120 / 164
学園
33
しおりを挟む俺ら教師陣の寮も学園の敷地内にあり、今日は眠れず散歩したい気分だった。
アスル寮の近くを通り、警備と「お疲れー」なんて挨拶をしていたら、お嬢が歩いてるのが見えた。
普通だったら夜中に護衛も付けずに…となるところだが。お嬢だったらむしろ悪漢の身の心配をする事態になりかねん。
「……………」
すぐに声を掛けてもよかったんだが…なんとなく。歩く姿を眺めると同時に…
初めて会った時の事を思い出していた。
俺は貧しい家庭に生まれた。うろ覚えだが、父親はいなかった気がする。
母親は毎日違う男を家に連れ込み、その度俺と3つ下の弟は追い出される。母の仕事が終わるまで…雪が降る寒い夜も、身を寄せ合って耐えた。
ある日、母親が死んだ。病気だった。
俺らは家賃を払えず、家を追い出された。泣きそうな顔で俺を見上げる弟の顔が…何十年経っても頭から離れない。
「大丈夫。おれが守ってやるぞ」
まだ8歳の俺はそう決意した。
だが…こんなガキ2人で生きていけるほど、世間は甘くない。俺は孤児院を目指したが…
俺が生まれた国ではここ数年不作が続いていて、貧しさから命を奪われた人間は多くいた。
孤児も溢れかえっていて…どうにか頑張って、1人なら…とのことだった。
「に…にいちゃん…」
「うるっせえな。おれ1人ならヨユーで生きられんだよ。弱っちいお前はここにいろ」
迷いはなかった。
泣き喚く弟を孤児院に押し付け、俺は背を向けた。
「兄ちゃんのばかあああ!!」という最後の声が、いつまでも俺の頭に残り続けた。
俺は孤児院か仕事を求めて、色んな町を歩き回った。だが当然、上手くいかない。
子供に出来る仕事はないし、どこも孤児が沢山。盗みやゴミ漁りをして、どうにか飢えを凌いだ。
何度も死にかけて、もう諦めてしまおうかと思いもした。
それでも…いつか胸を張って弟と再会する日を夢見て、歯を食いしばって生きた。
ある日、滞在してた町を狼の魔物が襲った。それほど強くない種族だったので、町の兵士達がなんとか倒していた。
だが1匹町に入り込んでしまった。町民は皆避難していたのだが…俺はその隙に火事場泥棒を働いていた。
それで天罰でも下ったかな。魔物は俺に狙いを定めて…
「(あぁ…これで終わりか。あっけねえなあ)」
鍛えてもいないガキに敵う相手じゃねえ。
逃げるのも抵抗するのもせず、静かに目を閉じたら…
「おいクソガキ。諦めんのは早えんじゃねえか?」
予想していた痛みはなく、ドスンという音に目を開けた。そこには首を落とされた魔物の死体と、中年の男が1人。
たまたま町を訪れていた、傭兵に助けられた。
その傭兵は世話焼きで、ボロボロの身なりの俺を気にしてくれた。そして俺のステータスが高いと知り…
「足掻いてみるなら。生きたいなら…傭兵になるか?」
その差し伸べられた手を、俺は取った。それ以外に…俺が生きる道はなかった。
「防御は捨てろ。持ち堪えていたら、誰かが助けてくれるなんて期待するな。
攻撃と素早さを重点的に鍛えろ。お前は魔法は不向きだ。物理が効かない相手は速攻で逃げろ、お前なら出来る」
男は俺に、傭兵としての全てを教えてくれて行動を共にした。傭兵の仕事は多岐に渡り…人を殺す事もあった。
だけど最後の人間としての意地で、悪人以外と女子供は決して殺さないと誓った。傭兵は笑いながら、やってみろと背中を押してくれた。
ちなみにハゲはジジイから受け継いだ知識だ。なので名誉会長の座はジジイに譲るべきだと思う。
けどアシュレイに「会長」と呼ばれるのは、密かにお気に入りだったりする。なのでジジイは理事にしておこう。
俺が13歳になった頃。傭兵が死んだ。
人間狩りの依頼を断り…依頼主の貴族に殺された。俺は直前で逃がされていた為、無事に国の外まで脱出できた。
「………ジジイ…」
落ち着けば、涙が出た。男の涙に価値はねえ、ってのがジジイの言葉だったが。溢れるものは止められなかった。
俺は強くなった。魔物を倒して、人間を殺して、護衛の仕事もしたりした。
どこに行っても薄汚いものを見るような目をされるが…感謝される事もあった。
強さはいくらあっても困らない。生きる為に、どんどん力を付けた。
