白紙の未来と再会のヒロイン ~君と綴る、運命のページ~

のびすけ。

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第一章 運命の書、ただし俺のページは白紙

これは俺の人生(のネタバレ本)である

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まるで、魔法にでもかかったみたいだった。

薄暗くて、黴(かび)とインクが混じったような匂いがする店内。
ぎっしりと本が詰め込まれた棚の迷路を、俺は当てもなく彷徨っていた。

カウンターの奥で化石みたいに動かないお爺さんは、俺が入店したことに気づいているのかいないのか、ピクリとも動かない。客は、もちろん俺一人。時が止まるって、きっとこういう空間のことを言うんだろう。

(……つまんねーの)

心の中で、本日何度目かになる悪態をつく。
別に、何か面白いことが起きてほしいわけじゃない。

ヒーローになりたいわけでも、世界を救いたいわけでもない。
ただ、この心臓に薄皮一枚へばりついた、灰色の退屈をどうにかしたかっただけだ。

七年前に、最高のライバルで、最高の親友だった莉緒がいなくなってから、俺の世界からは色が一つ、ごっそりと抜け落ちてしまった気がする。あの太陽みたいな笑顔が消えてから、俺の物語は、ずっと白黒のまま、ページが進むのをやめてしまった。

(……なんてな。感傷的すぎる。省エネの精神に反する)

自己完結して思考を打ち切ろうとした、その時だった。
ふと、一番奥の棚、その隙間から、何かがキラリと光ったのは。

埃っぽい店内に差し込む夕日の光が、何かに反射したらしい。
まるで「こっちへ来い」と、妖精か何かが手招きしているような、そんな奇妙な引力。

導かれるままに棚の奥へと手を伸ばすと、指先に、ひやりとした上質な革の感触が伝わった。
引きずり出したそれは、ずしりと重い、一冊の本だった。

何百年も前の洋書みたいに、年季が入っている。
表紙にはタイトルもなく、ただ蔦のような複雑な模様が型押しされているだけ。

(なんだこれ、魔導書か何かか? 「バルス」とか唱えたら光るタイプか?)

そんなアホなことを考えながら、本の表紙を撫でた瞬間、俺は息をのんだ。
表紙の中央、鈍い金色の箔押しで、こう記されていたのだ。

『青葉一樹年代記』

「………は?」

声が、喉からマヌケに漏れた。

あおば、かずき。俺の名前だ。

なんだこれ。
手の込んだ悪戯か? 最近流行りのドッキリ系動画ってやつか? 周りを見回すが、当然誰もいない。

隠しカメラを探してみるが、あるのは本の山と、化石化したお爺さんだけだ。

恐る恐る、パラパラとページをめくってみる。
そこには、びっしりと古風な明朝体で、何かが印刷されていた。

心臓が、ドクン、と嫌な音を立てる。
これは、ヤバい。

俺の中の何かが、警鐘を鳴らしている。これ以上関わるな、と。
省エネ主義の俺の魂が、全力で「逃げろ」と叫んでいる。

だが、好奇心という名の悪魔は、いつだって魂の叫びよりもうるさいのだ。
俺は、まるで催眠術にでもかかったみたいに、その本を抱えてカウンターへと向かっていた。

レジに本を置くと、化石みたいだった店主が、生まれて初めて見る珍獣でも観察するかのように、ギョロリと目を動かした。分厚い瓶底眼鏡の奥の瞳が、まるで俺の全てを見透かしているようで、すごく気まずい。

「……ほう。この物語が、お主を選ぶか」

しゃがれた、だが妙に芯のある声が、沈黙を破った。

「え、いや、これって、その……」

なんて言えばいいんだ。
「俺の名前が書いてあるんですけど?」か? 「これって何かの罠ですか?」か? どっちも不審者すぎる。

俺が言葉に詰まっていると、店主はゆっくりと首を横に振った。

「代金は結構じゃ。それは、お主の物語。値段などつけられん」

「はぁ……」

「ただし、一つだけ。覚えておくがいい。物語の結末は、書き手であるお主次第じゃ。決して、物語に飲まれるでないぞ」

……ダメだ、このお爺さん、完全にこっち側(ファンタジー世界の住人)の人だ。
意味のわからないことを言う店主に半ば追い出されるように、俺はその本を抱えて家路についた。
夕暮れの道、ずしりと重い本が、まるで俺の未来の重さみたいに、腕にのしかかっていた。



自室のベッドに、得体の知れない『青葉一樹年代記』を放り出す。
改めてページを開くと、そこには、俺しか知らないはずの、俺の人生が克明に記録されていた。 

『第一章:誕生。西暦二〇〇九年四月十五日。青葉一樹は、春の柔らかな日差しの中、産声と共にこの世界に生を受けた』 

「うわっ、マジか……」 

思わず声が出る。日付も、俺の誕生日と完全に一致していた。 
読み進める。

『二歳の春、彼は公園の砂場で、人生で初めての建築プロジェクト――巨大ウンコ城の建設に挑むも、完成直前に襲来した鳩の群れによって無慈悲に破壊され、号泣した』

「覚えてねえよ、そんな悲しい歴史!」

『三歳の夏、彼は初めて補助輪なしで自転車に乗ることに成功し、得意げに母に報告した』 

「あ、これは覚えてる。超ドヤ顔したやつだ」

『四歳の冬、サンタクロースの正体が、寝室にプレゼントを置いた後につまみ食いをしていた父親であることに気づき、世界への信頼を少しだけ失った』

「あの時の焼き鳥の恨みは忘れてねえからな、親父……!」

次から次へと暴かれていく、俺のパーソナルな歴史。
懐かしさと羞恥心で、顔が熱くなる。

これはネタバレ本なんてレベルじゃない。
プライバシーの侵害、魂のストーキングだ。 
そして、運命のページにたどり着いてしまった。

『五歳の秋、お遊戯会で「大きなカブ」の犬役を演じた彼は、劇のクライマックス、緊張のあまりおしっこを漏らし、彼の初恋相手だったネズミ役のサトウさんとの物語は、桜と共に散った』 

「ああああああああ! なんで知ってんだよこんな黒歴史中の黒歴史をぉぉぉぉぉ!!」 

あまりの恥ずかしさに頭を抱え、ベッドの上でのたうち回る。
そうだ、そうだった。

あの事件のせいで、俺はしばらく「おしっこワンワン」という不名誉なあだ名で呼ばれ続けたんだ。
思い出したくもなかった記憶が、鮮明な文字となって俺の心を抉ってくる。

恐怖と、それ以上に抗いがたい好奇心に突き動かされ、俺はページをめくる手を止められない。 
やがて、物語は、俺の人生で最も輝いていた季節を描き出す。

莉緒との出会い、秘密基地での冒険、日が暮れるまで駆け回った日々。
そして、あの夕焼けの公園で交わした、最後の約束。

まるでプロの作家が書いたみたいに、情景豊かに、淡々と、俺の人生が綴られていく。  
あの時の、胸がスースーするような寂しさまで、行間から滲み出てくるようだった。

そして、物語は昨日の夜、俺が夕食のおかずに生姜焼きを食べたところで、唐突に終わっていた。 

『――こうして、彼の高校二年生、春の穏やかな一日は終わる』 

その次のページは、白紙。

その次のページも、白紙。

どこまでめくっても、真っ白なページが無限に続くだけだった。 

「俺の人生……ここで終わり、ってことか?」 

冗談じゃない。
俺の物語は、まだ始まったばかりのはずだ。

小説家になるっていう夢だって、まだ引き出しの奥で埃をかぶってるだけだ。
なのに、この本は、俺の未来は「白紙」だと言っている。 

まるで、七年前に莉緒がいなくなったあの瞬間から、俺の時間が止まってしまったみたいじゃないか。 

ズキリ、と胸の奥が痛んだ。
俺は、何も書かれていない未来のページを、ただ呆然と見つめることしかできなかった。 
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