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学園1年生編
シャルロットの想い
しおりを挟む私は物心がついた頃から、なんとなく自分が特別な人間だと思っていた。
幼少期から、自分がどんな態度を取れば相手は満足するのか、どんな言葉を望むのか…そういった事が手に取るように分かっていた。
だから望むままに私が振る舞えば、皆私を好きになるの。逆に嫌われたければ、相手が嫌がる事をすればいい。ね?
そして成長するにつれ、私は貴族令嬢として教育を受けるようになる。そこでも私は特別だとよく言われた。
一度説明されれば大体の事は理解出来た。逆に出来ない人は…「どうして?こんなに簡単なのに」と言いたくなるほどに。言わないけれど。
勉強なんて、言われたままに暗記し解くだけ。
楽器だって、教わった通りに楽譜通りに弾くだけ。
刺繍だって、ただ図面を思い描き針を刺すだけ。
社交なんて、相手を理解していれば簡単よ。面倒だけど。
とはいえ私は全知全能という訳でもないわ、出来ない事だって確かにある。特に魔術は頑張って中の上、魔力量はそこそこだけれど。
剣も振ってみたけど…よく手からすっぽ抜けて、ジスランの顔面目掛けて飛んでいったわね。狙ってないわよ?本当に。
だから私は…努力をした事が無い、とは言わないけれど。死に物狂いで何かに取り組んだ事は無い。寝る間も惜しんでとか、悔しさに涙を流すとか、劣等感に苛まれるとか。
私は容姿も恵まれているので、嫁ぎ先にも不自由しないでしょう。お父様はどうやら、私を高位の家に嫁がせたいみたいだけれど…本気になれば、大抵の男性は落とす自信もあった。
そんな風に人生舐めきっていた私だけれど。1人だけ…どうしても考えが読めない人がいた。
それが双子のお兄様ことセレスタン。お兄様だけは、幼い頃から理解不能だったわ…。
表情は豊かだから、喜怒哀楽は分かりやすかったけど…「どうして怒っているのか?」というところが、全く分からなかったの。
それに私と違って、少し不器用な人だった。
例えば勉強。一度理解すればもう間違えないけど…理解するのに時間が掛かる人だった。何度も同じ事を説明されて、ようやく解ける。一度で解ける私と、教師はいつも比較していた。
私も…どうしてこんなにもお兄様と私は頭の作りが違うのか、疑問だった。
何をやらせても上手くいかない。何度も練習して、ようやく人並み。
まあでも仕方ないわよね、私が凄すぎるだけだもの。私は本気でそう思っていた。
それにお兄様は私と同じ顔をしているのだから、可愛いはずなのよ。それなのにその顔を活用せずに、他人にあまり笑顔を見せようとしない。
だからなのかお父様は、お兄様を遠ざけるようになった。比例して、使用人達も。
その分の愛情は私に向かった。まあ可愛げの無い息子より、愛嬌のある娘のほうが良いに決まっているわよね。
はあ…こんな人が私の兄なのね。不器用で鈍間で可愛げの無い人。私は一生、この人の妹というレッテルを貼られるのね…。せめて私に迷惑を掛けないよう、目立たず大人しく暮らして欲しいものだわ。
と考えていた昔の私をぶっ飛ばしたい。いえ、真っ二つにしたいわ。そして火口に放り込んでやりたい…!
