私の可愛い悪役令嬢様

雨野

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学園

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 俺ら教師陣の寮も学園の敷地内にあり、今日は眠れず散歩したい気分だった。
 アスル寮の近くを通り、警備と「お疲れー」なんて挨拶をしていたら、お嬢が歩いてるのが見えた。

 普通だったら夜中に護衛も付けずに…となるところだが。お嬢だったらむしろ悪漢の身の心配をする事態になりかねん。



「……………」



 すぐに声を掛けてもよかったんだが…なんとなく。歩く姿を眺めると同時に…
 初めて会った時の事を思い出していた。





 俺は貧しい家庭に生まれた。うろ覚えだが、父親はいなかった気がする。
 母親は毎日違う男を家に連れ込み、その度俺と3つ下の弟は追い出される。母のが終わるまで…雪が降る寒い夜も、身を寄せ合って耐えた。

 ある日、母親が死んだ。病気だった。
 俺らは家賃を払えず、家を追い出された。泣きそうな顔で俺を見上げる弟の顔が…何十年経っても頭から離れない。


「大丈夫。おれが守ってやるぞ」


 まだ8歳の俺はそう決意した。
 だが…こんなガキ2人で生きていけるほど、世間は甘くない。俺は孤児院を目指したが…

 俺が生まれた国ではここ数年不作が続いていて、貧しさから命を奪われた人間は多くいた。
 孤児も溢れかえっていて…どうにか頑張って、1人なら…とのことだった。

「に…にいちゃん…」
「うるっせえな。おれ1人ならヨユーで生きられんだよ。弱っちいお前はここにいろ」

 迷いはなかった。
 泣き喚く弟を孤児院に押し付け、俺は背を向けた。


「兄ちゃんのばかあああ!!」という最後の声が、いつまでも俺の頭に残り続けた。




 俺は孤児院か仕事を求めて、色んな町を歩き回った。だが当然、上手くいかない。
 子供に出来る仕事はないし、どこも孤児が沢山。盗みやゴミ漁りをして、どうにか飢えを凌いだ。
 何度も死にかけて、もう諦めてしまおうかと思いもした。

 それでも…いつか胸を張って弟と再会する日を夢見て、歯を食いしばって生きた。



 ある日、滞在してた町を狼の魔物が襲った。それほど強くない種族だったので、町の兵士達がなんとか倒していた。
 だが1匹町に入り込んでしまった。町民は皆避難していたのだが…俺はその隙に火事場泥棒を働いていた。
 それで天罰でも下ったかな。魔物は俺に狙いを定めて…


「(あぁ…これで終わりか。あっけねえなあ)」


 鍛えてもいないガキに敵う相手じゃねえ。
 逃げるのも抵抗するのもせず、静かに目を閉じたら…


「おいクソガキ。諦めんのは早えんじゃねえか?」


 予想していた痛みはなく、ドスンという音に目を開けた。そこには首を落とされた魔物の死体と、中年の男が1人。
 たまたま町を訪れていた、傭兵に助けられた。

 その傭兵は世話焼きで、ボロボロの身なりの俺を気にしてくれた。そして俺のステータスが高いと知り…

「足掻いてみるなら。生きたいなら…傭兵になるか?」

 その差し伸べられた手を、俺は取った。それ以外に…俺が生きる道はなかった。


「防御は捨てろ。持ち堪えていたら、誰かが助けてくれるなんて期待するな。
 攻撃と素早さを重点的に鍛えろ。お前は魔法は不向きだ。物理が効かない相手は速攻で逃げろ、お前なら出来る」

 男は俺に、傭兵としての全てを教えてくれて行動を共にした。傭兵の仕事は多岐に渡り…人を殺す事もあった。
 だけど最後の人間としての意地で、悪人以外と女子供は決して殺さないと誓った。傭兵ジジイは笑いながら、やってみろと背中を押してくれた。

 ちなみにハゲはジジイから受け継いだ知識だ。なので名誉会長の座はジジイに譲るべきだと思う。
 けどアシュレイに「会長」と呼ばれるのは、密かにお気に入りだったりする。なのでジジイは理事にしておこう。




