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【敵同士→恋】9話(1)【探偵ミステリーBL】
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店の前で、ママが玄沢を呼び止めた。
ちらついた雪が、二人の肩に落ちては消える。
「誠吾さんは、このことを知っているの? ここいらは、あの人の領地よ。詐欺で荒らされていると知ったら、ただじゃすまないわ」
浅黒い精悍な顔を思い出し、玄沢は顔をしかめる。
「わかっています。けれど、俺からわざわざヤクザに知らせる義務はない」
「誠吾さんは、あなたの天敵だものね」
「まさか。奴らの天敵は警察であって、探偵じゃない」
ママがくすりと笑った。
「まぁ、いいわ。どっちにしろ、私は中立。組長さんも理解しているわ」
「じゃぁ、噂は本当なんですね?」
「あら、野暮なことを聞くもんじゃないよ」
妖艶な笑みを残し、ママは店に戻って行った。
「じゃぁ、俺はこれで……」
ふらふらと通り過ぎようとした陽向の首根っこを、玄沢は掴んだ。
「おい、どこへ行くんだ」
「どこって、帰るんだよ」
「だから、どこへ?」
イライラしてくる。
どうして、そんな当たり前のことを聞くんだ。
「アパートに決まってるだろう。ホテルは引き払っちゃたし」
「何も残っていないのにか?」
「あっ……」
忘れていた。
今アパートに帰っても、ベッドもソファも、お気に入りのマグカップさえない。
疲労感がずしんと身体にのしかかる。
「いいよ……別に、屋根の下で寝られれば何だって……」
腕を払い返して歩き出そうとした瞬間、後ろから玄沢が手首を掴んだ。
掌に、冷たいものが押しつけられる。
「これ、使え」
手を開くと、銀色に光るものがあった。
「これって……」
「事務所の鍵だ。せめて家具を取り戻せるまでは、うちを使え」
「でも……」
「つべこべ言うな。ほら、荷物を取りに行くぞ。早く車に乗れ」
言うなり、玄沢はさっさと駐車場へ歩き出してしまった。
※
事務所のソファで向かい合い、二人は無言でお茶をすする。
濃い緑茶は温かく、寒さでこわばった身体をほぐしてくれる。
夕方を過ぎて気温はさらに下がり、外では桜の花びらのような小粒の雪がひらひらと舞っていた。
「大丈夫か?」
玄沢の声に、ハッと顔を上げる。
気遣わしげな眼差しと目が合った。
「ん」
陽向は頷き、湯飲みをテーブルに置いた。
「……なんか、玄沢さんには情けないところばっか見られてるね」
「そうでもない。情けないより、怒って暴れてるところの方が多いぞ」
「はは……でも今回は情けなさすぎて、怒る気にもなれなかったけど……」
陽向は、膝の上で組んだ手を見下ろした。
「海斗は長男なんだ。だから、あんな情けない性格に」
「俺も長男だぞ」
心外だとばかりに、玄沢が鼻を鳴らす。
陽向は苦笑し、首を振った。
「いや、そうじゃなくて。沖縄には門中(ムンチュウ)っていう親戚集団があってね。共同で大きな墓を管理してるんだ」
言いながら、ゆっくりと背をもたれさせる。
「代々、墓を見守るのは本家の長男。つまり本家の長男は生まれた時点で『墓守り』として生きることが決まってる。今は昔と違って墓掃除や法事の祈祷くらいだけど、それでも土地からは離れられないし、家や親戚をきりもりする完璧な嫁さんも見つけなきゃならない」
陽向は、降参とばかりに両手を上げた。
「生まれた時からそう決まってるから、本家の長男は親や親戚に蝶よ花よと育てられる。もちろん、将来故郷を離れないようにね」
声に苦笑がにじむのを抑えられなかった。
「海斗が今こっちに来られてるのも、今のうちに遊び倒させようっていう実家の策略なんだ。そうやって育てられるから、海斗みたいなシマの長男は甘えた性格の奴が多い」
陽向は込み上げる笑いを、拳で口元に押し当てて堪えた。
「俺がゲイだって知った女友達は、ただ一言、『長男だけは絶対やめとけ』って言ったぐらいだ」
肩を竦めて上を仰ぐ。
天井の染みに視線をさまよわせながら、自分に言い聞かせるように続けた。
「ある意味、海斗があんな性格になったのは全部が全部、奴のせいじゃない。フラー(バカ)でだらしのない奴だけど……根は気持ちのいい奴だって、ずっと信じてきたんだ」
こらえきれず下を向く。
震えそうになる声が、自分の弱さを示しているようで嫌だった。
「でも違ったのかな? 海斗は人を騙して傷つけても何とも思わない冷酷な奴だったのかな? 俺に近づいたのも、最初から金を騙し取るのが目的で……俺はただ、奴の手のひらの上でバカみたいに転がされてただけなのかな……?」
グッと拳を握り締め、唇を噛む。
瞬きを繰り返し、こみ上げるものを必死に抑える。
降る雪の音さえ聞こえそうな沈黙が、部屋を支配していた。
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ご覧いただき、ありがとうございます。
現在、中華ファンタジーBLを連載中です!
興味がありましたら、お越し下さいませ☺
■あらすじ動画(1分)
https://youtube.com/shorts/o6KYEqYVPOI
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