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第二章 バグった運命と、重すぎる愛のログ
未来からの監視者と、静かなる妻の計算
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「――凍結、開始」
銀髪の少女、クロノが無機質な声を上げた瞬間。
世界の色が反転した。
俺の部屋の見慣れた風景がモノクロの写真のように静止する。
舞い上がっていた埃も、窓の外の風の音も、全てが氷漬けにされたように止まった。
体が動かない。
指一本、瞼一つ動かせない。
ただ意識だけが檻の中に閉じ込められたように鮮明に残っている。
(な、なんだよこれ……!)
少女がヒールの音を響かせて近づいてくる。
その手には、SF映画に出てくるような幾何学的な形状のデバイスが握られていた。
「対象、青葉一樹。運命改変の特異点(シンギュラリティ)として認定。これより時間軸からの隔離処理を実行します」
彼女は俺の目の前で立ち止まるとその冷たい瞳で見下ろした。
感情がない。
まるで壊れた機械を廃棄処分するかのよう、事務的な視線。
デバイスの先端が青白く発光する。
怖い。
死ぬのか?
いや、存在ごと消されるのか?
「さようなら、イレギュラー」
彼女がトリガーに指をかけたその刹那。
ガシャアアアアアンッ!!
凍りついたはずの世界に爆音が轟いた。
俺の部屋の窓ガラスが外側から粉々に砕け散る。
飛び込んできたのは、銀色の破片と――夜風を纏った一人の少女。
「――カズに指一本触れさせないわよッ!!」
怒号と共にパーカー姿の影がクロノに突っ込んでいく。
橘莉緒だ。
彼女は飛び蹴りの勢いのままクロノと俺の間に割り込んだ。
「な……ッ!?」
クロノが初めて表情を崩す。
驚愕に目を見開いたまま彼女はバックステップで距離を取った。
「時間停止空間内での活動を確認……。あり得ない。あなたはただの現代人のはず」
「うるさいわね! 友達がいじめられてんのに止まってられるわけないでしょ!」
莉緒が吠える。
その背中が俺を庇うように立ちはだかっている。
不思議なことに、彼女が乱入したことで俺を縛っていた金縛りのような力が緩んだ気がした。
俺は膝から崩れ落ち荒い息を吐く。
「はぁ……はぁ……! 莉緒……!?」
「大丈夫、カズ!? 怪我ない!?」
「お前……なんで……さっき帰ったはずじゃ……」
「なんか嫌な予感がしたのよ! 戻ってきて正解だったわ!」
彼女は俺を振り返らず油断なくクロノを睨みつけている。
その横顔には冷や汗が流れていた。
強がっているけれど、本能で相手が「ヤバい奴」だと理解しているのだ。
それでも彼女は俺の前から退かない。
クロノはデバイスを下ろし、小首を傾げて莉緒を観察した。
「分析不能。橘莉緒。あなたのパラメータはこの時空のデータベースと照合できません。……なぜ、時の檻を破れたのですか?」
「知るか! 根性よ、根性!」
「コンジョウ……。非論理的です」
クロノは嘆息するように目を伏せた。
そして、パチンと指を鳴らす。
途端に世界に色が戻った。
止まっていた時計の秒針が再びチクタクと音を刻み始める。
「……凍結処理を中断します」
「え?」
「あなたの存在そのものが予測不能なエラー因子であることが判明しました。このまま強行すれば時空構造が崩壊するリスクがあります」
クロノは淡々と告げると手元のデバイスを空中に放った。
それは光の粒子となって消滅する。
「任務変更。対象・青葉一樹の『排除』から『監視』へ移行します」
「か、監視……?」
「はい。あなたがこれ以上世界にバグを撒き散らさないよう、24時間体制で管理します」
彼女はそう言うと当然のように俺のベッドに腰を下ろした。
