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翌日、目を覚ますと側らに座る童の姿があった。
史郎の息子の鳶丸だ。ただし、実子ではない。暗殺した相手の、史郎と同じく雑人の女の子で、継母に見放されたのを引き取った。
鳶丸は曇りのない目で史郎を見つめている。
「勝手にいなくなると、静子(しずこ)が騒ぎ出すぞ」
史郎は億劫さを隠さず告げた。静子は乳母の名だ。
「静子はいつでも騒いでおります」
鳶丸が笑うでもなくこたえる。
「ふっ、その通りだな」
静子は粗忽者だ、と史郎は口角をあげた。
「剣の稽古でもするか?」
史郎の問いかけに、鳶丸がうなずいた。
史郎ができる息子の交流はそれぐらいのものだ。
そこらに転がっていた、竹を切った物二本を手に庭に降りた。
一方を息子に与えて中段に構える。木剣よりもましだが、打たれれば竹も痛い。
鳶丸が片手を開いて突き出して構える。
史郎に向かって距離を詰めてきた。このままなら襟を取られる。
史郎は、小手を斬りつけた。
とたん、鳶丸が体を入れ換え、餌にした手を引いた。同時に、もう一方の手に握っていた竹をこちらの小手に斬りつけた。
よし、と史郎はうなずく。
鳶丸が無邪気な笑みを浮かべた。
「いいか、鳶丸。将来、そなたも誰ぞの命を奪わなければならないときも来るやもしれぬ。“これ”はそのための稽古ぞ」
史郎は窘める口調で告げる。
分かっているのか分かっていないのか把握しづらい顔で鳶丸はうなずいた。
やれやれ、と史郎は内心首をふる。
鳶丸を、父のごとく刺客にする気はないが、それでも修羅場と無縁ではいられないかもしれない。
「では、次」と史郎は告げた。
鳶丸が無構えとなる。そこに史郎が袈裟斬りを見舞った。とたん、鳶丸が半身となるや、突きをくり出す。
寸でで止まった竹先に満足した。鳶丸は十二分に剣を操っている。
それからしばらく型稽古をつづけた。
そして、寝殿に戻り雑人に持ってこさせた白湯をふたりで飲んだ。
「近頃、何があった?」
「市に参りました」
ほう、と史郎は顎を引く。
「赤子が売られてました」
その言葉に、史郎は顔をしかめた。
実際に、市で赤子が売られた例があった。それに鳶丸は出くわしてしまったのだ。
「可哀そうだが、静子に『買い取ろう』と申しましたが銭(あし)が足らぬと断られました」
あの赤子は今ごろどうしているのでしょう、と鳶丸は言う。
誰ぞいい人に引き取られた、と答えるのが常道だろうが、史郎にはできなかった。
ただ、無言で息子の頭を胸に抱き寄せた。
「父上?」
鳶丸が怪訝な声を漏らすが、史郎はこたえずに彼と距離を離す。
「父上」とふたたび鳶丸がこちらを呼んだ。
「麿は実の子息ではないというのはまことでございますか?」
その問いかけに史郎は片眉をひそめる。
「どうして、さようなことを?」
「静子が雑人とさような話をしておりました」
あの粗忽者が、と史郎は息子の乳母を蹴りつけたくなった。
だが、嘘はつきたくなかった。
「確かに、俺とそなたは血のつながった親子ではない。なれど、引き取った以上は、俺とそなたは父と子なのだ」
「さようでございますか」
また、分かっているのか分かっていないのか判然としない顔を息子はした。
だが、今しがた口にした言葉に嘘はない、と史郎は思う。
まったく、面倒なことだ――人の親であることは、という思いを彼は抱いた。
「父上もいつか手前の前からいなくなるのですか?」
「まあ、老いで死ぬことはあろう。されど、それ以外でお前の前からはいなくはならぬ」
史郎は、息子に笑ってみせた。
さて、朝餉を食べるか、と史郎は言って雑人を呼んで用意を命じる。
湯漬けと猪の干物を口に運んだ。
「鳶丸は父上と食事をするのが好きでおじゃる」
と鳶丸は何気ない口調で告げる。なんだか照れ臭い。
「父上はいかがでございます?」
彼は父に目を向けた。
「そうだな、好きだな」
史郎はひとつ顎を引く。
「共に剣をふるうのも好きでおじゃる」
「さようか」
息子の言葉に、史郎はふたたびうなずいた。
束の間の平穏だが、脳裏には不穏な影がよぎる。
先だって、公卿の戯れで自慢の腕利きを集めて仕合わせるという場が設けられた。穢れは控えさせている陰陽師が祓うから、という理屈らしい。貴族の中でも下位の下種(げす)が場には集まっていた。
そこで、史郎は男と出会う。
小柄でも大柄でもない、一見すると平凡な男に見えた。
事実、第一の試合で怪力自慢であろう大男は、
「身分不相応な真似にもかような場に出るからだ、往生しろ」
と叫んで大上段からの一撃を相手に食らわせようとした。
刹那、大男の表情が変化する。なにか、違和感に気づいたような顔をして、太刀から片手を離し胴のあたりに当てた。
その動きで“ずれ”た。胴を切断された男が姿勢を崩して、左右に上半身、下半身と別れて倒れた。
「秘儀、雷走(らいそう)」と男がつぶやくのを、場が盛り上がって騒がしくなる中、たしかに史郎は聞いた。
結局、東西の雄、ということで史郎と男はぶつからなった。
だが、
この目にしかとあの男の太刀筋は焼き付いている――。
のだ。
別にそれで燃えている訳ではない。
ただ、あんな男とやりあうことを思うと面倒くさいのだ。
頼むから、向後もそうなりませんように――胸うちで神仏に祈りながら、襲撃者たちをその場に残して史郎は去る。
