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閑話

暇を持て余した令嬢の戯れ

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 2年生初夏頃。エリゼ視点

 ******




「私暇人じゃないわよ」

「なんだよいきなり…」

「……なんとなく?」

 
 はあ…ボクは特大のため息をこれ見よがしについてやった。
 何せ今日は、土曜日なので朝から寮の自室で本を読んでいたら…急にシャルロットから『今すぐラウルスペード本邸集合』などという手紙が届いたのだ。
 無視してもいいが…乗り込んで来られても困るので来てやった。現在はセレスの部屋に、ボク、セレス、シャルロット、モニクというメイドの4人がいる。一体なんの用だ?
 

「お姉様を幼児化させてちょうだい」

「…………セレス、説明」

「いやあ…ごめんね」

 妹のほうは話にならん。

「えっとね…僕、生まれた時から男扱いされてたじゃない?それで…ふとね。今じゃ着られないようなフリフリの可愛いドレス、ちっちゃい頃に着てみたかったな~…って呟いたの。
 そしたらロッティが、「じゃあちっちゃくなりましょう!」って…」

 ………なんでその結論に至った…?

「前に私のいない所ですごろくをやって、ルシアン様が縮んだ事があるって聞いたのよ。
 で、同じように魔術でお姉様を縮めて!そしたらこのドレスに着替えるのよ!」

「…ボクの見間違いでなければ、ドレス2着ないか…?」

「双子コーデだよエリゼ!」

 双子だろ。つまり、シャルロットも縮めるんだな?
 ………言いたい事は沢山ある。が…

 チラッとセレスのほうに目を向ければ、彼女も期待に満ちた目をしている。ボクは…その目に弱いんだよ…!
 仕方ないな…最近手に入れた、魔法陣作成用の教鞭サイズの杖を取り出す。これなら空中にも描けるし、陣を踏んでも乱れる事は無い。


「分かってると思うが、外見が幼くなるだけだ。で、年齢と時間は?」

「そうね…まず3歳で。効果は…6時間」

「あれ、ロッティ。ちゃっかり半日楽しむ気だね?僕疲れちゃ…」

「お願いねエリゼ!」

「聞いちゃいないねー。ほんとごめん、エリゼ…」

「………いや、お前が謝る事じゃない」

 
 ていうか、まずってなんだよ?ほんとボクの扱い雑だな…と思いつつ、申し訳なさそうにするセレスの姿を見ると…まあいいかと思ってしまう。お礼はトリンダのパウンドケーキで手を打ってやろう。
 床にサラサラと陣を描いていく。えーと、ここどうするんだっけ…本を見ながら……出来た!!

 早速2人に乗るよう指示し、魔力を流す。すると…は!!?ボクの魔法陣が、変化してる!?
 なんだ、外部から…誰かがボクの魔術に干渉してきている!?マズい、セレス!シャルロット!!

 干渉なんて、そこらの魔術師に出来る技じゃないぞ!?ボクの魔術が乗っ取られる…!術式が組み換えられている、このままじゃ2人が!!だが魔術のキャンセルが出来ない!!


 なんとか抵抗を試みるも、駄目だ…相手のほうが圧倒的に上だ!

 部屋全体が眩しい光に包まれ…収まると…。



「お…お嬢様…?」

「……………うー?」

「…………」



 部屋の真ん中に…赤髪の子供が2人座っている…。セレスとシャルロットだろうが…普通に成功した…?
 だが様子がおかしい。中身は13歳のままなはずなのに…なんか、ぽけっとしている。
 そろ~っと近付くモニクに対し…セレス(多分)が口を開いた。

「……おねーたん、だえ?」

「………え!?」

「おにーたんは…あえ?おねーたん?」

「お兄ちゃんだ!……じゃなくて!!」


 これは、まさか…!!混乱するボクとモニク。やっぱり、中身まで幼児退行している!誰の仕業…と原因を探ろうとしたら、闇の精霊様の声が響く。


「これ…クロノスの仕業だね…害は無いと思うけど」

 クロノス…女神クロノス!?なんでそんな存在が介入して来た!?

