私の可愛い悪役令嬢様

雨野

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学園

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「(ふぅむ…これは)」

 迫り来る巨斧。
 魔法で弾くのは難しい。発動が間に合わない上に、先程からずっとアルバートと牽制し合っているからな。
 ここは避けるべきだ、糊など様々な妨害を受けてきたが…ほんの少し、2歩右にずれる程度動ける。

 だがそれは、あまりにも


 彼らは私の予想通り、素晴らしい戦いを魅せてくれた。それでも人間にしては…という思いは拭えないが。

 リリーナラリスは半日は眠るよう魔法を掛けたのに、ものの十数分で解いてしまうし。

 アルバートの魔法は想定外に強力だった。魔力回復の丸薬を大量に摂取している為、無尽蔵とも言える力を発揮している。

 1番厄介そうなトレイシーは腕を斬り落としたのに…仇討ち、とは珍しいスキルを持っている。本来死した後任意により、レベル以外の己の全てを他者に上乗せするスキルだ。
 今回は分かられた腕を「死んだもの」と無理矢理認識させ、一部…攻撃値をアシュレイに付与した。なんというごり押し。腕を治せば元通りになるだろうが。
 私も最初から治す気で斬りに行ったが…彼は私までも信頼しているのか…。ライナス様かアシュリィをアテにしている、という線もあるが。


 そして…アシュレイ。ここまで来れば言葉は無用。
 お前の覚悟は全て伝わった。だから、私も。

 お前達の全力を、真正面から受け止めてみせる!!!


「ずりゃあああああぁっ!!!」

 ぐ…!重い、足が地面に沈む、これが人間の総力か…!我々魔族には不可能な…業。
 斧と双剣が打つかる衝撃波だけで、グラウンドの土がひび割れ弾ける。ライナス様の結界が無ければ、観客も無事では済まない。

「ぐ…こんのぉ…!オレ達は、負けねえ…っ!!」

 最初は互角、だったが。ああ…少しずつ、押されている。だというのに私の心臓は、生まれて初めて高揚感で高鳴っている。

「(なんだ…?ディード、笑ってやがる?)」

 楽しい。戦うのが、競うのが楽しい。そうか、人間は…こんなにも素晴らしい感情を持っていたのか。

 だが楽しい時間というのは、長く続かないらしい。
 彼らの一撃は私1人で耐えられるものではなく…双剣が砕けた。


「……ふっ。お前らの勝ちだ」


 腕も潰れ、斧が顔面に落ちる。アルバートへ注いでいた魔法を止めて、少しでも防御に専念しようとしたら。



 バキィン…ッ


「「!!?」」


 直前でアシュレイも、斧をずらそうとしているのが見えた。
 しかし不要に終わる。私達の間に…高性能な結界が割り込んできたからだ。


「はい、降参宣言したね。この勝負はアシュレイくんの勝ち…でいいね?」
「もちろんです。ありがとうございます、ライナス様」

 ライナス様はふよふよと、テリココット様に腰を預けた状態で降りてきた。

「お疲れさま~。いいねえ、見応えのある勝負だった。さ、怪我してる子はこっちおいで」

 彼は変形してしまった私の両腕を癒し…アシュレイ達の小さな怪我も全て綺麗にし。
 トレイシーの腕も一瞬にして元通りにくっ付けてしまった。こういった術で、彼に敵う者はいない。

「うお、すげえ…。ありがとうございます」
「いいよいいよ。トレイシーくんと言ったか、中々強いねえ」
「く、くん…はは、なんだか新鮮ですね」
「にしてもディード、君本当にすごいね。僕は全力だったのに、片手間で相手された~!」
「片手間なんかじゃないさ。私だって全力だった」
「貴方、私には手加減したでしょ!仕方ないとは分かってるけど、悔しいわ!」

 さっきまで殺し合いをしていたとは思えない程、私達は和気藹々としている。
 魔国だったらこういう時…「じゃあもう1回な!」と数日はぶっ通しで勝負は続くだろう。


「ディード、アシュリィを返してもらうぞ!!」
「ああ。カル、彼女を連れて来てくれ」
「へいよ」
 
 アシュレイは待ち切れん!といった具合にソワソワしている。
 そこへカルがアシュリィを抱えて近寄り…「ほらよ」と渡した。

「アシュリィ…よかった…」

 ふん…随分と腑抜けた顔だな。さっきまでの威勢はどうしたんだか。アシュリィを宝物のように抱き締めて、目に涙を浮かべている。
 あれが恋…というものか。私もアシュリィを愛してると思っていたが、実はそうではなかったのだろうか。

 …私もいずれ、分かる日が来るのだろうか。



「おいディード。アシュリィはどうやったら目覚めるんだ…?」

 ん?そういえば…さっきからアシュレイとアルバートは、私を愛称で呼んでいる。
 別に構わないんだが…少しこそばゆいな。

「私も知らん。カル、彼女の魔法を解いてくれ」
「ん?何を言ってるんだお前ら?」
「「?」」

 カルは腕を組み、首を傾げる。私とア……レイも倣って傾げた。


「姫の眠りを覚ますのは、男の口付けなんだろう?ディーデリックか小僧がキスしないと起きないぞ」
「ありゃりゃ」

 ライナス様以外の全員が脱力した。何故、そんな条件をつけた!!

