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番外編

もしもその手を取れたなら。

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「ベティ!今夜は流星群が見れるらしい、行こう!」

 そう言って私に弾ける笑顔を向けて、手を差し伸べてくださる男性。ルシアン・クーブラット様だ。


 私はこの方に密かに懸想している。始まりはいつだったか、もう思い出せないけれど。


 私の祖国、セフテンスはグランツ皇国に吸収された。それを嘆くつもりはない、多くの人が救われたのだから。
 私は最後の王族だ。正確にはヴィルヘルミーナお姉様の息子、セドリックもいるけれど。彼はもうラウルスペード公子なのだ。


 だから…王族の罪は、私が全て背負う。そう決意して求められるがままにルシアン様の秘書となった。どのような扱いを受けても構わない、そう覚悟していたのに。

 彼はまず休むのが仕事だと言った。ラウルスペード家でお世話になって沢山食べて、いっぱい寝て。疲れを癒やして…話はそれからだ、と。ルシアン様だけでなく、ご友人も皇室の方々も。
 そんな事…許されるのでしょうか。私だけ、ぬくぬくと…守られて…なんて。そう思いタウンハウスを脱走。仕事を求めてセフテンスに向かおうとしたが…


「姫が脱走ー!!総員追えーーー!!!」

「きゃーーーっ!!?」

 フェイテと精霊達に捕まった。そのまま豪華な客間に連行されて、連絡を受けたシャーリィさんが帰宅…ひいい…!

「へっへっへっ…堕落させて、働く気を失くしてやるぜえ…!!」

 美味しいお茶にお菓子、綺麗なドレス。モニクに肌や髪の毛のお手入れもしてもらって…ああ…駄目になってしまうぅ…!
 更には滑らかボディの地の精霊様に背を預けて昼寝させられる。ふああ…!!だ、だめえ…!

「ふははは!!アロマ攻撃を喰らえい!」

「優雅な音楽攻撃もしておくわね!」

「では私は足揉み攻撃を…ついでにホットアイマスクも!」

「あああ…いやあぁん…!」

「…楽しそうだな、其方ら」

 あふん。すっかり駄目人間になりかけていたら…遊びに来たルシアン様に見られてしまった。死にたい。

 まあそんなこんなで…皆様には大変よくしていただいた。いずれ皆学園を卒業されて、私も本格的に秘書として働く。頑張ろう…!


 だ・が!!!


「こーーーらーーー!!!ルシアン様、なんですかこのナマコは!?」

「あ、いや…あの。か…可愛くないか…?」

「まあ…はい。じゃなくて!!どうして寝室にびっしりいるんですか!!?」

「いやあ…ペット用に厳選しようと思って…」

「外でやってください!!!」


 ルシアン様はたまに突拍子も無い行動をする。仕事を抜け出す事もしばしば、世話が焼ける!
 ただ…そんな姿を可愛らしい、と思ってしまう自分もいる。どうしてかしら?今も一緒にナマコを捕まえて、砂浜でどの子が一番可愛いか調べている。楽しい。

 お姉様やお父様の尻拭いをする時は「もう嫌だ」「死にたい」「みんな嫌い!」「逃げたい」「でも国の為…!」「ふざけんな」という事しか考えられなかった。
 それが今は…次はどうやって捕まえてやろうか。彼とお仕事をするのが楽しい。お側で…貴方の側にずっといたい。そう願うようになった。


 私は公爵家でお世話になっていた頃、夜1人では安眠出来なかった。いつもシャーリィさんやロッティさんが一緒に寝てくれて…今後眠れるかしら…と不安だった。

 予感は的中し、毎晩悪夢に魘されるようになった。家族や助けられなかった人々が…お前だけ幸せになるなど許さない…!と追い掛けて来るのだ。
 私は真っ暗な空間を必死に逃げる。少しでも足を緩めてしまえば、恐らく囚われてもう戻れない。だから…ごめんなさい、ごめんなさい…!と泣き叫びながら走る。

 追い詰められて、その手が私に届く…!という所で毎回目が覚める。心臓は激しく鼓動し、身体は熱く頭は冷え切っていて。両手は震えて全身で汗をかく…そんな毎日。
 しかし忙しいルシアン様に相談出来るはずもなく。公爵家にもこれ以上迷惑を掛けられず…なんでもない振りをした。

 
 ついに私は仕事中に倒れてしまった。
 気を失った私はいつものように必死に逃げていた。だが…突然視界が開けて、美しい花畑に立っていたのだ。振り向けば怨霊達は消え去り、穏やかな風が吹いている。呆然とする私に…何処からともなく現れたルシアン様が近寄って来た。

 そうして無言で私を抱き締める。彼の体温に…私は安心して涙が溢れてしまった…。これは夢だから…いいよね?そう自分に言い聞かせて、彼の背中に手を回した。ずっとこうしていたい…!


