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再起動と告白
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透が小松家に帰宅したのは午後6時ごろだった。玄関を開け、暖色の明かりがともったリビングルームに行くと亜紀が「おかえりなさい」と言って出迎えた。佑の姿はない。
『佑は部屋にいるのかい?』
「ええ。夕食を食べたらすぐに戻っちゃったみたい。何か用事だった?」
亜紀は透が近くに来たことで初めて髪型と色がいつもと違うことに気づいたらしく「まあ、珍しい」とわかりやすく驚く。フィーアからグラウを自宅でしばらく預かることは前もって亜紀に話しておいてよかったが、佑のほうはまだだった。透は瀬名から帰り際に渡されたブラックボックスを床に落として起動させ、ボール状から箱型に展開させて亜紀の近くにそうっと置く。
「この中に……この間話してたグラウって子が入ってるの?」
『ああ、そうだよ。おそらく今は強制的にスリープモードになっているはずだが……目を覚ましても君に危害は加えないから安心してほしい』
おっかなびっくりした様子でブラックボックスのそばにしゃがんで蓋を開けようとする亜紀に、透は念のため中のグラウの機体をスキャンしてから『大丈夫だよ、開けてごらん』とつけ加えた。透にうながされた亜紀はブラックボックスの蓋の上に片手を置く。数秒ほどで認証がなされ、蓋がゆっくりとスライドしながら開いていく。グラウは入った時と同じように胸の前で両手を組み合わせて眠っていた。透もしゃがんでブラックボックスの中からグラウの体を抱きおこすと、フィーアから聞いていた手順をで再起動を試すことにした。
「ちょっとあなた……何してるの?!そんなことしたらまた血が」
『これでいいんだよ。手順はあってるんだ。彼は私と同じで脳だけが生身だから、こうして血が必要なんだろう。もちろん本物の血液じゃないが、このくらいの量ならきっと……』
透がそういう間にも強く傷をつけた手のひらからピンク色の血がぼたぼたと滴って、グラウの口のあたりを濡らしていく。その様子を亜紀は怯える目で見つめていたがやがて「ねえ、見て」と言った。透の腕の中のグラウが薄目を開け、きょろきょろと視線を左右にさまよわせていた。
『やあ、おはようグラウくん。目が覚めたかな、私が誰だかわかるかい?』
『…………ここ、どこ。フィーアは?』
とろん、とした表情でグラウはフィーアの姿を探し、今自分がいる場所がフィーアの自宅でないことがわかると明らかに動揺した。透と亜紀がなんとかなだめようとするが『フィーアに会いたい』とわがままをいって聞かない。グラウが混乱してふり回す黒い鉤爪のような手が亜紀の体に当たりそうになり、透が亜紀におおいかぶさるようにして庇う。
(……再起動したばかりで意識が混乱してるのか?まずいな)
透はグラウの爪が背中を引っかく感触を感じながら頭の中で解決策を探す。そして導きだしたアイデアはできれば極力使いたくはない方法だった。
(こうなれば……仕方ない。お互い体は人間ではないのだから、頭部を傷つけない範囲なら限定的にモードを解除しても問題はないかもしれない)
そう考えて透はこの間は抑えた通常から戦闘モードへの切り替えを機体側に許可した。鮮やかだった視界が急に暗転し、全身ががくり、と脱力する。機体内部の疑似血液が今までにないくらいに速く循環していくのを感じる。
「あなた、ねえ……大丈夫?」
『……亜紀、私から離れろ、早く、リビングルームの、外へ……‼︎』
「わ、わかった」
亜紀は透のただならぬ様子にうなずくと急いでリビングルームのドアを開け、廊下へ出てからロックをかける。床にぺたりと膝をつき、不安から顔を手でおおう。その直後にがんっ!という金属かなにかを壁に強く打ちつけたような激しい音が数回、リビングルームからして途絶えた。亜紀は中にいる透の様子が心配になり、ロックを解除して部屋へかけこむ。リビングルーム内は照明が点いたままだったが壊れたテーブルや椅子や家具が散乱しており、部屋中にこまかな埃が舞っている。
「あなた、大丈夫⁉」
亜紀は破壊された家具の隙間に透が着ていた白いシャツの裾を見つけ、埃を吸いこまないよう口元を服の袖でおおって近づく。透は倒れてきた食器棚と床の間に挟まれて身動きがとれない状態だった。顔や腕の人工皮膚が過剰な熱で溶け、内部の機体が剥き出しになっている。亜紀がそばにしゃがんで手を差し出すと金属の骨格だけの片手が伸ばされて弱々しく握り返してきた。破損した配線からはピンク色の疑似血液が流れ続けて床を汚している。
「……よかった。グラウくんは無事?」
『……ああ、活動停止、させるのにだいぶ、時間がかかって、しまった』