すると有名になり、俺を指名しての依頼も増えてきた。金持ちからはどんどん金を取った。
「…………(依頼内容と報酬が釣り合ってねえな…)まあいいや、今暇だし。おい、この依頼寄越せ」
どの国にも大体、情報ギルドってのが存在する。傭兵への依頼は、そこの掲示板に貼られているものが多い。
「あいよ。アンタも物好きだねえ…って。お前さん、トレイシーじゃねえか?」
「知ってんのかい」
「いや知ってるも何も!こんなみみっちい仕事やってる暇ねえだろ!?」
「うるせえ、早く寄越せ」
俺は傭兵だ、仕事内容は自分で選ぶ。お偉いさんの依頼を蹴るだけの力を身に付けたんだからな。
16歳の時。仕事で生まれた国を訪れた。偶然にも、弟と別れた町の近く…少しだけ、顔を見に行く事にした。
孤児院があった場所は、何も残っていなかった。
「ああ…5年くらい前の事だけど。火事で全焼しちゃってねえ…職員と子供が何人か亡くなったわ。
え、生き残り?数人いたけど…そうだ、石碑に犠牲者の名前が彫ってあるわ」
急いで確認したら。弟の名前が…あった。
「……………………」
何時間も、石碑の前から動けなかった。通行人の視線が突き刺さるが、どうでもいい。
俺は…何してんだろうな。これなら最初から、弟を連れていれば…
いいや。それじゃあ揃って野垂れ死んでた。でも…
ぐるぐると、ああすればよかった。傭兵になった時点で、迎えに来れば…いや最初から俺にもっと力があれば…と思考し続けた。
どれだけ働いても、未来の見えない生活。もう…終わらせてしまおうかと思った。
だが、俺はまだ生きている。
『ありがとうございます…!本当に、なんてお礼を言ったらいいか…』
『おじちゃん、ありがと!』
『誰がおじちゃんだ、お兄さんだボケ。…じゃあな』
こんな俺でも、誰かの助けになれる事もある。それならまだ、投げ出す訳にはいかない。
涙を拭い、無理矢理足に力を入れて立ち上がる。
「こんな兄ちゃんでごめんな。安らかに眠れ…フレイ」
…さようなら。
それからも傭兵の仕事を続けた。すると…なんかいつの間にか、仲間が出来てた。
ジジイが俺を拾ってくれたように、お節介で縁を結んだ連中だが。
どいつもこいつも力はあるがアホばかり…だけど。見捨てよう、とは微塵も思わなかった。
そいつらの働きもあって俺はどんどん有名になり、引き抜きの話もチラホラと。だが俺だけ…そいつぁお断りだ。
その日の依頼は、スラムの住人全てを皆殺しにしろというものだった。当然断ろうとしたが…依頼を持って来た男が「手伝ってくれ」と言った。
人間を殺す気は最初からない。住民を悪いようにはしない…逃がす為のカモフラージュになってくれ、との事。
俺はそいつ、ガイラードを信じる事にした。決して口外しない、とも約束した。
その依頼をきっかけに。お嬢…アシュリィと出会った訳だ。
最初は髪も短いし、言葉も悪いしクッソ強えしで…男かと思ったが。
聞けばまだ8歳。俺が…家を失った時と同じ。俺にも…このぐらいの力があれば、今頃…!と人知れず拳を握った。
だが…異変にすぐ気付く。
ああ…お嬢は多分、ただのガキじゃねえ。というか…中身は俺と大差ねえと。
精神年齢が高いとか、そういう類の話じゃない。大人びてる訳じゃないし。なんつーか…世界を知り過ぎている。知識量の問題じゃなく。
上手く言えないが…世界の不条理さ、儚さを体験しているんだ。
足掻いて足掻いて、それでも手が届かなくて。苦しんで…誰かに助けられてきた。だからこそ今、他人の為に力を尽くせるんだ。
それが俺には、とても美しく見えた。
あと10年外見が歳食ってりゃ、大将に気も使わんで掻っ攫ったのにな~…
「お嬢」
そんな事を思い出しつつ、声を掛ける。
「よう、暇だったら歩かねえか?」
「ん~…いいよ」
そう言って俺の隣に並ぶ…小さいな。俺の肩までもねえ。
特に会話もなく、薄暗い道を歩く。
「……ねえ、パリスに告白されたでしょ?」
ああ、やっぱり知ってたんかい。いや、背中を押したのはこいつなんだろうな。
「おうよ」
「…オッケーしたんでしょ?」
「いや、断った」
「だよね…はああっ!?」
うおっ。そんな驚くことか?
