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第十八話 「花のように咲いて」
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——白水視点——
小さい頃から、俺はあらゆることに対して冷めていた。
理由は分からない。
ただ、興味というものが、どうしても湧かなかった。
それに興味はなくとも、大抵のことは一人でなんでも出来た。
勉学も運動も、求められれば完璧にこなせたし、家柄も申し分ないほどで、何不自由ない生活を送っていた。
そのせいか、あるいは生まれ持った性質なのか。
同年代の子供たちと同じように振る舞うことだけが、どうしても出来なかった。
もっとも、自分自身としては特に困ることもなく、問題があるとも思えなかった。
だが、両親だけは違った。
時折、俺を見る目に苦悶の色を滲ませていた。
……恐らく、原因は環境ではなく、本質の方だったのだろう。
そう考える方が、よほど納得がいく。
生を受けた瞬間から、
俺という人間は歪んでいたのだと思う。
ある日のこと。
初めて彼女のその姿を見た瞬間——
“花のよう”に咲いた可憐な女の子だと、素直に衝撃を受けた。
きっと。
花言葉にするなら、純潔や穢れなき心。
ただ美しいだけでなく、
不思議と人を惹きつけてしまう類の花だ。
けれど同時に、
他者に安易な隙を見せることはなく、
冷たく、高潔に咲き誇るその在り方に、
どこか自分と似たものを感じてもいた。
だからだろう。
ほんの少しだが、興味が湧いた。
少なくとも、その時点での俺の中で、
彼女の存在は……
間違いなく、好ましい部類に入っていた。
そして、その年——
その子は、俺の“婚約者”となった。
特別、どちらの家が困っていたわけでもない。
彼女の家も、うちと同じだ。
年が近いという、それだけの理由で決まった、
ほとんど口約束のような縁談だった。
どうせ、いずれは誰かと縁談を結ばねばならない。
そう考えれば、
家柄に問題はなく、第一印象も悪くない彼女が相手で、俺は少しだけ安堵していた。
その婚約者の名は——鈴乃、といった。
彼女の中での、俺の印象も悪くはなさそうだった。
このまま、良好な関係を築いていければいい。
…そう思っていたのも、束の間だった。
俺たちは、誘拐された。
財閥の子息や令嬢には、よくある話だ。
生きて帰れればそれでいい。
正直、その程度にしか考えていなかった。
だが、彼女は違った。
ぶるぶると恐怖に震え、
涙をぼろぼろと零しながら、泣き始めたのだ。
正直なところ、
泣き喚くのはやめてほしいと思った。
案の定と言うべきか…
誘拐犯たちは、彼女を黙らせようと殴りかかってきた。
男である以上、
婚約者である彼女を守る義務がある。
そう判断し、俺は前に出て——殴られてやった。
……だから、やめてほしかったのだ。
口の中が切れ、血の味がした。
冷静に考えれば、
泣き喚けばこうなることは、容易に予想できただろう。
それが分からない彼女に、
俺は大いに腹を立てていた。
本当に痛かったし、心底、迷惑だと感じた。
印象は、悪くない。
悪くはないが——
自分に似ている気がしたから、少し興味を持った。
だが、その瞬間に理解してしまった。
彼女も、結局は“普通の女の子”なのだと。
生まれつき歪んでいる俺は、
普通の人間に、まったく興味を持てない。
だから、この件が片付いたら、
婚約の解消を申し出るつもりだった。
皮肉なことに——
この時、彼女を庇って殴られたという行為こそが、結果的に彼女の“恋心”に火をつけてしまったらしい。
結論から言えば、
婚約の解消は叶わなかった。
仕方がない。
そう判断した俺は、
彼女の存在を“防波堤”として受け入れることにした。
彼女とは、一定の距離を保つ。
それ以上でも、それ以下でもない関係でいてやればいい。
それで、すべて丸く収まるはずだった。
それに、そのうち……
鈴乃に本当に好きな相手でもできて、
婚約を解消したいと言われる日が来るかもしれない。
あるいは、その逆も。
もっとも。
俺のような人間に、
そんな“特別な存在”が現れれば、の話だが。
それからの俺の日常は、
