155 / 228
番外編・ジェラール三十三歳 最悪の誕生日の夜に最高の時間を
しおりを挟む
今日はおそらく自分の誕生日で一番最悪の日だろう。
度重なるテロ行為により王都中は大混乱。このようなことは少なくもなかったが、今回の相手は少しばかり面倒だった。
それでも何とか事態は収拾し、その後の予定も予定通り行われた。
夜会ではクリスティーンに言寄る虫どもが湧いたと思ったら自国民だったことはさておき。
各国の来賓からは来年はうちの警備兵を貸し出そうと笑われながら言われた時は、少しばかりイラっときたものだ。
おそらく同じことをされればどの国も上手く対処はできなかっただろう。彼らは借りを作りたいものと、金が欲しいものばかりだ。
ロポポロ公国の大公だけは、件のテロリストが元自国民であることを知っているため、申し訳なさそうにしていた。
「お疲れ様」
「エリザベートか。本当に疲れたよ」
部屋に戻ってベッドに座り込んでいたら、衣装室からエリザベートが出てきた。
「灯りもつけないでどうしたの?」
「少し考え事をしていただけさ」
エリザベートがベッドの枠にある照明に魔力を通すと、魔力を通すと発光する金属が仄かな光を放つ。
すぐ隣には年を十個下の年齢で紹介すれば信じて貰えそうなエリザベートが私の顔を覗き込むように座っていた。
日中は眉間にシワが寄っているせいで五個下が限界かもしれないが、夜の彼女は表情が柔らかくなる。
「今日は冷えるだろう」
「そうね、でも寒くならないと思うわ」
「君も甘え上手になったな」
「…………!?」
顔をこっちに向けたまま瞳が小さくなり、顔を真っ赤にする彼女。どうやら急に恥ずかしくなったらしい。
エリザベートはハッとして視線を逸らしながら答えた。
「その…………いつも、甘え上手の…………娘を見ていたせいかしら」
「そうだな、あれは確かに甘え上手だ。まるで俺が何を求めているかわかるかのようだ」
俺は彼女から視線を外すことなく見つめていると、彼女は勢いよくこちらに顔を向けた。
「あの子にはわかるの!?」
「どうだろうな。適当にやっているだけかもしれん」
「そ、そう」
視線を落として左右の手で指を絡みめる彼女をみて、俺は腰に手を回して抱き寄せる。
なんの抵抗もなく彼女の身体は俺の体にもたれかかった。互いの熱が伝わる。
「あ! あの、今年はクリスティーンは貴方にいつものプレゼントを渡したのかしら?」
「ん? ああ貰ったぞ。今年はこれを貰ったよ」
一度ベッドから立ち上がり、ベッド脇の引き出しからそれを取り出すと、俺はエリザベートの手のひらにそれを乗せた。
「珊瑚? なんというか懐かしいですね」
「覚えていたのか?」
「貴方こそ」
「親子なのだな」
「まぎれもなく貴方の娘です」
「君の娘でもある」
俺は昔、彼女と婚約した日に、深紅の石を彼女に送った。もう二十五年前だろうか。
その深紅の石は、彼女の瞳に比べれば汚く濁っていたように見えなくもないが、彼女に何かを送ろうと思った時に、偶然それが目に入ったのだ。
特に愛してはいなかった。初顔合わせからたった数日の頃。深紅の瞳の少女はやや強気でお手本のような公爵令嬢だった。
俺は当時のエリザベートに、婚約者としていくつか色々なものをプレゼントした。もっとも、俺が選んだものはほとんどない。
そんな中で、唯一彼女に渡そうと思った宝石が珊瑚だった。
渡した彼女の第一声は「何よこれ。石?」だった。
八歳のころの彼女にとって宝石とはもっとキラキラしたもので、透明感のなかった珊瑚をみて塗装された石と勘違いされてしまった。
だが、初めて彼女が丁寧な言葉ではなく、素で返事をした瞬間でもあった。
それで今までのプレゼントが全部大人の選んだものだとばれてしまった。
その時、初めて彼女は俺に向かって笑ったんだと思う。作り笑いでも高笑いでもない笑顔は初めてだった。
「私…………実は珊瑚。今でも大切に保管しているんですよ」
「そうだったのか? てっきり捨てられたものだとばかり思っていたよ」
「捨てないわよ。だって初めて貴方から貰ったものなんだから。それに今は宝石だと理解しているのよ」
「価値を理解したからか?」
「幻惑魔法は痛覚も操れるのよ」
「悪かった」
「それはそうとこれを」
彼女が立ち上がり別の机の引き出しから何かを取り出すと、俺の手のひらの上に乗せた。
「これは…………石か?」
「もう! それは子供が見ても宝石とわかるものです!!」
俺の手のひらには大きな藍玉が入った箱を渡された。
「本当はクリスティーンにどういうものがいいか聞いて日常的に使えるものが良いと言われましたが、それはきっとクリスティーンがプレゼントするだろうと思いまして」
「だが、この様子ではクリスティーンもお前がプレゼントすると思って日用品を避けたみたいだな」
「そのようですね」
「やはり親子だな」
俺がそう言ってもう一度彼女を抱き寄せると、彼女は俺の顔を見つめてこう答えた。
「いいえ、家族です」
度重なるテロ行為により王都中は大混乱。このようなことは少なくもなかったが、今回の相手は少しばかり面倒だった。
それでも何とか事態は収拾し、その後の予定も予定通り行われた。
夜会ではクリスティーンに言寄る虫どもが湧いたと思ったら自国民だったことはさておき。
各国の来賓からは来年はうちの警備兵を貸し出そうと笑われながら言われた時は、少しばかりイラっときたものだ。
おそらく同じことをされればどの国も上手く対処はできなかっただろう。彼らは借りを作りたいものと、金が欲しいものばかりだ。
ロポポロ公国の大公だけは、件のテロリストが元自国民であることを知っているため、申し訳なさそうにしていた。
「お疲れ様」
「エリザベートか。本当に疲れたよ」
部屋に戻ってベッドに座り込んでいたら、衣装室からエリザベートが出てきた。
「灯りもつけないでどうしたの?」
「少し考え事をしていただけさ」
エリザベートがベッドの枠にある照明に魔力を通すと、魔力を通すと発光する金属が仄かな光を放つ。
すぐ隣には年を十個下の年齢で紹介すれば信じて貰えそうなエリザベートが私の顔を覗き込むように座っていた。
日中は眉間にシワが寄っているせいで五個下が限界かもしれないが、夜の彼女は表情が柔らかくなる。
「今日は冷えるだろう」
「そうね、でも寒くならないと思うわ」
「君も甘え上手になったな」
「…………!?」
顔をこっちに向けたまま瞳が小さくなり、顔を真っ赤にする彼女。どうやら急に恥ずかしくなったらしい。
エリザベートはハッとして視線を逸らしながら答えた。
「その…………いつも、甘え上手の…………娘を見ていたせいかしら」
「そうだな、あれは確かに甘え上手だ。まるで俺が何を求めているかわかるかのようだ」
俺は彼女から視線を外すことなく見つめていると、彼女は勢いよくこちらに顔を向けた。
「あの子にはわかるの!?」
「どうだろうな。適当にやっているだけかもしれん」
「そ、そう」
視線を落として左右の手で指を絡みめる彼女をみて、俺は腰に手を回して抱き寄せる。
なんの抵抗もなく彼女の身体は俺の体にもたれかかった。互いの熱が伝わる。
「あ! あの、今年はクリスティーンは貴方にいつものプレゼントを渡したのかしら?」
「ん? ああ貰ったぞ。今年はこれを貰ったよ」
一度ベッドから立ち上がり、ベッド脇の引き出しからそれを取り出すと、俺はエリザベートの手のひらにそれを乗せた。
「珊瑚? なんというか懐かしいですね」
「覚えていたのか?」
「貴方こそ」
「親子なのだな」
「まぎれもなく貴方の娘です」
「君の娘でもある」
俺は昔、彼女と婚約した日に、深紅の石を彼女に送った。もう二十五年前だろうか。
その深紅の石は、彼女の瞳に比べれば汚く濁っていたように見えなくもないが、彼女に何かを送ろうと思った時に、偶然それが目に入ったのだ。
特に愛してはいなかった。初顔合わせからたった数日の頃。深紅の瞳の少女はやや強気でお手本のような公爵令嬢だった。
俺は当時のエリザベートに、婚約者としていくつか色々なものをプレゼントした。もっとも、俺が選んだものはほとんどない。
