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一章

23.元神子は上手くやり過ごしたようです

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 思わず指先が跳ねる。俺は、元より表情が豊かな方ではないため、動揺をあまり表情には出さなかったはずだ。しかし、あまりに急な話題だ。
 本当は疑われているのかと、ラティーフを窺うがそこに怪しむような雰囲気は感じ取れなかった。
 先日の反応を見る限り、ラティーフにとって神子時代の俺との思い出は、良いものではなかったのだろうことは理解している。それを踏まえ、どういう反応をすべきか迷う所だ。
 ……ここは無難な返答でいいか。
 
「はい、あります。しかし、私は先代神子様を一目お見掛けしただけでして、それ以上は」
「ふむ。では今代神子を召喚した時はどうだ?」
「それに、私は参加しておりませんでした」
 
 俺の当たり障りのない返答を聞いて、ラティーフは唇をへの字に歪めた。どうやら期待した答えではなかったようだ。
 何だ? 何を知りたかったんだ?
 ラティーフは、暫く俺をじっと見据えていたが、再度その目線を竜の石像へと戻した。そのまま沈黙だけが続く。
 こちらを一瞥することもない。どうやら俺への興味はなくなったようだ。こいつが何を求めて俺に質問をしてきたのかわからないが、ボロが出る前に離れたほうがいいだろう。
 
「陛下。申し訳ありません、神子様からサリダート公爵の様子を見るようにと言いつけられておりまして、そろそろ向かわなければなりません」
 
 俺が軽く頭を下げ、暗にここから去りたいと告げると投げやり気味のラティーフが「ああ」と小さく答えた。
 
「部下から聞いたが、そなたと公爵がだだならぬ関係というのは本当か?」
「な……っ!」
 
 まさかの事実を突きつけられて、驚愕で目は見開き、顔にかっと熱が宿る。しまったと思い、すぐに顔を隠したが、既に遅かった。あからさまと言えるほどの表情と態度に出てしまった。
 ああくそ、どうにもセルデアの事に関しては感情のブレが大きくなる自分が憎たらしい。
 そんな俺の変化に、ラティーフは呆気に取られたようにぽかんと口を開いた。
 
「っぶ、ははは! 驚いたぞ、そのような顔も出来るのだなあ! やけに冷めた神官だと思っていたのだが」
「……っ」
 
 言い返す言葉も思いつかない。俺は早く頬の熱が冷めろと願いながら、ただ黙っているだけしか出来ない。
 いや、確かに襲撃の時は余裕がなかったので、何回か大声で名前を呼んでしまっていた。神官の立場となっている俺が、あんな様子を晒せば邪推されるのは不思議ではない。
 更に、そうであると自分自身が証明してしまったので、情けなさが増す。
 
「そうか……まさか、神官が化身の恋人とはな。しかし、そなたに忠告しておこう。我らの国では同性と結ばれることは禁じられている。我自身に忌避の感情はないが、公然の場では控えて貰おう」
「……はい。承知致しました」
 
 国も変われば法も変わる。エルーワでは、俺たちの関係を知った人たちに侮蔑の目を向けられたことはないが、レラグレイではそうではないようだ。そういう場所では同性同士の恋人が、他者にどういう目で見られるかは、現代日本で生きた俺自身も理解しているつもりだ。
 俺が素直に頷くと、ラティーフは掌を払うように振った。どうやら行っていいという事らしい。俺は内心ほっと安堵して、最後にもう一度頭を下げた。そして、そのままその場から去ろうと一歩、足を踏み出した時だ。
 
「神官よ」
 
 ラティーフの声で、俺は振り返る。彼は俺に呼び止めたというのに、こちらを見ることはなく、ただ中庭を見つめていた。その顔には感情がなく、凪いだ瞳は遠くを映しているようだった。
 
「──神子には」
 
 そう口にした瞬間、瞳のみがこちらへと向けられた。紅玉色の瞳は日差しを受け、その色合いが美しい輝きを増す。
 
「──呪いの神が愛した者の魂が、混ざっていると言う話を聞いたことはあるか?」
 
 その言葉を理解した時、すぐに意識したのは表情だ。今はどんな些細な動揺もラティーフの前では見せていけないと本能が警告した。
 それでも心臓の音だけは誤魔化せない。心臓の鼓動が速くなる。どくどくと血が脈打つ音が全身に響き渡り、外に漏れるのではないかと心配になるほどだ。
 俺は唇を薄く開いて、自然になるように息を吸う。仕草に不自然さが混じらないように意識しながら、小首を傾げた。
 
「……それは、聞いたことのない話ですが?」
「……」
 
 ラティーフの返答はなかった。ただ黙って、見つめていた。
 暫くすると、先ほどと同じように追い返すように掌を振る。そこにも言葉はなかったが、俺もここに留まる理由はない。すぐその場から離れることにした。去る時の歩みも速すぎず遅すぎずを意識して、ただ単調に歩く。
 本当はセルデアの部屋へ行くには逆方向の道だ。それでも今はどうにかして、離れたかった。ただ無心に足を動かす。
 ただ俺の靴音だけが廊下に響き続けて、どれくらいだっただろう。俺は漸くその足を止めた。
 辺りを見渡すが人影は見えない。それでも、念には念を入れて少し身体を隠すように近くの柱へと寄る。
 
「……はあぁぁ」
 
 そこで、俺はどっと肩から圧し掛かるような疲労を感じ、その場に屈みこんだ。その時になって、全身から汗が噴き出していることを自覚した。屈んだまま、溜め込んだ気持ちを吐き出すような長い吐息が漏れた。
 いまだに少しだけ混乱しており、考えがまとまりにくい。最後に言われた言葉の衝撃が強すぎるせいだ。
 
 ──なぜ、ラティーフがあの事を知っている? 
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