最上の番い

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瓜二つの男

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──どすん。
胃の腑に響く落下の感触に、俺はうめいた。我ながら図体がでかいので、落下の負荷も相当なものだ。受け身を忘れるなんて、柔道黒帯の経歴が泣く。
俺は腰をさすりながら、周りを見渡した。大理石の床に敷かれた豪奢な絨毯と、天井から吊るされた煌びやかなシャンデリア。まるでヨーロッパの城みたいな内装だった。さっきまでいた葬儀場のトイレとは、180度景観が違っている。なんだここは……。ふと、靴音が響いたので顔を上げる。目の前にいる人物を見て、俺は息を呑んだ。
そこにいたのは、間違いなく七瀬だった。上等な布地でできた、貴族みたいな服をまとっているので、別人のようだ。俺が着たらお笑い草だろうが、彼の容姿にはそれがよく似合っていた。

「七瀬っ!」
俺が立ち上がろうとしたら、剣を突きつけられた。観音開きの扉が開いて、武器を持った男たちが飛び込んできた。彼らは俺を取り囲み、 武器を突きつけて鋭い声で言う。
「なんだ、貴様。王に気安く近寄るな」
「は……?」
王ってなんだ。こいつは俺の部下だ。部下に近づいて何が悪いのだ。
男たちが、七瀬から俺を引き剥がした。無理やり跪かされてもがいていたら、肩を思いっきり蹴り飛ばされた。痛みにうめいている俺に向かって、男の一人が剣を振り下ろす。
「やめろ」
七瀬が鋭い声で言うと、男がぴたりと動きを止めた。七瀬は俺に近づいてきて、襟首を掴んで引き上げた。俺よりも少し下にある瞳は、生きていたころと変わらない。いや、本当はこいつは死んでいなかったんだ。でなきゃ、こんなにも手が温かいはずがないのだから。見つめ合っている俺達に、中性的な男が声をかけた。彼は武器を持っておらず、他の男達とは違って華奢だった。

「陛下、お知り合いですか」
「──ああ。下がれ」
七瀬がそう言っただけで、その場にいる者たちがすぐに部屋から出ていく。静かになった広間で、俺は七瀬に声をかけた。
「七瀬……その格好、すごいな」
「気安く話しかけるな」
こっちを見た七瀬は、ひどく冷たい目をしていた。こんな目をした七瀬は初めて見た。いつも朗らかで、明るいやつだったのに――。張り詰めた空気の中、男は低い声で尋ねる。
「城の警備は厳重なはず。一体どこから入った。言え」
「お……おまえが呼んだんだろ。鏡の中から」
「そんなことをした覚えはない。おまえは何者だ?」
七瀬はそう言って、腰に挿している剣を引き抜いて俺に突きつけてきた。
日本なのに、ヨーロッパ風の建物。この奇妙な場所が、七瀬をおかしくしているのだろうと思った。俺は七瀬の肩を掴んだ。

「なあ、ここ……なんなんだ? こんなとこにいないで、帰ろうぜ」
「ここは私の城だ。ここが私の帰る場所だ」
七瀬は剣の鋒を俺の首筋に突きつけている。もはや、別人だと考えるしかなかった。七瀬は死んで、その4年後、なぜかそっくりな男が目の前に現れたのだ。頭が混乱していても、首に触れる剣の冷たさははっきりしている。俺は喉を鳴らし、かすれた声で尋ねた。
「……あんた、名前は」
「人に名を聞くときは先に名乗れ、無礼者」
随分と古めかしい話し方をする男だ。無礼者、なんで、時代劇くらいでしか聞いたことがない。今どきの若者といった感じの七瀬の言葉遣いとは、対照的だった。

「俺は、八束だ……八束、誠司」
俺の名前を聞いた七瀬がなんらかの反応を見せるかと思ったが、彼は黙ってこちらを見ているだけだった。俺は目を伏せて、ノロノロと歩き出す。俺の背に、七瀬が鋭い声をかけてきた。
「どこに行く」
「帰るんだよ……御子柴が待ってるし」
「勝手に帰られては困る。アドラスを呼ぶから、尋問を受けろ」
アドラスって誰なんだ。そう尋ねる前に、七瀬は俺の腕を掴んだ。彼に触れられた瞬間、なぜか全身が痺れた。それは七瀬も同じだったらしく、動きを止めて俺を見る。色素の薄い瞳に、俺が映り込んでいた。この目は七瀬と同じだ。そう思ったら、涙がこぼれ落ちた。男が息を飲んで、俺の目尻に触れる。俺はやっぱり疲れているのだろう。見ず知らずの人間の前で泣くなんて……。それでも、緊張の糸が完全に切れてしまっていた。いくぶん優しくなった声で、男が言う。

「私はニール。ニール・アビゲイルだ。セイジ、といったか」
「あ、ああ……」
いきなり名前で呼んでくるのかよ。そうは思ったが、泣いているせいで突っ込む余裕がない。
「泣き顔が可愛らしいな」
「は?」
今こいつ、なんて言った? 俺は目を瞬いて、まじまじとニールを見た。ニールが一歩近づいてきたので後ずさる。涙はすでに引っ込んでいた。その時、扉が押し開かれ、眼帯をつけた色黒の男が入ってきた。筋肉隆々で、身長が二メートル近くありそうだ。

