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一章
1.元神子は目覚めたようです
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『なんで、そんなに悲しそうなの?』
俺に問いかけてきたのは、褐色の肌で紅玉色の瞳をもつ少年だ。ふと周りを見渡すと、真っ白な空間で少年以外何もない。俺は、これが夢だとすぐに気付いた。
『ねえ、俺に教えてよ、イクマ』
紅玉の瞳の少年は、少し怯えながら続ける。名前を呼ばれたところを見ると、その少年は俺が澤島郁馬だということを知っているようだ。
しかし、今俺は別に悲しくない。そんな表情すらしていないはずだ。そう答えようと口を開いたが声は出なかった。
まあ、夢なのだからそういう事もあるだろう。
俺は特に焦ることもなく、とりあえずは目の前の少年を観察する。黒髪には灰色のメッシュが混ざり、長さは全体的に短い。
年齢は十代後半といった所だろうか。耳には純金のリングが何個も付けられているところを見ると育ちは良いのだろう。
──あれ。
ふと気付いた。俺は、この子に見覚えがある。
『……わかった、言いたくないんだね』
ただ声が出せないだけなのだが、紅玉の瞳の少年はそう判断したらしい。少し悲しそうに目を伏せて、次にこちらを見る表情にはしっかりとした決意が宿っていた。
『あともう少しだけ、待ってて。そうしたら俺が──』
少年の思いつめたような表情が、更に俺の記憶を揺さぶる。あと少し、あと少しで、出てきそうだというのにどうしても思い出せない。
誰だ、この子。俺はこの子の名前を知っているはずだ。
紅玉の瞳の少年は、俺の手を力強く握り締めた。
『──助けてあげる』
その言葉と同時に、一つの名前が浮かんでくる。それは確かに覚えのある名前だった。俺は咄嗟に口を開く。そして、そのまま彼の名前を力強く呼んだ。
「ら……っ⁉︎」
大きく叫んだ自分の声に起こされ、意識が戻ってくる。俺が出した声だというのに驚いて、飛び起きた。目蓋はしっかりと開き、視界に真っ先に飛び込んできた紫水晶の瞳だった。
「イクマ?」
目を軽く見開き、驚いているセルデアと目が合う。暫し、そのまま見つめ合いながら、一瞬だけ今自分がどこにいるのかわからなくなる。
辺りへゆっくりと目を向けると見えるのは、豪華なベッドの天蓋と広々とした室内だ。
派手な装飾は多くない。機能性を重視したような内装はこの部屋の主の性格をよく表していた。
見慣れた部屋であるが、俺の生まれ育った土地ではない。
ここはサリダート公爵家の屋敷であり、そこの主人であるセルデアの寝室だ。
……ああ、そうか。俺、今異世界にいるんだ。
寝ぼけた頭は、そんな当たり前のことを今更認識し始めた。
俺は、この異世界に中学生の時に神子として召喚され戻り、再び三十代で再召喚された。非現実的なことが飛び交うこの異世界にて、色んなことに巻き込まれたが、結局俺はこの世界で生きていくことを決めた。
この世界に残ると決めた理由は、二つある。
一つ目は、元の世界と異世界は時間軸が大幅にずれていること。簡単な計算だが、こちらで過ごす一年は元の世界では五年となる。もし今俺が元の世界に戻っても仕事はクビになっていることは間違いなく、そのことで両親に迷惑をかけたくなかったからだ。
二つ目は、今俺の目の前で心配そうに見つめてくる男、セルデアだ。
この世界の神の血を受け継ぐ者たちを『化身』と呼び、セルデアもその一人だ。化身は古き神の一部を身体に宿し、その性質も通常の人間とは違う点が多い。
俺は、そんなセルデアという男を愛してしまった。そして、セルデアも俺を愛してくれた。だからこそ、この異世界で共に生きると約束したのだ。
「大丈夫か、何かあったのか?」
突然、飛び起きた俺をセルデアは心配そうに見つめている。セルデアは、リネンの寝間着に紺色のガウンを羽織って、ベットの側に立っていた。どうやら俺よりも早く、目が覚めていたのだろう。
