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第十二章 新学期

14、兄からの手紙

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櫻はある日、兄からの手紙を従姉妹から学校で受け取った。

「櫻へ

正月、帰ってこなかったことで父さんはだいぶ残念がっていたよ。
どうしたんだ?嫁ぎ先にも顔を出すべきじゃないのだろうか?
秩父の世界は狭い。お前が東京に染まったんじゃないかという人もいるよ。
少なくとも、僕は兄という立場で君のことを自慢の妹と思っている。
しかし、勉強のしすぎもどうかと思うんだ。
学のない兄で済まないけれど、しかし、俺はちゃんと嫁に出したいんだ。
俺は結婚して5年経つけど、子供は可愛いよ。
家が決めた結婚だったけど、それなりに家族になるし、今の不安は無くなると思うんだ。
お前が学を生かして働きたいのは知ってるよ。
どうせ、師範学校にも行って、教師にでもなろうって思ってるんだろう。
でも、もううちにはお金がないんだよ。
それは幼い頃から奉公に出ていたお前がよくわかっていると思う。
お前の嫁ぎ先からかなりの金額をいただいてしまった。
畑も広げてしまったしね。それを今更って言われてしまうよ。

それに伴って、おいそれと家族は引っ越しもできないんだ。
お前の今生きている、東京の世界とは全然違うのかも知れない。
でも、わかってほしい。父さんも兄さんもお前の幸せを思って嫁に出すんだ。
だから、進級はしないで秩父に帰ってきてほしいんだ。
どうせ、嘘をついて編入した学校だろ。
兄さんがそのことを話したら即刻退学になるんだろ。
だから、申し訳ないけれども、それをわかってほしい。

お前は1人じゃないんだ。何度もいうけど、女に学問は必要ないよ。
俺は学問がないせいで、辛い目にあう。
だから、勝手に東京の学校に入ったお前のことを恨んだこともあるよ。
みんな我慢してるんだ。お前ばっかりいい目に遭うなんて許されないよ。
だから、あと1ヶ月ちょっとで荷物をまとめて帰ってきなさい。

慎二」

兄からの手紙は優しくもない、冷たいものだった。
前に、佐藤支店長からうまくいきそうだと聞いていたので安心していた。
しかし、まだ嫁ぎ先は江藤の家には話していないのかも知れない。
もしかしたら、どちらからもお金を取ろうなんて思っているかも知れない。
このことを辻に真っ先に相談したいと思った。
帰り道の放課後まで櫻は苦しい思いが取れなかった。
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