忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

７７

そして、交代で眠りの浅い仮眠をとった。仔細を知る者を拐すために御庭番が動くことを警戒してのことだ。ここまでも同じように眠るようにしていた。
風音、波音で大気のすべてが満ちている、大海と天が怒りを露わにしているようだ。そんな中、小平次は仮眠のさなかになにかを聞いた気がする。
　とたんに目を開けた。祖父もなにか違和感をおぼえたのか、目を開けている。いざとなれば昔に戻るのかその目には知性の光が宿っている。茂平治に身振りでうながされ、小平次はともに船上へと気配を殺して顔を出した。
　刹那、みっつの人影を視界にとらえることになる。ひとつは気を失った吟、もう片方は彼女を抱える忍び装束の人物、それに曲者の仲間らしき人影が側にたたずんでいた。
　その光景を目の当たりにした瞬間、小平次の頭からは思考が吹き飛んだ。
　忍びとして未熟ということもあるが、父を不幸な形で亡くしたことで身内の死の予感に対し過剰な反応を示してしまった。
「久しいな小平次」
　相手がこちらを嘲笑するように名を呼ぶのが聞こえる。
　頭の片隅でそれを怪訝に思いながらも、深く考える余裕はなかった。風を巻いて動き、仕込み杖で襲いかかる。
　手の空いているほうがこちらを迎え打とうとしたが、祖父の手裏剣に動きを制されかえって遠ざかる羽目に陥った。
　一瞬裡に様々なことが起こる。巧みに吟を盾にしようとする相手の足もとを小平次は狙った。それを人間ひとりを抱えながらも避けてみせた敵は、なんと吟を船の縁から荒れる海に向かって投じみせたのだ。さも愉快そうな笑い声をもらしながら。