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第五章 時の神殿と、裏切りの守護者
如月蓮「真の使命」
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七年前の夕暮れの公園。
莉緒の手を握りしめ、光の渦へと飛び込んだ俺たちの視界はまばゆい白に塗りつぶされた。
上下の感覚がない。
時間の感覚もない。
まるで、永遠に続く白いトンネルの中を落下しているような、あるいは猛スピードで上昇しているような浮遊感。
隣にいるはずの莉緒の手の感触だけが俺を現実に繋ぎ止めていた。
「座標固定、完了。……到着します」
クロノの声が響く。
次の瞬間、俺たちの足裏に「硬い地面」の感触が戻った。
「……ここ、は……」
目を開けた俺は息を呑んだ。
そこはこの世のどこでもない場所だった。
空は果てしなく続く群青色。
太陽も月もなく代わりに無数の歯車と時計の針が星のように空中に浮遊している。
地面は鏡のように磨き上げられた石畳。
そして目の前には、天を衝くほど巨大な赤い鳥居がそびえ立っていた。
鳥居の奥には、古風な神社と近未来的なタワーが融合したような奇妙で荘厳な建築物が鎮座している。
「『時の神殿』……。世界の管理領域(アドミニストレータ)の深層部です」
クロノが警戒心を露わにして周囲を見回す。
俺の隣で莉緒が不安そうに身を寄せた。
彼女の体はまだ半透明で時折ノイズが走っている。
「カズ、ここ……なんか怖い」
「大丈夫だ。俺がついてる」
虚勢を張って答える。
だがその時。
背後から聞き慣れた、しかし氷のように冷たい声がした。
「よく来たね、イレギュラーたち。……まさか、ボクの実家まで押しかけてくるとは思わなかったよ」
振り返ると如月蓮が立っていた。
いつもの制服姿ではない。
この空間に入った影響か、彼女の服装は白を基調とした狩衣(かりぎぬ)のような、しかし機能的な装束に変わっていた。
その瞳はこれまで見たことがないほど沈んでいる。
「蓮……。ここは、お前の家なのか?」
「そうさ。如月の一族は代々この『時の神殿』を守り世界のバグを修正する役割を担っている。……外の世界での『如月蓮』はあくまで仮の姿」
彼女は鳥居の方を向いた。
「そして、七年前の莉緒を回収したのもボクの一族だ」
「だったら話が早い! 返してくれ! 莉緒を元の世界に!」
俺が叫ぶと蓮は悲しげに首を横に振った。
「できないよ」
「な、なんでだよ!」
「彼女はもう、ただの人間じゃないからさ」
その時。
ドォォォォン……!
腹の底に響くような太鼓の音が神殿の奥から轟いた。
空中に浮かぶ無数の歯車が一斉に回転を止め重苦しい気配が空間を支配する。
「――騒がしいぞ、蓮」
威圧感たっぷりの野太い声。
鳥居の奥から数人の人影が現れた。
先頭に立つのは白髪の老人。
蓮と同じ装束を身に纏い、その手には身の丈ほどの杖を持っている。
顔には能面のような仮面をつけているが、隙間から覗く瞳の鋭さは老人とは思えないほど強烈だ。
「お祖父様……」 蓮がその場に片膝をつき頭を垂れる。
「族長、如月源十郎(げんじゅうろう)。この領域の最高管理者です」
クロノが俺の耳元で囁く。
「戦闘力は未知数。私の計算では勝率0.001%以下です」
「クロノ、そういう計算はやめろ。怖くなるだろ」
俺は莉緒を背に庇い、老人――源十郎を睨みつけた。
「貴様か。時の檻を破りここまで入り込んできた不届き者は」
源十郎の視線が、俺を、そして背後の莉緒を射抜く。
「そして……逃げ出した『サンプル』が自ら戻ってくるとはな。手間が省けたわ」
「サンプルだと……?」
「いかにも。その娘、橘莉緒は、七年前に死ぬ運命だった。だが我々はその魂を回収しある『器』として再利用することにしたのだ」
源十郎は杖で石畳を突いた。
カァン!
