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第1章

それぞれの道

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ふう、王都でやるべき事は終わった…後は帰るのみ!
王宮の皆様に「お世話になりました」と何度もお礼を言って、クリスティーナ様とはまた遊ぶ約束をして。
アガット様やオースティン様とも別れを惜しんで。グレンヴィル卿も…お見送りに来てくれた。さよ~なら~。


なんだが。帰る前に、寄り道をば。

「エルム、ちょっと銀行に行ってもいいですか?」

「もちろん構わないが…預けてたのか?」

「ええ、師匠が」

ちょいちょいお金使ってるから、ここいらで9999枚に補充しときたい。
しかし眞凛も、銀行にどんだけ預けてるのか把握してないんだよね。これでカラだったら、根性で次元超えて篠宮家の墓蹴っ飛ばしに行ってやる。



馬車の進行を変え銀行に到着。古いけどとても大きい建物だ。
受付には1人で向かい、キャッシュカードを取り出す。「ご本人様以外使えません」って言われたらどうしよう?

「はい、ではこちらにカードをかざしてください」

こうかな?カウンターに長方形の、薄い石板が置かれた。魔導具かな…真ん中に丸が描かれているので、その上に置いてみた。
ブウゥン…と一瞬淡く光る。反応の意味が分からず、内心冷や汗止まんない。読み込み中、って事よね?


「……はい、大丈夫です。えーっと………え゛っ」

「?」

受付のお姉さんが、カウンター内で変な声を出して硬直した。何…使えるん、だよね?

お姉さんが復活したのは、たっぷり3分後。


「お…お客様。その…全て持ち帰ります、か?」

「いえ、必要な分だけ。………いくら貯金されてます…?」

お姉さんは…スッと別の石板を私に向かって差し出す。ほう、文字が浮かんでいるな…どれ…。



『残高
 白金貨 18120枚
 金貨  766枚
 銀貨  3872枚
 銅貨  495枚』


「「……………………」」



これは…違う。誤解です。


「私は怪しい者ではございません…」


眞凛…あなたね。経済をここでストップさせてんじゃねえわ…。




ええーい!!!金は天下の回りもの、ガンガン使わなきゃ!!!
つか領地や爵位も余裕で買えるぞこの貯金額!!
そうだ…いっそ店や会社を買っちゃう!?…上手くいったら資金増えちゃうじゃん!!!


…どこかに寄付するか。孤児院とか病院とか…匿名でね。目立つのは嫌だけど、苦しんでいる人を少しでも救えれば…。
よーし、私はこの世界であしながおじさんになるぞ!!でも…。

「何を1人でブツブツ言っているんだ?」

「エルム…」

そうだ…彼に相談だ。走る馬車の中、私とエルムしかいない。カルジェナイト様は外を飛んでいると思う。
ずっと封印されてたから、たまにめいっぱい羽を伸ばしたいようだ。


「あのですね、師匠が桁外れにお金を遺してくれたんですが…私には使い途が無いんです。だから寄付しようと思ってるんですが…」

「ですが?」

「…例えば孤児院に寄付して。その院が劣悪な環境で…子供を乱雑に扱って、大人が私腹を肥やしていたら?寄付金も、全て使い込まれてしまったら…そう考えてしまって。
じゃあ現物支給?でも本当に必要な物とズレてたら…思考にキリがなくて…。
そもそも私が出しゃばって、その地域を治める貴族に喧嘩売ってないか?とか」

「…………………」

考え過ぎだよね?でも…うーん。
…ん?右手で顔を覆って考え込んでいたら、その手をエルムに取られた…?


