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1巻

1-3

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 俺は思わず、セルデアさんの手を強めに握りしめていた。
 少し無遠慮だったかと思ったけれど、瘴気しょうきを浄化するにはどうせ直接触れなきゃいけない。それなら、まあいいかな。俺は上機嫌で頬が緩みきっていた。

『すげえ、カッコいいですね!』
『え?』
『角も目も、全部すごいカッコいいっすよ。俺、貴方みたいな人に出会えて嬉しくて』
『……』

 目を見開いたままセルデアさんは固まっていた。俺へ視線を注いだまま一向に動かない。あまりにも長い間凍りついたように動かないので、段々不安になってくる。セルデアさんの手を、軽く指先でつついてみる。

『あのー……』
『……申し訳ありません。あまり聞き慣れない言葉でしたので』
『ええっ、それは意外でした』

 セルデアさんは小さく息を呑んでから、そっと離れていく。その際に乱暴にではないが、握った手は振りほどかれてしまった。
 そして、俺を見つめたまま眉をひそめ、唇を一文字に結ぶ。それは明らかに不機嫌だとわかる表情だった。こちらを見る目も鋭く、整った顔ににらまれるとそれだけで圧力を感じる。それに気付いた瞬間、自分が失敗したのだとわかった。
 やらかした。ちょっと調子に乗りすぎちゃったかな。
 この世界に来てから、何をしても怒られることはなかった。そのせいで、他人への気遣いというものが薄くなっていたのかもしれない。
 そう思うとなんだか声をかけづらくなってしまい、黙りこむ。セルデアさんが何かを話しかけてくれる訳もないので、気まずい沈黙だけが流れる。
 どれくらいの時間が流れたかわからない。突如、セルデアさんが口を開いた。

『……急用を思い出しました。今日はこれで失礼いたします』
『え! あ、はい』

 本当は引き止めなきゃいけないと、わかっていた。神子の役目である浄化がまだ終わっていない。瘴気しょうきが溜まっているのは見てわかるし。
 けれど、嫌なことを言ってしまったという後悔が重くのしかかり、何も言えずにその背中を見送った。どう考えても俺の言葉が機嫌を損ねてしまったのだろう。
 次だ。次に会った時にはちゃんと謝ろう。嫌なことを言ってすみませんでしたって。きっと謝ったら許してくれる。そう考えていた。
 だからこそ、三日くらい経って会いに来たセルデアさんの言葉に、俺は衝撃を受けた。

『――――私は、貴方が嫌いだ』


    ■■■■


 びくりと全身が跳ねて、意識が一気に浮上する。目蓋まぶたも同時に開いて、飛びこんでくるのはベッドの天蓋だ。
 豪勢な天蓋は、ここが一人で暮らしていたマンションの一室ではないと俺に教えてくれる。
 じんわりと汗を掻いていたようで、服が肌に張りついていた。額ににじんだ汗を拭いながら、ゆっくりと身体を起こした。
 静まり返った室内と閉じられた窓の向こうの暗さにまだ深夜なのだと知る。夢見が悪かったのか、中途半端な時間に起きてしまったようだ。
 この屋敷を訪れて、もう数週間が過ぎていた。
 一日の大半の時間を書庫で過ごす日々を送っていた。同じ屋敷にいるはずだが、あれ以来セルデアとは一度も出会っていない。そうすると余計に彼の存在が気になる。
 だから、あんな夢を見たのだろうか。先ほどの夢はほとんどが現実で起こったものだった。あれは、俺が神子時代にセルデアと出会った時の光景だ。
 しかし、今思い出すと確かに初対面のセルデアは普通だった。それこそ、この前謝罪してくれた時と同じだ。最初から嫌なヤツではなかったのだと、今さらながらに思い出す。どうにもあの顔のせいで忘れていた。
 セルデアが急変したのは確か……その次に会った時だ。
 冷たい視線に、あざける言葉。いろいろな文句を言われた。子供だった俺は、セルデアに冷たくされていることを最後まで誰にも言わなかった。
 嫌われたのは余計なことを言った自分のせいだと思っていたし、告げ口のようで卑怯に思えたのだ。
 そこまで甘えてはいけないと、変なところで意地になっていたのもあったのだろう。
 しかし、今の俺からすれば告げ口してやればよかったということに尽きる。
 卑怯? 自分のせい? 自分自身を大切にしてなんの問題があるというのだ。やられたらやり返すべきだ。もちろん、合法的な手段で。

