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3.王都の屋敷
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お父様の用意してくれた寝台馬車で、急いで王都に向かう。
4日ほどの旅程で、途中どこにも立ち寄らず、ずっと馬車に揺られた。
国王陛下の命令だから急いだということもあるのだろうけど、窓にかけられた分厚いレースからは「なにがあっても私を世間の目から守る」という、強い意志が感じられた。だって釘で止められてたんだもの。
それでも、うっすらと見える外の景色は、充分に私とルイーゼを興奮させてくれた。
「あのキラキラしてるのは、海かな?」
「うーん……、川ではないですか?」
「……ほんとだ! 対岸らしきものが見えるわ」
そして、深夜に到着した王都で、グリュンバウワー家の小さな屋敷に馬車ごと入った。
グリュンバウワー家は侯爵家といっても、裕福ではない。亡くなったお祖父様の代に領地で大きな災害が発生して、莫大な借金を抱えている。
お父様が侯爵の身分にありながら、国王陛下に近侍して俸禄を得ているのもそのためだ。
リエナベルクを私にくださり、その僅か20数名分の税収を補うために、お母様まで王妃様の下に出仕したのだ。
そのことに気が付いたときから、私はますます勉学に励むようになった。
もしかしたら、なにか遠隔地から出来る仕事をいただけるかもしれないし、リエナベルクの税収を上げれば、援けになるかもしれない。
――山奥の寒村で生涯を終えるにしても、なにかお役に立てることがあるかもしれない。
そう考えてしまうほどに、お父様からもお母様からも、温かい愛情を注ぎ続けてもらった。
その私に、縁談――?
◇
御者と交代で馬車を走らせ続けたお父様はお部屋でお休みになり、お母様と妹のアンナが出迎えてくれた。
「お姉様!」
と、抱きついてきたアンナに会うのは久しぶりだ。美しい妹は聖女候補に選ばれて修行に勤しみ、ここ3年ほどはリエナベルクにも顔を出していなかった。
「さあさ。アリエラ、アンナ。それにルイーゼも。夜遅いですけど、簡単なお食事にしましょう」
お母様が手をパンパンッと鳴らすと、テーブルに料理が並べられていく。
にこやかに作業する使用人たちの顔には、
――聞いてはいたけど、まじゴリラ。
と、書いてある。
これだ! と、私は思った。
この反応こそ人間らしい。私の見た目が本当にルイーゼのスケッチ通りなのだとすると、実に自然な反応だ。
小さな応接間の鏡をのぞくと、やっぱり私は美しい。
聖女候補に選ばれたアンナは当然に美しいし、お母様も美人としては平凡だけどやっぱり美人だ。
美人家族に、美人な侍女――ルイーゼが寄り添って、実に画になる。
鏡の中では。
けれど、そうは見えてないんだってことが、使用人たちの引きつった笑顔からビンビン伝わってくる。
これだよ! これなんだよ! 生きてるって、こういうことなんでしょ? と、なんだか興奮してしまった。
「お父様には悪いけど、女4人。再会を祝して乾杯しましょう」
使用人が下がると、お母様が悪戯っぽく笑いながらそう言った。
口にした鶏肉のソテーは貧相な味で、なんとも申し訳ない気持ちになった。
リエナベルクでは牧畜が軌道に乗って、もっと美味しいものを食べられている。私が恵まれた生活を送る裏で、家族が苦労してくれていたのだ。
チラッと私を見てきたルイーゼに、「なにも言わないで」と、視線で返した。
「けれど、お姉様。陛下から直々のお取り持ちなんて光栄なことね」
「本当よね。感謝しなくちゃね」
「それなんだけど……。私、詳しいことは何も聞かされてなくて」
「あら? お父様からは?」
「ずっと御者台にいらっしゃったから、何もお話できてないのよ」
「え? なにも?」
「なにも」
と、私が頷くと、お母様とアンナは顔を見合わせた。
そして、お母様が私の手を握って、ゆっくりと話し始めた。
「アリエラに来た縁談のお相手は、聖騎士団長のマルティン・ヴァイス様なの」
「え? あの、美形で有名な?」
「そう……、それで……」
「女嫌いでも有名よね?」
「知ってたのね」
「毎週、新聞を送っていただいてたから」
お母様は小さくため息をついた。
「ヴァイス様にはたくさんの縁談が寄せられて来たんだけど、その全部を断って来られたの」