そんな私の認識が変わったのは、5歳の時。暑い夏の日だった。私は両親とお兄様、メイドと一緒に泉へ涼みに行っていたの。
とっても涼しいし景色は綺麗だし、私は笑顔の両親に囲まれて楽しんでいた。ちらっとお兄様のほうに目を向けると…泉には興味が無いのか、ひたすらにお弁当を食べていた。
もくもくと、リスのように頬をパンパンにして。その姿すらも、滑稽だと思っていた。
その時ふと…私の冒険心が疼いてしまった。頬を膨らますお兄様の手を取って、「たんけんに行こう!」と連れ出したのだ。
「え!?あぶないよう…」
「なにを言ってるのよ、お兄さま。まよけのけっかいもあるのよ、きけんなんてないわ!」
それでも渋るお兄様の態度に、私は苛ついた。私は探検に行きたいの、でも1人はつまらないの!結局お兄様を引き摺って、森の中に入って行った。
お父様とメイドも2人ついて来たし、危険なんてあるわけが無い!!私はそう過信し…誰も気付かないうちに、魔除けの結界の範囲を、越えてしまっていた。
魔物とは神出鬼没。いつ行きますね、等と親切に教えてはくれない。しょっ中現れる訳では無いけれど…遭遇してしまえば、騎士や魔術師でなければ太刀打ち出来ない。
だから国中あらゆる場所に、結界が張ってあるの。それさえ越えなければ、やつらは無力だわ。
まあ精霊でいうところの最上級クラスになると…人間の結界なんて効かず、向こうから越えてしまうらしいけれど。伝説のようなものだもの、一生お目に掛かる事もないわ。
だから、仮に越えてしまっても…魔物と遭遇する確率は低い。そのはずだった。
「あれ…うさぎ、どこ行っちゃったのかしら?」
「ねえロッティ…もうもどろう?なんだかこわいよう…」
「…あのねえ、お兄さま。みらいのはくしゃくさまが、そんなんでどうするの?」
「う…で、でも…」
いつまでもぐだぐだ言うお兄様に、私のイライラは募るばかり。
自分で無理矢理連れ出しといて何言ってんだこのクソガキ?と今なら言いたい。
その時、ガサ…と草の揺れる音がする。うさぎだ!と思った私は意気揚々と駆け寄った。
だが…姿を現したのは。私どころか大人の背丈も越える、蛇の魔物!!その恐ろしい2つの目で…私を見下ろしている。
「あ……あ、うあ…!!」
私は全身をガクガクと揺らした。逃げないと、でも足が竦んで動けない…!
お父様、助けて…!そう思い、ゆっくりと後ろを振り向いた。だが…
「うわああああ!!!」
「「きゃあああっ!!」」
「!!?お、お父さま…!?」
なんと、お父様とメイドは…私を置いて、我先にと逃げてしまった!?お父様、大人はこういう時の為の、逃走用煙玉を持っているはずでしょう!?
私も…!と思ったら、足がもつれて転んでしまった。遠ざかるお父様…絶望する私に迫る蛇。もうダメ…!と、私はぎゅっと目を閉じた。
「………?」
しかし、いつまで経っても何も無かった。締め付けられる事も、飲み込まれる事も。
恐る恐る目を開けると…
目の前に、小さな背中があった。両手を広げて、私と蛇の間に立つ…お兄様…?
「…っ、ロッティ、に、にげ、て…!」
顔は見えないけれど…その体と声は私よりも震えていた。なのに…恐ろしい魔物を目前に、私を庇ってくれた…?大人も逃げ出す脅威なのに…?
そして何故か…蛇も、襲って来なかった。私達は特別な力も持たない、無力な子供なのに。何故か尻込みしているようだった。
ずっと後になって知った事だけど。この時すでにお兄様はパスカルと…光の精霊様と出会った後だった。
お兄様から精霊様の気配がしたから…魔物は恐れて、攻撃を躊躇っていたのだと思うの。
この時の私達に、そんな事知る由も無かったのだけれど。
とにかく蛇は襲って来なかった。だからと言って逃げもしなかった。
お兄様は私の手を取って…蛇から目を離さず、ゆっくりと後退る。しかし蛇も、その分近付いて来る…!
どうすればいいのか分からなかった。その時…
ボフンッ!
「ロッティ!こっちに来るんだ!」
クッソ遅過ぎるけれど、ようやくお父様が助けに来た。多分途中で私達がいない事に気付き戻ってきたんだろうけど…その「逃げていない、戦う準備をしていただけだ!」という顔をやめて欲しい。
魔物用煙玉に蛇が驚いているうちに、私はお兄様の手を引いてお父様の元に走った。お父様は私達を抱えて安全地帯まで走ったのだけれど…無事に泉まで生還した私達は、声を揃えてわんわん泣いた。
だというのにお父様は…お兄様の頬を叩いたのだ。
「お前は…!ロッティを危険な目に遭わせおって!!」
「ご、ごめ、ん、なさ…うあああぁぁん!!」
な…!何を言っているのこの人は!!?