「いやだって、パリス嬉しそうな顔してたし!」
「…卒業したら、もっかい告白しろっつった。子供に手ぇ出す気は無いし、今は正直女として見れねえって。そしたら…」
『そっか…でも嬉しい!ぼく、頑張るからね!』
『え、喜ぶとこなのそこ?』
『うん!だって…嘘で「俺も好き」とか言われたら悲しいもん。卒業する頃には、ぼくを好きになってくれる可能性もあるんでしょ?』
『まあ…な』
『うん、今はそれでいいの!でもね…
それまで…他の女の人と付き合わないで欲しいな。アシュリィ様だったら、諦めるけど…』
『………ふはっ!それはねえよ、安心しろ』
頭をポンっと叩けば、パリスは嬉しそうに笑った。そこまでお嬢に話す気はないけど。
「まーとにかく、パリスを嫁にする意思はあるぜ。無責任な事はしねえよ」
「そこは信じてるけど…複雑だなあ…」
お嬢は眉間に皺を寄せながら唸る。はは、美人が台無しだぞ。
しかしパリスは…結構鋭いんだな。
「…お嬢、いい女になったな」
「ふっ、私は昔からいい女じゃない?」
「違いない」
俺らは小さく笑い合った。ああ…でも。
すげえいい女だからと言って、俺にとっていい嫁さんになるって訳じゃねえんだなあ。
やっぱり、このぐらいの距離感が心地良い。
「覚えてるか?俺らが初めて会った日。並んでリュウオウに乗って、空を飛んだよな。今日みたいに…月が出てなくて、星の綺麗な夜だった」
「ああ…そうだったね。よく覚えてるね?」
「モテる男っつーのはな、好きな女との思い出を決して忘れねえんだよ」
「……っ!」
お嬢は目を見開き、俺を見上げた。それは戸惑いと…恥じらい。
「……いやー、悪いけど。私、好きな人いるからね!」
「おう、知ってる。俺は大将みたいに、お前の全部を受け入れる覚悟も度胸も性癖も持ってねえし」
「おいコラ、アシュレイをドMみたいに言うな?」
そうは言ってないけどな。でも…
「お嬢。お前大将と…キスくらいしたか?」
「きっ…!……額に、されたくらい。」
お嬢は頬を染めて唇を尖らせ、モゴモゴとそう言った。
大将、ヘタレの割に頑張ってんじゃねえか!応援してるぜ。
でも、悪いな。
「?トレ……っ!?」
膝を曲げて、お嬢の肩と後頭部に手を回す。
そして…困惑する彼女と唇を重ねた。
「……っ、何すんのっ!」
おっと。これ以上は無理か…と大人しく下がる。
彼女は真っ赤な顔で、呼吸を荒くして怒ってる。
「いいじゃねえか。どうせ俺が入り込む隙は無さそうだし…ファーストキスくらい貰ってもいいだろ?」
「んな…っ!」
「安心しろー、これ以上は望んじゃいねえ」
何より本気で、お嬢と結婚したいとか思ってるでもないし。
ほら、そろそろ帰ろうぜ。と歩き出す。後ろから、ゆっくりついて来る足音がする。
アスル寮まで送り、早く寝ろよーと言って別れた。
「トレイシー!今日の事…誰にも言っちゃ駄目だからね!」
「あいよー」
背中を向けてひらひらと手を振れば、呆れたようにため息をつかれた。
職員寮に戻る道すがら…星空を見上げる。
今までの人生、空を眺める余裕なんてなかったが…ああ、こりゃ綺麗だわ。
なあお嬢。俺はそれなりに人生経験豊富で、何人もの女を抱いた。もちろん無理矢理ではなく、同業者とか娼婦が多いけど。
実はな…キスだけは、誰ともした事なかったんだ。だからさっきのは、俺にとっても初めてだったんだわ。
だからどうという事もないけども。多分…俺の初恋だったのかもな。
「いや…少し違うか。一番近い表現が、恋ってだけだな。」
ただの可愛い妹分でもなく、庇護すべき子供でもなく。
愛する女でも、憧れの女性でもない。
この感情を、どう言葉に表せばいいんだろうな。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる