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第十九話 「初恋」
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——白水視点——
西園寺家の夜会にて——。
例の義弟とやらを、正式に西園寺家の養子として迎え入れるらしい。
正直、どうでもよかった。
興味もない。
すでに、彼女に対する関心も随分と薄れていた。
この夜会が終われば、
婚約破棄を切り出すつもりだった。
それに……今の彼女なら、あっさり受け入れるだろう。
そうどこかで、高を括っていた。
だが——俺は、まだ知らなかった。
この夜会こそが、
己の人生すべてを覆すことになるなどと。
直後、西園寺家から正式な発表がなされた。
会場は一斉にざわめき、
祝福とも野心ともつかぬ声が飛び交う。
誰もがその“有栖 結真”に値踏みの視線を向け、
利用価値を測ろうとしていた。
……分かりやすい。
そして、くだらない。
やがて一般の参加者たちは順に退場し、
残されたのは四大財閥のみ。
通称——四夜会。
だが、今日の空気はいつもと違っていた。
静かだが、張り詰めている。
そこへ、飄々と現れたのは
有栖 結真の両親を名乗る男女だった。
……いや、“両親”と呼ぶには、あまりにも品がない。
彼と血が繋がっているとは思えないほど、露骨な欲望を纏った目をしていた。
おそらく、狙いは金か、地位か。
西園寺家から何かを引き出そうという腹が、透けて見える。
……茶番だ。
本来なら、即刻追い出せば済む話だ。
だが、そうではない女が、そこにはいた。
まるで——
その美しい白を、敢えて赤に染めたかのような一輪の花。
鈴乃は、徹底的に彼らと闘っていた。
なぜ、そこまでするのか。
到底、理解できない。
けれど、その姿は大国の女帝のように気高く、あまりにも美しかった。
こんな鈴乃は知らない。
俺は、あんな女に興味などないはずだ。
ましてや、このような場で騒ぎを起こす女など——願い下げだ。
そう、思っている。
思っているはずなのに。
…この胸の高鳴りは、何だ。
耳が熱い。顔が熱い。
いや、全身が燃えるように熱い。
そして、
その思いを、さらに煽るような音が響いた。
——ばちん。
何が起きたのか、理解が追いつかない。
思わず目を凝らす。
鈴乃の頬が、赤く染まっていた。
見知らぬ女に、平手打ちされていたのだ。
……自分なら、こんな醜態は晒さない。
今の彼女は、自分とは、まるで真逆の存在だ。
それなのに。
他の誰かを庇い、叩かれたその姿が。
好きでも何でもないはずの婚約者のその姿が——後にも先にも、
あれほど格好良く見えたことはない。
胸が、煩い。
早鐘のように打ち鳴らされる鼓動が、鬱陶しくて仕方がない。
なのに、目を逸らすことができない。
ただ、その場に立ち尽くし、
彼女を見つめることしかできなかった。
だが、同時に——
鈴乃が庇った相手が自分ではなかったことに、ほんの少しだけ、胸がちくりと痛んだ。
こんな感覚は、初めてだった。
……きっと、風邪でも引いたのだろう。
そう思うことにして、
俺はその日、そそくさと足早に帰路についた。
後日。
どうしても、この気持ちの正体が分からないまま、俺は決断した。
——このまま、彼女から離れればいい。
そうすれば、こんな感情に振り回されることもない。
こんな、得体の知れないものは嫌だ。
そう思ったからだ。
だが——
婚約破棄の話を察した彼女は、
どこか嬉しそうにしていた。
その姿を見た瞬間、
理由の分からない苛立ちが、胸の奥に湧き上がる。
……なぜだ。
それでも。
もう話さえ整えば、関係ない。
とにかく、この気持ちから逃れられればそれでいい。
だから俺は、すぐに話し合いの場を設けた。
そして、開口一番に婚約破棄を打診した。
——はやく終わらせてしまえばいい。
そうすれば、この得体の知れない感情も消える。
……そう、思い込もうとしていた。
案の定と言うべきか、
鈴乃は淡々と、それを受け入れた。
その様子が、どうしようもなく不愉快だった。
気づけば、俺は口にしていた。
「お前は誰だ」と。
……きっと、あれは俺の知っている鈴乃ではない。
だから、こんな感情になるのだ。
彼女は、彼女であって、彼女ではない。
そうに違いない。
俺は、次から次へと彼女の“これまで”を並べ立てた。
変わった理由を、無理やり探るかのように。
挙げ句の果てには、
「君から、俺への好意をまったく感じなくなった」などと口にしていた。
……まるで、
それを惜しんでいるみたいじゃないか。
少しばかり、恥ずかしくなった。
すると鈴乃は、
驚くほど冷静な声で、自分の気持ちをなぞった。
ずっと俺を好きであるということ。
そして、俺が彼女を好きではないことを、ずっと理解していたこと。
だからこそ——
せめて最後くらいは、
俺が本当に愛する誰かと幸せになってほしいのだと。
そう言って、
彼女は少しだけぎこちなく、それでも優しく微笑んだ。
俺の知らない顔で。
その言葉を耳にした瞬間、
再び身体が熱を帯び、鼓動が荒れ狂った。
まだ彼女が自分を想っている——
その事実に、
喜びを覚えている自分がいることに気づく。
……馬鹿げている。
それでも——その瞬間、俺は悟った。
これが、“恋”だ。
「……婚約破棄は、しない」
「えっ……?」
「婚約破棄はしないと言っている!」
俺は平静を装い、腕を組んだ。
「あの、なぜ……」
彼女は少しばかり困ったように聞いてきた。
「正直、君がそこまで俺のことを思っていたとは思わなかった。
そこまで俺の幸せを願うのなら、鈴乃。
君が俺と一緒になって、俺を幸せにすればいいだろう」
実に愚かだと思った。
だが——気づけば、口にしていた。
彼女は明らかに動揺している。
だが、そんなことはどうでもよかった。
俺たちの関係は終わらせない。
それだけだ。
今まで以上に、君のいろんな表情を見たいと思った。
できることならば……その姿は、俺だけに向けられるものであってほしい。
鈴乃がそこまで俺を想っているのなら。
それを、俺のものにしてしまっても悪くはない。
——どうやら俺は、とんでもなく厄介な“初恋”をしてしまったらしい。
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西園寺家の夜会にて——。
例の義弟とやらを、正式に西園寺家の養子として迎え入れるらしい。
正直、どうでもよかった。
興味もない。
すでに、彼女に対する関心も随分と薄れていた。
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婚約破棄を切り出すつもりだった。
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だが——俺は、まだ知らなかった。
この夜会こそが、
己の人生すべてを覆すことになるなどと。
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会場は一斉にざわめき、
祝福とも野心ともつかぬ声が飛び交う。
誰もがその“有栖 結真”に値踏みの視線を向け、
利用価値を測ろうとしていた。
……分かりやすい。
そして、くだらない。
やがて一般の参加者たちは順に退場し、
残されたのは四大財閥のみ。
通称——四夜会。
だが、今日の空気はいつもと違っていた。
静かだが、張り詰めている。
そこへ、飄々と現れたのは
有栖 結真の両親を名乗る男女だった。
……いや、“両親”と呼ぶには、あまりにも品がない。
彼と血が繋がっているとは思えないほど、露骨な欲望を纏った目をしていた。
おそらく、狙いは金か、地位か。
西園寺家から何かを引き出そうという腹が、透けて見える。
……茶番だ。
本来なら、即刻追い出せば済む話だ。
だが、そうではない女が、そこにはいた。
まるで——
その美しい白を、敢えて赤に染めたかのような一輪の花。
鈴乃は、徹底的に彼らと闘っていた。
なぜ、そこまでするのか。
到底、理解できない。
けれど、その姿は大国の女帝のように気高く、あまりにも美しかった。
こんな鈴乃は知らない。
俺は、あんな女に興味などないはずだ。
ましてや、このような場で騒ぎを起こす女など——願い下げだ。
