毒を孕むオメガは竜人王を暗殺したい

士季

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03話

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 これまでに嗅いだことがないほど濃厚な香りに意識を持っていかれるアウラは、ふたりの間に立つ竜人神父が厳かに式を進行していることに気付かない。対するジークもアウラと同じように、意識が式の外に向いているようだった。

「ジーク。愛をもって互いに支えあうことを誓いますか」

(不思議な香りだ……ほっとする香りなのに、どこか落ち着かせない雰囲気もあってもどかしい気持ちになる)

 アウラは瞼を閉じて、一層深く不思議な香りを吸い込んだ。

 うっとりと香りを堪能するアウラをよそに、先に意識を式に戻したジークと神父のやりとりは交わされ、アウラの番がやってくる。

「アウラ。愛をもって互いに支えあうことを誓いますか」

「……」

 呼びかけに応えず目を瞑るアウラの様子を、大半の参列者たちは政略結婚を憂いての行動であると勘違いした。返事をせず、目の前の新郎を視界にも入れない様子は強い拒絶であり竜人王ジークの顔に泥を塗る行為だと。

 竜人たちが座っている方面からざわめきが広がりだす。静かに動向を見守っていたミロが静かに歯噛みして、フォローに立ち上がろうとしたところで思わぬ助けの手が入った。

「アウラ……」

 ジークがヴェール越しのアウラの頬に手を添えたのだ。突然の他人の熱に驚いたアウラの意識は、ようやく魅惑の香りから離れる。

「っ!」

(いけない。しっかりと気を保たないと)

 熱の正体がジークだと気が付いたアウラは、自身の失態への羞恥とは別に頬を赤く染め上げた。透明感のある白い肌はアウラの体温の上昇を隠してくれず、耳や首元までも徐々に染まっていく。熟れた果実のように変化したアウラの様子を目にしたジークは、爽やかな笑顔を浮かべた。

「アウラ。愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」

 声を張り上げたわけでもないのに、凛とした声が神殿中に響き渡る。先程まで騒いでいた竜人たちもジークの声を聞き静かになった。静寂が訪れたタイミングで、ジークはアウラの返事を促すように目くばせをしてくる。

(僕を助けるのか……敵の彼が?)

 信じられない気持ちを抱きながらも、今この瞬間も竜人たちの突き刺すような視線を無視して考え込むことも拒否することもできそうにないと判断したアウラは、ジークをしっかりと見つめ返した。

「……はい、誓います」

 ジークの表情が一瞬だけ嬉しそうにほころんだ。しかし、アウラはジークの表情が変わるよりも先に視線をミロに向けてアイコンタクトをとっていたため、気付くことはなかった。

「では、誓いの証に口付けを」

(きた……! さっきの失敗をここで挽回しなくちゃ。彼の不思議な香りにも慣れてきたし、今度こそは大丈夫)

 アウラはミロに指示されたことを実行に移すために気持ちを固める。ジークの長い指がヴェールにかかり、ゆっくりとアウラの整った顔があらわになった。初めてアウラの全貌を見た竜人の参列者たちが息を飲む音がそこかしこから聞こえてくる。

 何も阻むものがなくなった状態でジークとアウラは見つめ合った。ヴェール越しでも目を離せなかったジークの強く熱い視線を受け止めきれずアウラはそっと目を伏せてそらす。ミロの指示を図らずも実行できた瞬間だった。

(悔しいけど、演技をしなくてもきっと今の僕は恥ずかしがっているようにしか見えないだろうな)

 アウラは悔しさを感じつつもこの状況をうまく利用しようと心を無にして、ジークの次の行動を待った。ふとアウラの顔に影がかかる。ジークが大きな体を前に倒してアウラの耳元で囁いた。

「キミたち人間は人前でこういうことをするのを禁じていると聞いたよ」

 ミロが事前に伝えた情報はきちんとジークの耳に届いていたようだ。アウラは小さく息をこぼして頷いてみせた。その息の中には不安と緊張が多分に含まれている。

(彼はこちらの主張を尊重するだろうか)

「口付けないと言いたいが、うちの年寄り連中は儀式を重んじたがる。だから、この位はして見せないといけないんだ」

 ジークの言葉に思わず彼を見上げるアウラ。その瞬間まろやかな額に少しの熱を孕んだ柔らかな何かが押し付けられる。

「あ……」

 ジークの薄い唇だった。その事実に気が付いたアウラは自分の心臓が痛いほどに高鳴るのを感じ取る。同時に、慣れ始めたと思っていた香りがまたしてもアウラに襲い掛かった。

(まただっ……)

 思考がぼやけていく感覚にアウラは眉根を寄せる。一方でジークのほうにも変化が起きていた。呼吸が僅かに乱れているのだ。しかし、表情は変わらず爽やかなもので、一番近くにいるアウラ以外は誰も気が付けない程の変化だった。

(彼も様子が……おかしい?)

 ジークはなんともないような様子で、参列者に向かって声をかける。

「さあ、私たちの挙式はこれで終わりにしよう。長く馬車に揺られてきたアウラには夕食までに休息が必要だからな」

 ジークの言葉に参列者の中でも老齢な竜人族が否やを唱えた。

「陛下、我らが一族の儀式を勝手に省略なさるのはいかがなものでしょうか」

 なるべく香りを吸い込まないようにしながら、アウラが声の主のほうを見ようとするが、ジークの大きな手がアウラの手を包み込んだことで阻まれる。

「彼ら人間と休戦を機に和解を試みるつもりなのに、私たちの掟だけを押し付けるのはおかしいだろう」

 なんてことないように発言するジークだったが、彼を敵認定しているアウラにとっては衝撃の発言だった。アウラの瞳は大きく見開かれて、戸惑いに揺れる。

「ですが……!」

 アウラの様子など露知らず、先程の竜人が言い募るがジークは肩を竦めて困っていることを微塵も隠さない。

「私のパートナーは特に恥ずかしがりなようだから、無理強いはしたくない。これからのふたりの関係のためにも、ね」

 言いながらアウラに視線を戻したジークは、小さくウィンクを飛ばした。場に不釣り合いな仕草を受け取ったアウラは目をぱちぱちと瞬かせる。

(……こういう人のことを、なんて呼ぶんだっけ)

 思わずどうでもいいことを考えることに逃げたアウラをよそに、ジークが老人たちを軽くいなしたことで式は呆気なく終わりを迎えることとなった。
 


 なんとか乗り越えた挙式から数時間後。アウラは急な執務で来られなくなったジークより先に食事を済ませ、与えられた部屋の豪奢なベッドに腰かけていた。

「はぁ……危なかった」

 食事の席でも体質のことがバレてしまいそうになっていたアウラの口からは、本日何度目とも知れない溜息がこぼれる。

「さすが王室……食器が全部銀だなんて」

 銀。それは毒を身の内に貯めるアウラにとっては、その体質を暴かれる弱点だった。僅かに蓄積している皮膚組織内の毒素は、カトラリーを握った瞬間から徐々に色を変えてしまうし、より多くの毒素を含む唾液をはじめとした体液は10秒も経たずに輝く銀色を真っ黒に変えてしまうのだ。口当たりが苦手と嘘を吐いて食器類を全て木製のものに替えてもらい難を逃れたが、これを切っ掛けに怪しまれないかと気が気ではなかった。

 更にアウラは挙式の後から姿をこの目で見ていないジークの唇と手のひらの心配をしていた。唇も手のひらも皮膚が薄く弱い部分だ。数秒であってもアウラに触れていたのだから、少しの痒みや炎症が起きているかもしれない。すでに症状が出ているようであれば、アウラとの接触が原因と思い至る可能性もある。そうなってしまえばアウラの暗殺計画は初めから警戒されてしまうだろう。

(どうか、竜人族の皮膚が人間の倍以上頑丈でありますように)

 神に祈るように胸の前で手を組んでいたアウラの耳がぴくりと動く。アウラは覚悟を決めるように鼻から大きく息を吸って、ゆっくりと口から吐き出した。タイミングを計ったかのように扉が叩かれる音が部屋に響く。

「はい」

 声が震えてしまわないように、アウラは素早く返事をして扉をそっと開いた。豪華さに比例するように重厚な扉の合間から姿を覗かせるシルエットの中で、アイスブルーが一番最初にアウラの目に留まる。

(綺麗な色だ)

 神殿で初めてこの瞳に射抜かれたときよりも緊張が和らいだせいか、アウラの頭に素直な感想が浮かぶ。次いで、アウラの目は薄く形のいい唇に向いた。

(皮膚に異常はない……よかった。これなら疑われている可能性も低いはず)

「こんばんは。アウラ」

 アウラの視線が釘付けになっている唇が、低くも威圧感を感じさせない穏やかな声を紡ぎ出し微笑みを形作る。見目も所作も洗練された男に、アウラは今まで自分が浴びていた賛美の言葉は本来こういう者に向けられるべきなのだろうと思ってしまった。それほどまでに竜人王ジークという男は、生まれ持った外見も、成長と共に身に着けたであろう所作も完璧だったのだ。

(でも、今夜僕はそんな彼を殺してしまう……僕たち人間の未来のために)

 人を殺す罪を背負うことに少しばかり胸を痛めたアウラだったが、自分が背負う人類の平和というひとりの命よりも重く感じられる大義名分を前に、罪悪感を切り捨てた。

「陛下、足をお運びいただき光栄です」

 はにかみながらジークを部屋に招いたアウラは、神殿で狂おしいほど感情を揺さぶられた芳香があまり香ってこないことに内心首を傾げる。だが、あの香りに惑わされては困ると思っていたアウラにとっては嬉しい誤算だったので、すぐにそのことは思考を通り抜けていってしまった。

(今まで相手にしてきた竜人は皆すぐにベッドへ行きたがったけれど、陛下はどうだろう
?)

 アウラがジークをベッドに案内すべきか、あからさますぎないようにソファに案内すべきか決めかねていると、ジークのほうからアウラの手を取ってソファへとエスコートしてみせた。促されるままに腰かけたアウラは隣に座ったジークの触れそうで触れない体温にくすぐったさを覚える。

「アウラ。ひとつ確認してもいいかな」

「はい、なんでもお聞きください」

 殊勝に頷くアウラの返事に人好きのするような緩い笑みを浮かべたジークは、アウラが想定していなかった行動に出た。

「ありがとう。それじゃぁ試させてもらうよ」

「試すって……え⁉」

 ジークはおもむろにアウラの手を取り自分の頬を包み込ませたのだ。急な接触にぎょっとするアウラが手を引こうとするが、ジークが握る手に力を込めたことで叶わなかった。一度アウラの手のひらに頬ずりをするような仕草を見せた後、ジークは唇をアウラの薄い皮膚に押し付ける。ちゅっと濡れた口付けの音が響き、アウラの体温は急激に上昇していく。それに合わせるようにジークの鼻がスンと小さく動いた。

「甘い」

「んっ……!」

 どこか嬉しそうなジークの謎の言葉よりも、アウラは手のひらに感じる吐息と温もりに反応して体を震わせた。今まで感じたことのない種類の熱がアウラの下腹部で渦巻く。

「陛下、そこはっ」

 上ずる声で止めてほしいと伝えようとするが、ジークはアウラの手を解放しなかった。むしろ、アウラをもっと気持ちよくさせるためにリップ音をたてながら手のひらに唇を這わせる。

「気持ちがいいんだな。匂いも甘みも増していく」

 愉しげな声でジークがそう言ったとき、アウラの鼻孔をあの香りがくすぐっていった。

(ああ……どうしよう)

 思考が明瞭なうちに行動すべきだと理解しているはずなのに、アウラは香りに誘われるまま意識をとばして身を任せてもいいのではないかと思い始めてしまう。

(どうせこの体で彼を篭絡しなくちゃいけないのなら、お酒に酔ったみたいなあの気分の良さを感じたままのほうがいいのかも)

 アウラはジークから引き離そうと力を込めていた手を脱力させて、ことりと目の前にある逞しい肩に額を寄せる。アウラの態度に一瞬驚いたジークだったが、熱に浮かされたように瞳を潤ませるアウラを見て納得の表情になった。

「一番強い薬を飲んだのに、キミには効くんだな」

(何……? 今何か大事なことを……)

 意識を保とうとするアウラだったが、自ら顔を寄せた肩口からひと際濃厚な香りが立ち上ってきたことで思考が霧散していく。

「アウラ」

 優しく名前を呼ばれ、顔を上げさせられたアウラの唇にジークの唇が重なった。何度も唇を触れ合わせた後、ジークの舌先がアウラの唇をつつく。アウラはうっとりとした表情を浮かべながら小さく唇を開き、熱くぬめる舌を迎え入れた。

 アウラを驚かせないためか、ジークはゆっくりと口内を舐り、混ざり合う唾液の淫猥な音を部屋中に響かせる。

「体……あついっ……こんな、の……初めて」

 口付けの合間に悩ましい声で呟くアウラをジークは瞳を細めながら見下ろした。

「俺もだ」

 言葉通り彼らの体は熱を持ち、下腹部は欲望に膨らんでいる。アウラは無意識のうちに体をジークのこすりつけるように揺らし始めた。

(もう、何もわからない……とにかく今は目の前の彼が)

「んんっ……欲しい……」

 アウラから漏れ出た希うような声と言葉に、ジークは余裕そうな微笑みを消して瞳を光らせながらアウラを抱き上げた。

「んぅっ!」

 落とされないように腕と足を逞しい体に回したことで、ジークの歩く振動が敏感になっているアウラの体を刺激する。唇を噛み締め、鼻で鳴くように声をあげていたアウラは、ベッドに優しく投げ出されたことで軽い絶頂を迎えた。

「くっ、あっ……!」

 普段なら重たく濡れる下着は不快でしかなかったはずなのに、アウラはその感触にすら快感を覚えてしまい、小さく動く腰を止められない。ジークはアウラのそんな痴態をひとつ残らず視界に収めていた。シャツを脱ぎ捨てアウラの上に圧し掛かるジークは、ははっと困ったように笑う。

「まずいな。もう少し自制が効くと思ったんだけど……こんな状態のキミを前にしたら我慢できそうにない」

 快感に身を震わせ目の淵に涙を貯めたアウラの両足が割り開かれ、射精した精液と後孔から溢れる密液で濡れそぼる下半身に、熱い塊が押しあてられた。
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