「女嫌いなんですものね」
「でも、聖騎士団長の結婚が決まらないとなれば、国家の一大事なの。だから、ついに陛下が乗り出してこられたのよ」
アンナも困惑気味に口を開いた。
「聖騎士は『温かい家庭』を築くことで、神の恩寵が増して魔力が増大するとされてるの。だから、聖騎士団長の結婚は義務と言ってもいいのに、まもなく30歳を迎えるヴァイス様には、一向にその気配がなくて……。神聖院では解任って声も出始めてるの」
「え? でも、今の聖騎士団長様って、王国随一の魔力の持ち主って記事を見かけたけど……?」
「そう。だから、陛下はそれを惜しまれてらしてね……」
「どこからかお姉様の噂がお耳に入ったらしくて……」
「あ、だから、まだ正式なものじゃなくてね、陛下からお父様に『内々に引き合わせてみよ』ってお言葉があったのよ」
ピンときた。
はっはーん。女嫌いなら、むしろ『醜い女』の方がいいんじゃないか? って、陛下は考えたワケね。
ダメもとでも会わせてみようって、そこまで事態は切迫してるっていうか、解任目前なワケなのね。
お母様は、私の手を握る手に力を込めた。
「だから……ね。うまくいくかは、分からないし……断られたとしても……」
「お母様、そんなに心配なさらないで」
「アリエラ……」
「聖騎士団長様が女嫌いなお陰で、初めて王都に来られたし、アンナにも久しぶりに会えたわ。私、それだけでも充分、満足してるから」
「……貴女がそう言ってくれるなら、お父様も心が軽くできるわ」
「それにね、美形の聖騎士団長様もこの目で見てみたかったのよ! 陛下の気まぐれで、ひとつ夢が叶いそう! やったね」
ふふっと、アンナが笑った。
「ホントのホントにお綺麗なのよ? 男の方なのに『綺麗』って言いたくなる美形でいらっしゃるの。女に生まれてたら、当代の聖女は絶対ヴァイス様だったと思うわ!」
「もう、2人ともはしたない。それにアリエラ。陛下のご深慮を気まぐれなんて言ってはいけませんよ」
「はーい。ごめんなさい」
私がおどけたように肩をすくめると、2人は弾けるように笑った。
表情からは安堵も読み取れる。
陛下から、ちょっとヒドイ扱いをされてることに、私が傷付くんじゃないかと心配してくれていたんだろう。
『温かい家庭』といえば、我が家のことだ。
慈悲深いアンナが聖女候補に選ばれたことも頷ける。自慢の母に、自慢の妹だ。この家に生まれたことを誇りに思う。
◆
そして、翌日の深夜。
白亜の聖騎士団本部にたまたま通りかかった私は、執務室にたまたま在室していた聖騎士団長にご挨拶するのだ。
そこには、鏡の中の私に負けずとも劣らない、美しい男の人が不機嫌そうに座っていた。
――いや。私の方がちょっと美しいか。
などと考えながら頭を下げると、私が口を開く前に、眉間に皺を寄せながら険しい口調を浴びせられた。
「ご令嬢。なぜ、魔力を擬態魔法に全フリしているのです?」
擬態魔法――!?
4日ほどの旅程で、途中どこにも立ち寄らず、ずっと馬車に揺られた。
国王陛下の命令だから急いだということもあるのだろうけど、窓にかけられた分厚いレースからは「なにがあっても私を世間の目から守る」という、強い意志が感じられた。だって釘で止められてたんだもの。
それでも、うっすらと見える外の景色は、充分に私とルイーゼを興奮させてくれた。
「あのキラキラしてるのは、海かな?」
「うーん……、川ではないですか?」
「……ほんとだ! 対岸らしきものが見えるわ」
そして、深夜に到着した王都で、グリュンバウワー家の小さな屋敷に馬車ごと入った。
グリュンバウワー家は侯爵家といっても、裕福ではない。亡くなったお祖父様の代に領地で大きな災害が発生して、莫大な借金を抱えている。
お父様が侯爵の身分にありながら、国王陛下に近侍して俸禄を得ているのもそのためだ。
リエナベルクを私にくださり、その僅か20数名分の税収を補うために、お母様まで王妃様の下に出仕したのだ。
そのことに気が付いたときから、私はますます勉学に励むようになった。
もしかしたら、なにか遠隔地から出来る仕事をいただけるかもしれないし、リエナベルクの税収を上げれば、援けになるかもしれない。
――山奥の寒村で生涯を終えるにしても、なにかお役に立てることがあるかもしれない。
そう考えてしまうほどに、お父様からもお母様からも、温かい愛情を注ぎ続けてもらった。
その私に、縁談――?
