上 下
27 / 74
第一章

幕間1 エリアスは考える④

しおりを挟む
 ハインリヒ様の執事長が今の時間にいそうな、館にある執務室の隣室に置いてある魔法陣の数字を書き込む。

 あ、ちょっと魔法陣を雑に書き過ぎた。転移するまでに視界が微妙に揺れている。
 
 ここにいるだろう、という見当は当たっていた。
 転移すると、執事長のベネディクトが、部屋に置いてある小さな机で、書類を精査している最中だった。
「おや、エリアス様。どうなされましたか」

 さすが、ハインリヒ様の執事長。全然動じないね。
「ハインリヒ様が、サラディーヌ様と一緒に、当分の間塔に籠るそうだよ。取り敢えず数着でいいから着替えの手配を頼めるかな。あと、魔狼の返り血を大量に浴びたから、今着られるように、ガウンを持っていきたい」

「それはそれは。かしこまりました。少々お待ち下さい」

「あと、転移魔法陣を塔の最上階に設置した。数字は…これね」

 杖を呼び出して、空間に数字を書き込む。
 しばらくすると数字はユラリと空間に揺蕩たゆたって消失した。
 
 侍従長が了解の印に頷いて、別の部屋に移動していく。ガウンを取りにいってくれたんだろう。
 
 いちいち説明しなくても、最良の働きをしてくれる執事長は、世間にはそんなにいないよな。有能で何よりだ。というよりも、ハインリヒ様自身が有能過ぎるから、無能は勝手に淘汰されちゃうんだけど。何せ、俺たちに出来ることは全て、ハインリヒ様には出来るけど、その逆は不可能なことが多い。


 便宜上、公爵家の館、とは言っているが、どう見ても、誰が見ても、ここは城です。
 正確には、公務や社交の場は石造りの頑健な城のほうで行われ、城壁の内側に建てられた館が居住区となっている。
 難攻不落の城として、内外に有名な城だった。
 この国に存在する四大公爵家の頂点、筆頭公爵家と呼ばれるザフィーア公爵家の住まいなのだから当然だ。

「ガウンをお持ち致しました」

「ありがとう。それじゃ戻るね」
 去ろうとすると、ベネディクトが、手をちょっとだけ伸ばして引っ込めた。
 感情を表わさない彼には、とても珍しい動作だった。
「……サラディーヌ様は…」
 
 …ああ、そうか。彼は。カリンメテオール様を、この世界から逃がした一人だった―――

「ご無事に成長なさってたよ。俺が到着した時には、気を失ってしまわれてたけど。母君譲りの美しい黒髪だった」
 初めて見るベネディクトの微笑が、得難い価値のあるものだと思える。
 早く、こっちの居室を使えるように出来るといいんだけどな。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,882pt お気に入り:3,851

二番目の夏 ー愛妻と子供たちとの日々— 続「寝取り寝取られ家内円満」

kei
大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:26

冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:653pt お気に入り:177

悪役令嬢を婚約破棄する王子のお話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:46

訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,151pt お気に入り:72

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,098pt お気に入り:19

処理中です...