セルデアの手がこちらに伸ばされ、緩やかに俺の頬を撫でる。少しぼんやりとした俺にとっては、それがとても心地よく、思わず擦り寄った。
俺に問いかけてきたのは、褐色の肌で紅玉色の瞳をもつ少年だ。ふと周りを見渡すと、真っ白な空間で少年以外何もない。俺は、これが夢だとすぐに気付いた。
『ねえ、俺に教えてよ、イクマ』
紅玉の瞳の少年は、少し怯えながら続ける。名前を呼ばれたところを見ると、その少年は俺が澤島郁馬だということを知っているようだ。
しかし、今俺は別に悲しくない。そんな表情すらしていないはずだ。そう答えようと口を開いたが声は出なかった。
まあ、夢なのだからそういう事もあるだろう。
俺は特に焦ることもなく、とりあえずは目の前の少年を観察する。黒髪には灰色のメッシュが混ざり、長さは全体的に短い。
年齢は十代後半といった所だろうか。耳には純金のリングが何個も付けられているところを見ると育ちは良いのだろう。
──あれ。
ふと気付いた。俺は、この子に見覚えがある。
『……わかった、言いたくないんだね』
ただ声が出せないだけなのだが、紅玉の瞳の少年はそう判断したらしい。少し悲しそうに目を伏せて、次にこちらを見る表情にはしっかりとした決意が宿っていた。
『あともう少しだけ、待ってて。そうしたら俺が──』
少年の思いつめたような表情が、更に俺の記憶を揺さぶる。あと少し、あと少しで、出てきそうだというのにどうしても思い出せない。
誰だ、この子。俺はこの子の名前を知っているはずだ。
紅玉の瞳の少年は、俺の手を力強く握り締めた。
『──助けてあげる』
その言葉と同時に、一つの名前が浮かんでくる。それは確かに覚えのある名前だった。俺は咄嗟に口を開く。そして、そのまま彼の名前を力強く呼んだ。
「ら……っ⁉︎」
大きく叫んだ自分の声に起こされ、意識が戻ってくる。俺が出した声だというのに驚いて、飛び起きた。目蓋はしっかりと開き、視界に真っ先に飛び込んできた紫水晶の瞳だった。
「イクマ?」
目を軽く見開き、驚いているセルデアと目が合う。暫し、そのまま見つめ合いながら、一瞬だけ今自分がどこにいるのかわからなくなる。
辺りへゆっくりと目を向けると見えるのは、豪華なベッドの天蓋と広々とした室内だ。
派手な装飾は多くない。機能性を重視したような内装はこの部屋の主の性格をよく表していた。
見慣れた部屋であるが、俺の生まれ育った土地ではない。
ここはサリダート公爵家の屋敷であり、そこの主人であるセルデアの寝室だ。
……ああ、そうか。俺、今異世界にいるんだ。
寝ぼけた頭は、そんな当たり前のことを今更認識し始めた。
俺は、この異世界に中学生の時に神子として召喚され戻り、再び三十代で再召喚された。非現実的なことが飛び交うこの異世界にて、色んなことに巻き込まれたが、結局俺はこの世界で生きていくことを決めた。
この世界に残ると決めた理由は、二つある。
一つ目は、元の世界と異世界は時間軸が大幅にずれていること。簡単な計算だが、こちらで過ごす一年は元の世界では五年となる。もし今俺が元の世界に戻っても仕事はクビになっていることは間違いなく、そのことで両親に迷惑をかけたくなかったからだ。
二つ目は、今俺の目の前で心配そうに見つめてくる男、セルデアだ。
この世界の神の血を受け継ぐ者たちを『化身』と呼び、セルデアもその一人だ。化身は古き神の一部を身体に宿し、その性質も通常の人間とは違う点が多い。
俺は、そんなセルデアという男を愛してしまった。そして、セルデアも俺を愛してくれた。だからこそ、この異世界で共に生きると約束したのだ。
「大丈夫か、何かあったのか?」
突然、飛び起きた俺をセルデアは心配そうに見つめている。セルデアは、リネンの寝間着に紺色のガウンを羽織って、ベットの側に立っていた。どうやら俺よりも早く、目が覚めていたのだろう。
セルデアの手がこちらに伸ばされ、緩やかに俺の頬を撫でる。少しぼんやりとした俺にとっては、それがとても心地よく、思わず擦り寄った。
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