「というわけで、今日からここに住みます」
「はあああああ!?」
俺と莉緒の声が重なった。
未来からの刺客は、殺し屋から一転最悪の居候へとジョブチェンジしたのだった。
***
翌朝。
俺の部屋はカオスな朝食風景を迎えていた。
「あのさ……なんでお前までいんの?」
「当たり前でしょ! 謎の女と同棲なんかさせられるか!」
テーブルを挟んで莉緒がクロノを睨みつけながらトーストをかじっている。
昨夜クロノが「住む」と宣言した後、莉緒は大激怒して反対したのだが、クロノの「私が離れれば彼は世界の修正力によって消滅する可能性があります」という脅し(事実らしい)に屈し渋々認めたのだ。
その代わり、「私も入り浸るから!」と宣言してこうして朝から押しかけてきている。
「……咀嚼、嚥下。炭水化物の摂取を確認」
一方のクロノは俺が出した目玉焼きを無表情で食べていた。
美味しいとか、そういう感想はない。
ただの燃料補給だ。
「おい、クロノ。お前、一体何者なんだよ。改めて説明しろ」
俺が問うと彼女はフォークを置いて背筋を伸ばした。
「私は西暦2200年の『時間管理局』に所属するエージェント、クロノです」
「時間管理局……」
「はい。過去・現在・未来の正しい歴史(タイムライン)を管理し、不当な改変を防ぐ組織です。あなたが開いてしまったその『運命の書』は、本来この時代に存在してはならない未来のロストテクノロジーです」
彼女は俺の鞄から覗く革表紙の本を指差した。
「その本は、確定した未来を記述し、読み手の行動によって現実を書き換える力を持っています。あなたが雛森詩織を救ったことで、未来にはすでに甚大なバグが発生しています」
「バグって……あの子が生きてることが、間違いだって言うのか?」
「歴史的観点から見れば、そうです。彼女の死はある技術開発のきっかけになるはずでしたから」
冷酷な言葉にカチンとくる。
でも、莉緒が先に机を叩いた。
「ふざけんじゃないわよ! 人の命を『間違い』なんて言うな!」
「感情論は無意味です。ですが……現状、青葉一樹の改変能力が未知数である以上、下手に排除するよりも行動を監視し被害を最小限に抑える方が合理的と判断されました」
クロノは立ち上がり俺の制服の袖を掴んだ。
「登校時間です。学校へも同行します」
「はあ!? 学校に来んのかよ!」
「転入手続きは、すでに歴史の隙間にハッキングして完了しています。私はあなたの『遠い親戚』という設定です」 「仕事早すぎだろ……」
頭を抱える俺。
不機嫌MAXの莉緒。
そして無表情な美少女ロボット(人間だけど)。
奇妙な三人組の登校が始まった。
***
学校に着くとそこには「もう一つの爆弾」が待ち受けていた。
「おはようございます、青葉くん」
教室に入った瞬間、ふわりと香る花の匂い。
雛森詩織だ。
彼女は俺の席の前で、清楚に両手を揃えて待っていた。
昨日のような「ピンク色の暴走」を警戒して身構える俺。
莉緒も「また来たわね……!」と戦闘態勢をとる。
しかし。
「昨日は……その、すみませんでした。私、少し取り乱してしまって……」
詩織は恥ずかしそうに頬を染め、深く頭を下げた。
その姿は、以前の儚げな図書委員に戻っているように見えた。
お弁当の風呂敷包みもない。
「え、あ、いや、全然……」
「命を助けていただいて、嬉しくて、つい……。ご迷惑でしたよね?」
「いや、迷惑ってわけじゃ……」
「ふふ、よかった。これからは青葉くんの負担にならないように陰ながら応援させていただきますね」
彼女は天使のような微笑みを残し、自分の席へと戻っていった。
一歩引いた、奥ゆかしい態度。
クラスの男子たちが「今日の雛森さん、なんか色っぽくね?」「女神かよ」とざわついている。
俺は胸を撫で下ろした。