「多分、遊んでるだけ。暇人だからね…今のシャーリィ達じゃぼくの事怖がっちゃうかもしれないから、ぼくは何もしないよ…」

「は、はい…」


 それきり精霊様は、本当に黙ってしまった…。困ったボクとモニクは顔を見合わせた。



 セレスは立ち上がろうとし…そのまま前のめりに倒れ頭をごちん!とラグの上にぶつける。頭が重いのか…。
「あいたー」とか言いながら、今度こそのっそり立ち上がったが…シャルロット(恐らく)が座ったままセレスの手を掴む。そしてボクらをキッと睨み…

「おにーさま、だめ。あなたたち、だあれ?あたらしい、しようにん?」

「誰が使用人だ。ボクはラブレー子爵家のエリゼだ」

「あ…私はモニクと申します!えと、新しく入ったメイドです」

「えいで、たま?もにく。おってぃ、へーきだよ」

「………お兄ちゃんでいい」

 エリゼ様、なんてこそばゆい。不本意だがお兄ちゃん呼びをさせる。
 しかし…セレスは随分舌足らずだな。3歳ってこんなもんか?今度は2人共キョロキョロと何かを探している?
 

「あいちゃ、どこ?」

「あいちゃ…?モニク、分かるか?」

「……アイシャ、でしょうか。私の母です」

「ちょえ!あいちゃ!」

 あの乳母だったというメイドか…!モニクに探しに行かせて、ボクは…この状態で何をしろと!?

 取り敢えずラグの上に座り、2人に視線を近付ける。しかしそっくりだ…色が違わなければ、見分けがつか……いや表情で分かるか。
 セレスはぽけっしていて、シャルロットはキリッとしている。面白いな…。


「おにーたん。ちょえ、えほん?」

 セレスはボクの持つ魔術の本を指差しながら、手を握って来た…手ェちっさ。体温高っ。こいつ、人見知りしないのか…?使用人に心を開かなかったって聞いてるが…。
 シャルロットはまだボクを警戒している。だがちゃっかりボクの膝には乗っている…椅子代わりか?

「……絵本ではないな。…………読みたいのか?」
 
「んー……うん」

 でも読めないよな…。セレスは本を捲りながら、首を傾げるばかり。
 シャルロットは慣れてきたのか、ボクの頭のほうによじ登ってきた…落ちるなよ。

 というか、こいつら本当に3歳か?ボクの事をじ~っと見つめるセレスに聞いてみた。

「なあ…お前、何歳だ?」

「たんたい」

「単体?」

「さんさい、っていってるのよ」

 頭の上からシャルロットの通訳が。やっぱり3歳か…自分達の名前分かるのか?

「しゃるろっと」

「てえうたん」

「…なんて?セレスタン?」

「ちょう。てえうたん。てーなの」

 自分の名前もロクに言えんのかい。
 でも一応記憶はあるんだな。父親と母親は?

「たまにあう」

「そのへん」

 …そうか。ん?セレスが胡座をかくボクの膝の上によじよじと乗ってきた。そしてボクの腹に頭を預け、むふーと一息ついた。

「…よんでほちいの」

「……はいよ。まず魔術の基礎とは…」
 
 
 セレスはボクの言葉を、時折唸りつつもなんとか聞いている。小さい頃から…頑張り屋さんなんだな。
 シャルロットも肩車状態で真剣に聞いている。理解してんのか、凄いなお前。


 少し読んだところで、セレスがうつらうつら揺れ始めた。抱き上げてベッドに寝かせ…枕、これじゃ高いよな?
 何か無いかと探すが、結局平なまま眠ってしまった。隣にシャルロットも並べたら、セレスと手を繋いですぐ寝た。…頬がぷくっとしているので…好奇心でつつく。柔らかいな…。


 暫く寝顔を観察していたら、モニクがメイドを連れて戻って来た。
 2人はベッドで眠る双子の様子に顔を綻ばせ…そんな場合か!!


「…確かにシャルティエラお嬢様とシャルロットお嬢様ですわ」

「どうしよう、お母さん!?」

「そうね…私は旦那様に報告してから、必要な物を準備致します」

 と言ってメイド…アイシャは部屋を出た。
 そのすぐ後に、先生とファロが飛び込んで来た。


「シャーリィ!ロッティ!?これが…?」

「ありゃ…なんとも可愛らしいお姿に…」

 戸惑う2人に状況を説明した。話を聞き終えた先生は…頭を抱える。

「…はあ…女神の仕業じゃ怒れねえ…。精霊殿、戻る切っ掛けに心当たりはありませんか?」

「うーん…多分だけど、最初に設定した6時間で戻るんじゃないかな…。それでも変わらなかったら、ぼくがクロノスに言いに行くよ…多分今も見物してるけど…」

 6時間…それを聞いて少し安心した。本音を言えば6時間、このまま眠っていて欲しい。

 だがボクの願いも虚しくセレスが目を覚ました。連鎖してシャルロットも…。そしてよっこいせと体を起こし座り、新顔の2人をじーっと見る。


「…だえ?」

「貴女達のお父様ですよー」

 と、ファロが先生を指しながら言った。セレスはその言葉に、たじろぐ先生をじっと見た。そして…


「ちがう。ちちうえ、こんなかっこよくないの」

「そうね。こんなにしゅっとしてないわ」

 暗に格好良いと言われた先生は…

「そ、そうか?俺格好良いか?シュッとしてるか???」

 愛娘に褒められたせいで、もの凄く締まりのない顔をしている…。デレデレだな、おい。
 ファロの「オーバンきしょい」という呟きに全面的に同意する。先生はご機嫌のまま2人を抱っこした。


「あー…子供体温あったけえ…」

「うきゃ~!くちゅぐったい!」

「ぴゃあ~」

 だが双子はきゃっきゃと喜んでいる?先生意外と子供の扱い上手いな。

「そりゃな。よくルシファーやルキウスの遊び相手をしたもんだ。
 そういやルキウスは、赤ん坊の頃から眉間に皺寄せてたんだよな~。兄貴がしょっ中指でぐりぐりと伸ばしてたが…余計に深まってな。あれは笑ったわ」
 
 なんだそれ、ボクも見てみたかった。
 しかしシャルロット、ボクの事は警戒してたくせに。先生にはすぐに懐き、高い高いを要求している。


「はいよー!高いたかーい」

「ぴゃー!あひゃひゃ、きゃるあー!」

 奇声を発しながら喜んでいるようだ。満面の笑みで手足をバタつかせている。


「………………」

 だがその横で。高い高いをするためにベッドの上に降ろされたセレスが…指を咥えたままじっと先生とシャルロットを見ている。
 自分もやって欲しいのか?そう言えばいいのに。と思っていたら、ファロが「ちょいと失礼」とセレスに手を伸ばす。


「はーい、お嬢様。高い高い」

「!…なは~!たかあい!!もっちょい、うえー!」

「はい喜んでー、そーれ!」

「あばああ~!!だはー!」

 ……喜んでいるのか?その声。
 そこへアイシャが戻って来た。手にはオモチャのようなものを持っている。あとは念の為おむつだとか…よく持ってたなそんなん。
 聞けば今、バジルが大急ぎで買いに行ったらしい。部屋の外から、バジルとグラスが目を輝かせてこっちを覗いている。

「あー、あいちゃ!」

「はい、アイシャですよ。まずはお着替えしましょうか。元々そちらのドレスをお召しになる予定だったのでしょう?
 さあさ、殿方は席をお外しくださいな。幼子とはいえ、レディーのお召し替えですよ」


 と、アイシャはボク達男連中を部屋から追い出した。そういや最初の目的忘れてたわ。
 廊下で待機する間、ボクはさっきのセレスの反応が引っ掛かっていた。


「なあファロ。どうしてセレスは抱っこを要求しなかったんだ?」

「恐らく…旦那様はすでに、シャルロットお嬢様を抱き上げていらしたからですね」

「え、俺?」

「そうですよ。まー小さい頃から遠慮深い子だったんですね。順番待ちというか、旦那様が空くのを待ってたんでしょう」

 ふうん…。子供のくせに、遠慮なんて出来るのか。13歳の今のほうが奔放なんじゃないか?

 そして着替えが終わったようで、中に入ると…綺麗なドレスに身を包んで、笑顔のセレスとシャルロットがベッドの上に座っていた。


「どしておにーさまも、どれすきてるの?」

「てーも、おんなのこだもん」

「そーだったの?あらま~」

 なんか危なっかしい会話してる…。

「うわ…お嬢様方お似合いです!」

「本当に縮んでる…」

「おにーたんがふえたー」

「「ぐはあっ!!!」」

 おお。セレスの「おにーたん」攻撃に、従者コンビが撃沈したぞ。
 その後ファロがシャルロットのカメラを使い、2人を撮影し先生と3人で撮影し…ボク、バジル、グラス、モニクと6人で撮ったり。ファロもボクが撮ってやった。

 
 今はバジルがシャルロットを、グラスはセレスを膝に乗せている。
 ただしグラスが「グラス大好きグラス大好きグラス…」「ぐ…ぐや、ちゅ…だいちゅき…?」「よし!」と洗脳しようとしているのでど突いてやった。

 今度は床に座り込み、モニクも一緒に幼児向けパズルで遊び始めた。
 それを見守る大人組…アイシャに、気になっていた事を聞いてみる。


「なあ。セレスは人見知りをしているようには見えないが。
 どうしてラサーニュ家の使用人と距離があったんだ…?」

 というボクの質問に、先生もファロもアイシャに視線を向ける。
 アイシャは少し物悲しそうな表情になり語ってくれた。


「ええ…シャルティエラお嬢様は、遠慮深い子ではありましたが、人見知りはほとんどしなかったのです。むしろシャルロットお嬢様のほうが、初対面の相手には警戒していましたね。

 ですが、ご覧の通りシャルティエラお嬢様は少し発育が悪く…言葉も歩き始めたのも、シャルロットお嬢様より遅かったのです。
 それが伯爵様には気に入らなかったのでしょう。その頃からすでに、お2人を比べていらっしゃいました。
 次第に伯爵様はシャルロットお嬢様だけを可愛いがるようになってきて。他の使用人もそれに倣い、シャルティエラお嬢様から距離を取るようになりました。

 それに、先程のお2人の会話をお聞きになられたと思いますが。この時のお嬢様は自分が女の子だと隠せなかったのです。
 ですから伯爵様が、私以外の人にはお嬢様を会わせませんでした。上手に嘘がつけるようになるまでは…。

 ただその頃には、すでにお嬢様とご家族、使用人の間には深い溝が出来てしまっていたのです。
 それでもシャルロットお嬢様だけは、シャルティエラお嬢様の事を慕ってくださっていましたが。姉妹の交流もとても少なかったのですが…いつの頃からか、「お兄さま、お兄さま!」とくっついて回るようになりまして。
 まあそれまでは…引き摺り回していましたが…。

 つまり…お嬢様と屋敷の者に距離があったのは。大人のほうから突き放したからなのです」



 ……そうか。これより後になって、心を閉ざすようになったのか。今はこんなにも、可愛い笑顔を見せてくれているというのに。
 ほら、微笑ましそうに姉妹でパズルを……あれ?シャルロットが…星型の窪みにハート型のピースを嵌めようと、ガンガン叩きつけている。


「おってぃ、ちょえだめだよ」

「やー!このぴーすは、ここにいれたいの!なんではいらないの!?」

「かたちが、ちがうかやだよ」

「これ、ふりょうひんね…」

 なんて理不尽なんだ、バジル達も苦笑いだ。シャルロットはパズルに飽きたようで、ピースを放り投げその場に転がり即寝た。
 セレスはその後パズルをゆっくりじっくり時間をかけ…完成させる。この辺り、2人の性格出てるな。


 シャルロットが寝ている横で、今度はセレスは積み木を始めた。その頃には皆それぞれ仕事があるからと…ボクに2人を押しつけて全員出て行きやがった!!?グラスは名残惜しそうにしていたが、バジルに引き摺られて行った。
 おいコラ!!双子が元に戻るまであと何時間あると思っている!?というボクの訴えは誰にも聞き入れられなかった…。

 だがまあ、セレスは結構1人遊びをする。それを見ているだけだからラクなんだが…。
 たまにボクが手を出すと、すごく嬉しそうにする。だから…

「…ボクも、一緒に遊んでいいか?」

「!うん、あちょぼ!」

 と言ってしまったのだ。やっぱり、1人は寂しいらしい。



 その後2人は、遊んだり本を読んだり、寝たり起きたり。
 屋敷の探検をする!と奮い立ったシャルロットが、「うぐあ~」「おぼー…」と唸るセレスの手を掴み半ば引き摺りながら部屋の外に出る。当然ボクもついて行く。

「おやしき、なんかちがうわね」

「ちょうだね」

 屋敷の構造は2人の記憶のままだろうが、家具とか一新されているからな。目を輝かせて歩き回ってるぞ。
 ただし…セレスが疲れてしまったのか、座り込んでしまう。

「あちいたい…」

「んもう、おにーさまったら!…おねーさまだっけ。しかたないわねえ」

 するとシャルロットが、よっこいせとセレスをおんぶした。力あるなお前!
 ただし足取りは覚束無い。結局ボクが2人を抱っこして、部屋に戻る。

 部屋に戻れば、アイシャがおやつを持って来た。双子は喜んで食べ始め、また寝た。


 
 仕事中だというのに、誰もがしょっ中部屋を訪れる。特に先生は20回くらい来た。もうコイツら執務室に連れて行けよ…。
 まあ、娘が可愛いのは分かるけどさ。孫が生まれるまで待てって。
 
 そろそろ6時間のはず…正確な時間は時計を見てなかったから分からないけど。
 現在シャルロットは床で寝息をたて、セレスはボクの膝の上で絵本を読んでいる。疲れた…子供の相手って、本当に大変…!!魔術の修練より遥かに。
 いつかボクに子供が生まれたら…子育て、手伝ってやろう。使用人や妻の仕事だと思ってたけど…すっごく大変だけど、楽しくもあったし。


「………おにーたん」

「んー?なんだ」

 絵本を読み終えた…と言っても文字は読めないので、絵を見ていただけだが。本を閉じたセレスは、立ち上がり…ボクの頬に、キスをしてきた。

「…なんだいきなり?」

「あのねー、あいちゃがよくちてくえゆの。だいちゅきのあかち、だって。
 おにーたん、あちょんでくえてあいがとー。またあちょんでね!」

「………おう。お前らが大きくなったら、いくらでも付き合ってやるよ。シャルロットの思い付きにも、セレスの突拍子もない行動にも。
 だから…早く、大きくなれよ」

「うん!ねー。てーにも、ちゅーちて」


 ……………まあ、相手は子供だし…いっか。


 ボクは立ち上がって待機するセレスの頬に顔を近付け、唇が触れた瞬間…



 ボフッ!



「………………」

「……………………あれ?」


 

 ………………セレスが、デカくなった。ドレス姿でボクの上に向かい合って座っていて、状況が理解出来ていないようだ。
 シャルロットも大きくなったが、まだ寝ている。
 
 ボクはというと…セレスに口付けしたまま………!!!


「わーーー!!!」

「なーーー!!!?何すんのエリゼ!!?」

「うるさい忘れろ今すぐ忘れろ!!!!」

 テンパったボクはセレスを思い切り突き飛ばす。彼女は転がり、頭を押さえながら憤った。
 その様子を見るに…今のは気付いて無いな…セーフ!!!!


「どうしたの、エリゼ?顔真っ赤だよ?」

「なんでもないっ!!!」

「うわっ、なんで僕ドレスなの!しかも子供向け!!」

 どうやら、幼児化していた間の記憶も無いらしい。じゃあ一体なんの為にボクは苦労をしたんだ!?

 はああぁ……帰ろ。混乱しているセレスには悪いが、事情は先生達から聞け!
 寮まで転移し、ベッドに倒れ込む。休日無駄に…では、ないかな。貴重な体験は出来たかな。



 ※※※



 次の日。ボクは、とある人物を訪ねに行った。


「エリゼさま!お待ちしていました!」

「ああ」

 いつも通り部屋に通される。目的の人物は…。



 フルーラという現在5歳の…ボクの婚約者だ。
 


 これは親同士が決めた婚約だが、断ってもいいとは言われていた。
 まあフルーラは婚約を了承していたが、ボクは乗り気じゃなかった。色恋沙汰に興味は無かったし、相手は8歳年下だし。
 
 だが。ルシアンがセレスに求婚したり、パスカルがこれまたセレスに想いを寄せる姿を間近で見てきて…恋愛って、そんなにいいものかな?と思うようになった。


 ボクはずっと、伴侶にするなら理知的な聡明な女性がいいと思っていた。だが、ボクの近くにいるそういった女性はシャルロットとルネ嬢くらい。
 ……いや、シャルロットは理知的では無いな。誰よりも本能に忠実な生き物だわ。教室爆破事件からは殊更に。

 すると、ボクには…そういう女性は合わないな、と思い始めた。どっちかって言うと、セレスみたいに少し抜けたところのある女性がいいなとも。



 それで恋愛や結婚に興味の出てきたボクは、婚約の話を受けた。フルーラは恋愛感情で無いだろうが、ボクの事を慕ってくれている。こうして月に何回かは一緒に過ごすのだ。
 今も頭の上に本を掲げ、「読んでください」と言っている。どれどれ、絵本かな…



『メイドは見た!!奥様と馬丁・許されざる厩舎の逢引き ~復讐編~』



「…………他の本にしなさ…いや復讐編ってなんだ!?」

「他には『じょうねつへん』『かけおちへん』があります!それはさいしん巻で、ついに旦那さまに2人のかんけいがバレてしまい…」

「せめて5年後に読みなさい!」

 全く…!!フルーラは頬を膨らましながら、じゃあこちらを読んでください!と他の本を…



『身分違いのセレナーデ 結ばれぬ運命の2人』


「…………他」

「おけちですねエリゼさま!!」

「お前のチョイスが悪い!!」

 結局ボクが無難な本を選び、ソファーに座る。フルーラがボクの足の間に収まるのが、いつもの読書スタイルだ。



 この子の事は、ルシアンしか知らない。別に隠している訳ではないが…聞かれてもいないし。
 ちなみにルシアンにはお祖父様がバラした。

 ただ…暫くは友人にも知られたく無いとは思っている。恥ずかしい訳では無い。
 …もしもシャルロット辺りの影響を受けて、ああいう風に成長してしまったら…!と思うと、会わせたくないのだ…。まあシャルロットも、いいところは沢山あるけど。
 

「?どうしたんですか、エリゼさま?」

「……いや。そのまま真っ直ぐに成長しろよ…」

 
 このまま健やかに成長しますように。その願いを込めて、ボクはフルーラの頭を撫でるのであった。


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