「…殿下ー、何やってるんですか?眠っている女性に…」

「な、何もしてないっ!魘されていたから…額の汗を拭いて、頭を撫でて…ちょっとハグしただけ。そしたら彼女が…」

「そんでその羨ましい体勢ですか。代わりましょうか?」キリッ

「断る!!ハーヴェイ卿は仕事に戻……」

「「………………」」

「……ルシ…ン…さ、…」


 不思議な事にその日以降、悪夢を見る事がなくなった。きっと、夢の中で私が救われたからでしょう。



 ルシアン様が侯爵となられてから…彼は私を「ベティ」と呼ぶようになった。
 セフテンスの王族にとって、ミドルネームは伴侶にしか呼ばせない。その為周囲は私達が婚約関係にあると勘違いしてしまって…。彼はそれを知っているのだろうか?もし、そうなら…。

 いや、違うでしょう。きっとそのほうが呼びやすいからよね。
 …確かめて、本当の意味を知ったら。きっと彼は今までのように「ペトロニーユ」と呼ぶでしょう。それは…


 勘違いで、いいから。もう立場上王族では無いのだから。王族の文化などどうでもいいから。
 貴方にベティと呼ばれる度に。私は愛されている錯覚に陥る。それは…なんとも愚かで、痛い姿だろう。



「大変だ、うらしまが産卵する!!どうしよう…!えーと、お産にはお湯を沸かすんだっけか!?」

「茹でる気ですか!?人間じゃないんですから、自然に任せましょう」

 あれは私が…20歳の頃かな?ルシアン様は大慌てで、出産に立ち会う!!と準備をした。何故か私も巻き込んで。
 ウミガメの産卵は夜中だから、毛布に包まって温かい飲み物も用意して、並んで座り砂浜で待つ。私は何をしているのかしら…?

「寒くないか?もう少しこっちに寄りなさい」

「あ…」

 腕を掴まれ引き寄せられ、私はルシアン様の腕の中に収まってしまった。抵抗したが「風邪をひいてしまうぞ」と言って離してくれなかった。
 寒いどころか…熱いくらいです…!彼の体温を、鼓動を感じて…私の胸は高鳴るばかり。このドキドキしているのは、私?それとも…。

 い、いいえ!もし仮に私を好いてくれているならば!もうちょっと狼狽えるはず…本当に寒いだけなんでしょう!そう考えて、なんとか勘違いしないよう自分を律する。
 でも…今だけは。こうして抱き合って…まるで恋人同士のように振る舞っていたい…。

 この時彼が耳まで赤くしていた事に、私は気付かなかった。


 その後うらしまは無事産卵。ルシアン様は卵の半径50mを立入禁止区域に…広すぎます!!

「ううう…ウミガメの赤子は、数千匹に1匹しか成長しないのだろう?皆、健やかに育ってくれ…!」

 卵が孵った後、彼は泣きながら海に向かってハンカチを振っていた。

「うらしまってメスだったの!?おとひめにすればよかった!」

「なあ、すぷーんがオレの頭をガンガン叩いてくるんだけど…」

 その時は、遊びに来たシャーリィさんとエリゼ様も一緒に振っていた。誘われるがままに私も…側から見れば、海に別れを告げる不審者4人組じゃないかしら?

「それが幻のかにミソ拳だ!巨大なハサミで敵を叩き潰し、挟めば岩をも砕くのだ」

「昔揶揄ったの根に持ちすぎだろコイツ!!」
 
 彼ら3人は親友同士で、普段からこうして軽口を叩き合っている。羨ましい…なあ…。私もルシアン様と…と考えて頭を振る。
 そんな事を望む資格は私には無い!クソッタレな王族の血を引く私は…幸せになるなど、夢を見る事すら烏滸がましい!!



 ※※※



 忙しい日々を過ごしていると、時間が経つのもあっという間。
 ルシアン様は今年で24歳になられるけど…未だに結婚どころか婚約者もいらっしゃらない。こんなに素敵な男性なのに。
 どうして陛下も何も仰らないのかしら?ご兄弟もご友人も、婚約者が学生だというエリゼ様以外すでに結婚済み。お子様だっていらっしゃる。

 しかも…何故か一切の婚約話が入って来ないのだ。秘書という立場上、彼への手紙もチェックしたりする。プライベートの物は読まないけれど…お見合いっぽい通知は見た事がない。

 私はルシアン様のパートナーとして夜会に参加する事がある。その時も…彼に親しげに話し掛けて来る女性は、いつものメンバーだけ。


「ルシアン様、お久しぶりですわ」

「ルネ、オスワルド、久しぶりだな。育児は大変だろう、身体は大事ないか?」

「ええ、大丈夫ですわ。エラちゃんが「先輩お母さんとして相談乗るよ!」とよく遊びに来てくださいますの」

 ルネさんはそう笑った。お母さん…かあ。私もいつか、母となれるだろうか。そう考えると…ふいに、家族を思い浮かべてしまった…。

「…!?ど、どうなさいましたのペレちゃん!?」

「え…ベティ!?」

「足でも挫かれましたか!?」

 ルシアン様、ルネさん、そしてオスワルド様が私を見て驚きの声を上げる。自分でも気付かないうちに…涙を流していた。

 ルシアン様に庇われるように移動、人気の無い庭までやって来た。なんてお見苦しい姿を…!ただ彼は私を責めもせず、優しく肩を抱いてくださった。その温もりに…自然と口を開いてしまう。


「…ヴィルヘルミーナお姉様は、セドリックを産んで…亡くなりました。あの人は大勢の人生を狂わせた大罪人。穏やかな最期を迎えただけでも、充分過ぎる待遇でした。それ…で…。
 それでも…私の家族は皆亡くなったり、今頃大変な思いをしているのに。私だけ…こんなに、毎日が充実していて。
 彼らは自業自得だと分かっていますけど。私も…同罪なはずなんです…それなのに。
 いつか愛する人と結婚して、母になって。そんな未来を…夢見る資格なんて、無いのに…!」

「ベティ…」


 しかも夢では貴方が旦那様だなんて…言えるはずがない…。


「…其方が、望んでくれるなら。…私と、こん…」

「……え…?」

「……外は冷える、もう帰ろうか」

 貴方はそう言って、私の手を引いて歩き出す。彼の手をぎゅっと握り、背中を見上げる。表情は見えないけれど、薄っすら頬が染まって見えるのは…気のせいですか?


 ねえ、ルシアン様。今の言葉は…どういう意味ですか?
 貴方も私と同じ気持ちだと…自惚れてもいいですか?

 ベティは…貴方が好きです。好き…大好きです。

 それでも私と貴方は住む世界が違います…だから。
 もしも友好国の皇子と王女として出会ったなら。この気持ちを素直に告げる事が出来たのでしょうか?私は、そう考えずにはいられないのです…。




 ※※※




「ペレちゃんはさ、好きな人…いないの?」

「好きな人、ですか…」

 シャーリィさんが私に訊ねる。ここはクーブラットの城、ラサーニュ夫妻のお部屋。コーデリアちゃんとパトリシアちゃんを寝かしつけながらの事。

「…います。でも…告げる資格はありません」

「……………」

 シャーリィさんは無言で私の腕を引っ張りベッドに座らせ、にっこり笑ってくださった。

「実はわたし達って結構似てるんだよね!」

 似てる…?私の疑問をよそに、彼女は続ける。
 それは以前聞いた、シャーリィさんの過去。彼女の実父は犯罪を重ねて、ついに裁きを受けた。シャーリィさんは、自分達も同罪だと覚悟を決めていたらしい。

「もちろん国を背負っていた分、君のほうが重責だったと思うけど。
 あの時わたしは…裁かれた後、ロッティとバジルとサバイバル生活しようかなって計画してたんだ」

「そうなんで…何故サバイバルを?」

「………なんで…だろうね?」

 私に聞かれても…。
 けれど彼女は結果的に公女となり、現在は旦那様に愛されて幸せに暮らしている。境遇は似ているかも…しれないけれど。私なんかとは…全然違うわ。

「シャーリィさんは…精霊姫とまで呼ばれて、皇国に大きく貢献しているじゃないですか…。
 私なんて、なんの力も無い女です。なのに…」

「……わたしが精霊姫なんて呼ばれているのも、ただの運だよ?」

 え?俯いていた顔を上げ、シャーリィさんと目を合わせる。その表情は…いつもの朗らかさは無く、落ち着いた大人の女性だった。


「わたしは幼い頃、1人の最上級精霊に見初められた。として。
 恐らくペレちゃんだってわたしと同じ行動をしたでしょう。その場合、今頃精霊姫と呼ばれているのは貴女だったはず。
 わたしの功績は全て運によるもの。最上級精霊に好かれて、沢山の友人に恵まれて、ぜ…(前世の記憶…は言えないね)んん…っ。まあ、剣術だけは自身の努力の結果だって胸を張って言えるよ!」

 彼女はそう言って、私の手を取って立ち上がった。そのまま窓に向かい開け放ち…2人で海を眺める。


「でも貴女は違う。自分1人で戦い、耐えて来た。その結果、皇国の救助が間に合って多くの民を救う事が出来た。全ての…ではないけれど。
 誇り高きセフテンスの王女、ペトロニーユ・ベティ・セフテンス。わたしは貴女の幸せを心の底より願います。貴女を尊敬する者として、同胞として…友として…ね」

 シャーリィさんは跪き、微笑んで私の手を取り甲にキスを落とした。貴女が男性だったら、どれだけの女性を虜にしてしまうのかしら?かなりドキッとした。


「…わたしさ。自分は可哀想な人間です、親のせいで苦労しています。そう…まるで自分は悲劇のヒロインです、なんて思っていた時期もあったよ」


 その言葉に…私は一瞬呼吸も忘れる衝撃を受けた。何故なら…


「……私も…です…。私は家族に迷惑を掛けられている…民の為に頑張っている、可哀想な女です。そう…誰かに、言いたかった…」

「うん。でもそんなの、他の人には関係無いんだよね」

 シャーリィさんは自嘲気味に笑い、またベッドに腰掛ける。私もフラフラと隣に…。

「恥ずかしいよね…とてもじゃないが、仲間以外には言えないよこんなん。墓場まで持って行こうね…」

「……はいぃ…」

 揃って両手で顔を覆い、イタイけな少女だった自分達を想う。グッバイ黒歴史。


「…知ってる?ルシアンがこの地の人々に認められたのって…貴女の存在も大きいんだよ?」

「え…?」

「ずっと頑張ってきた貴女を皆知ってるんだよ。そんな貴女が笑顔でルシアンの隣にいてくれるから。
 この人なら王女様を幸せにしてくれる、私達を守ってくださる!って確信したんだって。もしルシアンがペレちゃんを泣かせたら、領民から袋叩きにされちゃうよ」

「うそ……」

 ほんとだよ。と彼女は笑う。それが本当ならば。私は…幸せな未来を…願っても、いいのでしょうか…?

 そう言葉には出来なかったが…シャーリィさんは優しく私を抱き締めてくれた。

「過去を悔やむ気持ちは分かるけど、それで今生きている貴女が犠牲になる事は駄目。
 貴女は誰よりも傷付いて苦しんで、歯を食いしばって頑張った。だから…誰よりも、幸せになって欲しい。
 幸せを求めるのはね、生き物全ての権利なんだから。ね」

「……はい…!」




 その日から、ルシアン様の態度が変わった。
 お優しいのは相変わらずだけど…甘くなったと言うか。以前から私に対して距離は近かったけど、間に見えない壁のような物があった。それが無くなったような?しかも明らかに私だけ特別扱いしてくださるのだ。

 シャーリィさんと話をして私は…ルシアン様に告白をしようと決意した。許されるのであれば、あの方と…一緒に生きたい。
 でも彼は優しいから…断れなくて困ったように笑ってしまうかもしれない。その時は…逃げよう。そしてラサーニュ家で雇ってもらおう!