よかった、昨日のヤンデレモードは一時的な錯乱だったんだ。
やっぱり詩織はいい子だ。
「……甘いわね」
隣の席で莉緒が低い声で呟いた。
「え?」
「カズ、あれは『撤退』じゃないわ。『潜伏』よ」
「潜伏?」
「昨日の今日で、あんなに綺麗に引けるわけないでしょ。あれはね、『ガツガツ行くとカズに引かれる』って学習した上での『一歩引いて尽くす女』アピールよ。……計算高いわねあの泥棒猫」
莉緒の目は狩人のように鋭かった。
確かに、授業中に視線を感じて振り向くと詩織と目が合う。
彼女はニッコリと微笑み、口パクで「が・ん・ば・っ・て」と告げてくる。
……重い。
直接来ない分、空気のような重圧(プレッシャー)が凄い。
まるで、すでに外堀を埋められた既婚者のような気分だ。
そして休み時間。
「青葉一樹。トイレに行きますか? 監視対象の排泄データも記録必要があります」
「ついてくんな!!」
転校生として紹介されたクロノが俺の背後にピタリと張り付いている。
「あの美少女誰だ?」
「青葉の親戚だって?」
「また青葉かよ!」
クラスの視線が痛い。
幼馴染(莉緒)、命を救ったヒロイン(詩織)、未来からの監視者(クロノ)。
俺の半径数メートルだけ人口密度と顔面偏差値とトラブルの濃度が異常に高まっていた。
***
放課後。
半ば強制的に、俺の家で「監視という名の勉強会」が開かれることになった。
メンバーは俺、莉緒、クロノ。
(詩織は「今日は遠くから幸せを祈っています」という謎のメールを残して帰った。逆に怖い)。
「おいクロノ。お前さっきから何見てんだ?」
リビングのテーブルでクロノがじっと一点を見つめていた。
彼女の視線の先にあるのは母さんが買ってきたドーナツだ。
「……ドーナツ。円環構造を持つ揚げ菓子。栄養価に対しカロリーが非効率です」
「食ったことないのか?」
「未来の食事は、完全栄養食のタブレットが主ですので」
俺は苦笑し、ポン・デ・リングを一つ手に取って彼女に差し出した。
「食ってみろよ。効率だけが全てじゃないぞ」
「……毒物の可能性は?」
「ねーよ。ほら」
クロノは疑わしそうにドーナツを受け取り、小さな口でハムッとかじった。
モグモグと咀嚼する。
そして、動きが止まった。
「……」
「どうだ?」
「……糖分と脂質の結合による、脳内報酬系の刺激を確認。……評価:悪くありません」
「だろ? それが『美味しい』ってことだ」
彼女の無機質な瞳がほんの少しだけ――本当に微かにだが、輝いたように見えた。
彼女は残りのドーナツを大事そうに食べ始めた。
「……ふん。よかったわね、ポンコツロボット」
莉緒が頬杖をつきながら横目でそれを見ていた。
口は悪いが、その表情はそこまで険しくない。
なんだかんだ言ってもこいつもお人好しなのだ。
奇妙な時間が流れる。
監視者と、監視対象。
本来なら敵同士のはずなのに、同じテーブルでドーナツを囲んでいる。
こんな穏やかな時間がずっと続けばいいのに。
そう思った矢先だった。
ブゥン。
俺の鞄の中で低い振動音がした。
『運命の書』だ。
空気が一変する。
莉緒が弾かれたように顔を上げ、クロノが素早くドーナツを置いて身構える。
「……更新された」
俺は震える手で本を取り出した。
ページを開く。
そこには、詩織の件以来となる新たな「未来」が刻まれていた。
だが、今度の内容は誰かの死ではなかった。
『五月五日。光り輝く星がその光を失う日』
『国民的アイドル・星乃綺羅々(ほしの きらら)。彼女の絶望が世界に「沈黙」をもたらす』
『トリガー:ライブ会場でのたった一つの些細なミス』
「……アイドル?」
「星乃綺羅々って、あの今超人気の!?」
莉緒が身を乗り出す。
テレビで見ない日はない、現役女子高生のトップアイドルだ。
なぜ、俺の物語にそんな有名人が?