「不審者が現れたらしいですね、陛下」
「――まだ呼んでいないぞ、アドラス」
ニールにアドラスと呼ばれた男は、じろじろと俺を見て、ニヤリと笑った。
「へえ、侵入者ってこいつか。楽しく尋問ができそうじゃねえか」
尋問? なんだ、それは。こいつは警察官には見えない。本能的に危機感を覚えた俺は、アドラスの手をかわして走り出した。アドラスが腰に挿した剣を引き抜く。彼が剣を振ると、俺の周囲を炎が渦巻いた。なんなんだ、これは……。ありえない光景に動揺していたら、アドラスが俺の身体を担ぎ上げた。

「離せ!」
「じゃ、陛下。また後で」
アドラスはニールの返事を待たず、俺を担いだままで歩いていく。彼が指を鳴らすと、その指先に火が灯った。アドラスは、鼻歌を歌いながら地下への階段を下っていく。アドラスが俺を放り込んだ部屋の中には、拷問器具が並べられていた。尋問ではなく、拷問をするために連れてきたのは明らかだ。アドラスは俺を椅子に座らせ、手足を拘束した。俺を見下ろし、猛禽類のように舌なめずりをする。
「そう怯えるなよ。優しくしてやるから」
彼は俺のスーツに手をかけ、脱がせた。その際に、手錠入れがしゃらんと音を立てる。アドラスは手錠を取り出して、物珍しげに眺めた。

「なんだこれ。新手のアクセサリーか」
「そいつは手錠っていうんだよ」
「ふうん。まあもらっとくわ」
彼はそう言って、手錠をポケットに突っ込んだ。残りの所持品は警察手帳と財布だけだったが、アドラスはそれらには興味を示さなかった。銃を持っていなくてよかったと心から思う。
「さて、身体検査の続きだ」
これ以上何も持っていない。そう口にする前に、シャツの前を引きちぎられ、ボタンが弾け飛んだ。俺はあっけにとられてアドラスを見上げた。何をしてるんだ? こいつ。アドラスは俺の視線には構わずに、あらわになった胸元に手を這わした。そのねちっこい触り方に背筋がぞくりとする。

「なにしてんだ、おまえ」
「ん? 身体検査だよ。よくないものを隠し持ってるかもしれないだろ」
アドラスが胸のかざりを弾く。俺は思わず、ん、と声を漏らした。俺が身じろぎするたびに、拘束具が耳障りな音を立てた。そんなところを触られて感じるはずなどないのに、乳首に触れられるたびに身体が熱くなった。アドラスが胸の先端に唇を寄せたので、身をよじって逃れようとする。アドラスは俺を抱き寄せ、無理やり乳首に吸い付いた。びりっと背中がしびれるような快感に、俺は身体を震わせる。

「や、めろ、変態……っ」
「はあ……おまえ、オメガだろ? この甘い匂い、たまんねえな」

彼は興奮したように言って、俺の首筋を執拗に舐めた。オメガって、なんだ。訳がわからないが、とにかくこの男に好き勝手にさせてたまるか。
俺が頭突きをしようとしたら、彼はそれを避けて、俺の股間を膝で刺激してきた。思わず声を漏らしたら、アドラスがふっと笑った。

「かわいいねえ」
乳首を舌や爪でいじられながら、ぐりぐりと股間を刺激され、快感が高まっていく。カリッと乳首を噛まれた瞬間、下着が精液で汚れたのがわかった。嘘だろ。こんなので射精するなんて。アドラスは達してぼんやりしている俺のズボンを引き下ろし、下着の中にするりと手を入れた。
「あーあ、こんなに濡れちまって」
「ん、あ、っ」
彼が尻の孔に指を這わしたので、思わず身体を硬らせた。アドラスは俺の耳の裏に唇をつけた。ちゅっと響いたリップノイズに背筋がゾワッと震える。

「随分狭いな。初めてか?」
「あ、っ」
太い指に後ろを押し開かれそうになり、俺は舌に歯を立てた。こんなやつにやられるぐらいなら、今すぐ死んだほうがマシだ。その時、部屋の扉が開いた。アドラスの手が引いていったので、ほっと息を吐く。アドラスはドアの方を振り向いて、笑みを浮かべる。
「あれ、陛下。どうなさいました?」
「それが尋問か、アドラス」

部屋の入り口には、ニールが立っていた。七瀬にそっくりな瞳に見つめられ、俺は目をそらした。
「いやあ、これはなかなか上等なオメガですよ。しかも、初ものです」
アドラスは陽気な口調で言って、俺の孔を開いて見せた。中から、とろりと何かが滴り落ちる。なんだこれは……変態に触られたせいで、身体がどうにかなってしまったのか。羞恥に震えていたら、七瀬は冷たい声でアドラスに告げた。

「私が話を聞く。おまえは出ていろ、アドラス」
「えー、陛下一人で楽しむ気ですか」

アドラスは不満を漏らす。ニールが無言の視線を向けたら、アドラスは肩をすくめ、部屋を出ていった。ニールはこちらにやってきて、俺の拘束を解いた。彼の髪から甘い匂いがして、どきりと心臓が鳴る。彼の視線は、俺の下半身に注いでいる。信じられないことだが、また性器が反応していた。俺は自由になった手で、急いで下半身を隠す。ニールは俺の腕を掴んで、こう尋ねた。

「おまえ――本当に初めてなのか」
男と、という意味だろうと思った。俺はニールの瞳を直視できずに答えた。
「当たり前だろ。ベタベタ触られて、鳥肌が立った」
「その割に、昂っているが」
それは生理現象というやつだ。最近、自分で触れることすらなかったのだから。
「いいから離せよ、あっ」
掴まれた腕を動かしたら、ニールの指が性器に絡み付いてきた。俺はびくりと震える。
「な、にしてんだ」
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