籍化についてや、参考資料等掲載中です。宜しければそちらもご参照下さいませ】

婚約破棄された悪役令嬢は聖母になりました。(番外編完結済み)

愛月花音
恋愛
 アルセント帝国は、時の神・クロノス様の守護を持つ大きな国だった。  エルザは、アルセント帝国のサファード公爵家の一人娘。この一族は時の神の加護を受けており、時を止める能力を持っていた。  そして皇太子・レイヴァンの婚約者。しかし、異世界から聖女・レイナが現れ、自分をイジメる悪女に仕立て上げられてしまう。  レイヴァンはアカデミーでは冷たくするも、身体の関係を続けていたが。  しかし、邸宅では気遣う優しさも見せるため、矛盾な態度に悩まされる。  そんな中で妊娠してしまう。だが、レイヴァンはアカデミーの卒業パーティーでレイナをパートナーにし、聖女殺人未遂の濡れ衣の罪で婚約破棄を告げられてしまう⁉  エルザは、お腹の子と自分を守り切れるのか⁉ ドキドキハラハラの悪役令嬢ファンタジー。 2022年12.25 bot女性向けランキング過去最高・5位。 恋愛ランキング過去最高・26位。 小説ランキング過去最高・30位。 ありがとうございます☆ 注意。 誤字脱字があったら申し込みありません。 気づいたら修正致します。 公開日・2022年12月12日。 完結日・2022年12月27日。

一部完|すべてを妹に奪われたら、第2皇子から手順を踏んで溺愛されてました。

三矢さくら
恋愛
「侯爵家を継承できるという前提が変わった以上、結婚を考え直させてほしい」 マダレナは王立学院を無事に卒業したばかりの、カルドーゾ侯爵家長女。 幼馴染で伯爵家3男のジョアンを婿に迎える結婚式を、1か月後に控えて慌ただしい日々を送っていた。 そんなある日、凛々しい美人のマダレナとは真逆の、可愛らしい顔立ちが男性貴族から人気の妹パトリシアが、王国の第2王子リカルド殿下と結婚することが決まる。 しかも、リカルド殿下は兄王太子が国王に即位した後、名目ばかりの〈大公〉となるのではなく、カルドーゾ侯爵家の継承を望まれていた。 侯爵家の継承権を喪失したマダレナは、話しが違うとばかりに幼馴染のジョアンから婚約破棄を突きつけられる。 失意の日々をおくるマダレナであったが、王国の最高権力者とも言える王太后から呼び出される。 王国の宗主国である〈太陽帝国〉から輿入れした王太后は、孫である第2王子リカルドのワガママでマダレナの運命を変えてしまったことを詫びる。 そして、お詫びの印としてマダレナに爵位を贈りたいと申し出る。それも宗主国である帝国に由来する爵位で、王国の爵位より地位も待遇も上の扱いになる爵位だ。 急激な身分の変化に戸惑うマダレナであったが、その陰に王太后の又甥である帝国の第2皇子アルフォンソから注がれる、ふかい愛情があることに、やがて気が付いていき……。 *女性向けHOTランキング1位に掲載していただきました!(2024.7.14-17)たくさんの方にお読みいただき、ありがとうございます! *第一部、完結いたしました。 *第二部の連載再開までしばらく休載させていただきます。

俺を凡の生産職だからと追放したS級パーティ、魔王が滅んで需要激減したけど大丈夫そ?〜誰でもダンジョン時代にクラフトスキルがバカ売れしてます~

風見 源一郎
ファンタジー
勇者が魔王を倒したことにより、強力な魔物が消滅。ダンジョン踏破の難易度が下がり、強力な武具さえあれば、誰でも魔石集めをしながら最奥のアイテムを取りに行けるようになった。かつてのS級パーティたちも護衛としての需要はあるもの、単価が高すぎて雇ってもらえず、値下げ合戦をせざるを得ない。そんな中、特殊能力や強い魔力を帯びた武具を作り出せる主人公のクラフトスキルは、誰からも求められるようになった。その後勇者がどうなったのかって? さぁ…

今日貴方を襲います。

冬愛Labo
恋愛
日本一の財閥にのお嬢様は叔父様が大好きな姪っ子。しかし難点がありついあんな態度をとってしまいます。 でも叔父様を諦められないお嬢様は叔父様の好みの女性になる為だったら執事とエッチな訓練もしちゃいます。全3部作の前編です。

