リビング・ブレイン

羊原ユウ

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勧誘(スカウト)

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《……よろしかったんですか、お連れの方を先に帰してしまって》

透の後ろでフィーアが残念そうに言う。手術台の上のグラウは先ほどので気絶したのか目を閉じている。

『彼は優秀だが、ああ見えて気が弱いんだ。あまりここには長居させないほうがいいと思ってね』
《お優しいんですねえ。はあ……反吐が出そうだ》

フィーアが低くつぶやき、嫌な音を立ててグラウの解体を再開する。手術台の上のグラウは体がもうほとんど原型を留めておらず、頭部だけが残っていた。
フィーアが隠していた両腕でその頭部を無造作につかみ、破壊しようとする。透はそれを静止した。

『……待った、その中身は機械ですか。それとも生身ですか』
《ああ……気になりますかな?確認したいのならご自分でどうぞ》

フィーアがぽんっ、とグラウの頭部を透に投げてよこす。透は両手で受け取るとグラウの髪を両手でかき分ける。一部がへこんだり潰れたりしているので、内部を覗くには少し力をかければよかった。わずかな割れ目から中を透視スキャンする。

(これは……)

スキャンを終えた透の顔が恐怖で引きつる。グラウの頭部の中身は機械ではなく……生身だった。

《おや……その顔はもしやお気に召しませんでしたかな?。今の貴方と》

フィーアが透の顔を見て口角をつりあげてにんまりと笑う。その歪んだ表情に透の中で静かな怒りがわきあがった。今すぐに殴りつけて殺したいほどの衝動にかられる。

【通常から戦闘モードに移行しますか?】

透の感情の起伏を検知した機体側からの提案が視界にちらつくが一切を無視する。それはできない。
極秘で製造された機体が殺人を犯したとなれば、今後RUJの運営に傷がつく。

(真木のやつ、よりによって私のガワに戦闘用のモデルを使ったのか。後から文句を言ってやる……!)

隙あらばモードの移行を勧めてくる自らの機体からだを抑えつけ、透は必死に冷静さをよそおう。

『そう……ですね。いや、しかしもったいない。あなたのような技術を持った方がこんな地下層でくすぶっているなんて』
《なんと。このタイミングでスカウトですか?それなら無駄ですよ。私はここから動くつもりはないですし。まあ……条件によってはお受けしないでもないですけどねえ》

フィーアはなかば興味なさそうにつぶやく。透はこの状況を打破したくて話を続けた。

『ウチに……RUJに来ませんか?フィーア博士』
『そうすれば……貴方の造ったグラウくんのことはこの先誰にも口外しません。それに修復も全面的にRUJでお手伝いしましょう。どうです』
《は……?それ、本気でおっしゃってるんですか》

フィーアは胸の前で両手の指を組み合わせ、透からの突然のスカウトの条件を吟味している様子だったがしばらく沈黙した後《……のった》とつぶやき、透の手をつかんで握手した。

『……承諾いただきありがとうございます、そろそろ上に戻りましょうか。ここは……どうも気温が低すぎて生体部品のほうに影響が出そうなので』
《ああ、そうでしたか。いや……こちらこそ気遣いが足らず申し訳ない。私はもう慣れっこなもので》

フィーアは長い指先で自分の着ている薄いシャツをつまんで見せ、短く笑う。透も微笑み返し、上階に戻るためスラックスのポケットから自分の分のペンライトを取り出して点灯させる。来た時と同じようにフィーアが先に立ち、2人は螺旋階段を登り始めた。



佑の寝ている部屋に先に戻って来た瀬名は透の機体内部の様子を自分の携帯の画面でモニターしつつ、何もなかったことにほっとしていた。あの雰囲気ではいつ何が起きてもおかしくない。

《しばらくお待たせして申し訳ありませんでした。彼の様子はどうです?》

瀬名の背後から気づかうような声がかかり、振り向くとフィーアと透が部屋に入って来たところだった。

「お帰りなさい。ああそれなんですけど……佑くん、まだ目を醒まさなくて。熱は下がったみたいなんですけど」

うろたえる瀬名。透がベッドそばの丸椅子に移動し、目を閉じた佑の額にカーキ色の手袋をはめた手をあてる。この場所に来る前に感じた焼けつくような高温はない。

『佑、熱は下がっているはずだ。そろそろ起きなさい、家へ帰ろう』
「うん。心配させて……ごめんなさい」

佑は閉じていた目をゆっくり開き、寝返りを少しするとベッドの端に座るようにして体を起こす。透の頬のあたりに引っ掻いたような傷痕を見つけるとおそるおそる片手を伸ばしてふれてくる。

「父さんこれ、どうしたの?」
『ああこれか。擦りむいただけだから心配しなくていい。じきに治る』
「そう。よかった」

透は息子を心配させまいと嘘をつく。フィーアにつけられた傷は案外深かったがアップデートによる自己修復機能が働いているため、ほとんどふさがってきていた。佑は安心した表情になると後ろに立っているフィーアを見上げ、ベッドを借りたお礼を言った。

《いえいえ、とんでもないですよ坊ちゃん。そういえばお父上から先ほどスカウトされましてねえ……これからRUJで働くことになったんですよ》
「えっそんな話聞いてないですよ僕。真木博士には相談しなくていいんですか?」
『まったく、君も心配症だな瀬名くん。もちろん今から連絡するさ。グラウくんの件もあるからな』

いまいちピンときていない瀬名。透がRUJでグラウの修復を行う予定だと伝えると「さすがにそれはまずいんじゃ……」と言って頭をかかえた。

「地下層の人やものを地上層に持ち出すことは原則として禁止になっていて、持ち出すにしても証明書が必要なのはもちろんご存じですよね、小松博士」
『ああ、心得てはいる。だから彼らが通報されずに地上へ出られる方法を一緒に考えてほしいんだ』
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