 タイミングを窺っていたら…庭で花を真剣に見つめるルシアン様を発見した。
 爽やかな風が吹く夏の午後。花壇を背景に告白…悪くない。周囲に誰もいないのを確認し…一歩踏み出した、その時。

 グラニエ男爵の妹、ジェシカ様がやって来た。私は思わず隠れて…なんとか会話を聞こうと耳を澄ませる。どうやらルシアン様に会いに来ただけらしい。
 ジェシカ様は18歳。私なんかより…美しくて若くて、スタイルもよくて…ルシアン様とよくお似合いだと思ってしまう…。


「………ルシアン様…」


 貴方も…そう思いますか?やはり普段私に優しくしてくださるのは、ただの秘書だからですか?
「そうだ」と言われるのが怖くて…確認する事も出来ない。結局告白も出来ず…静かに部屋に戻った。



 ※※※



 次の日、シャーリィさんも参加する会議がある。終わったらちょっと相談に乗ってもらおう。パスカル様と大恋愛をしている彼女なら、きっといい答えをくれるはず!

 会議終了後。ルシアン様はグラニエ男爵に呼び止められて…会議室に2人きりで残ってしまった。
 もしかしてジェシカ様との婚約について…!?気になるけど聞き耳立てるなんて、はしたない真似出来ないわ…と思っていたら。

「お…聞こえるぞう…!」

 してる。シャーリィさんが…扉に限界まで頭をくっ付けている…!!しかも私に「聞かないの?」と……聞きますとも!!ベネディクト卿やハーヴェイ卿、騎士の視線が痛いが…ふんふん…


 そこで聞こえて来た会話に、思わず呆然としてしまった。まさか男爵が…そこまで非道な事をしようとしてたなんて…!シャーリィさんは眉を顰めて…もしかして、知ってたのかしら?それに、私を妻にする予定だった?それは……嫌…だな…。

 男爵を嫌いな訳ではないけれど。無実の人々を殺そうとしていた、そんな人に嫁ぐなら…死んだほうがマシだと今なら言える。
 もしも革命が成功していたら。その時私はどうしていたのだろう。大人しく妻になった?それとも…処刑を選んでいた?もしくは…


 と考えていたら。ルシアン様の言葉に、全部吹っ飛んで行ってしまった。


『私は…彼女を妻として迎えたいと願っているんだ。亡国の王女とか関係無い。私はペトロニーユ・ベティ・セフテンスという女性を愛している!』

「「…………!!」」

 聞き間違い、かしら?

『私はささやかな贈り物を喜んでくれて!仕事から逃げ回る私を追い掛けてくれて!一生懸命仕事に打ち込む…優しい笑顔のベティが好きなんだ!』

 聞き間違いじゃなかった。え…え。
 動けずにいたら…隣でシャーリィさんがハッとして扉から離れた。私はくっ付いたまま…次の瞬間。

 勢いよく開き、私は前のめりに倒れる。しかし何か温かいものに抱き止められ…顔を上げれば。目を丸くするルシアン様が………!!!


「……ご、ごめんなさ~~~い!!!」

「え、えーーーっ!!?」

「「「えええーーーっ!!?」」」

 急激に顔に熱が集中し、限界を迎えた私は逃げた。彼と騎士達、シャーリィさんの絶叫も無視して走った。
 だって…どんな顔をすればいいのよ…!?



 行き着いたのは海岸。ルシアン様と並んで産卵を見届け、手を繋いで流星群を眺めた思い出の場所。

 服が汚れるのも構わず座り込み…先程の出来事を思い出す。


 彼が…私を好き?私以外娶る気は無いって…これは夢かしら?頬をぎゅううっとつねると痛い。夢じゃなかった。

「…………~~~~~!!?」

 両手で頬を冷やそうにも、全然熱は引いてくれない。まさか、そこまで想ってくださっていたなんて…!!嬉しいはずなのに…何故逃げた私!?