「……何か、目が覚めちゃったな」

 無理やりにでも目を閉じて寝ようかと思ったが、完璧に目が冴えてしまった。こうなったらすぐに眠るのは難しい。
 ふと、視線が扉で止まり、そのまま誘われるようにベッドから出る。別に禁止されている訳でもないし、少しだけ外に行ってみようか。
 屋敷から出るつもりはない。庭に行くくらいはいいだろう。
 自分の中では、それがとても素晴らしい考えのように感じた。この世界の夜景というものも楽しんでみたい。
 当たり前だが、俺を止める者はここには誰もおらず、そのまま外へ向かった。


 夜の屋敷は人の気配がまったくしなかった。
 騎士たちが見回りをしているのが普通だと思っていたんだが、辺りには誰もいない。
 一応、ここは公爵家だ。これで大丈夫なのかと思わなくもないが、よく考えれば当主は化身だ。
 彼をどうにかできる人間なんて、この国だと神子と他の化身くらいのものだ。
 しかし、他の化身がわざわざここまできてセルデアに害を及ぼすなんてありえない。
 彼らも、必ずセルデアに勝てるという訳でもないので、やはり警備がなくとも問題ないのかもしれない。
 窓から差しこむ月明かりに照らされながら、廊下をゆっくりと歩く。結構歩いたつもりなのだが、その間誰ともすれ違わなかった。
 人が足りていないとは聞いていたが、ここまでとは。こんなに人手不足なのは、何か理由があるのだろうか。
 これでは、わざと人をこの屋敷に置かないようにしているとも思える。
 ……いや、まさかな。

「ッ!」

 パリンッという突然の物音に、俺の全身が跳ね上がる。それは何かが割れたような音だった。どこからだと思った瞬間に、再び何かが床に落ちる音が聞こえる。
 俺は驚きで足を止めて辺りを見渡した。どこだ、どこから聞こえる音なんだ。
 その音は段々と激しくなっていく。またしても割れた音が響いた時に、それがもう少し先の扉から聞こえていると気付いた。
 両開きの大きな扉、その向こうから聞こえる。
 俺は息を殺して、ゆっくりとその扉に近づく。そして、そっと扉に耳を押し当てた。
 ガタンッと物が倒れる音がはっきりと聞こえてくる。ここだ、間違いない。
 この扉の先で何が起こっているというのだろう。誰かを呼ぶべきかと考えていたが、ここまで人がいないなら探すだけでもかなり時間が必要だ。
 ……もし、緊急を要する状況だったのなら。
 とりあえずはノックだ。その扉を拳で軽く叩いた。

「あの、大丈夫ですか? 何かありましたか?」

 扉の向こうにも聞こえるように少し大きめの声を出す。しばらく待ってみるが、返答はない。
 しかし、先ほどまでの激しい物音がぴたりと止んだ。その場で待っていても、やはり返ってくるのは沈黙だけだ。
 なんだ? 静かになるなんておかしくないか? 首をかしげて、もう一度扉に耳を押し当てた。

「……っあ、ぐ……っ!」

 かすかに聞こえたのは、誰かのうめき声だった。それは苦しそうにかすれている。聞いた瞬間、中で誰かが倒れていると思い、反射的に扉を開き、中へ飛びこんだ。

「大丈夫ですか!」

 入った先は広い部屋で、中は真っ暗だった。灯りは一つもなく、室内の窓にもカーテンがかかっているのか何も見えない。あるのは、俺が開いた扉から差しこんだかすかな光だけだ。そして、そこには誰かがいた。
 浮かぶのは、紫色の光だった。
 ぞわりと、背筋に悪寒を感じた。薄っすらとした光では誰がいるのか見えないのに、はっきりとわかった。
 なぜなら自然の暗闇よりも、禍々まがまがしくどす黒い霧が部屋全体を埋めつくしていたからだ。

「セルデア……?」

 瘴気しょうきだ。こんな濃い瘴気しょうきを持つ者はセルデアしかいない。名前を呼ぶと奥で動くような音がかすかに聞こえる。その瞬間、俺のすべてが警戒を強める。
 あれはまずい。絶対にやばい。
 セルデアの吐息の音が聞こえたかと思うと、勢いよく背後の扉が勝手に閉まる。そして、何一つ灯りのない闇の中に取り残された。

「はぁ、はあ……っ」

 何も見えない中で、セルデアの苦しそうな荒い息だけがよく聞こえる。そして、ぺたりぺたりと素足でこちらに近づく足音が大きくなっていく。その間、俺は動けなかった。
 ゆっくりと影がこちらに近づき、ようやく暗闇に慣れた瞳がそれを捉える。
 銀の髪と衣服は乱れ、胸元をさらけ出している。手指には血が付着しており、首筋にある傷が自傷したものだと気付く。
 さらに、間近でこちらを覗きこむ紫水晶の瞳には理知的な光がなかった。首をかしげながら、どこまでも虚ろな瞳でただ俺を映す。その様子は人間ではなく獣の動作に近い。
 それらを見て、確信した。
 セルデアはもう限界だ。神堕ち寸前で、理性はもう飛んでいる。
 部屋に入った瞬間、逃げようかとも思ったが、今逃げてどうなる。セルデアが神堕ちしてしまえばこの辺一帯は無事では済まないはずだ。
 駄目だ、たとえ神子だとバレようとも今、浄化するしかない。
 しかし、無闇に動く訳にはいかない。まだ完全に神堕ちしていないとはいえ、瘴気しょうきに侵され凶暴性はかなり高いはずだ。
 慎重に動け、絶対に焦るな。
 緊張から掌に汗がにじむ。それでも焦る気持ちを抑えようと浅い呼吸を繰り返した。
 その間、セルデアは俺のすぐ前にまで近づく。そして、俺の首元に鼻先を寄せて、匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす。なんだ、いい匂いはしないぞ。
 注意していなかった訳じゃない。それは本当に突然の行動だった。セルデアは、首元に唇を寄せて口を大きく開いた。

「っ痛ッ‼」

 首筋に激痛が走る。
 な、何を! 慌てて目線をそちらに向けると、セルデアが俺の首筋に噛みついていた。強く噛んでいるという訳ではない、鋭い八重歯が首筋に深く刺さっているのだ。食われると感じて、恐怖に全身が包まれた。
 そこから慎重という言葉を忘れて、全力で暴れる。当たり前だ、こんなところで絶対に食われたくない。しかし、セルデアは俺の腰に腕を回して離さない。
 まずい、これは応戦しないとだめだ。急いで震える指を動かし、素肌をさらしている胸板に直接触れる。そして、集中する。
 浄化の仕方はわかっている。自分の中にあるものを相手に差し出すような気持ち、あとは浄化の願いと祈り。
 高校生君を待っている場合じゃなかった。
 今やらないと俺がまずい!

「ぐっ、ああ、っ!」

 ずるっと何かが抜けていく感覚、それが掌に伝わっていく。すると、セルデアがうめいて力が緩む。
 今だと思った瞬間に、肩を突き飛ばし全力で押しのける。腕の力が緩んでおり、思った以上に呆気なくほどけて、そのまま床へと尻もちをついた。

「って!」

 勢いよく床へ尻をついたために、じんじんと鈍い痛みが俺を襲う。そして、すぐに先ほどの浄化がほぼできていないとわかった。
 くそ、嫌われていた神子時代よりも伝わりにくいってどういうことなんだ。しかし、俺からの好感度も高くはないので当たり前といえば当たり前かもしれない。こうなれば数をこなすしかない。
 ほんの少し浄化はできている。繰り返し力を送れば、どうにかなるはず。
 すぐに立ち上がろうと足に力をこめようとした時、まったく力が入らないことに気付いた。

「あ、あれ……?」

 心臓の鼓動が馬鹿みたいに速い。全身の体温が自分でもわかるくらいに高くなってきて、息も上がっていく。
 無意識に掌で首を触り、気付く。ここはさっき牙を立てられた場所だ。
 化身たちにはそれぞれ力がある。ルーカスは天の神の血筋だ。羽を持つ生き物を眷属として、風や光を操れる。
 セルデアも同様の力がある。地を這う生き物を眷属として、土や毒を操れるのだ。
 サッと全身の血の気が引いていく。さっき噛まれた時に、毒を注ぎこまれたのか! 猛毒だろうか? だとしたらもう助からないぞ!
 い、いや、落ち着け。俺なら浄化できる。化身の力なら打ち消すことができるはずだ。
 その時、俺は自分のことだけしか考えられなかった。だからこそ、間近に近づいてきた影にはただ無防備だった。

「っ、しまった!」

 気付いた時には遅かった。
 セルデアが座りこんだ俺へ覆い被さるように飛びついてくる。肩を掴まれ、床へ上体を押しつけるように力がかかる。後頭部を軽く床に打ちながら、倒れこんだ。痛みに眉をひそめながらも、どうにか声だけは振り絞る。

「落ち着いてください、公爵! 俺です、サワ……ひぁ、っ」

 自分でも驚くくらいに甘く高めの声が漏れる。その原因は話す途中で、セルデアが俺の首筋を舐めたからだ。それはちょうど噛まれたところだ。
 急に舐められたことも衝撃だったが、それ以上にその感覚に驚く。足元から駆け上がるような甘い痺れ。体が過敏になりすぎている。
 いや、まさか、そんな。

「嘘だろ……っあ、待って、待ってください、っ」

 俺が現状を理解しきれていない隙に、セルデアの行動はどんどんと激しくなる。噛み痕をいたわるように舐めながらも、手は俺の腰をゆっくりと撫でる。それだけで俺の身体は小さく跳ねて、熱い吐息が唇から漏れるのを止められない。
 敏感すぎるこの身体とすでに股間のほうで勃ち始めたブツに気付いて、俺は悲鳴をあげた。間違いない、さっき注ぎこまれたものは媚毒か!
 よりにもよってなぜそっちの毒なのか。いやここはよかったと喜ぶべきなのだろう。しかし、男の俺なんかになぜそれを注入したんだ。
 抗議をこめてセルデアをにらみつけるも、そこにはあるのは正気の光のない瞳。ただ息は乱れて、興奮しているのがわかる。
 これはまずい。このままだと俺は、違う意味で食われる。

「離し、っあ」

 混乱状態の俺を置き去りにして、ビリっと破ける音がした。それが着てる服を破かれたのだと遅れて気付く。
 胸倉辺りから乱暴に引っ張られ、まるで紙のように破られていた。素肌が外気にさらされて、反射的にびくりと身体が震える。
 本当にまずい。いますぐ離れなくては! そう、頭ではわかっている。わかっているのに、身体がうまく動かせないのだ。

「んっ、あ」

 首筋に残った噛み痕をセルデアは執拗に舐める。それだけだというのに、足の爪先から駆け上がるような甘い痺れ。その快感は今までに覚えたことのない程に気持ちよく、俺の思考と動きを鈍らせる。
 せめてもの抵抗として頭を左右に振り、拒否を示す。しかし、今のセルデアにはそれが気に入らなかったのだろう。俺の耳元で口が開く音が聞こえる。

「ま……ッ、あぁあ、っ!」

 再度、俺の首元に牙が埋めこまれる。喉をさらして、弓なりに身体が反る。
 痛いからではない。恐ろしいことに痛みなんてまったくない。その逆で、噛まれているというのにとても気持ちがいいのだ。
 それこそイく時の倍程の快楽に襲われて、声なんて殺せない。びくびくと全身が震え、身体が熱い。
 ずるりと牙が抜かれる時には、俺は指一本動かせない程だった。荒い息だけを繰り返して、全身の力が入らず床に寝転ぶだけ。
 セルデアはそんな俺を見下ろして、どこか満足げだ。狙った獲物を捕えたとばかりにその瞳を嬉しそうに細めた。

「あっ、そこは、んっ」

 次にセルデアは俺の胸に顔を寄せ、異常な興奮のせいか立ち上がる胸の突起にその舌を這わせる。
 それだけでぴりぴりするような快感が身体中に広がり、俺は全身を震わす。吸いついたり、歯先で甘く噛んだり。力が入らない俺をいいことにやりたい放題だ。

「んっ! んっ!」

 俺もそれだけだというのに感度が馬鹿みたいに高くて、気持ちいい。セルデアの鋭い歯先がかすめる度に、噛まれた時を思い出してびくっと腰が跳ねる。
 また噛まれるかもしれない、と考えながらも恐怖よりも期待が上回っている。かすかに残る理性が、媚毒のせいだと訴えかけてくるが、何の意味も成さない。

「っは、んあ……ひっ! やめっ!」

 ちゅちゅっという水音が、羞恥心を煽る。さらにセルデアの手が下肢へと進むと、ためらいもなく俺の勃起したブツを服越しに掴む。敏感すぎる身体ではそれだけでかなり気持ちよくて、声は抑えきれない。
 しかし、セルデアにとってこちらの様子はどうでもいいとばかりに、再度ビリっと破れる音が耳に届く。目線をそちらへ向けると、下着ごと股間辺りの衣服が裂かれていた。

「本当に、落ち着けってぇ、っ! んあっ」

 まだ動かせる口による説得を試みるが、まったく聞いている様子がない。それどころか、そのまま性器を直接手で包みこむように触れる。それだけで大袈裟おおげさな程に身体が跳ねる。

「あっ、んっ、ひっあ」

 そこから竿を緩急つけながら擦り上げるものだから、あまりの気持ちよさに頭が真っ白になる。
 女の子のような甘い声が漏れて、全身が痙攣けいれんを起こしたかのように震える。暴力に近い快楽に頭を振った。

「あっあ、まって、つらっ、ひぁッ!」

 ぐちゅぐちゅという先走りの粘着質な音が部屋中に広がっていく。口が閉じられなくて、唾液が口端からこぼれた。
 セルデアはいつの間にか胸を舐めることをやめており、ただ真っ直ぐに俺を見下ろしていた。鋭い眼孔に射貫いぬかれる。その目はまるで獣のようだ。
 瞳の中には理性的なものなどどこにもなく、あるのはただ本能。獣そのものだ。

「あっ、やだ、イく。出る、出るからッ!」

 限界はあっという間だ。俺が早漏という訳ではない。快楽がずっと押し寄せて、これでも必死に耐えたほうなのだ。
 俺の言葉を聞いて、セルデアの手が速まる。それは十分すぎる刺激で、目蓋まぶたをぎゅっと閉じた。

「あっ、イッ、ああぁっ!」

 白濁した液が先端からこぼれて、飛び散る。ぽたぽたとセルデアの手を汚して、俺の衣服も汚す。足先をピンと伸ばして、襲いくる快楽に声を枯らした。そして、一気に熱が全身に回って息を切らす。
 息を荒らげながらも、先ほどの快楽を思い出して身を震わせた。
 ああなんだよ。馬鹿みたいに気持ちがよかった。あんなのどこでも体験したことがなかった。息を整えることに必死になっている俺を、セルデアは待つはずもない。

「っひ!」

 セルデアが次に触れるのは俺の尻だ。尻を衣服越しに軽く撫でる。その瞬間、次にどうなるかはすぐに理解した。男同士でどこを使うかは、知っている。しかも恐ろしいのは、一瞬そっちも気持ちいいかもしれないと思った自分がいたことだ。
 このままではまずい。絶対にまずい。
 一度イッたせいで、思考も落ち着いている。今しかないと決心して、セルデアに両手を広げた。

「……頼むよ」

 懇願するように声を弱弱しく、そして眉尻を垂らして目線を向ける。両手を広げて、抱きしめてほしいというポーズだ。
 俺に彼女ができたら、してほしいこと第二位に入ることだが、まさか自分が実演することになるとは夢にも思わなかった。
 ただこれが正気ではないセルデアに効くかどうかは賭けになる。俺が哀願の表情のままでいると、感情の読めないセルデアがこちらを黙って見つめる。
 そして、ゆっくりと俺へと覆い被さってきた。両腕を広げた俺の胸の中に飛びこむように。
 ――ここだ!
 すぐにセルデアの背に両腕を回して、力強く抱きしめる。
 今の俺とセルデアは肌の接触面がかなり大きい。だから、今ここでやるしかない。

「――三十代神子を、舐めるなよッ!」

 すべてだ。自分の中にあるすべての力を使いきる程に祈る。相手の中にあるものをすべて綺麗にしたいとただ無心に祈るのだ。

「ぐ、あっ!」

 腕の中でセルデアの身体が跳ねる。苦しげな声が聞こえるが、俺は意識を自分に集中させる。やっぱり効きが悪い。まだだ、もっと。もっと力を凝縮させるんだ。
 俺の全身が白く発光する。実際には浄化の力がそう見させているのだが、今は余計な考えは後回しだ。
 一度出したせいか、呼吸も落ち着いてくる。
 逃さないように腕の力を弱めず、抱きしめ続ける。そうして、段々とセルデアの声が小さくなっていく。視界を覆う程の瘴気しょうきもゆっくりと消えていく。ある程度見えなくなるのを確認してから、ようやく腕の力を抜いた。

「どう、だ……?」

 セルデアを確認すると目蓋まぶたは閉じられ、気を失っているようだった。そうなると、セルデアの重みがすべて俺へとかかってくる。
 俺を下敷きにして眠るセルデアにかすかに苛立ちながらも、どうにかそこから脱出する。
 しかし、起き上がる力はない。元々神子の力は使うとかなり疲れる。今回は全力だ、本当に疲れた。
 いや、それでも子供の時よりは随分とマシな気がする。不思議な話だ。
 神子時代はもっと疲労感が強くて、一人を浄化するだけでもかなり辛かった。そのことは誰にも言わなかったが、今ならそれ程辛くはないな。随分と楽になった。
 それにしても、本当に。

「世話のかかるヤツ……だな」

 呑気に寝ているセルデアをにらみつけるも反応がある訳でもない。とりあえず、少し休んだらここから離れなくては。
 こんな状況を誰かに見られでもしたら絶対にまずい。だから少しだけ、少しだけ休んだら動こう。
 そう自分に言いきかせながらも、体力の限界だった俺は目蓋まぶたを閉じた。


    ■■■■


 ふっと意識が戻ってくる。自然に目が開き、すぐに見えたものがベッドの天蓋だとわかり、一瞬だけ戸惑う。
 あれ、どこだ? 俺の部屋か……?
 しかし見えている天蓋は見覚えのないもので、豪勢な作りをしていた。
 ここにいるのは正しいのか、という自問自答をしばらく繰り返す。目覚めの思考はまだ鈍くて、答えを出すには時間がかかる。
 確か、俺は夜中に目が覚めて、そして――

「っあ!」

 すべてを思い出して、シーツを蹴り上げながら身体を起こした。
 ここはどこだ。しっかりと覚えているのはすべてを振り絞って、セルデアに浄化の力をぶちこんだところまでだ。
 もし、あのままなら今頃は床で目覚めているはずなのだ。しかし、ここはベッドの上。
 ええと、どうしてベッドの上にいるんだ。いや、その前にあのままだとしたら、この部屋は……

「起きたか」

 突如声をかけられて、驚きで肩が跳ねる。そちらに目を向けると、そこにはセルデアがいた。ベッドのそばに椅子があり、そこに座っている。
 それでようやくここがどこで、今どういう状況なのか、把握できた。
 こちらを見るセルデアの眉間には皺が多く刻まれ、その目も険しい。それは誰が見ても激怒の表情に見える。
 何かをやらかしたか? と一瞬思ったが、よくよく考えれば居候いそうろうが勝手に家主の寝室へ侵入した時点で、十分やらかしているといえるかもしれない。
 俺が思うに、先に意識を取り戻したのはセルデアだったのだろう。だとすれば、倒れた俺の周りには間違いなく精液などが残っていたはずだ。
 暴走中の記憶が一切ないとすれば、夜這いをした変態だと思われてないか? 襲われたのはこちらだというのに、とんだ誤解だ。これは本当にまずいかもしれない。
 今の立場的にもここから叩き出されてしまうと、あとがあるとは思えない。なんとか他所の貴族が預かってくれたとしても、このような待遇はないだろう。
 とりあえず謝るべきか?

「……あの、ですね」

 言い訳が出てこない。馬鹿正直にすべてを話せば、俺が先代神子だということも説明しなければならないのだ。大体、セルデアがどこまで覚えているのかもわからないのに迂闊うかつなことは言えない。
 言葉が続かない俺を、セルデアが鋭い目つきでにらんでくる。それは昔を思い出すような瞳だった。
 ののしられ、にらまれ、邪険に扱われた。どうにも苦手に思うその双眸そうぼうに、抑えきれない怒りが湧いてしまう。つい、こちらからもにらみ返すとセルデアがびくりと小さく震えた。

「すまなかった」

 セルデアは深々と頭を下げた。その意外すぎる言動に、驚きで全身が固まる。しかし、こちらを気にすることなく言葉は続く。

「……昨夜のことは覚えていないが、大体は理解している。言葉の謝罪で許されるとは思っていないが、昨夜の私は……我を忘れていた」
「……」
「本来ならば危害を加えることはあっても、このような……その、性的に襲うなどありえないことなのだ。私は元々そういう欲には薄く…………ああいや、違う。そういう話は必要ないな。傷は大丈夫だろうか? そうだ。その、穴の部分が痛むなら今すぐ医師を」
「……」

 声を出すのも忘れて、セルデアを見つめていた。俺の中でのセルデアは、その容姿にぴったりな悪役のように狡猾で冷血な男だと思っていた。こういうことがあっても、冷静に淡々としているような男だと。
 しかし、今見ている男はそうではなかった。
 表情こそはかなり険しいが、頬はかすかに赤く染まっており、声は混乱に満ちている。先ほどと違って目もかなり泳いでおり、俺を真っ直ぐに見られていない。ただ、顔だけは迫力たっぷりだ。

「いえ、あの、俺は」
「ああ、すまない。責任は取ろう。貴方を傷物にしたのだから、私が責任を取るべきだ」
「いや、ですから」
「いいのだ。何も言わなくてもいい。私は貴方を無理やりに」
「ですから、聞いてください。未遂です」
「――は?」

 ぴしりと固まった音が聞こえそうな程、一瞬にしてセルデアの動きが止まった。
 そもそも、お互い完全に服を脱いではいなかったはずだ。
 現に今着ている服も昨日と同じで、破れたままだ。破れているといっても脱がさなければ、挿れることもできない。脱いでいないのにどうやって一線を越えるのか。
 倒れたあとに、という可能性もない訳ではないが、しっかり浄化の力を打ちこんだので可能性は低い。尻の穴も痛くないし。
 俺が気を失っている間にでも、ある程度は冷静に調べればわかることではある……よな。

「確かに、その、俺は襲われました。けれど、驚いて突き飛ばしてしまった時にサリダート公爵が頭を打って気絶されたようで……」
「……ああ、そうか。なるほど」

 とっさに出た言い訳を並べるとセルデアはうつむいてしまう。あの状態のセルデアが簡単に気絶するはずもなく、苦しい言い訳ではある。


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