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学園4年生編

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 放課後が来なければいいのに。と無駄に考えながら、現在男子は体術の授業中。
 ペアで組み手をしているが、僕の相手はバジルだ。


「はあー…」

「浮かないお顔ですね」

「まあね、っと!」

「おっと」

 むきー!!バジルは涼しい顔で僕の突きを流した。彼はコルテニウスの指輪を外しているが、それでも充分強い。


「えいやっ!!」

「ふふっ、軽い軽い」


 むぎぎ…!!さっきから僕は攻めまくっているのに、彼は全ていなしている。
 というか、当たっても大したダメージにならず…僕もっと体重増やさないとかなー!

「もう、ヒラヒラと…!!本気出して!」

「嫌です」

 これだよ!!!彼は僕相手には決して攻撃して来ない。僕が女で主人だからだろうけど…その余裕さ腹立つ!!
 僕の売りは素速さだけど、彼は僕より速い。そして筋力も体力も僕を大きく上回る。
 いつも彼は一度も攻撃する事なく、互いに怪我なく勝利するのだ!!剣なら負けないのにい!!


「っと、今のはいい動きですね」

「今の躱すの君!?」

 フェイントを入れても足を引っ掛けようとしても、掴んで投げようとしても全部躱される。
 今だってナイスタイミングで回し蹴りを喰らわせようとしたのに、バジルは下に逃げた!


「おわっ!?」

「チェックメイトです、お嬢様」

 
 逆に足払いをされ、僕の体が宙に舞う。バジルは素速い動きで僕の背中に手を回し、優しく地面に下ろされたと思いきや…首にトンと手刀を当てられる。笑顔で勝利宣言をされ…チクショウ!!!
 あー悔しい。今度剣でボコボコにしてやる!


 彼に手を引かれ立ち上がる。その時…少し離れた所から少那とルシアン、エリゼがこっちを見ているのに気付いた。
 パスカルとジスランも現在試合中、パスカルは防戦一方だけどね。流石、ジスランの動きは他とは段違いだ。武術の授業って、結構生徒間で実力差が激しいんだよね。
 そんなジスランも素手ではバジルには敵わない。凄いでしょう、うちの執事!!



「凄いね…バジル。彼は特殊な戦闘訓練でも受けているの?」

「…さあ…?そもそも、バジルの師匠って誰なんだろう?」

「………言われてみれば。確か幼少期から鍛えているって…まさか独学じゃあるまい…」



 そんな会話が聞こえて来る。サボるなよ君ら…。
 ちなみに…現在の近接格闘の師匠はバティストだ。僕も相手してもらうけど…彼はバジルと同じくらい強い。
 
 で、バジルに格闘の基礎を叩き込み鍛え上げたのは…僕も知らん。小さい頃聞いてみた事はあるが…「おばけです」と言われた。なんじゃそら。


「ねーバジル、本当に体術誰に教わったのさー?」

「え?…亡霊ですよ」

 彼はにっこり笑ってそう言った。
 …マジ?え、あの屋敷…なんか居る?僕は背筋が凍った。



 怖…さ、さて!次は誰に相手してもらおうかな。そう思いキョロキョロしていると、少那が声を掛けて来た。


「あの…よかったら私の相手をしてもらえないかな?」

 もちろん構わないけど…

「少那…顔赤いよ?熱があるんなら…」

「無い無い、全然無いっ!」

 ならいいけど…周囲に誰もいない事を確認して、距離を取って向かい合う。
 礼をして…構えて…うーん、どうすっか。他の皆と違って、少那の実力は分からない。
 いつもなら先手必勝!な僕だけど。まず相手の動きを見るか…と思い誘ってるんだが。


「………………」


 かかって来いや、おい。彼は構えたまま動かない。
 えー、もしかして少那、カウンタータイプ?このままお見合いしてても仕方ないし…行くぞ!!


「わっ!?」

 あれ、止められた…。ひとまず正面から攻めてみたが、普通に腕でガードされた。でも軽く後ろに飛ばされてるし、少那は反応は悪くないけど防御力は無いね!
 
 ならば攻めるのみ!!さっきの疲れも残ってるし、僕の体力が尽きる前に倒す!


「…っ!わわ、わっ!」

「むーん、しぶとい!!」

 少那は僕の攻撃を全て受け止める。守ってばっかりじゃ勝てないぞ!

「……!(タイミングを見て私も攻めないと!でも…ええい!!)」

 
 !!ついに少那が僕に向かって手を伸ばす。でも僕より遅い、余裕で躱せる!
 そう考え、最小限の動きで横に逸れた、つもりだったのだけれど。


 ふにっ


「「……………………」」



 ……余裕で避け切れた筈だった。だが僕は…いつもなら有り得ない、足がもつれてバランスを崩すというミスをしてしまった。
 結果思うように動けず…転倒する事は無かったが…

 少那の手が…僕の胸に、触れた。強く殴られてもいない、押されてもいない。何故か優しく…僕の胸を包んでいる。

「……………」

 あ。少那が…真っ赤になって停止した。チャンス!

「そおい!」

「あぐっ」

 少那の頭に肘を落とす。彼はゆっくりと倒れ…勝った。


「………なんだったんだ、今の…?」

「……知らね」

 ルシアンとエリゼの会話がまた聞こえて来た。
 今のは…まさか。僕がサラシをしていなければ、「きゃー!!少那のエッチ!」くらい言って引っ叩いてやっても良かったかもしれない。
 
 今の現象に一抹の不安を覚えつつ…授業は終了した。





 ※※※

 



 という訳で放課後です。


 教室にはまだ生徒が結構残っているので、僕ら以外いなくなるまで待つ。今日は生徒会もお休みなので、時間はたっぷりある。
 パスカルは朝から怖い顔をしていたが何も言って来なかった。少那の言葉を待っているんだろう…彼が変な事を言わないように祈るばかりだ。


 授業が終わり30分程経って、ようやく誰もいなくなった。今教室には僕とパスカル、少那のみがいる。他の皆は先に帰った。

 僕と少那は自分の席に座り、パスカルは僕の隣、木華の席に座った。
 少那は深呼吸して…真っ直ぐに僕達を見据える。



「……まず、最初から聞いて欲しい。昔話になるけれど…私が見た悪夢の事から……」



 少那はそう前置きをしてから語り始めた。
 幼い頃…箏で起きた事件。後継者争いで…無辜の血が流れた。

 そうか…あの時倒れていたのが、正妃殿下と王太子殿下、そして走り去って行ったのが、後日遺体となって発見されたという女中。
 少那は彼らの死体を足蹴にしながら、血溜まりの中優雅に微笑む母親達を見て。言語に絶する光景に…心に深い傷を負った。

 それが切っ掛けで女性恐怖症になり、今に至る。と…彼は簡潔に、淡々と語ってくれた。


「「………………」」

 思っていたより辛い理由に…僕もパスカルも言葉が出ない。
 僕は体が震えて…無意識に涙が出てきてしまう。少那は今だってなんともない表情をしているけど…本心は。
 あの時…僕に縋り付き吐いた言葉。「置いていかないで、1人にしないで」と。きっとまだ…苦しみの中にいるんだろう。

 
 少那は僕の頭を優しく撫でた後、涙を拭いてくれた。

「泣かないで…優しい貴方。でも、ありがとう。
 私は貴方に救われた。貴方にはその自覚は無いだろうけども。私の心に踏み込んで来てくれて、恐怖を吹っ飛ばしてくれた。
 こうして今も、私の為に涙を流してくれて…ありがとう。私を受け止めてくれてありがとう」

「す、すくなぁ…!」

 彼の穏やかな微笑みに、また涙が溢れてしまう。
 本当に僕が力になれたというのなら、それはたまらなく嬉しい。少那は僕の涙が止まるまで、ずっと手を握ってくれていたのだった。
 パスカルはその様子を複雑そうに見ていたが…何も言わず、待っていてくれた…。





 暫くして、ようやく僕は落ち着いた。あー…泣き虫は大分良くなったと思っていたけど、まだまだみたいね~。


「それで、その…。私は、貴方達に謝罪しなきゃいけなくて…」


 ん?少那は頬を染め、手をもじもじさせた。教室の雰囲気変わったな…おい、何を言う気だ…!?


「……悪夢の中で…ね。私は、セレスが恐怖を消してくれて、幼い私を抱き締めてくれて。その温もりにとても安心して。もっと一緒にいたい、離れたくない。
 セレスが…愛おしくてたまらなくて。そう感じてしまって。えっと…無意識に、唇を重ねてしまいました…。
 い、今は正気に戻ってるけど…!あの時は感情が剥き出しで抑えられなくて、本当にごめんなさい!!」

「んな…っ!あ、あの……僕、は…」

「………!!」


 ついに言いやがった!!言葉と共に、勢いよく頭を下げる少那。
 僕はというと…あれは現実じゃなかったし、意識はしてしまうけど…少那を責める気にはなれない。
 
 ただ…パスカル。彼は…顔を歪めて口を結んでいる。
 ひいぃ…!!違う、浮気じゃない!!しかしなんて言えばいいのか分からず、僕は1人狼狽える。


「…あ!パスカル殿、セレスはちゃんと抵抗していたから!ダメだって、僕達はそういう関係じゃない。僕は君を嫌いになりたくないって言ってたから!
 そんな気持ちを無視してセレスを求めたのは私だ。だから…怒りをぶつけるなら私だけにして欲しい。殴ってくれても構わない、それを私は受け止めるべきだ」
 
「少那…」

 少那のその言葉に…パスカルは俯いた。
 え…まさか泣いている訳ではあるまい。どうしたのか不安になり、僕は席を立ちパスカルに近付いた。瞬間。


「うひゃあ!?」

「………………」

 腕を引っ張られ、膝の上に横向きに乗せられた!?ちょ、おい!!少那も目を丸くしていらっしゃるよ!?
 パスカルは僕の背中とお腹に手を回し、自分に引き寄せた後…はああぁ~……と大きく息を吐いた。
 そうして顔を上げた彼は、いつもの顔に戻っていた。ちょっと呆れたような、でも不機嫌ではない様子。


「はあぁ…その状態の殿下を責める気にはなれません。今は反省していらっしゃるようですし…仕方のない事だったんでしょう。
 ですが、次はありません!こうやってセレスタンに触れて、愛を交わす権利は…俺だけのモノなので」

 何言っちゃってんだこの野郎!!?しかも僕の首に巻かれたスカーフを取り、少那に見せつける!!
 ただその痕を見た少那の反応が…


「え…どうしたのその首!?赤いよ、虫刺され?まさか皮膚病じゃないよね…!?
 だから今日は朝からスカーフ巻いてたんだね、薬は塗った?痛くない…?」

「「…………………」」


 
 少那は……本気だ。これがなんなのか…分かっていない。
 僕達は複雑な心境に陥った。ピュアッピュアな反応に、パスカルもたじろいでいる。

「……あの…自然と消えるから大丈夫です…。なんか…すみません…」

「そうなの?よかったあ…」

 少那は心底安心したように顔を綻ばせた。死にたい。
 でもこれで、話は全て終わりかな?


「あと…魔物に捕まっていた時、セレスと密着してしまって。私すっごいドキドキしたよ…あの時もごめんね」

「それはお互い様だから!!………ひい!!?」

「…………シャーリィ……そういえば、服が溶けて…とか、言ってなかったかい……?」

 パスカルは僕を支える腕に力を込めた。黒い笑顔で僕を見下ろし…いや、あれは不可抗力じゃない!?
 確かに服は溶けていたが全裸じゃなかったし、視界も悪かったから何も見ていない!!と必死に説明した。うっすら見えていたけど。


「そう…(落ち着け…俺。大丈夫だ、彼女の意思じゃ無かったし…うん。ふー…)」

 精神統一するパスカル。そんな彼に…少那が手榴弾をぶち込んだ。



「それでね…それ以来私は、いつもセレスの事を想ってしまうようになった。ある人が言うには…これは恋心なんだって。
 ごめんなさい…私は貴方に、恋をしてしまいました」

「な……!!」

「……………へ?少那が、僕を…好き、って事…?」


 パスカルの体が硬直したのが分かる。対して僕は…思わず聞き返してしまった。
 そんな僕の言葉に、少那は右手で口元を覆った。

「……うん。ごめん、2人が両想いなのは分かっているから。
 その上で…私は貴方を好きになってしまった。でも、想う事だけは許して欲しい…。自分でも、止められないんだ…!」

「う……えっと…あぅ…」

 

 僕は今まで一度も、少那を恋愛対象として見た事は無い。年上だけどちょっと子供っぽくて…失礼だけど弟みたいだな~とすら思っていた。
 そんな彼は今、頬を染めて真剣な顔をして、僕を見つめている。

 その熱を帯びた視線を感じて…初めて、少那を男性として意識してしまった…!!


「……スクナ殿下。セレスタンを想うのは構いませんが…誘惑はしないでいただきたい。彼は俺がすでに将来を約束しています」


 ん!?パスカルは僕の顔を手で覆い、目隠しをする。ちょっと、どういう状況!?
 

「(シャーリィ…!どうしてそんなに嬉しそうな顔をするんだ…?嫌だ…これ以上、スクナ殿下の言葉を聞きたくない、聞かせたくない!!)
 お話は以上ですか?では俺達は失礼します」

「あ…うん、また明日ね」

「わっ、じゃ、じゃあね…少那!」

 パスカルは器用にも僕の目を塞いだまま、片腕だけで僕を持ち上げた。
 少那がどんな顔をしていたのか…僕には見えなかったけど。スタスタとパスカルが歩き出してしまうので、大人しく運ばれる事にする。告白の返事…明日でいいかな…?


 ガッ、ガスッ、ガララ!と…パスカルが足で教室のドアを開ける音が聞こえた。
 廊下に出た時視界は開放されたけど…僕は彼に正面から抱き着くような形で抱えられており、パスカルの表情は見えない。
 廊下にはセレネとヨミが待機していて、出て来た僕達の様子を見て首を傾げた。パスカルはそんな2人も無視して歩く。
 
 
「シャーリィ」

「ん?」

「………スクナ殿下を、選ばないよな?俺もっと頑張るから…君の隣に胸を張って立っていられるよう、努力する。
 君を誰より愛しているのは俺だ。ロッティにも義父上にも義兄上にも負けない。もちろんスクナ殿下にも…それだけは、忘れないで」

「パスカル…」


 廊下を進みながら、彼は不安を滲ませた声でそう言った。
 …馬鹿だなあ。パスカルの首に両腕を回し、僕の想いを告げる。


「僕が好きなのは、パスカルだけだよ。誰でもない…君だけ」

「!!」


 少那の気持ちは嬉しかったけども。それでも…僕は同じ感情を彼に返せない。

 明日、ちゃんとお断りしよう。これからもお友達でいたいって。
 それにしても…少那。僕が女だって気付いた訳じゃないよね…?やはり彼はソッチの人だったのか…。

 
 
 正面玄関までやって来て、パスカルは僕を降ろした。
 僕を向かい合わせに立たせて、両肩に手を置き…物欲しそうな目で見下ろす。

 …!!僕は…彼の制服の裾を掴み。背伸びをして…ゆっくりと2人の顔が近付いたその時。



「…ぼっちゃーん!かーえりーましょー!!」


「「うっぎゃあああっっっ!!!?」」


 すぐ近くからデカい声が聞こえて来て、僕達は飛び上がってビビった!!
 誰…ってジェイル!なんでここに!?


「なんでって…ここで待つよう言ったの自分でしょうが…。オレに気付かず目の前でラブシーン繰り広げよって…はーあ、独身者には目の毒ですわー」

「うぐ…!!」

 恥ずかしい…!んもう、図体デカいくせに存在感無いのどうにかして!!!
 もう帰ろう!!とジェイルの背中をぐいぐい押して歩き出す。

 振り向きパスカルに笑顔で手を振れば、彼も同じく返してくれた。よかった…元気になったみたい。


 それとさっき。将来を約束しているって…その言葉、嬉しかったよ。明確に約束した覚えは無いけどね!





「(…もっと、自分を鍛えよう。ジスランに剣術を、バジルに格闘を教わろう。
 エリゼに魔術を、ロッティに勉強を見てもらおう。
 ルシアン殿下とルネ嬢を、社交とかマナーの参考にさせてもらって…自分を磨こう。
 絶対に…シャーリィは渡さない。誰にも!)」


 僕と別れた後、パスカルは木剣を片手に…ジスランの元に向かうのであった。






 その頃僕はと言うと。


「はあーぁ。旦那様に言っちゃおうかなー。シャルティエラお嬢様ったら、人目も憚らずマクロンと…」

「やっかましい!!!君もとっとと彼女作んなさいよ!!!」

「出会いが無いんですーう!オレも夜会とか参加しまくろうかな…」

「おう行け行け!!」


 そんな風にジェイルと騒ぎながら、タウンハウスへと帰るのであった。




 それにしても、今日の少那の話。亡くなったという王太子…ミコト様って言ってたな。ミコトって、箏じゃよくある名前なのかな…?
 
 気になったので、夕食も終わり自室でまったりしている時に…グラスに聞いてみた。


「グラス。少那が言ってたんだけど、箏の王太子殿下って10年以上前に亡くなってるんだって。
 それでね、グラスと同じ…命っていう名前なんだって」

「へえ…偶然ですね。おれは昔の事は覚えていませんが…」

「……名前は覚えてたんだよね?他に…何か記憶残って無いの?」


 僕の問い掛けに、グラスは顎に手を当て目を閉じ、難しい顔をした。



「……始まりは、遠い国。綺麗な服を着て…沢山の人から愛されていた気がする。
 それが…突然失った、気がする。うーん…なんだか、記憶に靄がかかっているんですよ…。
 お嬢様に出会うまではずっと、帰りたいと思っていた。いや…帰らなきゃいけないって…。
 なんか…甘い香りがして…おれ………えっ、と…」

「あ…!ごめん、無理しないで!?」

 よほど辛い記憶なのか、彼は顔が真っ青だ。大量の汗をかき、よろめいてしまった。
 咄嗟に受け止めてソファーに座らせる。ハンカチで汗を拭い…背中をさする。


「ごめんね、変な事聞いて。今日はもう休んで」

「……はい…すみません…」

 ヨミにお願いして、グラスを部屋まで運んでもらった。ベッドに寝かせて僕達は出て行こうとしたら…微睡むグラスが、何か呟いていた。


「そう、だ…。おれ、逃げなきゃって、思って…。
 船…商人の船に、乗り込んで。とにかく、遠くに行かなきゃって…。
 んで…色々と…荷物に紛れて…この国まで来て。そし、て……」


「………命…?」

「……………」


 穏やかな寝息が聞こえてくる…寝たか。
 逃げるって…何から?いや、誰から…?なんか予想以上に、命も大変な生活をしていたみたいね…。

 静かに扉を閉めると…ヨミが小声で話し掛けて来た。


「グラスなんだけど。触れた時ちょっと調べてみたら…魔術で記憶を封じられているみたいだよ」

「…へ?そうなの…!?」



 詳しい話を聞く為に急いで部屋に戻り、鍵を掛けてから続きを促す。


「うーん…人間にしては高度で厳重な魔術だ。鍵が無ければ決して封印は解けないようになっている」

「鍵…どこにあるか分かる?」

「ううん…そもそも鍵と言っても、扉とかの通常の鍵じゃないと思う。どんな形かも分からないけど。
 他の方法で無理矢理こじ開けようとしたら…グラスの精神か記憶が壊れるよ」

 そんな…。
 どうにかして鍵を見つけないと!と言ってもヒントが無さすぎる!!どうしたもんか…と頭を抱えていたら。


 ふと…思い出さないほうがいいのかな?と考えてしまった。


 封じられるという事は…忘れたほうがいい記憶なのかもしれない。
 今の命…グラスが幸せならば。そっとしておくべきなのかな…?分からない…。


「…いや。僕が決めていい問題じゃないよね…。
 明日、グラスに全部話そう。その上で彼も記憶を取り戻したいと願うのなら…全力で手伝おう!」


 そう決意した僕は、布団に潜り目を閉じる。
 しかし忙しい1日だった…。少那の告白には驚いたけど、逃げるように帰っちゃったし。明日…ちゃんと話そう。
 そんで…グラスにも話をして…ああ、明日も大変そうだなあ、と思いながら。
 僕は夢の世界に旅立つのでした…ぐう。
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