そう、思っている。
思っているはずなのに。
…この胸の高鳴りは、何だ。
耳が熱い。顔が熱い。
いや、全身が燃えるように熱い。
そして、
その思いを、さらに煽るような音が響いた。
——ばちん。
何が起きたのか、理解が追いつかない。
思わず目を凝らす。
鈴乃の頬が、赤く染まっていた。
見知らぬ女に、平手打ちされていたのだ。
……自分なら、こんな醜態は晒さない。
今の彼女は、自分とは、まるで真逆の存在だ。
それなのに。
他の誰かを庇い、叩かれたその姿が。
好きでも何でもないはずの婚約者のその姿が——後にも先にも、
あれほど格好良く見えたことはない。
胸が、煩い。
早鐘のように打ち鳴らされる鼓動が、鬱陶しくて仕方がない。
なのに、目を逸らすことができない。
ただ、その場に立ち尽くし、
彼女を見つめることしかできなかった。
だが、同時に——
鈴乃が庇った相手が自分ではなかったことに、ほんの少しだけ、胸がちくりと痛んだ。
こんな感覚は、初めてだった。
……きっと、風邪でも引いたのだろう。
そう思うことにして、
俺はその日、そそくさと足早に帰路についた。
後日。
どうしても、この気持ちの正体が分からないまま、俺は決断した。
——このまま、彼女から離れればいい。
そうすれば、こんな感情に振り回されることもない。
こんな、得体の知れないものは嫌だ。
そう思ったからだ。
だが——
婚約破棄の話を察した彼女は、
どこか嬉しそうにしていた。
その姿を見た瞬間、
理由の分からない苛立ちが、胸の奥に湧き上がる。
……なぜだ。
それでも。
もう話さえ整えば、関係ない。
とにかく、この気持ちから逃れられればそれでいい。
だから俺は、すぐに話し合いの場を設けた。
そして、開口一番に婚約破棄を打診した。
——はやく終わらせてしまえばいい。
そうすれば、この得体の知れない感情も消える。
……そう、思い込もうとしていた。
案の定と言うべきか、
鈴乃は淡々と、それを受け入れた。
その様子が、どうしようもなく不愉快だった。
気づけば、俺は口にしていた。
「お前は誰だ」と。
……きっと、あれは俺の知っている鈴乃ではない。
だから、こんな感情になるのだ。
彼女は、彼女であって、彼女ではない。
そうに違いない。
俺は、次から次へと彼女の“これまで”を並べ立てた。
変わった理由を、無理やり探るかのように。
挙げ句の果てには、
「君から、俺への好意をまったく感じなくなった」などと口にしていた。
……まるで、
それを惜しんでいるみたいじゃないか。
少しばかり、恥ずかしくなった。
すると鈴乃は、
驚くほど冷静な声で、自分の気持ちをなぞった。
ずっと俺を好きであるということ。
そして、俺が彼女を好きではないことを、ずっと理解していたこと。
だからこそ——
せめて最後くらいは、
俺が本当に愛する誰かと幸せになってほしいのだと。
そう言って、
彼女は少しだけぎこちなく、それでも優しく微笑んだ。
俺の知らない顔で。
その言葉を耳にした瞬間、
再び身体が熱を帯び、鼓動が荒れ狂った。
まだ彼女が自分を想っている——
その事実に、
喜びを覚えている自分がいることに気づく。
……馬鹿げている。
それでも——その瞬間、俺は悟った。
これが、“恋”だ。
「……婚約破棄は、しない」
「えっ……?」
「婚約破棄はしないと言っている!」
俺は平静を装い、腕を組んだ。
「あの、なぜ……」
彼女は少しばかり困ったように聞いてきた。
「正直、君がそこまで俺のことを思っていたとは思わなかった。
そこまで俺の幸せを願うのなら、鈴乃。
君が俺と一緒になって、俺を幸せにすればいいだろう」
実に愚かだと思った。
だが——気づけば、口にしていた。
彼女は明らかに動揺している。
だが、そんなことはどうでもよかった。
俺たちの関係は終わらせない。
それだけだ。
今まで以上に、君のいろんな表情を見たいと思った。
できることならば……その姿は、俺だけに向けられるものであってほしい。
鈴乃がそこまで俺を想っているのなら。
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