「…お前は偉いな、そんな事まで気に掛けて。大半の貴族は…「慈善活動をした」という結果が全てだから、適当に寄付なりなんなりして終わりなのに。
ちゃんと…他人の人生を考えて。優しいんだな」

「そ…そんな、大層なものでは…」

ほら…よく眞凛が読んでた漫画とかで、そういう設定があったから。
でもエルムは本気で私を、聖女かなんかと思ってる…?こりゃまずいぞ。

「私はそんなんじゃありませんっ!」

「(そりゃあ…は自分で「いい人」なんて言わないだろ)そうか。…資金が潤沢なら、人を雇えばいい」

「人、を?」

「ああ。例えば捜査官。
その者にまず、困窮している自治体や団体を調べさせて。運営に問題が無いか…不正は無いか。そして必要に応じた額を寄付。
異常が見つかったら領地の責任者、場合によっては国に報告。全て、やらせればいい」

「なるほど…」

でも捜査官1人じゃ無理よね。5人くらいかな…?
もしも不正を告発できれば、国から報奨金が貰えるだろうから…とエルムは教えてくれた。

「じゃあまず、どこからにする?ブロウラン領か、王都か…」

「え、ブロウランもですか!?」

「なんだ、助けてくれないのか?」

「そういう訳ではっ!!ただ…公爵閣下、エドワード様の統治に問題は…」

「父上の目の届かんところはいくらでもある。だから…未来の公爵夫人として、領地を見てみないか?」

エルムはニッと笑い、私の右手に口付けた。
んもう…じゃあ、やったるわい…!!


「やるぞっ!!あしながおじさん計画始動だー!!!」

「(どこから足の長いおじさんが…?)」



まあ私は提案しただけですが!!
エルムが公爵様に計画を話してくれて。
公爵様が了承して、人を雇ってくれて。
捜査が始まって……と。


私がお金持ちと言っても、王国全てに寄付はできない。だから…身近な所と王都…と。
ティアニー領も…対象にした。念の為ね。
それ以外は、凶作や災害に見舞われた場所に寄付をしたり。そうやって資金を減らしていこう。


まあ全部匿名だけどね!ふふん、眞凛の重課金が国の役に立つとは…人生何があるか分からんね!!




そっちはお金だけ払って、人に丸投げして。
私は魔法の腕を磨いて…多少は貴族としての教育を受けて。
旅行に行ったり、森でのんびり…。

たまに『ギャラリー』を覗いて、こんな事あったな~!って思い出したり。



忙しい日々は、あっという間に過ぎ去っていく。




 ***




時間は少し遡り…セレストが王宮のパーティーにて、自身とドラゴンのお披露目をした日の深夜。


「クソッ!!!!」

ティアニー伯爵はドスドスと屋敷の廊下を歩く。

「あなた、おかえりなさい…どうなさったの?」

不機嫌さを隠そうともせず、使用人は怯えるばかり。
伯爵が上着をソファーに叩き付けると、夫人が心配そうに声を掛ける。


「ああ…聞いてくれ、悪魔が生きていたんだ…!!」

「悪魔…?」

夫人は使用人を全て下げ、ソファーに座り項垂れる伯爵に寄り添った。


「そうだ、私と君を引き裂いた悪魔の娘だ!!くそっ、あの傭兵…!!あいつもブロウラン騎士団の鎧を着ていた!!」

伯爵はガリガリと親指の爪を齧る。


このままでは…!
もしもあの娘が、出自を公表したら?伯爵家に待っているのは破滅だ、調べればすぐに血縁関係は判明するだろう。
しかもなんだ、あの魔法は!!母親を連想させる…いいやそれ以上だろう。
ドラゴンの巫女?王子とも親しい?公爵令息の婚約者?更にロイヤルナイトとも親しげに言葉を交わしていた。
一目で分かる、最高級のドレスに宝石…おおよそ令嬢が望むものは、全て手に入れていた。


「何故だ…私は認めない!!」

「あなた…落ち着きましょう」

夫人の言葉も届いていないのか、伯爵は頭を掻き毟る。

「どうしてだ…何故だぁ…!これからは、平穏な生活が送れると思ったのに…!思いがけずあの女が死に、やっと幸せになれると…うううぅ…!!」

「あなた…」

今度は両手で顔を覆い、悲劇を嘆くように涙を流す。
その光景だけ見れば彼らは、理不尽に襲われた被害者に見えるだろう。

最愛の妻と愛しい娘に囲まれた生活…それを脅かされた、と。



その時…夫婦の寝室に近付く小さな足音。

「パパ帰ってきたのかなっ。パーティーのお話聞かせてもーらおっと!」

何も知らないルージュは、にこにこと笑いながら扉に手を掛けた。


「パ…」

「あぁ…なんて可哀想なルージュ…!」

「………え?」

ルージュは薄く扉を開けて…固まった。



可哀想。可哀想…。



 あの子、お父さんがいないんだって。
 なんでもお母さんがお貴族様の目に留まって、乱暴されてできた子なんだって。
 まあ…なんて可哀想な子かしら。
 可哀想な子。哀れな私生児。誰にも望まれなかった娘。

 可哀想。不幸な子。



それはルージュがこの伯爵家に来る前…市井で暮らしていた時、散々耳にした言葉だった。


「違う、わたしは可哀想な子なんかじゃない。だってパパは、何度も会いに来てくれてたもん。
毎回綺麗な洋服や美味しい食べ物、お金を置いていってくれて。わたしとママをぎゅってしてくれてた…」

なのに。どうしてそのパパが…自分を「可哀想」などと言うのだろう。ルージュは混乱していた。


「そうだ…あの娘が、ルージュの全てを奪ったのだ…!!」

「あなた、待って!どういう事?娘って…家出したという、セレスト様?」

「違う、家出じゃない!!逃げたんだ…ルージュの全てを持って!!!」

「何を言っているの…!?」

どうやら夫人は何も知らなかったようで、夫の豹変ぶりに狼狽している。
会った事もないはずのルージュの、何を奪うと言うのだろう。夫人は初めて、伯爵に恐怖心を抱いた。


「そうだ…!!
膨大な魔力も!!公爵令息の婚約者という地位も!!ドラゴンの巫女も、財産も全部全部!!
ルージュのものだ、悪魔の娘が持っていていいものではない!!」

「あ…あなた…」

まともな人間であれば、彼の言動がいかに狂っているか分かるだろう。
夫人はソファーから腰を上げ、距離を取った。その間も伯爵は、呪詛のようにセレストを貶し続ける。



それを聞いていたルージュは。


「…セレスト様?あ…あの可愛い帽子の子?が…わたしを可哀想な子にした?」

ルージュの魔力は微々たるもので、無いよりマシ程度。有るか無いかなら間違いなく有るが、限りなく0に近いもの。
それでも努力をすれば、簡単な魔法くらい使えるかもしれないが…。



「本当はわたし…たくさんの魔力を持ってるの…!?それに、公爵令息様の婚約者だったんだ…。
伝説のドラゴンもわたしのもの?すごい…!」

ルージュは恍惚とした表情で、狂った父親を見つめる。
ただそれらは全て…セレストが奪った、と本気で信じてしまった。


「……だめよ、取り返さなきゃ…!
でもどうすれば?あの子に返して!って言ってみる?」


でも返してくれるかな?わたしだったら返さない。
ルージュは伯爵同様に爪を齧りながら、踵を返してゆっくりと部屋に戻って行った。


ベッドに仰向けに倒れ、焦点の合っていない目で天蓋を見つめる。


「考えなきゃ、取り戻す方法を。
わたしの…わたしのわたしの!!大切なもの全部!!!」

右手を顔の上に持ってきて、手の平をぽうっ…と魔法で光らせてみる。彼女の現状では、これが限界。


「本当の私はこんなものじゃない。きっと部屋全体…ううん、屋敷を全部照らせるはず!」

拳を握れば光は消えて、部屋は闇に支配される。



「許さない…セレスト。わたしを可哀想な子だなんて。
わたしの全部、絶対返してもらうから…!!」


そう決意する少女の顔は、誰にも見えなかった。

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