という音が響き渡り空中にホログラムのような映像が浮かび上がる。
そこには七年前の事故現場と、そこから抽出された光のデータが複雑な結晶体へと加工される工程が映し出されていた。
「この世界は度重なる運命改変によって不安定になっている。いつ崩壊してもおかしくない。そこで我々は世界を一度『初期化(リセット)』するための鍵――『時空の楔(くさび)』を作ることにした」
源十郎は半透明の莉緒を指差した。
「死の運命を背負いながら生への執着が異常に強い魂。それが楔の素材として最適だったのだ。……つまり、その娘は今や人間ではない。世界の崩壊を防ぐための、生きた『安全装置』なのだよ」
「ふざけるな……!」
俺の中で何かが切れた音がした。
莉緒が道具? 安全装置?
「莉緒は人間だ! 俺と一緒に笑って、泣いて、喧嘩する……ただの女の子だ! お前らの都合で勝手に定義すんじゃねえ!」
「黙れ小僧!」
源十郎が一喝する。
凄まじい風圧が俺たちを襲う。
俺は踏ん張ったが数メートル後退させられた。
「個人の感情など世界全体の安寧の前では塵に等しい。……蓮よ」
「は、はい」
「その者たちを捕らえよ。サンプルは回収し、男とアンドロイドは記憶を消去して外へ放り出せ」
冷酷な命令。
蓮がゆっくりと立ち上がる。
彼女は俺たちの方を向き、懐から数本のクナイのような武器を取り出した。
「……ごめんね、カズ、莉緒」
蓮の声は震えていた。
「これは一族の掟なんだ。世界の崩壊を防ぐためにはボクは……情を捨てなきゃいけない」
「蓮……お前、本気なのか?」
「……抵抗しないでくれ。ボクだってキミたちを傷つけたくないんだ」
彼女が構える。
その殺気は本物だ。
東京ドームでの戦いとは違う。
迷いを断ち切ろうとする悲壮な覚悟がそこにあった。
「クロノ、莉緒を守れ! 俺が止める!」
「無理です! 彼女の戦闘力はこの空間では数倍に跳ね上がっています!」
クロノが前に出ようとするがそれより速く蓮が動いた。
疾風。
瞬きする間に懐に入り込まれ、俺は鳩尾に強烈な掌底を食らった。
「がはっ……!」
「カズ!!」
吹き飛ばされ石畳を転がる。
激痛で呼吸ができない。
やはり、強すぎる。
「動かないで。……次は骨を折るよ」
蓮が俺を見下ろす。
その瞳には涙が溜まっていた。
「なんでだよ、蓮……」
俺は咳き込みながら彼女を見上げた。
「お前、言ったよな。俺に興味があるって。……俺の熱量がどこから来るのか知りたいって」
「……言ったよ。だからこそここで終わらせてあげるんだ。これ以上関わればキミは本当に消される」
「違うだろ……!」
俺は叫んだ。
「お前は本当は迷ってるんだろ! 友達を犠牲にして守る世界に何の意味があるんだよ!」
「綺麗事を言うな! ボクはずっとそう教えられてきたんだ! 誰かが犠牲にならなきゃ世界は回らないんだって!」
「だったら! 俺がその理不尽なルールを書き換えてやる!」
俺は懐から『運命の書』を取り出した。
この空間で使える保証はない。
でも、賭けるしかなかった。
「往生際の悪い……!」
蓮がクナイを振り上げる。
その時。
俺たちの間に半透明の影が割って入った。
「やめて、蓮ちゃん!!」
莉緒だった。
彼女は両手を広げ、俺を庇うように立ちはだかった。
「莉緒、どいて! キミに当たったら……!」
「どかない! カズを傷つけるなら私が相手になる!」
莉緒の体から激しいノイズが走る。
存在が消えかけている。
それでも彼女の瞳は燃えていた。