クロノが冷静にその記述を覗き込む。
「星乃綺羅々……。歴史データ照合。彼女は本来、五月のライブを大成功させ、海外進出を果たすはずの人物です。……ですが、この記述は違います」
「『光を失う』……引退か? それとも……」
「わかりません。ですが、このバグを放置すれば彼女が影響を与えるはずだった数百万人の未来が変わります」
クロノは俺を見た。
「青葉一樹。これは新たなエラーです。ですが……あなたがこの本を持っている以上、この運命に関わることになるでしょう」
俺はゴクリと唾を飲み込む。
詩織の次は国民的アイドル。
スケールがでかくなっている。
しかも、「絶望」という言葉が不穏すぎる。
「……関わるって、どうやって?」
「それは、本が教えてくれるはずです」
俺はページをめくる。
そこには、次の行動を示すように一行だけ書き加えられていた。
『――少年は、チケットもないままライブ会場の裏口へと導かれる』
「不法侵入じゃねーか!」
俺のツッコミが静かな部屋に響いた。
けれど、もう後戻りはできないことはわかっていた。
詩織を救った時、俺は選んだのだ。
白紙の未来を自分の手で書き換えていくことを。
「行くぞ、カズ」
莉緒が立ち上がり、不敵に笑う。
「アイドルだろうがなんだろうが、バッドエンドなんて認めない。私たちの物語に悲しい結末はいらないでしょ?」
その笑顔に俺の不安が少しだけ溶ける。
そうだ。
俺には最強の相棒(ヒロイン)がいる。
そして今度は、冷静な分析官(クロノ)もいる。
……まあ、ストーカー気味の守護神(詩織)もどこかで見守っているだろう。
「ああ。……やってやるよ」
俺は本を閉じた。
次のステージは煌びやかなスポットライトの下。
運命の書き換え劇、第二幕の開演だ。
銀髪の少女、クロノが無機質な声を上げた瞬間。
世界の色が反転した。
俺の部屋の見慣れた風景がモノクロの写真のように静止する。
舞い上がっていた埃も、窓の外の風の音も、全てが氷漬けにされたように止まった。
体が動かない。
指一本、瞼一つ動かせない。
ただ意識だけが檻の中に閉じ込められたように鮮明に残っている。
(な、なんだよこれ……!)
少女がヒールの音を響かせて近づいてくる。
その手には、SF映画に出てくるような幾何学的な形状のデバイスが握られていた。
「対象、青葉一樹。運命改変の特異点(シンギュラリティ)として認定。これより時間軸からの隔離処理を実行します」
彼女は俺の目の前で立ち止まるとその冷たい瞳で見下ろした。
感情がない。
まるで壊れた機械を廃棄処分するかのよう、事務的な視線。
デバイスの先端が青白く発光する。
怖い。
死ぬのか?
いや、存在ごと消されるのか?
「さようなら、イレギュラー」
彼女がトリガーに指をかけたその刹那。
ガシャアアアアアンッ!!
凍りついたはずの世界に爆音が轟いた。
俺の部屋の窓ガラスが外側から粉々に砕け散る。
飛び込んできたのは、銀色の破片と――夜風を纏った一人の少女。
「――カズに指一本触れさせないわよッ!!」
怒号と共にパーカー姿の影がクロノに突っ込んでいく。
橘莉緒だ。
彼女は飛び蹴りの勢いのままクロノと俺の間に割り込んだ。
「な……ッ!?」
クロノが初めて表情を崩す。
驚愕に目を見開いたまま彼女はバックステップで距離を取った。
「時間停止空間内での活動を確認……。あり得ない。あなたはただの現代人のはず」
「うるさいわね! 友達がいじめられてんのに止まってられるわけないでしょ!」
莉緒が吠える。
その背中が俺を庇うように立ちはだかっている。
不思議なことに、彼女が乱入したことで俺を縛っていた金縛りのような力が緩んだ気がした。
俺は膝から崩れ落ち荒い息を吐く。
「はぁ……はぁ……! 莉緒……!?」
「大丈夫、カズ!? 怪我ない!?」
「お前……なんで……さっき帰ったはずじゃ……」
「なんか嫌な予感がしたのよ! 戻ってきて正解だったわ!」
彼女は俺を振り返らず油断なくクロノを睨みつけている。
その横顔には冷や汗が流れていた。
強がっているけれど、本能で相手が「ヤバい奴」だと理解しているのだ。
それでも彼女は俺の前から退かない。
クロノはデバイスを下ろし、小首を傾げて莉緒を観察した。
「分析不能。橘莉緒。あなたのパラメータはこの時空のデータベースと照合できません。……なぜ、時の檻を破れたのですか?」
「知るか! 根性よ、根性!」
「コンジョウ……。非論理的です」
クロノは嘆息するように目を伏せた。
そして、パチンと指を鳴らす。
途端に世界に色が戻った。
止まっていた時計の秒針が再びチクタクと音を刻み始める。
「……凍結処理を中断します」
「え?」
「あなたの存在そのものが予測不能なエラー因子であることが判明しました。このまま強行すれば時空構造が崩壊するリスクがあります」
クロノは淡々と告げると手元のデバイスを空中に放った。
それは光の粒子となって消滅する。
「任務変更。対象・青葉一樹の『排除』から『監視』へ移行します」
「か、監視……?」
「はい。あなたがこれ以上世界にバグを撒き散らさないよう、24時間体制で管理します」
彼女はそう言うと当然のように俺のベッドに腰を下ろした。
「というわけで、今日からここに住みます」
「はあああああ!?」
俺と莉緒の声が重なった。
未来からの刺客は、殺し屋から一転最悪の居候へとジョブチェンジしたのだった。
***
翌朝。
俺の部屋はカオスな朝食風景を迎えていた。
「あのさ……なんでお前までいんの?」
「当たり前でしょ! 謎の女と同棲なんかさせられるか!」
テーブルを挟んで莉緒がクロノを睨みつけながらトーストをかじっている。
昨夜クロノが「住む」と宣言した後、莉緒は大激怒して反対したのだが、クロノの「私が離れれば彼は世界の修正力によって消滅する可能性があります」という脅し(事実らしい)に屈し渋々認めたのだ。
その代わり、「私も入り浸るから!」と宣言してこうして朝から押しかけてきている。
「……咀嚼、嚥下。炭水化物の摂取を確認」
一方のクロノは俺が出した目玉焼きを無表情で食べていた。
美味しいとか、そういう感想はない。
ただの燃料補給だ。
「おい、クロノ。お前、一体何者なんだよ。改めて説明しろ」
俺が問うと彼女はフォークを置いて背筋を伸ばした。
「私は西暦2200年の『時間管理局』に所属するエージェント、クロノです」
「時間管理局……」
「はい。過去・現在・未来の正しい歴史(タイムライン)を管理し、不当な改変を防ぐ組織です。あなたが開いてしまったその『運命の書』は、本来この時代に存在してはならない未来のロストテクノロジーです」
彼女は俺の鞄から覗く革表紙の本を指差した。
「その本は、確定した未来を記述し、読み手の行動によって現実を書き換える力を持っています。あなたが雛森詩織を救ったことで、未来にはすでに甚大なバグが発生しています」
「バグって……あの子が生きてることが、間違いだって言うのか?」
「歴史的観点から見れば、そうです。彼女の死はある技術開発のきっかけになるはずでしたから」
冷酷な言葉にカチンとくる。
でも、莉緒が先に机を叩いた。
「ふざけんじゃないわよ! 人の命を『間違い』なんて言うな!」
「感情論は無意味です。ですが……現状、青葉一樹の改変能力が未知数である以上、下手に排除するよりも行動を監視し被害を最小限に抑える方が合理的と判断されました」
クロノは立ち上がり俺の制服の袖を掴んだ。
「登校時間です。学校へも同行します」
「はあ!? 学校に来んのかよ!」
「転入手続きは、すでに歴史の隙間にハッキングして完了しています。私はあなたの『遠い親戚』という設定です」 「仕事早すぎだろ……」
頭を抱える俺。
不機嫌MAXの莉緒。
そして無表情な美少女ロボット(人間だけど)。
奇妙な三人組の登校が始まった。
***
学校に着くとそこには「もう一つの爆弾」が待ち受けていた。
「おはようございます、青葉くん」
教室に入った瞬間、ふわりと香る花の匂い。
雛森詩織だ。
彼女は俺の席の前で、清楚に両手を揃えて待っていた。
昨日のような「ピンク色の暴走」を警戒して身構える俺。
莉緒も「また来たわね……!」と戦闘態勢をとる。
しかし。
「昨日は……その、すみませんでした。私、少し取り乱してしまって……」
詩織は恥ずかしそうに頬を染め、深く頭を下げた。
その姿は、以前の儚げな図書委員に戻っているように見えた。
お弁当の風呂敷包みもない。
「え、あ、いや、全然……」
「命を助けていただいて、嬉しくて、つい……。ご迷惑でしたよね?」
「いや、迷惑ってわけじゃ……」
「ふふ、よかった。これからは青葉くんの負担にならないように陰ながら応援させていただきますね」
彼女は天使のような微笑みを残し、自分の席へと戻っていった。
一歩引いた、奥ゆかしい態度。
クラスの男子たちが「今日の雛森さん、なんか色っぽくね?」「女神かよ」とざわついている。
俺は胸を撫で下ろした。
よかった、昨日のヤンデレモードは一時的な錯乱だったんだ。
やっぱり詩織はいい子だ。
「……甘いわね」
隣の席で莉緒が低い声で呟いた。
「え?」
「カズ、あれは『撤退』じゃないわ。『潜伏』よ」
「潜伏?」
「昨日の今日で、あんなに綺麗に引けるわけないでしょ。あれはね、『ガツガツ行くとカズに引かれる』って学習した上での『一歩引いて尽くす女』アピールよ。……計算高いわねあの泥棒猫」
莉緒の目は狩人のように鋭かった。
確かに、授業中に視線を感じて振り向くと詩織と目が合う。
彼女はニッコリと微笑み、口パクで「が・ん・ば・っ・て」と告げてくる。
……重い。
直接来ない分、空気のような重圧(プレッシャー)が凄い。
まるで、すでに外堀を埋められた既婚者のような気分だ。
そして休み時間。
「青葉一樹。トイレに行きますか? 監視対象の排泄データも記録必要があります」
「ついてくんな!!」
転校生として紹介されたクロノが俺の背後にピタリと張り付いている。
「あの美少女誰だ?」
「青葉の親戚だって?」
「また青葉かよ!」
クラスの視線が痛い。
幼馴染(莉緒)、命を救ったヒロイン(詩織)、未来からの監視者(クロノ)。
俺の半径数メートルだけ人口密度と顔面偏差値とトラブルの濃度が異常に高まっていた。
***
放課後。
半ば強制的に、俺の家で「監視という名の勉強会」が開かれることになった。
メンバーは俺、莉緒、クロノ。
(詩織は「今日は遠くから幸せを祈っています」という謎のメールを残して帰った。逆に怖い)。
「おいクロノ。お前さっきから何見てんだ?」
リビングのテーブルでクロノがじっと一点を見つめていた。
彼女の視線の先にあるのは母さんが買ってきたドーナツだ。
「……ドーナツ。円環構造を持つ揚げ菓子。栄養価に対しカロリーが非効率です」
「食ったことないのか?」
「未来の食事は、完全栄養食のタブレットが主ですので」
俺は苦笑し、ポン・デ・リングを一つ手に取って彼女に差し出した。
「食ってみろよ。効率だけが全てじゃないぞ」
「……毒物の可能性は?」
「ねーよ。ほら」
クロノは疑わしそうにドーナツを受け取り、小さな口でハムッとかじった。
モグモグと咀嚼する。
そして、動きが止まった。
「……」
「どうだ?」
「……糖分と脂質の結合による、脳内報酬系の刺激を確認。……評価:悪くありません」
「だろ? それが『美味しい』ってことだ」
彼女の無機質な瞳がほんの少しだけ――本当に微かにだが、輝いたように見えた。
彼女は残りのドーナツを大事そうに食べ始めた。
「……ふん。よかったわね、ポンコツロボット」
莉緒が頬杖をつきながら横目でそれを見ていた。
口は悪いが、その表情はそこまで険しくない。
なんだかんだ言ってもこいつもお人好しなのだ。
奇妙な時間が流れる。
監視者と、監視対象。
本来なら敵同士のはずなのに、同じテーブルでドーナツを囲んでいる。
こんな穏やかな時間がずっと続けばいいのに。
そう思った矢先だった。
ブゥン。
俺の鞄の中で低い振動音がした。
『運命の書』だ。
空気が一変する。
莉緒が弾かれたように顔を上げ、クロノが素早くドーナツを置いて身構える。
「……更新された」
俺は震える手で本を取り出した。
ページを開く。
そこには、詩織の件以来となる新たな「未来」が刻まれていた。
だが、今度の内容は誰かの死ではなかった。
『五月五日。光り輝く星がその光を失う日』
『国民的アイドル・星乃綺羅々(ほしの きらら)。彼女の絶望が世界に「沈黙」をもたらす』
『トリガー:ライブ会場でのたった一つの些細なミス』
「……アイドル?」
「星乃綺羅々って、あの今超人気の!?」
莉緒が身を乗り出す。
テレビで見ない日はない、現役女子高生のトップアイドルだ。
なぜ、俺の物語にそんな有名人が?
クロノが冷静にその記述を覗き込む。
「星乃綺羅々……。歴史データ照合。彼女は本来、五月のライブを大成功させ、海外進出を果たすはずの人物です。……ですが、この記述は違います」
「『光を失う』……引退か? それとも……」
「わかりません。ですが、このバグを放置すれば彼女が影響を与えるはずだった数百万人の未来が変わります」
クロノは俺を見た。
「青葉一樹。これは新たなエラーです。ですが……あなたがこの本を持っている以上、この運命に関わることになるでしょう」
俺はゴクリと唾を飲み込む。
詩織の次は国民的アイドル。
スケールがでかくなっている。
しかも、「絶望」という言葉が不穏すぎる。
「……関わるって、どうやって?」
「それは、本が教えてくれるはずです」
俺はページをめくる。
そこには、次の行動を示すように一行だけ書き加えられていた。
『――少年は、チケットもないままライブ会場の裏口へと導かれる』
「不法侵入じゃねーか!」
俺のツッコミが静かな部屋に響いた。
けれど、もう後戻りはできないことはわかっていた。
詩織を救った時、俺は選んだのだ。
白紙の未来を自分の手で書き換えていくことを。
「行くぞ、カズ」
莉緒が立ち上がり、不敵に笑う。
「アイドルだろうがなんだろうが、バッドエンドなんて認めない。私たちの物語に悲しい結末はいらないでしょ?」
その笑顔に俺の不安が少しだけ溶ける。
そうだ。
俺には最強の相棒(ヒロイン)がいる。
そして今度は、冷静な分析官(クロノ)もいる。
……まあ、ストーカー気味の守護神(詩織)もどこかで見守っているだろう。
「ああ。……やってやるよ」
俺は本を閉じた。
次のステージは煌びやかなスポットライトの下。
運命の書き換え劇、第二幕の開演だ。
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