◇
御者と交代で馬車を走らせ続けたお父様はお部屋でお休みになり、お母様と妹のアンナが出迎えてくれた。
「お姉様!」
と、抱きついてきたアンナに会うのは久しぶりだ。美しい妹は聖女候補に選ばれて修行に勤しみ、ここ3年ほどはリエナベルクにも顔を出していなかった。
「さあさ。アリエラ、アンナ。それにルイーゼも。夜遅いですけど、簡単なお食事にしましょう」
お母様が手をパンパンッと鳴らすと、テーブルに料理が並べられていく。
にこやかに作業する使用人たちの顔には、
――聞いてはいたけど、まじゴリラ。
と、書いてある。
これだ! と、私は思った。
この反応こそ人間らしい。私の見た目が本当にルイーゼのスケッチ通りなのだとすると、実に自然な反応だ。
小さな応接間の鏡をのぞくと、やっぱり私は美しい。
聖女候補に選ばれたアンナは当然に美しいし、お母様も美人としては平凡だけどやっぱり美人だ。
美人家族に、美人な侍女――ルイーゼが寄り添って、実に画になる。
鏡の中では。
けれど、そうは見えてないんだってことが、使用人たちの引きつった笑顔からビンビン伝わってくる。
これだよ! これなんだよ! 生きてるって、こういうことなんでしょ? と、なんだか興奮してしまった。
「お父様には悪いけど、女4人。再会を祝して乾杯しましょう」
使用人が下がると、お母様が悪戯っぽく笑いながらそう言った。
口にした鶏肉のソテーは貧相な味で、なんとも申し訳ない気持ちになった。
リエナベルクでは牧畜が軌道に乗って、もっと美味しいものを食べられている。私が恵まれた生活を送る裏で、家族が苦労してくれていたのだ。
チラッと私を見てきたルイーゼに、「なにも言わないで」と、視線で返した。
「けれど、お姉様。陛下から直々のお取り持ちなんて光栄なことね」
「本当よね。感謝しなくちゃね」
「それなんだけど……。私、詳しいことは何も聞かされてなくて」
「あら? お父様からは?」
「ずっと御者台にいらっしゃったから、何もお話できてないのよ」
「え? なにも?」
「なにも」
と、私が頷くと、お母様とアンナは顔を見合わせた。
そして、お母様が私の手を握って、ゆっくりと話し始めた。
「アリエラに来た縁談のお相手は、聖騎士団長のマルティン・ヴァイス様なの」
「え? あの、美形で有名な?」
「そう……、それで……」
「女嫌いでも有名よね?」
「知ってたのね」
「毎週、新聞を送っていただいてたから」
お母様は小さくため息をついた。
「ヴァイス様にはたくさんの縁談が寄せられて来たんだけど、その全部を断って来られたの」
「女嫌いなんですものね」
「でも、聖騎士団長の結婚が決まらないとなれば、国家の一大事なの。だから、ついに陛下が乗り出してこられたのよ」
アンナも困惑気味に口を開いた。
「聖騎士は『温かい家庭』を築くことで、神の恩寵が増して魔力が増大するとされてるの。だから、聖騎士団長の結婚は義務と言ってもいいのに、まもなく30歳を迎えるヴァイス様には、一向にその気配がなくて……。神聖院では解任って声も出始めてるの」
「え? でも、今の聖騎士団長様って、王国随一の魔力の持ち主って記事を見かけたけど……?」
「そう。だから、陛下はそれを惜しまれてらしてね……」
「どこからかお姉様の噂がお耳に入ったらしくて……」
「あ、だから、まだ正式なものじゃなくてね、陛下からお父様に『内々に引き合わせてみよ』ってお言葉があったのよ」
ピンときた。
はっはーん。女嫌いなら、むしろ『醜い女』の方がいいんじゃないか? って、陛下は考えたワケね。
ダメもとでも会わせてみようって、そこまで事態は切迫してるっていうか、解任目前なワケなのね。
お母様は、私の手を握る手に力を込めた。
「だから……ね。うまくいくかは、分からないし……断られたとしても……」
「お母様、そんなに心配なさらないで」
「アリエラ……」
「聖騎士団長様が女嫌いなお陰で、初めて王都に来られたし、アンナにも久しぶりに会えたわ。私、それだけでも充分、満足してるから」
「……貴女がそう言ってくれるなら、お父様も心が軽くできるわ」
「それにね、美形の聖騎士団長様もこの目で見てみたかったのよ! 陛下の気まぐれで、ひとつ夢が叶いそう! やったね」
ふふっと、アンナが笑った。
「ホントのホントにお綺麗なのよ? 男の方なのに『綺麗』って言いたくなる美形でいらっしゃるの。女に生まれてたら、当代の聖女は絶対ヴァイス様だったと思うわ!」
「もう、2人ともはしたない。それにアリエラ。陛下のご深慮を気まぐれなんて言ってはいけませんよ」
「はーい。ごめんなさい」
私がおどけたように肩をすくめると、2人は弾けるように笑った。
表情からは安堵も読み取れる。
陛下から、ちょっとヒドイ扱いをされてることに、私が傷付くんじゃないかと心配してくれていたんだろう。
『温かい家庭』といえば、我が家のことだ。
慈悲深いアンナが聖女候補に選ばれたことも頷ける。自慢の母に、自慢の妹だ。この家に生まれたことを誇りに思う。
◆
そして、翌日の深夜。
白亜の聖騎士団本部にたまたま通りかかった私は、執務室にたまたま在室していた聖騎士団長にご挨拶するのだ。
そこには、鏡の中の私に負けずとも劣らない、美しい男の人が不機嫌そうに座っていた。
――いや。私の方がちょっと美しいか。
などと考えながら頭を下げると、私が口を開く前に、眉間に皺を寄せながら険しい口調を浴びせられた。
「ご令嬢。なぜ、魔力を擬態魔法に全フリしているのです?」
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