【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら

文字の大きさ
1 / 33

1.公女、自らの結婚を知る

しおりを挟む
初夏の日差しが降り注ぐ野原に、敷物を敷いて、腰を降ろす。

息子がはしゃいで駆け、夫が追う。

小鳥がさえずり、遠くからは川のせせらぎも聞こえる。

わたしの夢だった、家族での和やかなピクニック。波乱もわだかまりもない、ただ穏やかに過ぎる時間。

沈黙でさえ、心地いい。


「継母上! 今日のサンドイッチには、何が挟んであるのですか!?」


と、後ろから継子パトリスが抱きつく。


「こら~っ、重たいでしょう!?」

「だって、継母上のサンドイッチ、待ちきれないんだもん!」


じゃれ合うわたしたちを横目に、空を見上げる夫。

血みどろの狂戦公、カトラン・ガルニエ。

王国に轟く武名に等しく、悪名も鳴り響くわたしの夫。


「……貴女のおかげだ。アデール」

「えっ……?」


と、お茶を淹れる手を止め、カトランの傷だらけの顔を見た。


「アデールのおかげで、……俺たちは家族になれた」

「ふふっ。それは、どうでしょう……?」

「アデールが諦めなかったから、こんな日を迎えることができた」


湧き上がる温かい気持ちに、頬をゆるめてしまいながら、手元に視線を落とす。

こんなに満たされたピクニックに出かけることができるだなんて、母から政略結婚を命じられた時には、夢にも思わなかった。


  Ψ  Ψ  Ψ


手元のカップに、メイドがお茶を注ぐ。

琥珀色の液体から昇る湯気でさえ、冷たく凍え、震えているように見えた。

半年ぶりの家族そろっての食事だというのに、なんの会話もなかった。

豪勢な広間には冷たい沈黙が満ち、わたしの呼吸を浅くさせる。


「アデール……」


と、母がわたしの名を呼んでくれたのが、いつ以来のことであったか思い出せない。

あれは、母が大公位に即位する前のことだったのではないか。王都に家族で移り住む前。今から10年以上も前のこと……。


「……アデール。聞いておるのか?」

「はっ、はい! お母様!」

「……結婚の支度は、整ったか?」

「え……? け、結婚ですか……?」


言葉を交わすことすら何年ぶりか分からない。その母の口から突然出た〈わたしの結婚〉という話題に、動転した。

手が震え、カップを取れない。咄嗟に言葉を継ぐことも出来ない。

わたしは、母に嫌われている。

原因は分かっている。

それは、母の中では取り返しがつかないらしく、わたしも諦めかかっていた。

なのに、母がわたしのことを気にかけてくれていることが、……嬉しい。

ようやく言葉を絞り出した。


「よ、嫁入り修行のことでしょうか? マナーや社交術でしたら、ひと通り……」

「ぷっ」


と、姉が吹き出した。その横では兄も、わたしを嘲笑う失笑を漏らしている。

正式な社交デビューすら母に差し止められているわたしが『社交術』などと口走ったのが可笑しかったらしい。

姉と兄は、社交界で名を馳せている。広い交友関係と、濃密な恋愛遍歴は、いつも王都で注目の的だ。

立ち並ぶメイドたちも、姉と兄に追従し、わたしに侮蔑の笑みを向ける。

結婚について何も聞かされてないわたしは、父の顔色をそっと窺う。けれど、寡黙な父の表情は変わらない。

姉と兄が、ニヤニヤと嘲笑うような視線をわたしに向けた。

そして、自分の結婚なのにわたしだけが何も聞かされてなかったのだと気が付き、愕然とした。

王国最大の権門、ランベール大公家。

王都社交界の女帝、わたしの母、女大公ブランディーヌ・ランベールを頂点に、権勢は王家をも凌ぐ。

その栄華を象徴する贅を尽くした煌びやかな大広間で、浅い呼吸をさらに浅くする。

姉のファネットが、ニタニタと笑いながら母の方に身体をだらしなく傾けた。

フリルの多い濃い紫色のドレスは胸元が大きくあいていて、わたしに豊かな谷間を見せつけてくるよう。

間延びした声は、男性ばかりでなく、まるで母まで誘惑しようとするがごとくに甘く響いた。


「お母様ぁ~? この〈使用人の娘〉は何も分かってないようですわぁ。とっくに社交界では皆が知っているというのにぃ~」

「ジュスト。グズグズするな。アデールをただちに送れ。すでに王の裁可もある。妾に恥をかかせる気か」

「ははっ」


と、父のジュストが、母の命令に末席から応えた。

出自の低い父を、母はいつも使用人扱いする。先代大公の祖父が可愛いひとり娘の将来を思い、有能な父を婿にした。

姉や兄にとって自分たちは女大公の公子と公女で、わたしは〈使用人の娘〉だ。

同母同父だというのに。


「……ガルニエ子爵だ。すぐに行け」


と、母が、嫌悪感を露わにした声で告げた名が、わたしの結婚相手だと気付くのに、しばらく時間がかかった。


――ガルニエ子爵と言えば……。


姉が、クスクスとわたしを見下す笑い声を忍ばせる。


「無粋なアデールにはピッタリじゃない? ……狂戦公への輿入れだなんてぇ?」

「まったく姉上の言う通りだ! 戦ばかりで社交に顔すら見せない、貴族とは思えない野蛮さ! 不粋で野暮!」


と、兄は、さも嫌そうに顔を歪め、わたしから顔を背けた。


「敵も味方もかまわず斬り込む〈血みどろの狂戦公〉! ……げにも厭わしい。アデール、ちゃんと血を拭いてやれよ?」


大袈裟に身震いして見せる兄に、姉が手を叩いて笑った。

やがて、母が無言で席を立ち、皆で立って退出を見送る。

姉が出て行き、兄は両手にメイドの腰を抱いて機嫌よく出て行った。

父が再び椅子に腰を降ろしたので、わたしも座り直す。


「カトラン・ガルニエ子爵。アデール、お前の結婚相手だ」


父の抑揚のない声が、ふたりきりになった大広間に空々しく響いた。


「……先代子爵だった兄君を、戦場で後ろから刺し殺したっていう……」

「ただの噂だ」


父が寡黙で、話の要点しか口にしないのは昔からだ。

けれど、昔はその周りに笑顔があった。

母の明るい笑い声。はしゃぐ兄と、意地っ張りな姉。

物心のついたわたしの最初の記憶は、家族5人でのピクニック。大公領の風光明媚な野原。雨上がりだったのか虹が出ていたような気がする。寡黙な父の膝の上で、わたしも皆と笑っていた。

以来、一度もない。

母が即位し、すべてが変わった。だけど、幼いわたしはそれに気が付かなかった。


「お父様と仲良くして」


そのひと言が、母の勘気に触れた。

母の城を追い出され、父の住まう政館に部屋を移された。

そして今、悪名高い〈血みどろの狂戦公〉のもとへと追い払われようとしている。


「ガルニエ子爵は、大変な武功をあげた」

「……え?」

「アデールの婚儀は、大公家にとって益のあることだ」


それが、父からの祝福なのか、慰めなのか何なのか、わたしには分からなかった。

そして、父も席を立つ。

しばし天井に描かれた天体図を茫然と見上げてから、わたしも、無数の宝石が埋め込まれた瀟洒な椅子に手をかけた。

絢爛豪華を極めた大広間を、ひとり出る。

半年ぶりの登城が、母女大公の城の見納めになった。

王都では悪名ばかりが囁かれる〈血みどろの狂戦公〉とは、どんな人物なのだろう。新しい家族は、わたしを受け入れてくれるだろうか。不安ばかりが募る。

けれど、母の命令を拒むことはできない。

慌ただしい嫁入り支度をひとりで整え、わたしは北の辺地へと旅立った。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

遊び人の令嬢が目を付けたのは、私の真面目な婚約者でした

おいどん
恋愛
子爵家の令嬢エリーネと伯爵家の次男のノルトが婚約を結んだのは、半年前だった。 真面目で優秀なノルトに相応しい婚約者であろうとするものの、エリーネには自信がなかった。 ある日、遊び人と噂の令嬢べルティーナとノルトが共にいるところを見てしまう。 「真面目クンは壁さえ破っちゃえばこっちのもんだからね〜」 「きっと、彼女の美しさに嫉妬しているのだわ…」 「…今度は、ちゃんと言葉にするから」

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

【電子書籍化・1月末削除予定】余命一カ月の魔法使いは我儘に生きる

大森 樹
恋愛
【本編完結、番外編追加しています】 多くの方にお読みいただき感謝申し上げます。 感想たくさんいただき感謝致します。全て大切に読ませていただいております。 残念ですが、この度電子書籍化に伴い規約に基づき2026年1月末削除予定です。 よろしくお願いいたします。 ----------------------------------------------------------- 大魔法使いエルヴィは、最大の敵である魔女を倒した。 「お前は死の恐怖に怯えながら、この一カ月無様に生きるといい」 死に際に魔女から呪いをかけられたエルヴィは、自分の余命が一カ月しかないことを知る。 国王陛下から命を賭して魔女討伐をした褒美に『どんな我儘でも叶える』と言われたが……エルヴィのお願いはとんでもないことだった!? 「ユリウス・ラハティ様と恋人になりたいです!」 エルヴィは二十歳近く年上の騎士団長ユリウスにまさかの公開告白をしたが、彼は亡き妻を想い独身を貫いていた。しかし、王命により二人は強制的に一緒に暮らすことになって…… 常識が通じない真っ直ぐな魔法使いエルヴィ×常識的で大人な騎士団長のユリウスの期間限定(?)のラブストーリーです。 ※どんな形であれハッピーエンドになります。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。

処理中です...