しかし、史郎の願いは叶わない。
史郎の息子の鳶丸だ。ただし、実子ではない。暗殺した相手の、史郎と同じく雑人の女の子で、継母に見放されたのを引き取った。
鳶丸は曇りのない目で史郎を見つめている。
「勝手にいなくなると、静子(しずこ)が騒ぎ出すぞ」
史郎は億劫さを隠さず告げた。静子は乳母の名だ。
「静子はいつでも騒いでおります」
鳶丸が笑うでもなくこたえる。
「ふっ、その通りだな」
静子は粗忽者だ、と史郎は口角をあげた。
「剣の稽古でもするか?」
史郎の問いかけに、鳶丸がうなずいた。
史郎ができる息子の交流はそれぐらいのものだ。
そこらに転がっていた、竹を切った物二本を手に庭に降りた。
一方を息子に与えて中段に構える。木剣よりもましだが、打たれれば竹も痛い。
鳶丸が片手を開いて突き出して構える。
史郎に向かって距離を詰めてきた。このままなら襟を取られる。
史郎は、小手を斬りつけた。
とたん、鳶丸が体を入れ換え、餌にした手を引いた。同時に、もう一方の手に握っていた竹をこちらの小手に斬りつけた。
よし、と史郎はうなずく。
鳶丸が無邪気な笑みを浮かべた。
「いいか、鳶丸。将来、そなたも誰ぞの命を奪わなければならないときも来るやもしれぬ。“これ”はそのための稽古ぞ」
史郎は窘める口調で告げる。
分かっているのか分かっていないのか把握しづらい顔で鳶丸はうなずいた。
やれやれ、と史郎は内心首をふる。
鳶丸を、父のごとく刺客にする気はないが、それでも修羅場と無縁ではいられないかもしれない。
「では、次」と史郎は告げた。
鳶丸が無構えとなる。そこに史郎が袈裟斬りを見舞った。とたん、鳶丸が半身となるや、突きをくり出す。
寸でで止まった竹先に満足した。鳶丸は十二分に剣を操っている。
それからしばらく型稽古をつづけた。
そして、寝殿に戻り雑人に持ってこさせた白湯をふたりで飲んだ。
「近頃、何があった?」
「市に参りました」
ほう、と史郎は顎を引く。
「赤子が売られてました」
その言葉に、史郎は顔をしかめた。
実際に、市で赤子が売られた例があった。それに鳶丸は出くわしてしまったのだ。
「可哀そうだが、静子に『買い取ろう』と申しましたが銭(あし)が足らぬと断られました」
あの赤子は今ごろどうしているのでしょう、と鳶丸は言う。
誰ぞいい人に引き取られた、と答えるのが常道だろうが、史郎にはできなかった。
ただ、無言で息子の頭を胸に抱き寄せた。
「父上?」
鳶丸が怪訝な声を漏らすが、史郎はこたえずに彼と距離を離す。
「父上」とふたたび鳶丸がこちらを呼んだ。
「麿は実の子息ではないというのはまことでございますか?」
その問いかけに史郎は片眉をひそめる。
「どうして、さようなことを?」
「静子が雑人とさような話をしておりました」
あの粗忽者が、と史郎は息子の乳母を蹴りつけたくなった。
だが、嘘はつきたくなかった。
「確かに、俺とそなたは血のつながった親子ではない。なれど、引き取った以上は、俺とそなたは父と子なのだ」
「さようでございますか」
また、分かっているのか分かっていないのか判然としない顔を息子はした。
だが、今しがた口にした言葉に嘘はない、と史郎は思う。
まったく、面倒なことだ――人の親であることは、という思いを彼は抱いた。
「父上もいつか手前の前からいなくなるのですか?」
「まあ、老いで死ぬことはあろう。されど、それ以外でお前の前からはいなくはならぬ」
史郎は、息子に笑ってみせた。
さて、朝餉を食べるか、と史郎は言って雑人を呼んで用意を命じる。
湯漬けと猪の干物を口に運んだ。
「鳶丸は父上と食事をするのが好きでおじゃる」
と鳶丸は何気ない口調で告げる。なんだか照れ臭い。
「父上はいかがでございます?」
彼は父に目を向けた。
「そうだな、好きだな」
史郎はひとつ顎を引く。
「共に剣をふるうのも好きでおじゃる」
「さようか」
息子の言葉に、史郎はふたたびうなずいた。
束の間の平穏だが、脳裏には不穏な影がよぎる。
先だって、公卿の戯れで自慢の腕利きを集めて仕合わせるという場が設けられた。穢れは控えさせている陰陽師が祓うから、という理屈らしい。貴族の中でも下位の下種(げす)が場には集まっていた。
そこで、史郎は男と出会う。
小柄でも大柄でもない、一見すると平凡な男に見えた。
事実、第一の試合で怪力自慢であろう大男は、
「身分不相応な真似にもかような場に出るからだ、往生しろ」
と叫んで大上段からの一撃を相手に食らわせようとした。
刹那、大男の表情が変化する。なにか、違和感に気づいたような顔をして、太刀から片手を離し胴のあたりに当てた。
その動きで“ずれ”た。胴を切断された男が姿勢を崩して、左右に上半身、下半身と別れて倒れた。
「秘儀、雷走(らいそう)」と男がつぶやくのを、場が盛り上がって騒がしくなる中、たしかに史郎は聞いた。
結局、東西の雄、ということで史郎と男はぶつからなった。
だが、
この目にしかとあの男の太刀筋は焼き付いている――。
のだ。
別にそれで燃えている訳ではない。
ただ、あんな男とやりあうことを思うと面倒くさいのだ。
頼むから、向後もそうなりませんように――胸うちで神仏に祈りながら、襲撃者たちをその場に残して史郎は去る。
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