亜紀の手を借りて透がその場に立ち上がろうとするが、機体のダメージがかなりひどいらしくふらついてしまう。亜紀がとっさに肩を貸してよりかからせるとずしり、としたかなりの重さが体に加わり逆に亜紀がよろけてしまいそうになる。
『す、すまない……。自分で立てるから、大丈夫、だよ』
「こんな傷じゃ強がっても無駄よ。真木さんに連絡するからここで少し休んでて」
亜紀は透をあまり壊れていない椅子に座らせ、着ていた紺のスーツの胸ポケットから携帯を取り出すとRUJの真木の番号にかけた。
『はい、真木ですが。ああ、亜紀さん。こんばんは。どうされました?』
「こんな時間にすみません。実は……夫がひどい怪我をしてしまって。出血が止まらないんです」
『彼がまた……何かしでかしたんですか?瀬名くん、モニターの状況は』
「……機体の各部位が損傷してます。特に両手と顔、足へのダメージが深刻なようです」
「彼の脳は無事かい」
「はい、頭部へのダメージはゼロです」
瀬名は急いで真木の見ているモニターへデータを転送する。データを見た真木がすぐに顔をしかめる。
「瀬名くん小松博士の回収……今すぐ頼めるかな。僕はこのままモニタリングするからブラックボックスと脳を保管するための簡易水槽を持っていってくれ」
「りょ、了解です。至急お宅に向かいますね!」
瀬名は指示されて端末を片手に真木の研究室をあわただしく走って飛び出していった。
*
《今朝のニュース見ました?また政府がおかしな政策を始めるらしいですなあ。なんでも生きているだけで年齢に応じた収入が自動的に振りこまれる制度だとか》
「ああ、それ。僕も今朝見て一瞬我が目を疑いました。たしかライフ・オブ・マネー……略してLoM制度ですよね」
翌朝。真木の研究室にいたフィーアが話題をふってきた。瀬名はあの後に小松家に機体の回収に向かい、へとへとになって帰ってきた。生きているというのは例えば、彼のように脳だけになっている人間でも当てはまるのだろうか?
《おや、どうしました?難しい顔をされて》
「いえ。何でもありません。フィーア博士、そういえばこの後ご予定は空いてらっしゃいますか?チームの人手が足りないので小松博士の機体の修復を一緒に手伝っていただきたいのですが」
《はあ。私は構いませんが……彼、また壊れたんですか?》
「どうもお宅のグラウくんが再起動させた途端に暴走したらしくてですね、間に入って止めようとしたようです」
真木がそう告白するとフィーアは《ウチのグラウが?》と疑うような表情をする。
《再起動の手順になんらかの誤りがあったのやもしれませんなあ。私もたまに試しますがこうして無事ですし。グラウは一緒に回収したんですか?》
「ええ。うちの瀬名が両方とも持ち帰ってます」
《それは良かった。後から念のためきつく叱っておきましょう》
『佑は部屋にいるのかい?』
「ええ。夕食を食べたらすぐに戻っちゃったみたい。何か用事だった?」
亜紀は透が近くに来たことで初めて髪型と色がいつもと違うことに気づいたらしく「まあ、珍しい」とわかりやすく驚く。フィーアからグラウを自宅でしばらく預かることは前もって亜紀に話しておいてよかったが、佑のほうはまだだった。透は瀬名から帰り際に渡されたブラックボックスを床に落として起動させ、ボール状から箱型に展開させて亜紀の近くにそうっと置く。
「この中に……この間話してたグラウって子が入ってるの?」
『ああ、そうだよ。おそらく今は強制的にスリープモードになっているはずだが……目を覚ましても君に危害は加えないから安心してほしい』
おっかなびっくりした様子でブラックボックスのそばにしゃがんで蓋を開けようとする亜紀に、透は念のため中のグラウの機体をスキャンしてから『大丈夫だよ、開けてごらん』とつけ加えた。透にうながされた亜紀はブラックボックスの蓋の上に片手を置く。数秒ほどで認証がなされ、蓋がゆっくりとスライドしながら開いていく。グラウは入った時と同じように胸の前で両手を組み合わせて眠っていた。透もしゃがんでブラックボックスの中からグラウの体を抱きおこすと、フィーアから聞いていた手順をで再起動を試すことにした。
「ちょっとあなた……何してるの?!そんなことしたらまた血が」
『これでいいんだよ。手順はあってるんだ。彼は私と同じで脳だけが生身だから、こうして血が必要なんだろう。もちろん本物の血液じゃないが、このくらいの量ならきっと……』
透がそういう間にも強く傷をつけた手のひらからピンク色の血がぼたぼたと滴って、グラウの口のあたりを濡らしていく。その様子を亜紀は怯える目で見つめていたがやがて「ねえ、見て」と言った。透の腕の中のグラウが薄目を開け、きょろきょろと視線を左右にさまよわせていた。
『やあ、おはようグラウくん。目が覚めたかな、私が誰だかわかるかい?』
『…………ここ、どこ。フィーアは?』