 俺が13歳になった頃。傭兵が死んだ。
 人間狩りの依頼を断り…依頼主の貴族に殺された。俺は直前で逃がされていた為、無事に国の外まで脱出できた。


「………ジジイ…」


 落ち着けば、涙が出た。男の涙に価値はねえ、ってのがジジイの言葉だったが。溢れるものは止められなかった。



 俺は強くなった。魔物を倒して、人間を殺して、護衛の仕事もしたりした。
 どこに行っても薄汚いものを見るような目をされるが…感謝される事もあった。

 強さはいくらあっても困らない。生きる為に、どんどん力を付けた。
 すると有名になり、俺を指名しての依頼も増えてきた。金持ちからはどんどん金を取った。


「…………(依頼内容と報酬が釣り合ってねえな…)まあいいや、今暇だし。おい、この依頼寄越せ」

 どの国にも大体、情報ギルドってのが存在する。傭兵への依頼は、そこの掲示板に貼られているものが多い。

「あいよ。アンタも物好きだねえ…って。お前さん、トレイシーじゃねえか?」
「知ってんのかい」
「いや知ってるも何も!こんなみみっちい仕事やってる暇ねえだろ!?」
「うるせえ、早く寄越せ」

 俺は傭兵だ、仕事内容は自分で選ぶ。お偉いさんの依頼を蹴るだけの力を身に付けたんだからな。




 16歳の時。仕事で生まれた国を訪れた。偶然にも、弟と別れた町の近く…少しだけ、顔を見に行く事にした。

 孤児院があった場所は、何も残っていなかった。


「ああ…5年くらい前の事だけど。火事で全焼しちゃってねえ…職員と子供が何人か亡くなったわ。
 え、生き残り?数人いたけど…そうだ、石碑に犠牲者の名前が彫ってあるわ」


 急いで確認したら。弟の名前が…あった。




「……………………」


 何時間も、石碑の前から動けなかった。通行人の視線が突き刺さるが、どうでもいい。
 俺は…何してんだろうな。これなら最初から、弟を連れていれば…
 いいや。それじゃあ揃って野垂れ死んでた。でも…


 ぐるぐると、ああすればよかった。傭兵になった時点で、迎えに来れば…いや最初から俺にもっと力があれば…と思考し続けた。

 どれだけ働いても、未来さきの見えない生活。もう…終わらせてしまおうかと思った。
 だが、俺はまだ生きている。


『ありがとうございます…!本当に、なんてお礼を言ったらいいか…』
『おじちゃん、ありがと!』
『誰がおじちゃんだ、お兄さんだボケ。…じゃあな』


 こんな俺でも、誰かの助けになれる事もある。それならまだ、投げ出す訳にはいかない。

 涙を拭い、無理矢理足に力を入れて立ち上がる。


「こんな兄ちゃんでごめんな。安らかに眠れ…フレイ」


 …さようなら。




 それからも傭兵の仕事を続けた。すると…なんかいつの間にか、仲間が出来てた。
 ジジイが俺を拾ってくれたように、お節介で縁を結んだ連中だが。
 どいつもこいつも力はあるがアホばかり…だけど。見捨てよう、とは微塵も思わなかった。

 そいつらの働きもあって俺はどんどん有名になり、引き抜きの話もチラホラと。だが俺だけ…そいつぁお断りだ。



 その日の依頼は、スラムの住人全てを皆殺しにしろというものだった。当然断ろうとしたが…依頼を持って来た男が「手伝ってくれ」と言った。
 人間を殺す気は最初からない。住民を悪いようにはしない…逃がす為のカモフラージュになってくれ、との事。
 俺はそいつ、ガイラードを信じる事にした。決して口外しない、とも約束した。




 その依頼をきっかけに。お嬢…アシュリィと出会った訳だ。

 最初は髪も短いし、言葉も悪いしクッソ強えしで…男かと思ったが。
 聞けばまだ8歳。俺が…家を失った時と同じ。俺にも…このぐらいの力があれば、今頃…!と人知れず拳を握った。

 だが…異変にすぐ気付く。


 ああ…お嬢は多分、ただのガキじゃねえ。というか…と。
 精神年齢が高いとか、そういう類の話じゃない。大人びてる訳じゃないし。なんつーか…世界を知り過ぎている。知識量の問題じゃなく。

 上手く言えないが…世界の不条理さ、儚さを体験しているんだ。
 足掻いて足掻いて、それでも手が届かなくて。苦しんで…誰かに助けられてきた。だからこそ今、他人の為に力を尽くせるんだ。


 それが俺には、とても美しく見えた。
 あと10年外見が歳食ってりゃ、大将に気も使わんで掻っ攫ったのにな~…







「お嬢」

 そんな事を思い出しつつ、声を掛ける。

「よう、暇だったら歩かねえか?」
「ん~…いいよ」

 そう言って俺の隣に並ぶ…小さいな。俺の肩までもねえ。
 特に会話もなく、薄暗い道を歩く。


「……ねえ、パリスに告白されたでしょ?」

 ああ、やっぱり知ってたんかい。いや、背中を押したのはこいつなんだろうな。

「おうよ」
「…オッケーしたんでしょ?」
「いや、断った」
「だよね…はああっ!?」

 うおっ。そんな驚くことか?

