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【敵同士→恋】3話(1)【探偵ミステリーBL】
しおりを挟む「行くところは?」
雪で滑りやすい階段を慎重に下りていると、上から玄沢の声が降ってきた。
右手にトランク、左脇にガジュマルの植木という格好の陽向は立ち止まり、やってきた玄沢がすかさずトランクを持ってくれる。
陽向は、前を行く玄沢の広い背中を見つめた。
「……敵にこんなことしてもいいの?」
「敵?」
玄沢がふっと鼻で笑う。
「謝花はただの依頼人だ。そして君は俺の調査対象で、敵ではない。それで、行くあては?」
依頼人の前ではないからか、玄沢の口調はさっきよりくだけていた。
「友達に頼んでみるつもり。それまでは、ホテルにでも泊まるよ」
沈黙。
玄沢は階段下で立ち止まり、足元の雪を見つめる。
ここにきて雪はさらに大降りとなり、さっきの騒動の痕を綺麗に覆い隠していた。
唐突に玄沢が言う。
「良かったら、うちに来ないか?」
「へ?」
陽向は思わず聞き返す。
「……もしかして、それって口説いてる?」
「は?」
玄沢は虚をつかれたように振り返り、ぶんぶんと首を振った。
「あ、いや……そういうつもりでは……。『うち』って言っても事務所で、夜の間は俺も使ってない。寝るくらいならできるかと」
「あー……」
陽向は手を上げる。
「ごめん、思い出した。海斗が言ってた。あんたはゲイじゃないって」
「…………」
玄沢は黙り込む。
陽向はその姿を数段上から見下ろした。
「ねぇ、いつもこんなことしてるの?」
「こんなこととは?」
「男に金を巻き上げられ、家を追い出されたみじめなゲイに宿を提供したり、荷物を持ってくれたり……。しかも依頼人でもないのに。普通の探偵はそこまでしないよね?」
からかう口調に、玄沢はむっと顔をしかめた。
吐き捨てるように言う。
「ああ、普通の探偵はしないな。だが、相手も普通じゃないから、仕方ないだろう」
陽向は階段を下りきったところで立ち止まり、相手を仰ぎ見る。
「……あんた、俺のこと馬鹿にしてるだろ?」
「馬鹿に?」
玄沢は少し黙ったのち、頷いた。
「あぁ、してる。今だから言うが、君の彼氏は──」
「彼氏じゃない。同居人だ」
「……君の同居人は正真正銘のクソ野郎──……いや、ただ君には似合わない」
陽向は、玄沢に疑いの視線を向けた。
「君にはって、俺の何を知っているんだ?」
「二十八歳。未婚。両親とは幼い頃に死別し、十八まで母方の祖母に育てられた。その祖母も亡くなり、就職のために上京。趣味は『怒りをおさえるメソッド』などの啓発書収集と、貯金」
「へぇ、よく調べたね。さすが探偵さん」
「そう毛を逆立てるな」
「立ててないよ!」
陽向は眉間を押さえた。
怒りを抑えようとするあまり、声が震える。
「自分が馬鹿だってことはわかってる。キレたら周りが見えなくなる性格も!」
陽向は一呼吸置いてから、先を続けた。
「でも大丈夫。そんな壊れ物みたいに扱わなくても、誰彼構わず鉢を投げたり、はさみで脅したりしない。あんたの仲間の警察や弁護士の世話にもならない。今はただ、一人で考えたいだけだ……」
長い息を吐く。
冷たい白い煙が空に溶けていく。
陽向は玄沢の手から荷物を受け取り、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう。気持ちだけ、もらっておきます」
しばしの沈黙のあと、玄沢がぼそりと答えた。
「……わかった。気をつけて」
陽向は振り返らずに、雪の道を歩き出した。
※
ルルルルル……。
翌日。電話の音で目が覚めた。
陽向は手探りでベッドサイドの携帯を取る。
「ふぁい……?」
「玄沢です。朝早くに申し訳ない」
内臓が五センチほど浮いた気がした。
まったく、朝一番に聞くには心臓に悪すぎる声だ。
おかげで、眠気が一瞬で吹き飛んだ。
「どうして、俺の番号を……?」
ベッドから身体を起こす。
サイドテーブルの時計を見ると、七時十分。
ホテルのカーテンの隙間からは、灰色がかった光が差し込んでいる。
「謝花氏に聞いたんです。事後承諾で申し訳ないが、ちょっとトラブルで。……邪魔だったか?」
ビジネス調だった声が、ほんの少しだけ崩れる。
陽向の頬に、知らず知らずのうちに苦笑いが浮かんだ。
「もしかして、昨日、一人にしてくれって言ったの、気にしてくれた? 大丈夫。昨日の夜はたっぷり考える時間があったから」
陽向は携帯を肩に挟み、ビールの空き缶をそっと隠す。
もうその心配はないのだが、もし玄沢がまだ尾行していたら、ホテル向かいのコンビニで酒とつまみを大量に買い込む自分の姿を見られていただろう。
「で、トラブルって?」
ゴミ袋に缶を詰めながら訊く。
電話の向こうで玄沢が眉をひそめる気配が伝わるが、無視。
「……それが、謝花氏に大家の奥さんからクレームが入ってね」
「クレーム?」
「『大事に育てた植木鉢が壊されていた。他の住人の話によると、二○一号室の住人が近辺で争っていて、鉢が割れる音も聞いたと。今日中に直せなければ、即刻退去』だそうだ」
「た、退去っ!?」
その一言で、二日酔いが一気に吹き飛ぶ。
「海斗は? もともとあいつのせいなんだから、あいつが──」
「氏は不動産屋巡りで手が離せないと。それで、こっちに泣きついてきた」
「フムリンっ(くそったれ)!」
陽向は一言吐き捨てると、ぐぬぬと唸った。
「……わかった、俺がやる」
電話を反対の手に持ち替える。
「悪いけど、大家さんに伝えておいてくれないかな。すぐに直しに行くって。あ、俺も依頼料とか払った方がいい?」
皮肉まじりに付け加えると、
「結構だ」
そっけない一言とともに、通話はぷつりと切れた。
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ご覧いただき、ありがとうございます。
現在、中華ファンタジーBLを連載中です!
興味がありましたら、お越し下さいませ☺
■あらすじ動画(1分)
https://youtube.com/shorts/o6KYEqYVPOI
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