言葉で表現する気すら失せるほど、惨憺たるものだった。
とにかく、あの女はしつこい。
半永久的に俺のそばに蔓延るように付きまとい、その存在自体が、迷惑この上なかった。
まるで悪魔のような女だと、
俺は心の底から憎悪した。
しかし——
彼女も俺と同じ家格である以上、
強く出ることも、切り捨てることもできない。
その事実が、余計に俺を苛立たせた。
だから俺は、紳士として耐えた。
ひたすら、耐えて、耐えて、耐え凌いだ。
……もっとも。
ここまで俺の負の感情を引きずり出せる存在など、そうそういるものではない。
その点においては、
鈴乃という女に、感心してしまう自分がいたのも事実だ。
そして、俺の日常は、ある時を境に終わりを迎えた。
ある日、父上から——
彼女に義弟ができたと聞かされた。
ただの家族の話、というわけではない。
その義弟とやらは、この国のすべてを動かす力を持つほどの家系の血筋を引く存在らしい。
結果として、
我々四大財閥は総意のもと、
彼を守るという決断を下した。
……もっとも。
俺個人としては、その話に大した興味はなかった。
ところが。
その義弟が現れてからというもの、
彼女の俺に向けられていた好意という名の“嫌がらせ”は、嘘のように、ぱったりと消えた。
それどころか——
避けられている、とさえ感じる。
だから。
少しだけ、鎌をかけてみることにした。
すると彼女は、
義弟思いの“優しい姉”を演じていた。
あまつさえ、
「不安な義弟のそばにいたいから」と、
俺と別行動をさせてほしいと頼んでくる始末である。
……なるほど。
きっと、俺の気を引くための作戦なのだろうと考えた。
押して駄目なら、引いてみろ。
そういう手合いは、これまでにも何人も見てきた。
実際、名前の呼び方まで他人行儀になっていたのだから、なおさらそう思った。
だから——
今までの“嫌がらせ”の仕返しも兼ねて、
逆に、こちらからしつこく付き纏ってやることにした。
そして、だんだん気づいてしまった。
計算でも、演技でもなく。
彼女の中にあったはずの俺への好意は——
すでに散ってしまっていて。
もう、どこにもなかった。
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小さい頃から、俺はあらゆることに対して冷めていた。
理由は分からない。
ただ、興味というものが、どうしても湧かなかった。
それに興味はなくとも、大抵のことは一人でなんでも出来た。
勉学も運動も、求められれば完璧にこなせたし、家柄も申し分ないほどで、何不自由ない生活を送っていた。
そのせいか、あるいは生まれ持った性質なのか。
同年代の子供たちと同じように振る舞うことだけが、どうしても出来なかった。
もっとも、自分自身としては特に困ることもなく、問題があるとも思えなかった。
だが、両親だけは違った。
時折、俺を見る目に苦悶の色を滲ませていた。
……恐らく、原因は環境ではなく、本質の方だったのだろう。
そう考える方が、よほど納得がいく。
生を受けた瞬間から、
俺という人間は歪んでいたのだと思う。
ある日のこと。
初めて彼女のその姿を見た瞬間——
“花のよう”に咲いた可憐な女の子だと、素直に衝撃を受けた。
きっと。
花言葉にするなら、純潔や穢れなき心。
ただ美しいだけでなく、
不思議と人を惹きつけてしまう類の花だ。
けれど同時に、
他者に安易な隙を見せることはなく、
冷たく、高潔に咲き誇るその在り方に、
どこか自分と似たものを感じてもいた。
だからだろう。
ほんの少しだが、興味が湧いた。
少なくとも、その時点での俺の中で、
彼女の存在は……
間違いなく、好ましい部類に入っていた。
そして、その年——
その子は、俺の“婚約者”となった。
特別、どちらの家が困っていたわけでもない。
彼女の家も、うちと同じだ。
年が近いという、それだけの理由で決まった、
ほとんど口約束のような縁談だった。
どうせ、いずれは誰かと縁談を結ばねばならない。
そう考えれば、
家柄に問題はなく、第一印象も悪くない彼女が相手で、俺は少しだけ安堵していた。
その婚約者の名は——鈴乃、といった。
彼女の中での、俺の印象も悪くはなさそうだった。
