天下を駆ける(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 今日、襲ってきた刺客や走者は風変りだった。“ふつう”ではこの一種の戦を生き延びられなかったのだろう。
 まず朝のことだった。
 直線の道を進んでいると、後方から明らかに走者が駆ける音が聞こえてくる。
 ふり向くと、史郎の全力でも叶いそうにない速度で走って来る走者の姿があった。
「よい日和だのー」
 と言いながら近づいてきて、老爺が史郎を斬った。
 少なくとも、攻撃はくり広げられた。
 老爺の腰刀の一撃を、史郎は弟の工夫の一撃から知っていたから、抜刀一閃の攻撃を知っていた。
 老人には予想外のことだったろう、悔しげな顔で六間ほど離れた場所で足を止めた。
「そなたさん、翁の走者に驚かなかったか?」
「こっちには伺見の翁がいる、五体満足の爺いは事欠いていない」
 翁の問いかけに、史郎は苦笑いでこたえた。側らの善鬼が面白くなさそうな顔をする。
「どうする、もう一度やるか?」
 翁の猛烈の走りで近づき攻撃を叩きつけるという一撃には、後世の薬丸自顕流のそれと通ずる一撃必殺の剣だ。
「いやあ、よいかなー」
 翁は爽やかな表情でこたえる。
「剣は“足し”になれば、という心持で参った。一度通じねば、二度目も同じであろう。されば逃げるに限る」
 翁は一方的に告げて終着点の方向に向かって疾風(はやて)と化して去った。また、相まみえるかもしれない。
「なんだったんだ、あの爺」
 四千があきれた声を出す。
「人間、理にしたがうことのみを是といたしますと、腰のさだまらぬ仕儀となりますからな」
 善鬼が翁を厳しく評する。
「でも、あれがあの仁の軍法、ということなのでしょうねえ」
 鳶丸がどこかしんみりとまとめた。
 あのマヌケな戦いにも、命のやり取りの末に凝集したもののはずなのだ。

   三

 鳶丸はこの先の走りに足でまといになるため帰らせた。善鬼は伺見とした働くため別行動をとった。
 史郎は四千と共に走る、駆ける、疾走する。
 景色があっという間に後ろに流れていった。やがて、前方に走者らしき人影が認められる。長物を担いで走る常人というのもそうそういないだろう。
 警戒しながら近づき、相手の刃圏内に近いところで速度を落とした。
 こちらの足音か気配に相手が、いや彼女たちは気づく。
 足を止めてふり向いた顔は瓜二つだった。のちに言う一卵性の双子だ。
 ひとりは中国の武器である斬馬刀を、ひとりは籐の盾を背負い、腰に二尺ほどの片刃の剣を帯びていた。
 彼女たちが足を止めたのに合わせ、史郎と四千も静止する。
「三つ競べの走者だな」
 朗らかな顔で斬馬刀の女人が声をかけてきた。
 もうひとりは盾を体の前にまわし、剣を構える。
「そうだ」
 史郎は苦しい思いで言葉を吐き出した。そしして告げる。
「刃傷沙汰はよさぬか?」
 史郎の言葉に、一拍の間があった。
 そして、明るい、耳に心地のいい声でふたりが笑う。
「『刃傷沙汰はよさぬか』」
 と斬馬刀のほうがこちらの口調を真似し、
「では、色恋沙汰でも始めますか」
 と盾のほうがほがらかに嘲笑った。
「まあ、昼日中からはしたない」
「はしたないから燃えるのよ」
 双子はふたりでやり取りを完結させる。そこに、
「殺されるのも嫌だが、殺めるのも憎いと俺は思う」
 史郎はなんとか声を割り込ませる。
「ふん、三つ競べに参加している癖に」
「欲に目がくらんでいる癖に」
 と双子が史郎を蔑む。
「俺は」と言いかけて史郎は言葉に詰まった。
 俺はなぜ参加したのだ――何かの欲に駆られた訳ではない。
 ただ、父に命じられるままに参加した。
 それは、欲のために三つ競べに出ている者にも劣る覚悟しかなかったのではないか。
 だが今は、
 京を守る官職につき、人々を守りたい――。
 という思いがあった。
「頼む、せめて足で、泳ぎで競い合おう」
 史郎は懸命に頼んだ。
「あたいらは」
「泳ぎには自信がないの」
 だから死んで、とふたりは声を合わせる。
「一対一でいいのよね」
 斬馬刀のほうがたずねる。
「いや、俺が両所とも相手する」
 史郎は致し方なく太刀を抜いた。
「ははは、慮外な」
 斬馬刀の女人がおのが得物を構える。双子は距離を置いて横並びに立った。史郎との立ち位置は三角形を描くものになる。
 ふたりを相手、先に仕掛けるべし――史郎は太刀を抜き、盾の女人へと猛然を斬りかかった。
 が、ななめにした籐の盾が刀身を滑らせた。
 刹那、女人が足を斬りに来る。
 交刃、史郎は逆の軌道で太刀を走らせ斬撃を防いだ。
 瞬間、真向上段からの一撃が斬馬刀の女からくり出される。
 旋回、四十五度の角度で史郎は斬馬刀の刃を切り上げた。それで女人は身勢を崩され、体勢がわずかに崩れる。
 しかし、もうひとりが今度は盾を正面にし突っ込んできた。
 体当たりを食らい、史郎は三間近く転がる。体が軋むのを感じた。
 素早く立ち上がる。その足を薙がれた。
 寸前で、史郎は跳躍している。背後に跳んで距離を置いた。
 斬馬刀の追撃がくる。それを十五度の角度を叩いて崩した。が、今度は盾のほうが近づく。
 このままでは運に恵まれなければ勝てない、と悟った。
 自然と腰刀を鞘走らせる。
「ほう、二刀ならあたいらに勝てると?」
 斬馬刀の女人が笑った。
「侮るな」
 籐の盾の方がふたたび突進する。
 刹那、史郎はななめ前に体を踏み出しながら、ななめ四十五度の角度で太刀で相手の盾を斬りつけた。女人が体勢を崩す。
 とたん、斬馬刀の方から刺突がくり出された。
 閃、太刀をその上に乗せて上乗りになる。
 次の瞬間、史郎は斬馬刀の女人へと距離を詰めていた。
 膝関節を狙って蹴りを放つ。
 身勢を崩されて、相手は動けない。
 破壊、骨が砕けた。強制的に斬馬刀の女人はその場に片膝立ちにされる。
「てめえ」
 盾のほうが咆哮をあげ斬りかかってくる。
 腰刀をふるった。
 交刃、史郎の腰刀が鎬の操作で勝ち、相手の剣を低い位置で停止させる。
 刃風一颯、史郎は太刀で相手の喉を裂いた。
 いや、その直前で止める。
「ひとりでは俺には敵わぬぞ」
 低い声で告げた。
「お、のれ」
 女人が呻いた瞬間、盾が割れる。史郎の一撃を止めた折に破損していたのだ。
 ふたりがひとりとなり、さらには盾が壊れて、女人の闘志が砕けた。
 うなだれた相手から油断なく距離を取り、斬馬刀の女人にも気を配りつつ、前へと移動し両刀を収めて走り出す。
「甘いな、史郎は」
 四千が横に並んで走り、告げた。
 だが、言葉面のわりにその顔はうれしげだ。

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