「私は……道具なんかじゃない。楔なんかじゃない! 私は、青葉一樹の幼馴染、橘莉緒だ!」
「莉緒……」
「思い出してよ、蓮ちゃん! ドーナツ食べた時、美味しかったでしょ!? 漫画読んで、一緒に笑ったじゃん! あれは全部、嘘だったの!?」
蓮の動きが止まった。
脳裏に蘇る記憶。
初めて食べたフレンチクルーラーの甘さ。
放課後の教室の喧騒。
「また明日な」と手を振ってくれた笑顔。
冷たい「管理」の世界で生きてきた彼女にとってそれは眩しすぎるほどの「体温」のある日々だった。
「……嘘じゃ、ない」
蓮の手からクナイがカランと落ちた。
「嘘なわけ、ないだろ……!」
「蓮! 何をしている! 早くとどめを刺さんか!」
源十郎の怒号が飛ぶ。
蓮はビクリと肩を震わせた。
染み付いた恐怖。
絶対的な服従。
しかし、彼女はゆっくりと振り返り祖父を見据えた。
「……できません」
「何?」
「この人たちはボクの友達です。……世界の管理より友達の笑顔を守りたい。それがボクの選んだ『理』です!」
「愚か者が……! 一族の面汚しめ!」
源十郎が杖を掲げる。
杖の先端から黒い雷のようなエネルギーが放たれた。
標的は裏切り者の蓮。
「くっ……!」
蓮が身構える。
だが、防ぎきれない。
ドォォォン!!
爆発音が轟く。
しかし、蓮は無傷だった。
俺たちの前に虹色に輝く障壁(バリア)が出現し、黒い雷を防いでいたのだ。
「え……?」
蓮が目を見開く。
その障壁の中心にいたのは莉緒だった。
彼女の体からまばゆい光が溢れ出している。
半透明だった体が、光の糸で編み上げられるように実体を取り戻していく。
そして、彼女の胸の奥で時計の針のような紋章が輝き始めた。
「こ、これは……『時空の楔』が覚醒したのか!?」 源十郎が驚愕する。
「カズが……教えてくれたから」
莉緒が光の中で微笑んだ。
その笑顔は女神のように神々しく、そしていつもの彼女らしく力強かった。
「私が何者かとか、道具とか、そんなの関係ない。私はカズに選ばれたヒロインなんだって!」
彼女は右手を掲げた。
それに応えるように、俺の手の中にある『運命の書』がかつてないほどの熱を放ち、勝手にページがめくられた。 白紙だったページに金色の文字が焼き付けられていく。
『特異点・橘莉緒、覚醒』
『彼女は世界をリセットする鍵ではない。未来を切り開く剣である』
『記述権限、一部譲渡――二人で綴る、新たな運命』
「カズ、行くよ!」
「ああ!」
俺は立ち上がり蓮の肩を叩いた。
「一緒に戦ってくれるか、蓮」
蓮は涙を拭いニカッと笑った。
いつもの不敵な笑みだ。
「勘違いしないでよね。ボクはボクのルールに従うだけさ!」
彼女は落ちていたクナイを拾い上げ、構えた。
「クロノ、サポート頼む!」
「了解。バグの修正率、上昇中。……勝率、計算不能(インフィニティ)に修正します!」
四人が並び立つ。
目の前には激怒する源十郎と、神殿から湧き出てくる無数の式神たち。
「行くぞ! 俺たちの物語を取り戻すんだ!」
俺の号令と共に莉緒が光を纏って駆け出した。
彼女が振るう拳は空間そのものを歪ませ、迫り来る式神をなぎ倒していく。
蓮が舞うようにクナイを投擲し敵の動きを封じる。
クロノが時間を遅延させ隙を作る。
そして俺は、『運命の書』に新たな一文を書き込む――。
『――少年と少女たちは、神すらも恐れぬ反逆の狼煙を上げる』
七年前の真実を超えて。
俺たちは今、本当の意味で「運命」に喧嘩を売ったのだ。
時の神殿を揺るがす戦いが、今始まる。
