BAD END STORY ~父はメインヒーローで母は悪役令嬢。そしてヒロインは最悪の魔女!?~

大鳳葵生

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177話 遠慮のない関係

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 今日は休日。現在私の部屋には椅子に座って紅茶を飲む私と、勝手に人のベッドで読書している魔王ブランクの二人だけ。

 休日に何時間も部屋にいることも退屈だなと思い、私は部屋で勝手にくつろいでいるブランクを見て名案を思い付きました。

 こいつはめんどくさがりなだけで転移ができる。適当な理由をつけて王都に連れていってもらいましょう。

「ねえねえ? この部屋にいても暇でしょ? どこかに出かけない?」

「魔王城の玉座より退屈じゃねーぞ」

「あんな場所にポツンと一人で座っちゃう方が悪くない?」

 お互い無言。どうやらブランクは言い返すことができなくなってしまったのでしょう。本人もなんであそこに一人でいるのか考え始めてしまいました。

「どこにでかけたいんだ?」

 あ、話逸らしましたね。まあ、その方が都合が良いのですけど。

「ブランクと二人ですからね。貴方はでかけるならどこが良いのかしら?」

「俺? お前が出かけたいのに俺の行きたい場所を言ってどうするんだ?」

 ブランクは眉を曲げて私を睨むように見てきました。やっとこちらを見て話してくれたわね。

「せっかくですから二人とも楽しめる場所が良いでしょ?」

「…………教会のないところ」

「行きたくない場所も聞いておきたいですけど、行きたい場所をお願いしていい?」

 私の質問を面倒に感じたブランクは、開いていた本に目を落とすと、何かを思いついたのか、その本を浮かせて私の目の前に飛ばしてきました。

「何の魔法よ」

「聞くだけ無駄だ。俺しか使えない。それよりそれを見てみろ」

 私は受け取った本の開いているページを確認します。そこには広い海の絵が描かれていました。

「あんた恋愛小説なんて読んでいたのね」

「お前の私物が恋愛小説しかないんだろ」

 ああこれ私のでしたか。確かに読んだことのある小説でしたが、ブランクでも読むのですね。

 そこはちょうど主人公がヒーローに気持ちを伝えるシーン。海に沈む夕日を背に、ヒーローからの告白の返事をするシーンでした。

 告白ね。私も愛している人から告白されたいし、こんな最高のロケーションで返事したい。

「でも海ですか」

 この世界に水着はない。入浴は裸。大衆浴場には行ったことがありませんが、魔王城で入浴している時にジャンヌさんから聞いた話ですと、肌着を身につけたまま入るそうです。

 海に行っても、景色を見る以外にできることってあるのかしら。ああ、そうだ。確か子供の頃に似たようなことがありましたね。

「では海に連れていきなさい!」

「正気か? まあ、海までなら転移の距離も短いし、今は本体だから余裕だが」

 そう言ったブランクは、ベッドからおりて足元に青白い魔法陣を作り始めます。視線をこちらに向け、右手で私を手招きします。

 ちなみにこの世界の手招きは、手のひらを上にして四本の指を握るように曲げたり伸ばしたりする動作を反復します。

 かかってこいよって聞こえてきそうですが、おいでという意味です。

 私がブランクに近寄ると、ブランクは私を抱き寄せて、青白い魔法陣の光に包まれます。どうやら抱き寄せたのは、私が少し魔法陣からはみ出ていたからみたいです。

 急に抱き寄せるものですから、心臓に悪い。



 ブラン王国北西部。カリーナ公爵領エリカ海岸。海龍種の魔獣も泳ぐアヴァンテュール海に面するブラン王国で唯一の沿岸部です。

 白い砂浜に青い海。夏であれば最高と言いたいところですが、水着もないこの世界でわざわざ夏の海に行く必要性はないんですよね。

「ブランク、ちょっとついてきて」

「ああ」

 私はすぐそこにある港町を指さして彼は後ろからノソノソとついてきます。

 町民と会話をしてお金を渡すと、二本の釣竿と餌を分けて貰いました。

「どう?」

「釣りか? まあ、いいだろう」

 釣りには少しだけ自信がある。前世では未経験のままでしたが、この世界に生まれ変わってから定期的にジェラールの釣りに付き合っていたのですから。海だって余裕のハズ!

 二人で並んでのんびりと釣りをしたいのですが、どこがいい場所か全くわかりません。

「せっかくだ。沖に行こう」

「そうね、船を借りてくるわ」

「それはいらん。掴まれ」

 そう言ってブランクが手を伸ばし、私がその手を握った瞬間。私とブランクは一瞬で転移してしまいます。場所は海の真上。

 垂直落下してしまえばドレスの私は溺れてしまいます。

「きゃああああああ!?」

「安心しろ」

 そう言われブランクに頭を撫でられます。私達が海面にぶつかる瞬間。私は全力で目をつぶってしまいましたが、いつまでたっても濡れません。

 そして私は何かの上に立ちました。カツンカツンとした感触。そして少しだけツルンと足を持っていかれそうな足場。

 目を開くと海面が凍り付いていて、私達は氷塊の上に立っていました。

「普通に氷塊を作ってから転移して欲しかったわ」

 氷を触ってみて私は更に驚く。冷たくない。

「これなら座れるだろ」

「ええ、ありがと」

 二人並んで数時間を過ごします。ブランクに連れ出される時は、王宮内で誰も私がいないことに違和感を感じない為問題ありません。

 釣り上げるたびに互いの釣果ちょうかを見せ合っては、いつの間にかどちらが大きな魚を釣り上げるかという勝負に発展してしまいました。

「ちょっとブランク! タコはだめこっち向けないで!」

「苦手なのか? 悪魔的なのに?」

「そこ基準!? 違うわそれは墨を!」

 私が叫んだ瞬間。タコから真っ黒の液体が私の体にかけられそうになります。

「ひぃ!? 守護魔法!」

 しかし間に合いません。墨で汚れることを覚悟した私は、海に飛び込む時同様に目をつぶりましたが、また何も感じません。

「ほら。汚れなかったぞ」

 その声を聴いてから目を開けると、私に噴きかけられた墨は、宙を漂って海に落とされました。

「あり、がと」

 私は隣に座る魔王を見つめる。横暴だけど時々優しい。お互いのことを言いたいことを言い合える気楽な関係。

 そして魔界で私がピンチな時に助けてくれた。あれが彼なりに自分のメリットの為だったとしても、私にはその行動だけで充分だったのかもしれない。

 思えば九年ぶりに再開した時ですら嬉しかった。この世界に来て初めて街に連れ出してくれたのも彼だ。

 ジャンヌの元にみんなが集まった時に、誰に裏切られるよりも彼に裏切られたことが一番ショックだった。

 遠慮なく文句を言って言われての関係。最初に秘密を共有した人。

 彼となら、今よりも知らない世界に行けるだろうか。もっといろんなことを経験して、たくさんドキドキできるだろうか。

 そう考え始めると、左胸の鼓動が高まっていくことに気付く。体内で起きていることなのに、ブランクまで聞こえているのではないかと心配になるほどに強い。

「ね…………ねえ」

「どうした?」

 互いの視線がぶつかる。よく見ればすべすべな白い肌。綺麗な二重に鋭い目つき。鼻も彫刻から取ってきたように形が良い。この顔を見ていたら頭がおかしくなりそうだ。

「…………そろそろ帰らない?」

 私は、この二人きりの狭い氷上にいることが耐えられなくなりました。
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