このまま、良好な関係を築いていければいい。
…そう思っていたのも、束の間だった。
俺たちは、誘拐された。
財閥の子息や令嬢には、よくある話だ。
生きて帰れればそれでいい。
正直、その程度にしか考えていなかった。
だが、彼女は違った。
ぶるぶると恐怖に震え、
涙をぼろぼろと零しながら、泣き始めたのだ。
正直なところ、
泣き喚くのはやめてほしいと思った。
案の定と言うべきか…
誘拐犯たちは、彼女を黙らせようと殴りかかってきた。
男である以上、
婚約者である彼女を守る義務がある。
そう判断し、俺は前に出て——殴られてやった。
……だから、やめてほしかったのだ。
口の中が切れ、血の味がした。
冷静に考えれば、
泣き喚けばこうなることは、容易に予想できただろう。
それが分からない彼女に、
俺は大いに腹を立てていた。
本当に痛かったし、心底、迷惑だと感じた。
印象は、悪くない。
悪くはないが——
自分に似ている気がしたから、少し興味を持った。
だが、その瞬間に理解してしまった。
彼女も、結局は“普通の女の子”なのだと。
生まれつき歪んでいる俺は、
普通の人間に、まったく興味を持てない。
だから、この件が片付いたら、
婚約の解消を申し出るつもりだった。
皮肉なことに——
この時、彼女を庇って殴られたという行為こそが、結果的に彼女の“恋心”に火をつけてしまったらしい。
結論から言えば、
婚約の解消は叶わなかった。
仕方がない。
そう判断した俺は、
彼女の存在を“防波堤”として受け入れることにした。
彼女とは、一定の距離を保つ。
それ以上でも、それ以下でもない関係でいてやればいい。
それで、すべて丸く収まるはずだった。
それに、そのうち……
鈴乃に本当に好きな相手でもできて、
婚約を解消したいと言われる日が来るかもしれない。
あるいは、その逆も。
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俺のような人間に、
そんな“特別な存在”が現れれば、の話だが。
それからの俺の日常は、
言葉で表現する気すら失せるほど、惨憺たるものだった。
とにかく、あの女はしつこい。
半永久的に俺のそばに蔓延るように付きまとい、その存在自体が、迷惑この上なかった。
まるで悪魔のような女だと、
俺は心の底から憎悪した。
しかし——
彼女も俺と同じ家格である以上、
強く出ることも、切り捨てることもできない。
その事実が、余計に俺を苛立たせた。
だから俺は、紳士として耐えた。
ひたすら、耐えて、耐えて、耐え凌いだ。
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その点においては、
鈴乃という女に、感心してしまう自分がいたのも事実だ。
そして、俺の日常は、ある時を境に終わりを迎えた。
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ただの家族の話、というわけではない。
その義弟とやらは、この国のすべてを動かす力を持つほどの家系の血筋を引く存在らしい。
結果として、
我々四大財閥は総意のもと、
彼を守るという決断を下した。
……もっとも。
俺個人としては、その話に大した興味はなかった。
ところが。
その義弟が現れてからというもの、
彼女の俺に向けられていた好意という名の“嫌がらせ”は、嘘のように、ぱったりと消えた。
それどころか——
避けられている、とさえ感じる。
だから。
少しだけ、鎌をかけてみることにした。
すると彼女は、
義弟思いの“優しい姉”を演じていた。
あまつさえ、
「不安な義弟のそばにいたいから」と、
俺と別行動をさせてほしいと頼んでくる始末である。
……なるほど。
きっと、俺の気を引くための作戦なのだろうと考えた。
押して駄目なら、引いてみろ。
そういう手合いは、これまでにも何人も見てきた。
実際、名前の呼び方まで他人行儀になっていたのだから、なおさらそう思った。
だから——
今までの“嫌がらせ”の仕返しも兼ねて、
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