莉緒の手を握りしめ、光の渦へと飛び込んだ俺たちの視界はまばゆい白に塗りつぶされた。
上下の感覚がない。
時間の感覚もない。
まるで、永遠に続く白いトンネルの中を落下しているような、あるいは猛スピードで上昇しているような浮遊感。
隣にいるはずの莉緒の手の感触だけが俺を現実に繋ぎ止めていた。
「座標固定、完了。……到着します」
クロノの声が響く。
次の瞬間、俺たちの足裏に「硬い地面」の感触が戻った。
「……ここ、は……」
目を開けた俺は息を呑んだ。
そこはこの世のどこでもない場所だった。
空は果てしなく続く群青色。
太陽も月もなく代わりに無数の歯車と時計の針が星のように空中に浮遊している。
地面は鏡のように磨き上げられた石畳。
そして目の前には、天を衝くほど巨大な赤い鳥居がそびえ立っていた。
鳥居の奥には、古風な神社と近未来的なタワーが融合したような奇妙で荘厳な建築物が鎮座している。
「『時の神殿』……。世界の管理領域(アドミニストレータ)の深層部です」
クロノが警戒心を露わにして周囲を見回す。
俺の隣で莉緒が不安そうに身を寄せた。
彼女の体はまだ半透明で時折ノイズが走っている。
「カズ、ここ……なんか怖い」
「大丈夫だ。俺がついてる」
虚勢を張って答える。
だがその時。
背後から聞き慣れた、しかし氷のように冷たい声がした。
「よく来たね、イレギュラーたち。……まさか、ボクの実家まで押しかけてくるとは思わなかったよ」
振り返ると如月蓮が立っていた。
いつもの制服姿ではない。
この空間に入った影響か、彼女の服装は白を基調とした狩衣(かりぎぬ)のような、しかし機能的な装束に変わっていた。
その瞳はこれまで見たことがないほど沈んでいる。
「蓮……。ここは、お前の家なのか?」
「そうさ。如月の一族は代々この『時の神殿』を守り世界のバグを修正する役割を担っている。……外の世界での『如月蓮』はあくまで仮の姿」
彼女は鳥居の方を向いた。
「そして、七年前の莉緒を回収したのもボクの一族だ」
「だったら話が早い! 返してくれ! 莉緒を元の世界に!」
俺が叫ぶと蓮は悲しげに首を横に振った。
「できないよ」
「な、なんでだよ!」
「彼女はもう、ただの人間じゃないからさ」
その時。
ドォォォォン……!
腹の底に響くような太鼓の音が神殿の奥から轟いた。
空中に浮かぶ無数の歯車が一斉に回転を止め重苦しい気配が空間を支配する。
「――騒がしいぞ、蓮」
威圧感たっぷりの野太い声。
鳥居の奥から数人の人影が現れた。
先頭に立つのは白髪の老人。
蓮と同じ装束を身に纏い、その手には身の丈ほどの杖を持っている。
顔には能面のような仮面をつけているが、隙間から覗く瞳の鋭さは老人とは思えないほど強烈だ。
「お祖父様……」 蓮がその場に片膝をつき頭を垂れる。
「族長、如月源十郎(げんじゅうろう)。この領域の最高管理者です」
クロノが俺の耳元で囁く。
「戦闘力は未知数。私の計算では勝率0.001%以下です」
「クロノ、そういう計算はやめろ。怖くなるだろ」
俺は莉緒を背に庇い、老人――源十郎を睨みつけた。
「貴様か。時の檻を破りここまで入り込んできた不届き者は」
源十郎の視線が、俺を、そして背後の莉緒を射抜く。
「そして……逃げ出した『サンプル』が自ら戻ってくるとはな。手間が省けたわ」
「サンプルだと……?」
「いかにも。その娘、橘莉緒は、七年前に死ぬ運命だった。だが我々はその魂を回収しある『器』として再利用することにしたのだ」
源十郎は杖で石畳を突いた。
カァン!
という音が響き渡り空中にホログラムのような映像が浮かび上がる。
そこには七年前の事故現場と、そこから抽出された光のデータが複雑な結晶体へと加工される工程が映し出されていた。
「この世界は度重なる運命改変によって不安定になっている。いつ崩壊してもおかしくない。そこで我々は世界を一度『初期化(リセット)』するための鍵――『時空の楔(くさび)』を作ることにした」
源十郎は半透明の莉緒を指差した。
「死の運命を背負いながら生への執着が異常に強い魂。それが楔の素材として最適だったのだ。……つまり、その娘は今や人間ではない。世界の崩壊を防ぐための、生きた『安全装置』なのだよ」
「ふざけるな……!」
俺の中で何かが切れた音がした。
莉緒が道具? 安全装置?
「莉緒は人間だ! 俺と一緒に笑って、泣いて、喧嘩する……ただの女の子だ! お前らの都合で勝手に定義すんじゃねえ!」
「黙れ小僧!」
源十郎が一喝する。
凄まじい風圧が俺たちを襲う。
俺は踏ん張ったが数メートル後退させられた。
「個人の感情など世界全体の安寧の前では塵に等しい。……蓮よ」
「は、はい」
「その者たちを捕らえよ。サンプルは回収し、男とアンドロイドは記憶を消去して外へ放り出せ」
冷酷な命令。
蓮がゆっくりと立ち上がる。
彼女は俺たちの方を向き、懐から数本のクナイのような武器を取り出した。
「……ごめんね、カズ、莉緒」
蓮の声は震えていた。
「これは一族の掟なんだ。世界の崩壊を防ぐためにはボクは……情を捨てなきゃいけない」
「蓮……お前、本気なのか?」
「……抵抗しないでくれ。ボクだってキミたちを傷つけたくないんだ」
彼女が構える。
その殺気は本物だ。
東京ドームでの戦いとは違う。
迷いを断ち切ろうとする悲壮な覚悟がそこにあった。
「クロノ、莉緒を守れ! 俺が止める!」
「無理です! 彼女の戦闘力はこの空間では数倍に跳ね上がっています!」
クロノが前に出ようとするがそれより速く蓮が動いた。
疾風。
瞬きする間に懐に入り込まれ、俺は鳩尾に強烈な掌底を食らった。
「がはっ……!」
「カズ!!」
吹き飛ばされ石畳を転がる。
激痛で呼吸ができない。
やはり、強すぎる。
「動かないで。……次は骨を折るよ」
蓮が俺を見下ろす。
その瞳には涙が溜まっていた。
「なんでだよ、蓮……」
俺は咳き込みながら彼女を見上げた。
「お前、言ったよな。俺に興味があるって。……俺の熱量がどこから来るのか知りたいって」
「……言ったよ。だからこそここで終わらせてあげるんだ。これ以上関わればキミは本当に消される」
「違うだろ……!」
俺は叫んだ。
「お前は本当は迷ってるんだろ! 友達を犠牲にして守る世界に何の意味があるんだよ!」
「綺麗事を言うな! ボクはずっとそう教えられてきたんだ! 誰かが犠牲にならなきゃ世界は回らないんだって!」
「だったら! 俺がその理不尽なルールを書き換えてやる!」
俺は懐から『運命の書』を取り出した。
この空間で使える保証はない。
でも、賭けるしかなかった。
「往生際の悪い……!」
蓮がクナイを振り上げる。
その時。
俺たちの間に半透明の影が割って入った。
「やめて、蓮ちゃん!!」
莉緒だった。
彼女は両手を広げ、俺を庇うように立ちはだかった。
「莉緒、どいて! キミに当たったら……!」
「どかない! カズを傷つけるなら私が相手になる!」
莉緒の体から激しいノイズが走る。
存在が消えかけている。
それでも彼女の瞳は燃えていた。
「私は……道具なんかじゃない。楔なんかじゃない! 私は、青葉一樹の幼馴染、橘莉緒だ!」
