リビング・ブレイン

羊原ユウ

文字の大きさ
14 / 26

フィーアを迎えに

しおりを挟む
翌朝、夫婦の寝室で目を覚ました透は顔の左側に触れ、昨晩の傷がふさがっていることを確認してからその場にゆっくり身を起こす。隣では亜紀が寝息をたてて気持ちよさそうに眠っている。ベッドのそばの目覚まし時計の針は午前5時をさしていた。窓の外には太陽が昇りはじめているのか、空に浮かんだ雲がぼんやりと赤く染まってきている。ごく普通の、見慣れたはずの朝の光景。ふと透は自分だけが世界にたった1人取り残されたような感覚に襲われた。

(私がこんな体にならなければ、佑と亜紀は幸せになれただろうか……?)

頭の奥がずきり、と鈍く痛む。この体になってから頭痛なんて今までまったくなかったのに。透の不安が通じたのか、携帯が鳴る。あわてて出ると瀬名からだった。

『おはようございます小松博士。あの……こんなことを朝早くからお聞きするのもあれなんですが昨日の夜遅く、どこかへ外出されてました?』
『いいや?君が帰ってからはずっと自宅にいたがね』
『そうですか。あれからずっとモニタリングしてたんですけどなんか……深夜2時から4時くらいまでの脳のデータがまったく記録されてないんですよね』

それもそのはずだ。いくら自分が脳だけで生きている人間でもロボットでもない曖昧な存在だからといって亜紀とのを覗かれているのだけはたまらない。一時的に一部のセンサーをオフにし、通信を遮断しておいてよかったと思う。

『そうかね。そちらの機器類の故障ということは』
『それはないです。定期的にメンテナンスをはさんでますから』
『それから、その後に脳の各分野が異常なほど活発になっていたのだけ気になってしまって……今頭痛や吐き気とかしてませんか?』

この頭痛はそれが原因か。次にするときは亜紀とじっくり話し合ってからのほうがいいだろう。透は『問題ないよ』とごまかす。瀬名は続けて機体の損傷について尋ねてきた。

『フィーア博士につけられた頬の傷はもうふさがってるようですけど、顔の左側……特に目から頬あたりまでがアイカメラや中の構造が見えるくらいに一時損傷していたようですね。これはどうされたんです?』
『ああ、それは……少し派手に転倒してしまってね。転んだ勢いで壁に思いきりぶつかったんだ。もう大丈夫だから心配しないでほしい』
『そうでしたか。たまたま怪我されたのがご自宅だったからよかったですけど、くれぐれも外でだけは本当に気をつけて下さいね。小松博士の存在はRUJの一部の人間とご家族しか知らない極秘事項なんですから。誰かに見られたら真木博士と僕もあっという間に警察ホワイトポリスに捕まっちゃいます』

瀬名が声を低くする。言葉の端々から身震いする様子が見える気がした。透は『たしかに。それは回避すべきだな』と返した。

『あ、そうだ。今日は地下層にフィーア博士たちを迎えに行くご予定でしたよね。またご一緒してもいいですか?』
『別にかまわないが……RUJにいなくてもいいのかね?真木から私のモニタリングを頼まれてるんだろう』
『ええ、そうなんですけどモニタリングなら僕の携帯電話やタブレット端末にも専用のアプリを入れてあるのでRUJ以外でもできますよ。それに昨日真木博士とちょっと喧嘩をしてしまってあんまりそばにいたくないんです。ダメですか』
『真木と君が?そうか。じゃあ来るときにブラックボックスを1つ持ってきてくれないかい。グラウくんが見つかる可能性を極力下げたいからね』

透がそう提案すると瀬名は『わかりました。どこかで待ち合わせしましょうか』と返す。

『ああ、そうだな。だったらあそこ……この間行った地下層の博物館で会おう』
『あの奥のほうに森があるところですね。了解です。ついたら連絡しますね』

そこで通話は終了した。透は携帯を黒のスラックスのポケットに入れ、かたわらで眠る亜紀を見る。まだ起きる気配はない。物音をたてないように静かに歩き、寝室を出て洗面所に向かう。鏡の前で自分の顔をながめ、手櫛ですくようにすっ、と頭髪の数か所に指でさわる。
するとヘアゴムでくくってポニーテールにしていた髪型が変わり、洗いたてシャツのように白くなった毛が肩あたりや目元まで急速に伸びて止まる。透は仕上げに逆Yの字のごとく長めに伸ばした後ろ髪の毛先にAlice.のボディーのような鮮やかな青色のメッシュをいれると満足そうにうなずいた。これは真木が機体のアップデートをしたことによって備わった機能のうちのひとつだったがそう頻繁に使うものでもないので今日まで埋もれていたのだ。髪を洗う必要も切る必要もなく自由にアレンジが楽しめるのはそれなりに便利かもしれない。

(だいぶ早いが博物館に向かうか。亜紀と佑には用事で出かけると書置きを残しておこう)

透はリビングルームに行き、テーブル上の照明だけを点けて新聞に入っている広告の裏が白いものを出してくると少しちぎってペン先が太いボールペンで「RUJの瀬名くんと会う約束をしているので出かけます。夜までには帰ります」と走り書きし、テーブルの真ん中にあるメモスタンドに置く。昨夜遅く着替えたグレーのシャツにスラックスのポケットにいれていた白のリボンタイを結ぶと椅子の背もたれにかけてあったRUJのカーキ色のジャケットをはおり、玄関へ向かうとドアをそっと押し開けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...