見ていたでしょう、嫌がるお兄様を私が連れ回したのを!結界を越えたのも私、そんな私達を見捨てたのはお父様!!
お兄様はずっと「もどろう」と言っていた。
私を庇い、恐ろしい蛇に立ち向かった!!
なのに、その時は私も…溢れる涙と声を止められず、お兄様を庇う事が出来なかった…。
愚かな子供だった私は知った。
才能なんかより、容姿や愛嬌なんかよりずっと大事なモノがあると。
それは…勇気。あの日お兄様が勇気を出してくれなければ、私はもうこの世にいなかっただろう。
その日から私の世界を見る目が変わった。目が覚めたのかもしれない。
私の事を「可愛い、素晴らしい」と言ってくる両親や使用人が…その言葉、笑顔が嘘くさく見えてしまう。
いや…言葉自体は本心だろう。それでもこの人達は…いざとなったら私を見捨てるのだろう。
私を守ってくれるのは、お兄様だけ。いや、お兄様ならきっとあの時。動けずにいたのがお父様だろうと…魔物に立ちはだかったに違いない。
それは私には持ちえない、勇気と優しさ。
私は自分の持っている才能だのなんだのが、無価値なものに思うようになった。
…いや、違う。これは必要なもの。
私が才能に溢れているというのならば。それはきっと、お兄様を守る為に与えられたのだろう。のんびり屋さんのお兄様を、世間の悪意全てから守ってみせよう!!
私の命を救ってくれた、お兄様の為に…!
今日もお兄様は、庭でのんびりと日向ぼっこをしていたと思ったら…突然走り出した。
今まではその奇行にドン引きしていたが…「何をしているの?」と聞いてみた。
「あのね、何かがひかったから…虫さんかとおもったの。でもおかねだった…これいらない」
お…お兄様!!虫にさん付け…可愛すぎる!!!お金を欲しがらない無欲さ、尊い!!!
もう私は、お兄様の行動全てが愛おしくて仕方なくなっていた。
たまに…本当に嬉しい事があった時、お兄様はふにゃっと笑うの。
その笑顔は可愛いなんて言葉では表せない程尊いもので、私はその度心臓が止まりかけ…よくバジルに運ばれた。
ジスランも同じく心臓発作を起こしていたので、本当にバジルには苦労を掛けたわ。これからもよろしく。
それに…お兄様は私が教師から褒められたりすると、「すごいね、ロッティ!」と…屈託の無い笑顔で褒めてくれるのだ。他の大人共とは違う、純粋な褒め言葉。
それが嬉しくて…私は頑張った。お兄様に褒めてもらいたくて。自慢の妹だと言ってもらうため!!
大きくなって、家族以外の人と関わるようになって。私は更に頑張った。
学園に通うようになってからはもっともっと本気を出した。
全てはお兄様の為。
「おお、あれが優秀な妹を持つお兄様か」「いいなあ、羨ましいわ」「あんな素晴らしい妹を持つセレスタン様は、幸せ者ね!」
と世間に言わせてやるため!!!その為ならば、嫌々愛嬌だって振り撒いてやろう。私の評価が上がれば上がる程、お兄様の評価も上がるに違いない。お兄様も褒めてくれるに違いない!!
私は…本当にそう思っていた。
お兄様が私のせいで苦しみ、涙を流していたなど知りもせずに…。
私がそれに気付かなかったのは、お兄様が徹底して隠していたからだった。
世間は私の知らないところでお兄様に悪意を向けた。お兄様はそれを、決して私に悟らせなかった。いや、たまに暗い顔をしている事には気付いていた。
でもそれが…私が原因なのだと、思いもしなかったの…。
応援ありがとうございます!
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