「いやだって、パリス嬉しそうな顔してたし!」
「…卒業したら、もっかい告白しろっつった。子供に手ぇ出す気は無いし、今は正直女として見れねえって。そしたら…」


『そっか…でも嬉しい!ぼく、頑張るからね!』
『え、喜ぶとこなのそこ?』
『うん!だって…嘘で「俺も好き」とか言われたら悲しいもん。卒業する頃には、ぼくを好きになってくれる可能性もあるんでしょ?』
『まあ…な』
『うん、今はそれでいいの!でもね…
 それまで…他の女の人と付き合わないで欲しいな。アシュリィ様だったら、諦めるけど…』
『………ふはっ!それはねえよ、安心しろ』


 頭をポンっと叩けば、パリスは嬉しそうに笑った。そこまでお嬢に話す気はないけど。



「まーとにかく、パリスを嫁にする意思はあるぜ。無責任な事はしねえよ」
「そこは信じてるけど…複雑だなあ…」

 お嬢は眉間に皺を寄せながら唸る。はは、美人が台無しだぞ。
 しかしパリスは…結構鋭いんだな。


「…お嬢、いい女になったな」
「ふっ、私は昔からいい女じゃない?」
「違いない」

 俺らは小さく笑い合った。ああ…でも。


 すげえいい女だからと言って、俺にとっていい嫁さんになるって訳じゃねえんだなあ。
 やっぱり、このぐらいの距離感が心地良い。


「覚えてるか?俺らが初めて会った日。並んでリュウオウに乗って、空を飛んだよな。今日みたいに…月が出てなくて、星の綺麗な夜だった」
「ああ…そうだったね。よく覚えてるね?」
「モテる男っつーのはな、好きな女との思い出を決して忘れねえんだよ」
「……っ!」

 お嬢は目を見開き、俺を見上げた。それは戸惑いと…恥じらい。


「……いやー、悪いけど。私、好きな人いるからね!」
「おう、知ってる。俺は大将みたいに、お前の全部を受け入れる覚悟も度胸も性癖も持ってねえし」
「おいコラ、アシュレイをドMみたいに言うな?」

 そうは言ってないけどな。でも…


「お嬢。お前大将と…キスくらいしたか?」
「きっ…!……額に、されたくらい。」

 お嬢は頬を染めて唇を尖らせ、モゴモゴとそう言った。
 大将、ヘタレの割に頑張ってんじゃねえか!応援してるぜ。


 でも、悪いな。


「?トレ……っ!?」

 膝を曲げて、お嬢の肩と後頭部に手を回す。
 そして…困惑する彼女と唇を重ねた。


「……っ、何すんのっ!」

 おっと。これ以上は無理か…と大人しく下がる。
 彼女は真っ赤な顔で、呼吸を荒くして怒ってる。


「いいじゃねえか。どうせ俺が入り込む隙は無さそうだし…ファーストキスくらい貰ってもいいだろ?」
「んな…っ!」
「安心しろー、これ以上は望んじゃいねえ」


 何より本気で、お嬢と結婚したいとか思ってるでもないし。
 ほら、そろそろ帰ろうぜ。と歩き出す。後ろから、ゆっくりついて来る足音がする。

 アスル寮まで送り、早く寝ろよーと言って別れた。

「トレイシー!今日の事…誰にも言っちゃ駄目だからね!」
「あいよー」

 背中を向けてひらひらと手を振れば、呆れたようにため息をつかれた。



 職員寮に戻る道すがら…星空を見上げる。
 今までの人生、空を眺める余裕なんてなかったが…ああ、こりゃ綺麗だわ。




 なあお嬢。俺はそれなりに人生経験豊富で、何人もの女を抱いた。もちろん無理矢理ではなく、同業者とか娼婦が多いけど。

 実はな…キスだけは、誰ともした事なかったんだ。だからさっきのは、俺にとっても初めてだったんだわ。
 だからどうという事もないけども。多分…俺の初恋だったのかもな。


「いや…少し違うか。一番近い表現が、恋ってだけだな。」


 ただの可愛い妹分でもなく、庇護すべき子供でもなく。
 愛する女でも、憧れの女性でもない。



 この感情を、どう言葉に表せばいいんだろうな。
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