「何故って…この決闘の勝者が、アシュリィ嬢を娶るんだろう?」
「違…わ、ない、のか…?」

 少なくとも、レイはそのつもりだったろうし…

「ななななな…!!キ、キス?ちょ…!おいディード!お前まさか…!?」
「私はする気はない。早くしてしまえ」
「う…」

 レイは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 初めてはもっとムードが…とかモゴモゴ言っている。少々イラッとした。


「うおおおお!?な、何すんだあ…!」
「早く、してしまえ…!」

 面倒になってきたので、レイの後頭部を掴んで顔を近付けさせる。ぐぐぐ…!!なんでさっきより抵抗が強いんだ!!

「せ、せめて…!人気の無い場所で…!」

 あ、そういえば。忘れてたが、観客が静かだな?
 ふいっと顔を上げて周囲を見渡す。すると…



 何故か…気絶している生徒がちらほらいるな?

「ああ…俺の腕が吹っ飛んだ時点で、女子とか倒れてたな」

 トレイシー…そうなのか。随分と軟弱な。いつも甲高い声で話し掛けてくる令嬢も倒れているようだ。
 他は…興奮したような者が2割。
 恐ろしいモノを見るような目をする者が3割。
 呆然としているのが3割…か?残りは気絶と動き回っている者だ。


 まあいい、今はアシュリィだ。早くキスをしろ!とレイの背中を蹴っ飛ばす。

「じゃ、じゃあ向こうで…」

 すたたた… アシュリィを横抱きにして、人の少ない裏庭に逃げた。
 ふむ……行くか。

 そう考えたのは私だけではないようで、アルにリリー、三人衆とライナス様、精霊達が大移動を開始した。

「行ってら。俺はこっちの後処理すっか」

 トレイシーは頭を掻きながらため息をついた。ふむ、任せた。



「……アシュリィ」


 裏庭にて…レイは地面にあぐらをかき、膝にアシュリィを座らせる。
 閉じられた瞼をそっと撫で。あー、うー、ぬーん、と唸っている。


 早くしろ…私がキスしてもいいんだぞ…?と言いたい気持ちを押さえて見守る。

 数分後…ようやく覚悟を決めたのか。
 レイはアシュリィの後頭部を支えて、そっと顔を近付け……




「ちょ…ちょっと、シャワー浴びてから…っ」


 そう言って彼女を離した。
 ズザザザザッ!! ライナス様以外がスライディングしながら倒れる。その姿にレイは「覗いてたのか!?」と憤っているが!


「まだるっこしい!!もういい私がする、シュリを寄越せ!」
「本当よね。やっちゃって頂戴」
「だめーーーっ!!くそぅ…!」

 リリーを始め、皆が囃し立て…今度こそレイはキスをした。


 女性陣はきゃあきゃあと声を上げ、私は…
 なんとも達成感に満ちている。不思議な感覚だな。



「………う…」
「あ…アシュリ…」
「どりゃあああああっ!!!!」
「ぐぎゃっ!」

 あ。目覚めたシュリは、カッ!!!と目を見開き。
 拳を握り、レイの横っ面に叩き込んだ…

 数m空を舞ったレイは…「それでこそアシュリィだぜ!!」と笑顔で意識を失った。


「…え、アシュレイ!?きゃーーーっ!!ごめん…!
 ディードだと思って、大丈夫!?」

 そうか…助かった。
 皆呆れたり笑ったり、共通しているのは楽しげだという事。



「さーて、あのある意味バカップルは放って帰ろうか。ところでディード、シュリって何?」
「魔族の子供達がアシュリィをそう呼ぶんだ」
「そうなのね!今までアシュリィに愛称ってしっくり来なかったんだけど、私もそう呼ぼうっと」
「僕も!」

 ああ。きっと喜ぶ。




 皆で雑談をしながら寮を目指していたら、パメラを見かけた。そういえば彼女は私を恐れていたか。
 今回の決闘で、更に恐怖を与えてしまったか?そう考えていたが。

 どうにも彼女は頬を染めて私から顔を逸らした?


「どうした?」
「えっと…その。こ、今回の…皆様の活躍。
 と…っても、格好よかったです!!」
「え?」

 彼女は興奮気味だ。なんでも手に汗握る攻防、数々の魔法に魅せられ。
 恐怖もあったが…それ以上に楽しかったのだと。
 言葉を尽くして絶賛してくれた。

「(格闘技にハマる人ってこんな感じだったのね…)
 それに、最後のディーデリック様の笑顔。少し、見惚れてしまいました…なんて…」
「そう…か…」

 それは、嬉しいようなむず痒いような。
 けれど…褒められて悪い気はしないな。


 この日から私を恐れる者が増えたが…同時に憧れの目で見る者も現れた。
 パメラは完全に魔族を克服したようで、普通に接してくれる。



 思わぬ効果もあったものだ…と感心しながらも。
 私達はあれ以来ぎこちないアシュシュを、見守っていこうと笑い合った。

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