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寝殿の母屋で腕枕で寝転がっていると、
「殿さん、真海(しんかい)さんがお出でです」
と姿を現わした雑人が廂の間から告げた。
「通せ。それと酒肴を用意しろ」
史郎は、寝転がったままこたえる。
主の怠惰な姿には慣れっこだ、雑人は何もただ「御意」と言い残して消えた。
しばらくすると、
「来てやったぞ」
と真海陰陽法師、市井の陰陽師が姿を現わす。彼らの正装である法衣姿だ。
「たかりに来ているだけだろうに」
史郎は体を起こして笑みを浮かべた。
「有徳人だろう、他人に施して徳を積め」
「いつから仏道に宗旨替えした?」
史郎たちは軽口を叩き合う。
しばらくすると、酒肴が運ばれてきた。肴はオイカワの塩焼きにタニシを煮た物だ。
「どれ、酔う前に祓ってやろう」
母屋で対面して座る真海が厳かな顔になる。
「付くも不肖、付かるるも不肖、一時の夢ぞかし」
彼はそうやって、史郎が殺しをした折に姿を現わし、祓いをしてくれる。
史郎は怪異だの陰陽道は信じない性質(たち)だが、こうしてぴたりと彼が殺しをした時期に姿を現わす真海にはどこか畏敬の念をおぼえていた。
「下のふたへも推してする」
やがて、真海の祓えが終わる。
「いや、疲れた疲れた」
真海が盃に酒を注いで一気に呷った。
「相変わらずいい飲みっぷりだな」
「人生の楽しみの大半は“こいつ”よ」
史郎のからかいに、真海は盃をふって応じる。
と、真海の表情が透徹したものになった。
「気に病むなよ、史郎」
む、と史郎は眉間に皺を寄せる。
「お前の親父殿は、お前が殺しをせずとも他の者にさせた。だから、病むな」
「病んでなどいないさ」
弱音を吐けるのは京子の前だけだ。この、友人ともいっていい真海の前でもそれは同じだ。
「迷うたときは申せ、わしが占って進ぜよう」
もっとも、褒美もたっぷり受け取るがな、と真海は茶化す。
「高くつきそうだ」
史郎は鼻を鳴らした。
「それにお前の所業など可愛いものだ。首を切らせて持ってこさせた貴族がいると聞くぞ」
後世、雅と取られる貴族だが、その実態は狂暴極まりないもので、暴力、殺しといったものに深くかかわっていた。
「この間も、朱雀大路で道を譲れ、譲らない、とうしようもない事由で、貴族たちが互いに雑人をけしかけたとか」
真海の言葉に、何をしているのか、と史郎は鼻を鳴らす。
「いっそ、父など見限り、もっと威勢のいい公卿の青侍などとなったらどうだ? 今よりいい暮らし向きができるのではないか」
真海の言葉に、史郎は唇を曲げた。
いっそ、と思うときもあるが、あの父のことだ裏切った日には刺客を送ってくるだろう、そうなると父を殺さぬ限り命を狙われるということになりかねない。そして、父を殺しところで、長兄が今度は敵にまわる懸念があった。
逐電して都を去るか、とも考えるときもあるが、見知らぬ土地で新天地にして生きる気力は史郎にはない。
「京子さんを連れて行ってはどうだ」
真海は盃を呷る合間に告げる。
京子とともにか――それなら、あるいは横着な自分でも生きていけるかもしれない。だが、一歩間違えれば母のような末路を京子に強いることになるかもしれなかった。
「さような卦がおれに出ているか?」
「卦ではない、友の忠言だ」
史郎の問いかけに、真海はひょうげた顔でこたえる。
「そなたさんのことを検非違使が追っておるぞ」
「父がいかようにかいたすだろう」
「その父が、そなたを切り捨てたらどうする? 穢れたそなたを嫌っておらぬとは言えぬだろう?」
真海が先ほどと一転、真面目な顔で告げた。
確かに考えられないことではない。
父が自分を見るまなざしが時折冷たかった。親子の情がどうの、という関係でもない。
「そのときは検非違使を斬ってまことに逐電かな」
「そうなる前に都を去ることを勧める。お前も、相手も命はひとつだからな」
「先ほどと申していることが違わぬか?」
史郎の問いかけに、
「これを融通無碍という」
と史郎は冗談で返す。
「それは舌の根も乾かぬうちに、と申すのだ」
史郎の指摘に、
「違いない」
と笑い、真海は酒の注がれた盃をまた呷った。