「莉緒……」
「思い出してよ、蓮ちゃん! ドーナツ食べた時、美味しかったでしょ!? 漫画読んで、一緒に笑ったじゃん! あれは全部、嘘だったの!?」
蓮の動きが止まった。
脳裏に蘇る記憶。
初めて食べたフレンチクルーラーの甘さ。
放課後の教室の喧騒。
「また明日な」と手を振ってくれた笑顔。
冷たい「管理」の世界で生きてきた彼女にとってそれは眩しすぎるほどの「体温」のある日々だった。
「……嘘じゃ、ない」
蓮の手からクナイがカランと落ちた。
「嘘なわけ、ないだろ……!」
「蓮! 何をしている! 早くとどめを刺さんか!」
源十郎の怒号が飛ぶ。
蓮はビクリと肩を震わせた。
染み付いた恐怖。
絶対的な服従。
しかし、彼女はゆっくりと振り返り祖父を見据えた。
「……できません」
「何?」
「この人たちはボクの友達です。……世界の管理より友達の笑顔を守りたい。それがボクの選んだ『理』です!」
「愚か者が……! 一族の面汚しめ!」
源十郎が杖を掲げる。
杖の先端から黒い雷のようなエネルギーが放たれた。
標的は裏切り者の蓮。
「くっ……!」
蓮が身構える。
だが、防ぎきれない。
ドォォォン!!
爆発音が轟く。
しかし、蓮は無傷だった。
俺たちの前に虹色に輝く障壁(バリア)が出現し、黒い雷を防いでいたのだ。
「え……?」
蓮が目を見開く。
その障壁の中心にいたのは莉緒だった。
彼女の体からまばゆい光が溢れ出している。
半透明だった体が、光の糸で編み上げられるように実体を取り戻していく。
そして、彼女の胸の奥で時計の針のような紋章が輝き始めた。
「こ、これは……『時空の楔』が覚醒したのか!?」 源十郎が驚愕する。
「カズが……教えてくれたから」
莉緒が光の中で微笑んだ。
その笑顔は女神のように神々しく、そしていつもの彼女らしく力強かった。
「私が何者かとか、道具とか、そんなの関係ない。私はカズに選ばれたヒロインなんだって!」
彼女は右手を掲げた。
それに応えるように、俺の手の中にある『運命の書』がかつてないほどの熱を放ち、勝手にページがめくられた。 白紙だったページに金色の文字が焼き付けられていく。
『特異点・橘莉緒、覚醒』
『彼女は世界をリセットする鍵ではない。未来を切り開く剣である』
『記述権限、一部譲渡――二人で綴る、新たな運命』
「カズ、行くよ!」
「ああ!」
俺は立ち上がり蓮の肩を叩いた。
「一緒に戦ってくれるか、蓮」
蓮は涙を拭いニカッと笑った。
いつもの不敵な笑みだ。
「勘違いしないでよね。ボクはボクのルールに従うだけさ!」
彼女は落ちていたクナイを拾い上げ、構えた。
「クロノ、サポート頼む!」
「了解。バグの修正率、上昇中。……勝率、計算不能(インフィニティ)に修正します!」
四人が並び立つ。
目の前には激怒する源十郎と、神殿から湧き出てくる無数の式神たち。
「行くぞ! 俺たちの物語を取り戻すんだ!」
俺の号令と共に莉緒が光を纏って駆け出した。
彼女が振るう拳は空間そのものを歪ませ、迫り来る式神をなぎ倒していく。
蓮が舞うようにクナイを投擲し敵の動きを封じる。
クロノが時間を遅延させ隙を作る。
そして俺は、『運命の書』に新たな一文を書き込む――。
『――少年と少女たちは、神すらも恐れぬ反逆の狼煙を上げる』
七年前の真実を超えて。
俺たちは今、本当の意味で「運命」に喧嘩を売ったのだ。
時の神殿を揺るがす戦いが、今始まる。
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