そんな中で、唯一彼女に渡そうと思った宝石が珊瑚だった。
渡した彼女の第一声は「何よこれ。石?」だった。
八歳のころの彼女にとって宝石とはもっとキラキラしたもので、透明感のなかった珊瑚をみて塗装された石と勘違いされてしまった。
だが、初めて彼女が丁寧な言葉ではなく、素で返事をした瞬間でもあった。
それで今までのプレゼントが全部大人の選んだものだとばれてしまった。
その時、初めて彼女は俺に向かって笑ったんだと思う。作り笑いでも高笑いでもない笑顔は初めてだった。
「私…………実は珊瑚。今でも大切に保管しているんですよ」
「そうだったのか? てっきり捨てられたものだとばかり思っていたよ」
「捨てないわよ。だって初めて貴方から貰ったものなんだから。それに今は宝石だと理解しているのよ」
「価値を理解したからか?」
「幻惑魔法は痛覚も操れるのよ」
「悪かった」
「それはそうとこれを」
彼女が立ち上がり別の机の引き出しから何かを取り出すと、俺の手のひらの上に乗せた。
「これは…………石か?」
「もう! それは子供が見ても宝石とわかるものです!!」
俺の手のひらには大きな藍玉が入った箱を渡された。
「本当はクリスティーンにどういうものがいいか聞いて日常的に使えるものが良いと言われましたが、それはきっとクリスティーンがプレゼントするだろうと思いまして」
「だが、この様子ではクリスティーンもお前がプレゼントすると思って日用品を避けたみたいだな」
「そのようですね」
「やはり親子だな」
俺がそう言ってもう一度彼女を抱き寄せると、彼女は俺の顔を見つめてこう答えた。
「いいえ、家族です」
0
あなたにおすすめの小説
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
悪役令嬢と弟が相思相愛だったのでお邪魔虫は退場します!どうか末永くお幸せに!
ユウ
ファンタジー
乙女ゲームの王子に転生してしまったが断罪イベント三秒前。
婚約者を蔑ろにして酷い仕打ちをした最低王子に転生したと気づいたのですべての罪を被る事を決意したフィルベルトは公の前で。
「本日を持って私は廃嫡する!王座は弟に譲り、婚約者のマリアンナとは婚約解消とする!」
「「「は?」」」
「これまでの不始末の全ては私にある。責任を取って罪を償う…全て悪いのはこの私だ」
前代未聞の出来事。
王太子殿下自ら廃嫡を宣言し婚約者への謝罪をした後にフィルベルトは廃嫡となった。
これでハッピーエンド。
一代限りの辺境伯爵の地位を許され、二人の幸福を願ったのだった。
その潔さにフィルベルトはたちまち平民の心を掴んでしまった。
対する悪役令嬢と第二王子には不測の事態が起きてしまい、外交問題を起こしてしまうのだったが…。
タイトル変更しました。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)
ラララキヲ
ファンタジー
乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。
……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。
でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。
ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」
『見えない何か』に襲われるヒロインは────
※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※
※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※
◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる