白紙の未来と再会のヒロイン ~君と綴る、運命のページ~

のびすけ。

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第一章 色褪せた世界と、インクの雨

深紅の予言と、真夜中の共犯者

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唐揚げ争奪戦という名の賑やかな夕食を終え、莉緒が隣の家に帰った後。 
俺の部屋には再び重苦しい静寂が戻ってきていた。

時計の針は夜の十一時を回っている。 
俺は机のスタンドライトだけを点け、その仄暗い明かりの中で『運命の書』と対峙していた。

『四月二十日。クラスメイト・雛森詩織に、回避不能の死が訪れる』

何度見てもその文字は変わらない。 
まるで乾きかけた血液のような赤黒いインクが、白いページの上で毒々しく主張している。 

四月二十日。
来週の金曜日。 
天気予報は雨。 
場所は、学校近くの十字路。 
トラックの信号無視。 
横断歩道を渡りかけた少女は、逃げ場を失い――。

そこから先を想像するだけで、胃のあたりが冷たくなる。 
吐き気がした。

「……回避不能、ってなんだよ」

俺はギリッと奥歯を噛む。 
「回避不能」なんて言葉、神様気取りの誰かが勝手に決めたルールだ。 

俺の未来が「白紙」だったように、確定した未来なんてこの世にはないはずだ。 
そう信じたい。 
けれど、この本が予言した「莉緒の帰還」はあまりにも正確すぎた。

「俺一人で何ができる?」

弱音が漏れる。 
俺はただの高校生だ。 
特殊能力もない。
時間停止もできない。 
あるのは、この不吉なネタバレ本だけ。 
もし俺が助けようとして失敗したら? 
もし俺の介入が原因でもっと酷い結果になったら?

「怖いな……」

本音だった。 
布団を頭から被って何も見なかったことにして眠ってしまいたい。 
明日になれば全部悪い夢だったと思えるかもしれない。 
そんな逃避願望が頭をもたげた時だった。

コン、コン。

小さな音がした。 
ドアじゃない。 窓の方だ。

俺はビクリと肩を震わせ窓を見る。 

二階だぞ? 
風で何かが当たったのか? 
そう思った矢先。

コンコンコン!

今度は、明確な意志を持った連打音。 
そして、カーテンの隙間からひそやかな声が聞こえた。

「……カズ。起きてる?」

その声に俺は弾かれたように立ち上がり、カーテンを開けて窓の鍵を外した。 
窓を開けると、そこにいたのは。

「莉緒……?」

隣の家のベランダから、身を乗り出すようにしてこちらを見ている幼馴染の姿があった。 
昼間のショートパンツ姿とは違い、今は少し大きめのパーカーを羽織っている。 

夜風が冷たいのか、それとも別の理由か、彼女は自分の両腕を抱くようにしていた。

「どうしたんだよ、こんな時間に。また腹でも減ったのか?」
「……入れて」
「は?」
「いいから、入れてよ。……一人でいたくないの」

いつもの憎まれ口がない。 
街灯に照らされたその顔は、幽霊を見たように青ざめ、唇は小刻みに震えている。 た
だごとじゃない。

「……わかった。こっち来れるか?」

俺が手を差し伸べると、彼女はその手を強く、痛いほど強く握り返してきた。 
かつて秘密基地の屋根に登った時と同じように、彼女は慣れた身のこなしで手すりを乗り越え、俺の部屋へと滑り込んだ。

部屋に入っても莉緒の震えは止まらなかった。 
俺は彼女をベッドの端に座らせ、温かいココアでも入れようと立ち上がりかけたが袖を掴まれて止められた。

「行かないで」
「……ああ。ここにいるよ」

俺は椅子を引き寄せ彼女の正面に座った。 
莉緒は膝の上で拳を握りしめ、深呼吸を繰り返してからようやく口を開いた。

「夢を、見たんだ」
「夢?」
「うん。……すっごく嫌な夢」

彼女は視線を床に落としたままポツリポツリと語り始めた。

「雨が降ってた。すごい土砂降りで、視界が真っ白になるくらいの」
「ああ……」
「場所は、いつもの通学路にある交差点。信号が青になって傘をさした女の子が渡り始めたの。……私じゃない。茶色い髪の華奢な子」

ドキリ、と心臓が跳ねる。 
茶色い髪。
華奢な子。 
雛森詩織の特徴と一致する。

「そしたらね、横からトラックが突っ込んできたの。ブレーキの音もしなかった。まるで、その子が見えてないみたいに」 
「…………」 
「キキーッて音がして、傘が宙に舞って……赤い色が、雨に滲んで……」

莉緒の声が震える。 
彼女は両手で顔を覆った。

「目が覚めても、その音が耳から離れないの。……カズ、私、おかしいのかな? ただの夢だってわかってるのに、どうしても、これが『これから起きること』だって気がして……怖くて……」

涙声だった。 
いつも強気で、ガキ大将だった莉緒がこんなに怯えている姿を見るのは初めてだった。 

俺は息を呑む。 
これは偶然じゃない。 
俺が『運命の書』で知った未来と、莉緒が見た夢。 
ディテールまで完全に一致している。

なぜ莉緒が? 
彼女もまた、この「物語」の特異点なのか? 
七年間いなかった彼女は、俺とは違う形で世界の裏側(シナリオ)に触れてしまっているのかもしれない。

俺の中で葛藤が渦巻く。 
巻き込んではいけない。 

これは俺だけの秘密だ。
彼女を危険な目に遭わせたくない。 

「大丈夫、ただの夢だよ」と言って慰め帰すべきだ。

でも。 
目の前で震える彼女を見て俺は思った。 

俺一人で抱え込んで、この震えを止めてやれるのか? 
俺たちは約束したはずだ。 

『負けた方が、勝った方の言うこと、なんでも聞く』 
『ずっと一緒にいる』

隠し事は俺たちの流儀じゃない。

「……莉緒」 
「な、なに……?」 
「その女の子、このクラスの『雛森詩織』って子だと思う」 
「え……?」

莉緒が顔を上げ、濡れた瞳で俺を見る。 
俺は覚悟を決めて、机の上の『運命の書』を手に取り彼女に差し出した。

「これを見ろ」
「なに、これ……本? 『青葉一樹年代記』……?」
「俺の未来が書かれてる本だ。……そして、お前の夢の続きもここに書いてある」

莉緒は戸惑いながらもその本を受け取った。 
重厚な革の表紙。 

彼女がそれに触れた瞬間、本がカッと熱を持ったように見えたが、彼女は構わずページを開いた。 
そして、あの深紅の文字に辿り着く。

『四月二十日。クラスメイト・雛森詩織に、回避不能の死が訪れる』

「うそ……」

莉緒の目が大きく見開かれる。 
彼女は何度もその文字を目で追い、それから俺を見た。 

その瞳から恐怖の色が少しずつ消え、代わりに鋭い光が宿り始めていた。

「カズ、これ……」
「俺も、最初は悪質な悪戯だと思った。でも、この本はお前の転校も当てた。……そして今、お前の夢とも一致した」

俺は膝の上で拳を握る。

「俺は、あの子を助けたいと思ってる。でも、正直怖いんだ。運命なんて大層なもんに逆らって、本当に助けられるのか。俺のせいでもっと悪いことが起きるんじゃないかって」

情けない本音をさらけ出す。 
かっこ悪い姿を見せた。 
幻滅されるかもしれない。 

「関わるのはやめよう」と言われるかもしれない。

沈黙が落ちた。 
部屋の中には、時計の秒針の音だけが響く。

バチンッ!

乾いた音が響いた。 
両頬に走る火花のような痛み。 

驚いて顔を上げると莉緒が両手で俺の頬を挟み込んでいた。 
至近距離。 

彼女の瞳が燃えるように俺を射抜いている。

「馬鹿カズ!」
「い、ってぇ……! なにすんだよ!」
「あんたねえ、そんな大事なこと、一人で抱え込んでウジウジしてんじゃないわよ!」

彼女の声はさっきまでの震えが嘘のように力強かった。

「あんた言ったじゃない。小説家になるって。世界中を泣かせる物語を書くって」
「そ、それは昔の……」
「うるさい! あのね、人が死んで終わるバッドエンドなんて私が許さない! そんなつまんない物語、カズには書かせないから!」

理不尽な理屈。
でも、その無茶苦茶な熱量が凍りついていた俺の心を一気に溶かしていく。
莉緒は本をバタンと閉じると、ニッと不敵に笑った。

「予知夢? 運命の書? 上等じゃない。ネタバレしてんなら、対策立て放題ってことでしょ?」
「お前な……相手は『回避不能』だぞ?」
「うるさい!『回避不能』なら、『回避』しなきゃいいのよ!」
「は?」
「『回避』じゃなくて、『粉砕』してやんのよ! 運命ごとね!」

彼女は胸を張って言い放った。 
その姿は、七年前、誰も登れなかったジャングルジムのてっぺんで仁王立ちしていた「少年」そのものだった。 

ああ、そうだ。 
こいつは、いつだって俺の想像の斜め上を行く。 

俺が迷っている間に壁をぶち壊して道を作る。 
それが、橘莉緒というヒーロー(ヒロイン)なんだ。

「……ははっ」

俺の口から乾いた笑いが漏れた。 
恐怖がちっぽけなものに思えてくる。

「笑うな! 真剣なんだぞ!」
「いや……頼もしいなと思ってさ」
「当たり前でしょ。あんたは私の親友で、ライバルなんだから」

莉緒は俺の頬から手を離すと、真っ直ぐに俺を見据えた。 
その瞳には揺るぎない信頼があった。

「私も手伝う。二人で、あの子を助けよう」
「いいのか? 危険かもしれないぞ」
「カズが危ない目にあうならなおさら私が守ってあげなきゃでしょ。……それに、あの夢の続き見たくないもん。ハッピーエンドに書き換えなきゃ寝覚めが悪い」

彼女は右手を突き出した。 
握り拳。 

七年前の、あの日と同じポーズ。

「約束。絶対、助けるぞ」

俺は自分の拳を彼女の拳にコツンと合わせた。 
硬い感触。 
そこから伝わる熱が俺の全身を駆け巡る。

「ああ。……負けた方が、勝った方の言うこと、なんでも聞くんだからな」
「望むところよ!」

二人は顔を見合わせて小さく笑った。
窓の外の闇はまだ深い。
けれど、俺の部屋の中には確かな「光」が灯っていた。

秘密の共有。 
それは、どんな鎖よりも強く俺たちを繋ぎ止める。

俺たちは共犯者になった。
運命という名のシナリオライターに反逆するための、たった二人のチームだ。

「で、作戦はどうすんの? 名探偵カズキくん」
「……まずは、四月二十日の状況を詳しく分析する。お前の夢の詳細とこの本の記述を照らし合わせるんだ」 「了解。……あ、その前に」
「なんだ?」
「カズ、ココアちょーだい。喉乾いた」
「……へいへい」

俺は苦笑しながら立ち上がる。 
背中にかかる重圧はもう一人分じゃない。 

二人で支えれば半分だ。 
いや、この頼もしすぎる相棒とならどんな重い運命だって放り投げられる気がした。

四月二十日まであと一週間。 
俺たちの絶対に負けられない戦いが始まった。
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