(完)約束嫌いな私がしてしまった、してはいけない約束

奏直
恋愛
侯爵令嬢の私は昔から約束を破られ裏切られてきた。 幼い頃の私は何度となく裏切られても、また信じて約束をし裏切られる事を繰り返してきた。 そんな私も成長し約束は守られないと理解する。 私は三姉妹だが全員異母姉妹だ。 父と義母は美しい姉と可愛い妹が大事な様で家では使用人からも私はいない・いらない"物"として扱われてきた。 義母が用意した私の最初の婚約者は父の命令で姉の婚約者になり、2人目の婚約者は妹に寝取られた。 婚約者は私に「愛しているよ。大事にする。約束だから。」と言ったが結局は美しい姉と可愛い妹の婚約者になった。 あれは心ない言葉だったのだ。 幼い頃から約束を破られ続けた私は「約束なんか大嫌い。2度と約束なんて…期待なんてしない。」と心に決める。 そんな私が公爵家当主からある話を持ちかけられる… 「私には息子が3人いる。どの息子でも良いから結婚して欲しい。」 「結婚って…生涯を約束する結婚ですか?」 「そうだよ。それ以外にあるのかな?」 約束なんてもう2度としないと心に決めた私は断っていた。 なのにいつもは私に関心のない父がいつの間にか了承の返事をしてしまう。 侯爵家の中でもいない・いらない物である私にとって良い縁談かもしれないが公爵家の息子達には色々と問題があった。 公爵家長男は顔は良いがすごく頭が悪く 公爵家次男は顔は良いがすごく性格が悪く 公爵家三男は顔は良いがすごく女癖が悪い それに彼等は… とにかく、どんなに顔が良くても生涯の伴侶にはなりたくない。 なのに社交界にこの話が広まると義母達から今まで以上に虐げられ…彼等と縁を結びたい御令嬢からも意地悪されるしで最悪だ。 このお話なかった事にできませんか?(泣)

妹に婚約者を結婚間近に奪われ(寝取られ)ました。でも奪ってくれたおかげで私はいま幸せです。

千紫万紅
恋愛
「マリアベル、君とは結婚出来なくなった。君に悪いとは思うが私は本当に愛するリリアンと……君の妹と結婚する」 それは結婚式間近の出来事。 婚約者オズワルドにマリアベルは突然そう言い放たれた。 そんなオズワルドの隣には妹リリアンの姿。 そして妹は勝ち誇ったように、絶望する姉の姿を見て笑っていたのだった。 カクヨム様でも公開を始めました。

転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい

高木コン
ファンタジー
第一巻が発売されました! レンタル実装されました。 初めて読もうとしてくれている方、読み返そうとしてくれている方、大変お待たせ致しました。 書籍化にあたり、内容に一部齟齬が生じておりますことをご了承ください。 改題で〝で〟が取れたとお知らせしましたが、さらに改題となりました。 〝で〟は抜かれたまま、〝お詫びチートで〟と〝転生幼女は〟が入れ替わっております。 初期:【お詫びチートで転生幼女は異世界でごーいんぐまいうぇい】 ↓ 旧:【お詫びチートで転生幼女は異世界ごーいんぐまいうぇい】 ↓ 最新:【転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい】 読者の皆様、混乱させてしまい大変申し訳ありません。 ✂︎- - - - - - - -キリトリ- - - - - - - - - - - ――神様達の見栄の張り合いに巻き込まれて異世界へ  どっちが仕事出来るとかどうでもいい!  お詫びにいっぱいチートを貰ってオタクの夢溢れる異世界で楽しむことに。  グータラ三十路干物女から幼女へ転生。  だが目覚めた時状況がおかしい!。  神に会ったなんて記憶はないし、場所は……「森!?」  記憶を取り戻しチート使いつつ権力は拒否!(希望)  過保護な周りに見守られ、お世話されたりしてあげたり……  自ら面倒事に突っ込んでいったり、巻き込まれたり、流されたりといろいろやらかしつつも我が道をひた走る!  異世界で好きに生きていいと神様達から言質ももらい、冒険者を楽しみながらごーいんぐまいうぇい! ____________________ 1/6 hotに取り上げて頂きました! ありがとうございます! *お知らせは近況ボードにて。 *第一部完結済み。 異世界あるあるのよく有るチート物です。 携帯で書いていて、作者も携帯でヨコ読みで見ているため、改行など読みやすくするために頻繁に使っています。 逆に読みにくかったらごめんなさい。 ストーリーはゆっくりめです。 温かい目で見守っていただけると嬉しいです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。