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第五章 新たなる世界へ
12、湯治場の出来事
しおりを挟む辻と望月は山形の鶴岡にいた。さて、金も尽きてきたので、湯治宿で自炊をしながらのらりくらり過ごしていた。
「辻くん、もう今日のおかずも尽きてきたよ。そろそろお金を手に入れなければね。」
「湯治宿で食っちゃ寝してるだけだろう。僕は少々食わなくても構わないよ。」
「そういうのが、ダメなんだよ。絶対、食べなくていいなんて思っちゃいけないよ。いい死に方しないよ。」
そう言った後、辻は考えていた。
昔から、食に関してあまりこだわりがなかった。いや、母親と住んでいた時は、あれが欲しい、これが欲しいとねだったものだ。
でも、母がいなくなって、言う相手は使用人しかいなかったので、欲しいものはなんでもくれた。
その時、ああ、自分のことを思って、食べ物を用意してくれているわけではないと知ってしまったのだ。
だから、もしこの身が潰える時も餓死しても仕方ないと思っていた。
心の中の桜が言う
「先生、ダメですよ!自分を大切にしないって言うことは私を大切にしないの一緒ですからね。」
「いや、櫻くん、君が食べられていればそれでいいんだよ。」
「そんなことないです!私と一緒に生きて行くからには、食べていただかないと。」
「強引だね。でも、そんなところが好きなのだよ。」
「先生、冗談ばかりおっしゃらないで、ちゃんと食べて。ちゃんと食べて」
「わかったよ。そうだね。君の言うとおりにするさ。」
心の中の櫻は少々強引だが、やっぱり現実の櫻でも同じことを言っただろう。
「ねえ、辻くん、またぼんやりして。」
「失敬、望月くん、また櫻くんと話していたよ。」
「もう、キチガイはほどほどにしてくれっていただろう。」
「でも恋愛にはキチガイがつきものだよ。」
「うーん。でも僕は今日はちゃんとしたご飯食べたい!」
「わかった、じゃあちょっと小銭稼ぎをしようか。」
「ああ、あれだね。」
二人は食堂へ向かった。そこでは食事を食べている人がくつろいでいる。
「ちょっと失礼。僕は辻というものです。」
老夫婦に辻は声をかけた。
「はて?何か用でも?」
「僕たち、文無し旅を続けておりまして、僕が作った詩を買っていたいただければと。」
「詩?私たちはそんな高尚なものいらんが。」
「じゃあ、読んでから決めてくだされば。
『この旅、おとづれた、温泉の
温まった、湯の中に
ゆるりゆるりと使ってみれば
疲れた体もほろりと癒す。
風呂上がりに見るお互いの
顔を見れば幸福の
あなたと私と俺とお前
二人で来てみてよかったと
食事を食べながら思うこの日々』
どうですか?」
男性の方が、拍手をした。パチパチパチ。
「いやあ、若いものなのに上手いこと言うね。」
「いえいえ。」
「じゃあ、このくらい、どうだ」
老夫婦はお金を用意し、辻に渡した。多くはないが、おかず代くらいにはなる。
「滅相もない。ありがとうございます。」
辻は礼をし、望月の元へと戻った。
「やっぱり君には文才があるよ。」
「こう言う時の文才だけだね。」
二人は顔を見合わせて笑った。
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