「今すぐ戻って…!いや今更!!どうしよう…嫌われてしまったかしら…!?」

 頭を抱えて唸っていたら、背中にモフモフした何かが座り込む。そう、ぺんてんちゃんだ。彼?のお腹に背中を預けて…少し冷静になれた。改めてなんて告白しようか考える。

「好きです!捻りがないな…。
 私をお嫁さんにしてください!…ちょっと子供っぽいかな?
 いっそポエム風に…嗚呼ルシアン様。貴方との出会いは神がもたらした奇跡なのです…うん無理。
 お互いに相手もいないし、結婚しちゃいます!?…アホかっ!!」



「……シンプルな言葉は純粋に嬉しいぞ。
 お嫁さんに、と言われるのは男の憧れでもあるなあ。
 ポエムは…ちょっと勉強してくるから待っててくれないか?
 私はともかく、其方に好意を寄せる男は多い。なのですぐにでも結婚したいのだが…」

「まっさかー!私なんて告白された事も無いですもん!」

「それは私が常に睨んでいるからだ。其方は特に騎士達から熱い視線を向けられているぞ」

 いやあ…でも私はやっぱりルシアン様が……今…誰と会話してる…の…?

 そろ~っと後ろを向けばモフモフお腹。ゆっくりと視線を上に…
 ぺんてんちゃんの頭に顎を乗せる…ニコニコ顔のルシアン様が……!!!

「きゃーーーーーっ!!?」

「傷付く…」

 咄嗟に逃げようも、腰が抜けて立てない!そうこうしているうちに彼は私の隣に座った。
 そして…私の手を取り指を絡めて、肩を抱き寄せられ正面を向かされた。


「……でもやっぱり、私から言わせて欲しい。
 ペトロニーユ・ベティ・セフテンス様。私は…其方を愛しています。
 其方の笑顔を、ずっと隣で見ていたい…そう願っています。
 だからどうか…私、ルシアン・クーブラットと結婚していただけませんか…?」


 ルシアン様は…頬を紅潮させて、私の目を真っ直ぐ見て言ってくださった。きっと私は彼以上に真っ赤だろう…だって、すごく嬉しい…!

「……はい!愛しています、ルシアン様!!」

 これ以上顔を見るのが恥ずかしくて、私は彼に抱きついた。彼も背中に手を回して、力強く抱き締めてくれた。
 ずっとこうしていたかったけど…遠くからシャーリィさんの声が聞こえる。名残惜しいが身体を離し、暫く見つめ合い…互いに顔を近付けキスをした。


「ふふ…さあ行こう、ベティ。まずはシャーリィに報告してあげないとな」

 彼は穏やかに微笑みながら手を差し出した。以前はこの手を取る資格なんて無いと思っていたけど…

「はい、行きましょう!」

 そっと重ねて立ち上がる。これから先、大変な道になるかもしれない。
 それでも…この温もりがあれば、どんな困難も乗り越えられる!私はそう思うのです…




「あ、それと。実は…さっきのが初めてのキスではないぞ?」

「……………へ?」

 彼が目を逸らしながらそう言った。いや…少なくとも私は、ファーストキスでしたよ???

「…其方、倒れた事あるだろう?それで…介抱していたら。
 私の頭と背中に手を回して…其方から唇を重ねてきたんだ。寝惚けてたんだろうけど」

「……………………」

「離れないと!と思ったんだけど…何度も私の名前を呼び「側にいて」「離れないで」と懇願する姿が可愛くて。ついそのまま…あっ!!?」

「い…いやああああああーーーっっっ!!?」


 いやあ、ぎゃああぁーーーっ!!痴女か、私はぁーーー!!!

 私は絶叫しながら逃げ回った。後ろからルシアン様、シャーリィさん、騎士達が追い掛けて来るも…全力で走った。


 結局力尽きて捕まり、ルシアン様に抱かれて城に帰る。恥ずかしい…穴があったら入りたい…。そう呟いたら、地の精霊様が穴を掘ってくれた。私は放心状態で埋まった。


「待って晒し首みたいになっとる!!ルシアン写真撮ってる場合じゃないよ!?」

「記念すべきクーブラット夫妻の第一歩だ」カシャカシャッ!

 更に面白がったルシアン様も穴を掘ってもらい…私達は並んで晒し首に。何これ…?


 なんだか先が思いやられるけれど。
 それでも私は…やっぱりこの人と生涯を共にしたい。そう願わずにはいられないのです。


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