寝殿の母屋で腕枕で寝転がっていると、
「殿さん、真海(しんかい)さんがお出でです」
と姿を現わした雑人が廂の間から告げた。
「通せ。それと酒肴を用意しろ」
史郎は、寝転がったままこたえる。
主の怠惰な姿には慣れっこだ、雑人は何もただ「御意」と言い残して消えた。
しばらくすると、
「来てやったぞ」
と真海陰陽法師、市井の陰陽師が姿を現わす。彼らの正装である法衣姿だ。
「たかりに来ているだけだろうに」
史郎は体を起こして笑みを浮かべた。
「有徳人だろう、他人に施して徳を積め」
「いつから仏道に宗旨替えした?」
史郎たちは軽口を叩き合う。
しばらくすると、酒肴が運ばれてきた。肴はオイカワの塩焼きにタニシを煮た物だ。
「どれ、酔う前に祓ってやろう」
母屋で対面して座る真海が厳かな顔になる。
「付くも不肖、付かるるも不肖、一時の夢ぞかし」
彼はそうやって、史郎が殺しをした折に姿を現わし、祓いをしてくれる。
史郎は怪異だの陰陽道は信じない性質(たち)だが、こうしてぴたりと彼が殺しをした時期に姿を現わす真海にはどこか畏敬の念をおぼえていた。
「下のふたへも推してする」
やがて、真海の祓えが終わる。
「いや、疲れた疲れた」
真海が盃に酒を注いで一気に呷った。
「相変わらずいい飲みっぷりだな」
「人生の楽しみの大半は“こいつ”よ」
史郎のからかいに、真海は盃をふって応じる。
と、真海の表情が透徹したものになった。
「気に病むなよ、史郎」
む、と史郎は眉間に皺を寄せる。
「お前の親父殿は、お前が殺しをせずとも他の者にさせた。だから、病むな」
「病んでなどいないさ」
弱音を吐けるのは京子の前だけだ。この、友人ともいっていい真海の前でもそれは同じだ。
「迷うたときは申せ、わしが占って進ぜよう」
もっとも、褒美もたっぷり受け取るがな、と真海は茶化す。
「高くつきそうだ」
史郎は鼻を鳴らした。
「それにお前の所業など可愛いものだ。首を切らせて持ってこさせた貴族がいると聞くぞ」
後世、雅と取られる貴族だが、その実態は狂暴極まりないもので、暴力、殺しといったものに深くかかわっていた。
「この間も、朱雀大路で道を譲れ、譲らない、とうしようもない事由で、貴族たちが互いに雑人をけしかけたとか」
真海の言葉に、何をしているのか、と史郎は鼻を鳴らす。
「いっそ、父など見限り、もっと威勢のいい公卿の青侍などとなったらどうだ? 今よりいい暮らし向きができるのではないか」
真海の言葉に、史郎は唇を曲げた。
いっそ、と思うときもあるが、あの父のことだ裏切った日には刺客を送ってくるだろう、そうなると父を殺さぬ限り命を狙われるということになりかねない。そして、父を殺しところで、長兄が今度は敵にまわる懸念があった。
逐電して都を去るか、とも考えるときもあるが、見知らぬ土地で新天地にして生きる気力は史郎にはない。
「京子さんを連れて行ってはどうだ」
真海は盃を呷る合間に告げる。
京子とともにか――それなら、あるいは横着な自分でも生きていけるかもしれない。だが、一歩間違えれば母のような末路を京子に強いることになるかもしれなかった。
「さような卦がおれに出ているか?」
「卦ではない、友の忠言だ」
史郎の問いかけに、真海はひょうげた顔でこたえる。
「そなたさんのことを検非違使が追っておるぞ」
「父がいかようにかいたすだろう」
「その父が、そなたを切り捨てたらどうする? 穢れたそなたを嫌っておらぬとは言えぬだろう?」
真海が先ほどと一転、真面目な顔で告げた。
確かに考えられないことではない。
父が自分を見るまなざしが時折冷たかった。親子の情がどうの、という関係でもない。
「そのときは検非違使を斬ってまことに逐電かな」
「そうなる前に都を去ることを勧める。お前も、相手も命はひとつだからな」
「先ほどと申していることが違わぬか?」
史郎の問いかけに、
「これを融通無碍という」
と史郎は冗談で返す。
「それは舌の根も乾かぬうちに、と申すのだ」
史郎の指摘に、
「違いない」
と笑い、真海は酒の注がれた盃をまた呷った。
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