とろん、とした表情でグラウはフィーアの姿を探し、今自分がいる場所がフィーアの自宅でないことがわかると明らかに動揺した。透と亜紀がなんとかなだめようとするが『フィーアに会いたい』とわがままをいって聞かない。グラウが混乱してふり回す黒い鉤爪のような手が亜紀の体に当たりそうになり、透が亜紀におおいかぶさるようにして庇う。
(……再起動したばかりで意識が混乱してるのか?まずいな)
透はグラウの爪が背中を引っかく感触を感じながら頭の中で解決策を探す。そして導きだしたアイデアはできれば極力使いたくはない方法だった。
(こうなれば……仕方ない。お互い体は人間ではないのだから、頭部を傷つけない範囲なら限定的にモードを解除しても問題はないかもしれない)
そう考えて透はこの間は抑えた通常から戦闘モードへの切り替えを機体側に許可した。鮮やかだった視界が急に暗転し、全身ががくり、と脱力する。機体内部の疑似血液が今までにないくらいに速く循環していくのを感じる。
「あなた、ねえ……大丈夫?」
『……亜紀、私から離れろ、早く、リビングルームの、外へ……‼︎』
「わ、わかった」
亜紀は透のただならぬ様子にうなずくと急いでリビングルームのドアを開け、廊下へ出てからロックをかける。床にぺたりと膝をつき、不安から顔を手でおおう。その直後にがんっ!という金属かなにかを壁に強く打ちつけたような激しい音が数回、リビングルームからして途絶えた。亜紀は中にいる透の様子が心配になり、ロックを解除して部屋へかけこむ。リビングルーム内は照明が点いたままだったが壊れたテーブルや椅子や家具が散乱しており、部屋中にこまかな埃が舞っている。
「あなた、大丈夫⁉」
亜紀は破壊された家具の隙間に透が着ていた白いシャツの裾を見つけ、埃を吸いこまないよう口元を服の袖でおおって近づく。透は倒れてきた食器棚と床の間に挟まれて身動きがとれない状態だった。顔や腕の人工皮膚が過剰な熱で溶け、内部の機体が剥き出しになっている。亜紀がそばにしゃがんで手を差し出すと金属の骨格だけの片手が伸ばされて弱々しく握り返してきた。破損した配線からはピンク色の疑似血液が流れ続けて床を汚している。
「……よかった。グラウくんは無事?」
『……ああ、活動停止、させるのにだいぶ、時間がかかって、しまった』
亜紀の手を借りて透がその場に立ち上がろうとするが、機体のダメージがかなりひどいらしくふらついてしまう。亜紀がとっさに肩を貸してよりかからせるとずしり、としたかなりの重さが体に加わり逆に亜紀がよろけてしまいそうになる。
『す、すまない……。自分で立てるから、大丈夫、だよ』
「こんな傷じゃ強がっても無駄よ。真木さんに連絡するからここで少し休んでて」
亜紀は透をあまり壊れていない椅子に座らせ、着ていた紺のスーツの胸ポケットから携帯を取り出すとRUJの真木の番号にかけた。
『はい、真木ですが。ああ、亜紀さん。こんばんは。どうされました?』
「こんな時間にすみません。実は……夫がひどい怪我をしてしまって。出血が止まらないんです」
『彼がまた……何かしでかしたんですか?瀬名くん、モニターの状況は』
「……機体の各部位が損傷してます。特に両手と顔、足へのダメージが深刻なようです」
「彼の脳は無事かい」
「はい、頭部へのダメージはゼロです」
瀬名は急いで真木の見ているモニターへデータを転送する。データを見た真木がすぐに顔をしかめる。
「瀬名くん小松博士の回収……今すぐ頼めるかな。僕はこのままモニタリングするからブラックボックスと脳を保管するための簡易水槽を持っていってくれ」
「りょ、了解です。至急お宅に向かいますね!」
瀬名は指示されて端末を片手に真木の研究室をあわただしく走って飛び出していった。
*
《今朝のニュース見ました?また政府がおかしな政策を始めるらしいですなあ。なんでも生きているだけで年齢に応じた収入が自動的に振りこまれる制度だとか》
「ああ、それ。僕も今朝見て一瞬我が目を疑いました。たしかライフ・オブ・マネー……略してLoM制度ですよね」
翌朝。真木の研究室にいたフィーアが話題をふってきた。瀬名はあの後に小松家に機体の回収に向かい、へとへとになって帰ってきた。生きているというのは例えば、彼のように脳だけになっている人間でも当てはまるのだろうか?
《おや、どうしました?難しい顔をされて》
「いえ。何でもありません。フィーア博士、そういえばこの後ご予定は空いてらっしゃいますか?チームの人手が足りないので小松博士の機体の修復を一緒に手伝っていただきたいのですが」
《はあ。私は構いませんが……彼、また壊れたんですか?》
「どうもお宅のグラウくんが再起動させた途端に暴走したらしくてですね、間に入って止めようとしたようです」
真木がそう告白するとフィーアは《ウチのグラウが?》と疑うような表情をする。
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